『リリカル恭也&なのはTA』






第20話 「初お披露目までもう少し」





海鳴市郊外の民家も少ない高級住宅地。その中でも更に一際大きな屋敷の地下室でそれは行われていた。

「……もう少し、もう少しで」

地下の一室に設けられているその部屋の中は薄暗く、光源となるものは作業台の上に置かれたスタンドと、モニターの光のみ。
電気を点けるのも忘れて作業に没頭しているのか、キーボードが叩かれる音と何かを組み立てる音以外はしない。
複雑な数式や英文字などが羅列し、目で追うのも難しい速度で画面が流れていく。
が、作業の主はその全てに誤りがないのかチェックしており、繋がれたコードの先では小さな駆動音が篭った音を上げる。
やがて、全てのチェックを終えたのか、表示されていた画面が消え去ると同時に全ての音が止む。
いや、微かにコードを繋がれた物体だけが小さな音を立てている。
が、それもやがて静かになると画面には全ての作業を終えたというメッセージが表示される。
ようやく終わったという実感と共に解放感とそれにも勝る嬉しさが込み上げてくるのを抑え、確認作業へと入る。
プログラム上の異常はないが、実際に起動してみない事には本当に問題がないか分からないのだから。
繋がれたコードを外し、固唾を飲む気持ちで起動させる。
僅かな機械音の後、問題なく起動を果たしたのを見届け、本当に問題がないのか全体をチェックする。
同時に内部のチェックも行うべく、先程外したコードを再び取り付け、モニターにも目を走らせる。
数度の動作を確認し、ハードにも問題が出ていない事を確認すると、今度こそ本当にコードを取り外し、パソコンの電源を落とす。

「プログラム、ハード共に問題なし、と。これでようやく主様の元に戻れます」

スタンドも含めて全ての電源が消されたはずの部屋で、安堵と喜びの混じった声が響く。
が、部屋の主らしき声はすれども姿はなく、あるのは作業台に鎮座した一振りの小太刀だけである。
いや、その近くに小さな白い宝玉が五センチ四方の箱に布を敷き詰めて大切そうに置かれている。
先程の声の主はこの宝玉で、恭也のデバイスであるグラキアフィンである。
グラキアフィンはようやく終えた自身の五度目の、長期は二度目となる改良に満足そうな様子であった。
後は明日、恭也が迎えに来るのを待つばかりとスリープモードへと移行するのであった。



グラキアフィンが一つの作業を終えた丁度、その頃。
そこからほんの少し離れた一室でも全く同じような展開が起こっていた。

「プログラム、ハード共に問題なし、と。これでようやく起動までこぎつけたわね。
 後は実際に活動してもらって、その中で学習と改良を加えて行くしかないわね」

うーん、と両手を大きく上へと突き出し、凝り固まった背を伸ばして肩を解すように回す。
ついでに首も回せば、ポキポキと音を立てる。
離れた所に置かれたテーブルの上には、部屋の主の為に作られたであろうサンドイッチとすっかり冷めた紅茶があった。
それに今の今まで気付かなかった部屋の主――忍は悪い事をしたと思いつつ、一つ手に取る。
恐らく、すぐに食べない事を察していたのだろうか、サンドイッチの方にはラップが掛けられており、
パンが乾いてパサパサしているなんて事にはなっていなかったが、飲み物の方はそうもいかずにすっかり冷め切っていた。
一口食べた事によって刺激されたのか、急に空腹感を覚え、持っていたサンドイッチをあっと言う間に食べてしまう。
続けて二つ目を手に取り、冷めた紅茶を手にした所で扉がノックされる。

「忍お嬢様、入ります」

一言断り、返事があるとは思っていないのか、それを待たずにノエルが部屋へと入って来る。
そこでサンドイッチを口に咥えている忍と目が合い、

「作業の方はもう宜しいのですか?」

「うん、ようやくね。ああ、これありがとう。今、美味しく頂いているわ」

「そうですか。でしたら、飲み物は温かいこちらの方が宜しいでしょう」

ノエルの手には淹れたばかりの紅茶が用意されており、冷めた紅茶を下げて新しい紅茶を差し出す。

「ありがとう、ノエル。いやー、本当にノエルは気が効くわね」

嬉しそうに言う忍にどういたしましてと返し、ノエルは作業台へと目を向ける。

「この子が」

「そうよ、ノエルの新しい妹よ。フレーム強度も問題なかったし、やっと起こす事ができるわ。
 最終機体であるイレインの技術も少し利用させてもらったから、随分と調整に苦労したわ」

