『リリカル恭也&なのはTA』






第19話 「海の向こうの出来事」





その報告が美沙斗の元へと届けられたのは、表向きは商社として存在し、
その実は香港警防隊の諜報部の拠点の一つへと顔を出してすぐの事であった。
元々は他の所用で来ていた美沙斗であったが、その姿を見た諜報部の一人がすぐに美沙斗へとその事を伝える。
それを本部に伝える役を担い、美沙斗は取って返すように本部へと戻る。
緊急を要するという段階は過ぎており、より詳細を調べるべく人が動き出している故に美沙斗に伝言を頼んだのである。
もたらされた情報に美沙斗も多少の驚きはあったが、更なる詳細は今動いている諜報部待ちである。
とりあえず、美沙斗は得た情報を所属する第四部隊の隊長へと伝える。

「……一人も残らず、か」

「そのようです」

書類に目を通し終え、軽く目元を揉んでから隊長は重々しい口調で呟く。
それに既に報告を聞いていた美沙斗が頷き返し、詳細は現在調査中と付け加える。
四十に届くかという精悍な顔付きにがっしりとした体付きをした隊長は考え込むように、
その身にはやや小さく感じられる椅子の背もたれに体重を掛け、やや耳障りな金属音を醸し出す。
暫く沈黙していたが、現状では動きようもない事は隊長自身がよく分かっていた。

「とりあえず、これは上にも報告しておこう。現状、我々は待機とする。
 悪いが隊の者にも伝えておいてくれ」

そう告げて自身は報告の為に出て行く。
隊長の言に従い、他の者に伝えようとするもここ自体が第四部隊に割り当てられている部屋である。
見れば殆どの者が先程のやり取りを聞いていたようで、数人は片手を上げて了解の意を伝えてきている。
既に別の任務についている小隊以外は今日予定されていた任務の為に殆どが既に集まってきており、既に伝える必要はない。
が、居ない者も居るので美沙斗はとりあえず全員へと待機の連絡を送ると、空いてしまった時間で先程の報告を思い返す。
報告を一言で言うなら全員が殺されたという内容のものである。
問題となっているのはその殺された者たちであった。
少し前から警防隊がマークし、まさに今日本拠地へと乗り込む予定だったある組織。
その者たちが殺されていたという情報であった。
ただし、遺体は彼らの本拠地ではなく、彼らが仕事を行う予定であったある富豪の屋敷で発見された。
これだけならば富豪が雇ったガードによるものという可能性もあるが、諜報部の見解ではそれはないらしい。
何故なら、ガードも屋敷の主であるその富豪も、そして屋敷に居た使用人に至るまで全員が殺されていたからである。
寧ろ本拠地に乗り込むのなら今が好機とも取れるが、このような惨事があった今となっては既にアジトを引き払っている可能性もある。
それらも含めて再調査という形となってしまい、美沙斗たちは現状待機となってしまったのだが。

「寧ろ混乱しているだろう今こそ好機だと思うんだけれどな。御神はどう思う?」

不意に話し掛けられ、美沙斗は閉じていた瞳を開けると声を掛けてきた人物へと顔を向ける。
百八十近い身長に細身ながらも前をだらしなく開けたジャケットの下はTシャツ一枚で、その胸元から結構、筋肉質であると分かる。

「ドグか。どうだろうね。いつ事が起こったのか、流石に諜報部もまだそこまでは掴んでいなかったみたいだから。
 もし数日前に起こっていたのなら、とっくにアジトはもぬけの殻という事もありえる。
 そうなると下手に私たちが動く事でマークされていると相手に教える事になってしまう」

「おいおい、俺たちはその報告書を読んでないから詳しい事は分からないけれど、数日経っている可能性もあるのか?」

「元々、襲われた屋敷は人里離れた場所に建っている上に、数日前からは来客もなかったらしい。
 時期外れの長期休暇中だったらしく、社長が出社しなくとも誰も不審には思わなかったみたいだね」

「それが今日になって遺体が発見された、と」

「ああ。
 今日から出社する予定だったらしく、運転手がいつもの時刻に迎えに来たけれども誰も出てこず不思議に思って中に入ったそうだ」

「下手をすればそれこそ休暇初日に……って訳か」

自らの首の前で右手を横切らせ言った言葉に美沙斗は頷く。
偶々、他の件であの近辺を調査していた者が居たからこそ、警察が到着する前に簡単に中を調べる事が出来たらしい。
そう付け加えると、

「それでも流石に長居は出来なかったから細かい事は分からなかったけれど、恐らく数日は経過していたと書かれていたよ」

「だとすれば、帰らない仲間を不審に思って様子を見に来た可能性もあるか。
 とすると、やはり御神の言ったように逃げた可能性もあるな」

「どちらにせよ、この件で諜報部は朝から忙しそうだったよ。改めてアジトの方の調査にも人を割いているみたいで」

「でもさぁ、うちらが乗り込む事が決定してから監視はしていたんじゃないの?」

二人の会話をいつの間にか聞いていた隣に座る女性が口を挟んでくる。
美沙斗と年はそう変わらないこの女性――スゥは入隊時期も美沙斗より数ヶ月だけ先という事もあってか、
何かと美沙斗を気に掛けて構ってくれ、今では美沙斗と仲が良い隊員の一人となっている。

「まあ、うちは実動部隊も諜報部隊も共に慢性的に人手不足だから」

「どうやら連中が大きな仕事を引き受けて、それが近々行われるって事でアジトを急に変える事はないと判断したらしいな。
 で、監視を減らしたのが裏目に出たな。お蔭で詳細な情報を得る為に改めて人を派遣したって所だろうよ」

美沙斗が苦笑と共に言った言葉にドグが続ける。
この辺りに関してはスゥも実感しているだけに何とも言えず肩を竦めるしかない。

「どちらにせよ、私たちに出来るのは待機しているだけって事ね」

スゥの言葉にドグも違いないと頷き、美沙斗も無言で首肯する。
が、そんな美沙斗たちの元に隊長から驚くような情報を聞かされるのは、これから数時間後の事である。
それは、アジト内で既に全員が殺されており、生き残りはなしという、驚くべき内容であった。



 ∬ ∬ ∬



「む、難しいよ」

今にもがっくりと両手と膝を地面に着いて落ち込みそうな感じで呟いたなのは。
それに対し、恭也は平然と言ってのける。

「難しくとも出来なければ話にならないぞ」

いつもは優しい兄なのだが、鍛錬となると話は別だというのはここ最近嫌というほど分かった。
勿論、それが自分の為だと分かっているからこそ、なのはは文句も言わずに顔を上げる。
が、やはり文句をついつい口にしてしまう。

「でも、動く複数の目標に対して誘導弾なしで別々の角度に打ち込むのは難しいよ」

「確かに誘導弾なら思い通りに動かせるかもしれないが、その分魔力を消費するし制御も難しくなるのだろう。
 だとしたら、普通のシューターで当てれるようになる方が良いと思うが?」

正論で返されなのはは口を噤む。
当然、その辺りの説明などはこの鍛錬の最初に聞いた事である。
何せ、恭也とグラキアフィン、そしてなのはの相棒たるレイジングハートが話し合って組んでくれた練習メニュー。
元より無駄な事はないのだから。だとしても文句を言いたくなる気持ちはどうしようもないのである。
が、それさえも理詰めで封じられなのはは可愛らしく剥れて反撃する。

「いつまでも剥れていないで、次行くぞ」

「はーい」

本当にお兄ちゃんは厳しいな、と笑顔で呟くなのは。
厳しいけれどもこうして兄と鍛錬できる事に嬉しさのようなものを感じているのである。
かつては眺めている事しか出来なかった兄と姉の鍛錬。形は違えど同じような事が出来るという気持ちが。
恭也は待機状態となっているレイジングハートに声を掛け、標的を出してもらう。
その標的の数は三つ。それぞれが別の軌道を描いてなのはの周囲を回る。
それをなのはは打ち落とすべく、魔力球を三つ生成して自分の前に浮かべる。
それを見てなのはの周囲を回っていた的が速度を上げ、更に複雑な軌道を描く。

(相手の速度と自身の攻撃速度を比較し、進行方向を予測……)

教えられた事をなぞりながら、なのはは目だけを動かして的を追う。
と、背後に回った的が方向を変えてなのは目掛けて飛来する。
それをジャンプし、体の上下を入れ替えて避けると頭を地面に向けたまま指をその的へと向ける。