紅茶片手に苦労したのよと語る忍の目は不満はなく、寧ろ嬉々として輝いている。
そんな忍の話を聞きながら、ノエルは目の前で横たわる自身とどこか似たまだ幼さの見える妹を見下ろす。
優しげに見守るように見詰めるノエルに近付きその隣に並ぶと、

「この子の最大の特徴はドジっ娘メイド機能がある事よ」

「…………はい?」

「あら、聞こえなかった? もう一度言うわよ、ドジっ娘メイド機能よ」

聞こえなかったのではなく、自分の耳を疑ったのだと言いたいのを堪え、痛みを感じたような頭に手を当て異常がない事を確認する。

「忍お嬢様、因みにそれはどのような機能なのでしょうか」

「そうね、簡単に言えば言葉通りにドジを発揮するのよ。
 料理をすれば塩と砂糖をうっかり間違えたり、掃除をすればうっかり壷などを壊してしまったり。
 後は普段、普通に歩いていて何もない所で転んだり。
 言うならば、美由希や那美の普段の行動をベースに……」

「忍お嬢様?」

まだ続けそうな忍の言葉を遮るノエルに、忍はひらひらと手を振り冗談だと口にする。

「流石に美由希や那美もそこまでそうそうドジじゃないものね。
 まあ、あの二人の普段のドジっぷりと少しデータにして入れているけれど、頻度はあの二人よりも多くしてあるわ。
 まさにドジっ娘と呼ぶに相応しいぐらいに転んだり、お茶を零したりしてくれるはずよ」

「それは必要だったのでしょうか」

ああ、もうこれ以上は言うだけ無駄だと悟り、ノエルは呆れた口調を隠そうともせずにそう口にする。
対する忍は自信満々に胸を張り、ノエルの問い掛けに頷き返す。

「勿論よ! 生活に潤いは必要でしょう。出来の悪い妹をしっかり者の姉が教育していくとか良いじゃない。
 それにこの子はすずか専属にするつもりだったし、実害は私には来ないもの」

ノエルのこの主は本当に大丈夫かというような視線には流石に気付き、少し居心地悪そうになるもやはり胸を張ったままでいる。
無言の抗議が数十秒ほど続き、ようやく忍は胸を張るのを止めて溜め息を吐く。

「もう本当に真面目なんだから、ノエルは」

「申し訳ございません。ですが、このままでは私の負担も増えるばかりか妹があまりにも不憫でしたので」

言いつつ、やはりまだ非難めいた視線は止めない。
それを受けて忍は肩を竦めると、

「冗談よ。流石の私もそこまでしないわよ」

そうはっきりと口にしたのだが、ノエルはまだ疑わしそうに見詰める。
ノエルも随分と変わったものだと実感しつつ、忍はもう一度断言する。

「本当にそんなの付けてないわよ。すずか専属になってもらうんだし、変な事はしないわよ」

「だったら良いのです」

言ってノエルも視線を再び妹へと戻す。

「この子の名前をまだ言ってなかったわね。
 名前はファリン。ファリン・綺堂・エーアリヒカイトよ」

「ファリン……。それが妹の名前」

「そうよ」

僅かに口元をほころばせるノエルを横に見ながら、忍は少しだけ言いづらそうに口にする。

「それでソフト、ハード共に問題はないんだけれどね……」

口篭る忍に顔を向け、ノエルは何か問題でもあったのかと少し喰い付くように見詰める。
そんなノエルに忍は体には問題ないとまず安心させてから、言おうとしていた事を口にする。

「さっき冗談で言ったドジっ娘システムだけれど、あながち間違いじゃないのよ。
 この子、ファリンのボディは新たに私が組み上げた物とイレインから流用した物でなりたっているの。
 そして、この子の核となる部分はこの間ドイツで見つけた物とこれまたイレインからの流用。
 で、電子脳に関してはイレインの物にプログラムは私。言うなら、ハードの半分程はイレインのパーツって訳。
 流石に全部一からとなると時間が掛かり過ぎるからこうなったんだけれどね。
 体系なんかが小柄になっているのはその所為でもあるんだけれどね」