「シュートっ!」

光弾を的へと向かわせ、同時に一瞬だけ飛行魔法を発動して体を位置を再び入れ替えて地面へと着地。
最後まで飛行魔法を使わず、飛び降りても問題のない位置で魔法を一旦、解除しており、同時に残る二つの光弾を的に飛ばす。
が、三つ目の的には当たらずそのまま空へと飛んで行く。

「ああー、また外れた」

がっくりと今度こそ本当に地面に両手を着くなのはを見ながら、恭也とレイジングハートは少し驚いた様子で念話で話す。

≪今のは危うく命中する所だったな≫

≪はい。マスターは気付いてませんが、減速させなければ当たっていたと思います≫

≪まあ今回は及第点という所か≫

≪主様は中々厳しいですね≫

≪そんな事はない。減速した事に気付いて指摘してくれば充分に合格と言ってやる所だった≫

本当かどうか分からない恭也の言葉にグラキアフィンは更に突っ込む事はなく、そうですかと納得する。
一方のレイジグハートは三日目にして成果の見えてきたなのはを前に新たなるメニューを考え、恭也へと提案する。
そんなやり取りに気付かず、なのはは再び立ち上がる。

「お兄ちゃん、もう一回お願い」

「それは良いが、少し休憩だ。流石にずっと続けては効率も落ちるからな」

「でも……」

「大丈夫だ。焦らなくてもちゃんと効果は出ている」

「うん」

恭也に言われ、なのはも大人しく腰を下ろすが確かに疲れた様子はない。

「大分、魔力を節約して動けるようになってきたな」

「そうかな?」

恭也の言葉に嬉しそうに笑うも、そこはやっぱり恭也であった。
すぐさま、

「とは言え、まだまだだがな」

「あう」

釘を刺す言葉になのははへ込む。

「うぅぅ、お姉ちゃんの気持ちが少しは分かったかも」

そう言うものの、やはり何処となく嬉しそうであったが。
とは言え、美由希が見たら文句を言うだろう。充分、甘いと。勿論、鍛錬内容にではなく、言葉の応酬に対してである。
何より、体罰がない事に関しては一言所か、二言三言と文句を言いたくなるかもしれない。
尤もその勇気があるかどうかは別だが。

「それにしても、昨日よりも格段に動きが良くなっているな」

「えへへへ、実はお姉ちゃんにちょっと相談して。駄目だった?」

「いや、聞いては駄目という事はないぞ。実際、それで向上しているのだからな。
 しかし、あれが人に物を教える事が出来るとは驚きだ」

「またそんな事ばっかり言って」

恭也の言い分に笑いながら、なのはは美由希から聞いた事を思い出す
飛針と呼ばれる暗器にして中距離を補う御神流の飛び道具。
それを使う際にどうしているのか聞いた所、特に意識していないと言われた時は正直、恭也の言葉に頷く所だったが。
注意する事や心掛けている事、意識せずとも出来るようになる前はどうだったかなどを聞き、どうにか今の形に出来た。
その成果が出ていると褒められれば、やはり嬉しいものである。
最近の練習はこういった魔法そのものではなく、効率的に魔法を選択し使用するための物が多い。
なのはとしては、砲撃魔法の鍛錬で結界を破った過去があるが故では決してないと思いたい所だったりするが。
実際、そんな理由ではないのだが、どういった事をするかという説明はあれどもその鍛錬による効果に関しては説明はないのである。
故に思わずそう思ってしまったりもするなのはであった。

「さて、休憩は終わりだ。次は的の数は同じだが、更に変則な動きを加える。
 加速したり減速したりするから気を付けるように」

「えー、それじゃあ益々当て難いよ」

「相手がわざわざ当たってくれるはずもないだろう。実戦になれば、当然相手も緩急つけた動きをするぞ」

「う〜、分かりました。折角、後少しで全弾命中させれそうだったのに」

恭也の言葉に渋々納得し呟かれた言葉に恭也は見つからないように苦笑を見せる。
実際、先程のは全弾命中と言っても良かった結果が出ているのだ。
とは言え、それをなのはには言わずに恭也はレイジグハートに的を出してもらう。

「さて、それじゃあ、始め!」

恭也の言葉を合図にして動き出す的を目で追いながら、それを打ち落とすべく、なのはは光弾を作り出すのだった。





つづく、なの







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