何せイレイン自体が過去の事件で恭也とノエルによって破壊されていた状態なのだ。
満足に使える箇所も少なく、また妹と言う設定上、特に不備もなかったのでこの時は気にも留めていなかった。
因みに、オプションの機体に関しては使える物は既にノエルの予備として生まれ変わっている。

「まあ、そういった事もあってちょっとだけ問題があるのよ。
 基本的な動作に関してはノエルとイレインのデータを使っているんだけれど、だからこそ小柄な分誤差が生じるみたいなの。
 一応、修正してはいるんだけれど歩いたりする際に時折、バランサーに狂いが生じるみたい。
 で、さっき言ったように何でもない所で転んだりする可能性が高くなっているって訳。
 まあ、暫くすれば勝手に学習していくから問題なくなるけれど、それまではノエルも面倒みてあげて」

大きな欠陥ではないと分かり胸を撫で下ろし、ノエルは忍の言葉に頷いて返す。
同時に、修正が完全に終わらずに起こすのは半分はやっぱりそれを楽しみにしているのではと思わず邪推してしまう。
顔に出したつもりはないのだが、忍はしっかりとそれに気付いたようで拗ねたように頬を膨らませる。

「酷いわね。確かにプログラムで修正できなくもないけれど、それだと他の箇所にも影響があるのよ。
 それを弄って、って感じにやっていくと起こすのにもっと時間がいるのよ。
 だったら早め起こして自己学習してもらう方が早いでしょう。それは知識に関してもそうよ。
 一応の知識はあるけれど、それもノエル程ではないわ。ある程度は自分で覚えていってもらおうと思ってね。
 昔のノエルみたいに少しずつ、ね。そういった意味も含めて、お姉ちゃんが妹の世話を見てあげるのよ」

「はい」

忍の言葉に神妙に頷くと、ノエルはまだ眠っているファリンをじっと見詰め、

「ファリン、この世界は辛い事もあるけれど、それ以上にここには温かくて幸せな事がありますよ。
 目覚めたらたくさん教えてあげます」

優しい眼差しでファリンの前髪をそっと掻き揚げるノエルを、忍もまた優しい眼差しで見詰めるのであった。





つづく、なの




おまけ 〜没ネタ〜



紅茶片手に苦労したのよと語る忍の目は不満はなく、寧ろ嬉々として輝いている。
そんな忍の話を聞きながら、ノエルは目の前で横たわる自身とどこか似たまだ幼さの見える妹を見下ろす。
そして、その耳に自分とは違う物がある事を見つけ、忍へと指差す。

「お嬢様、これは」

「流石ねノエル、それに気付くとは。
 それこそがその子の最大の特徴よ。自己学習ドジっ娘メイド型自動人形! それがこの子なのよ!
 そして、その耳の飾りこそがその証!」

握り拳を作り立ち上がってまで力説する忍を呆れたように眺めながら、詰まる所いつものおふざけかと理解する。
投げ出された図面を見る限り、本当に飾りのようで何の機能も持っていない事を確認し、ノエルはあっさりと飾りを取る。

「あー、何て事を! 人類の希望が……」

「人類ではなくお嬢様のお戯れなのでは」

「うっ、ノ、ノエルも随分と言うようになったわね。やっぱりこれは恭也の悪影響かしら」

「そうですね、恭也さまには感謝しないといけませんね。
 お蔭で私にも突っ込みと言う技能が多少ながらも身に着きました」

「ふふふ」

ノエルの言葉に不気味に笑う忍に対し、ノエルは声に出さずに口だけで笑みを作る。
その笑みは恭也が偶に見せる皮肉を込めたものによく似ており、忍の笑みは益々大きくなっていく。



おまけ 〜没ネタ2〜



「はい」

忍の言葉に神妙に頷くも、ノエルは微妙に困った顔付きになって自身の体を見下ろす。
正確には自分の胸を揉む忍の手を、だ。

「ああ、気にしないで」

「そうは言われましても……」

「うーん、やっぱり胸はもう少し大きくした方が良かったかしら。そこまで考えている暇がなかったからな〜」

ノエルの胸とファリンの胸を見比べ、そう感想を漏らす忍にノエルはじっと大人しくされるがままになっている。

「ノエルが嫌がるからファリンに付ければ良かったわ」

胸を揉みつつ言われた言葉に昔、全力で拒否した武装の事を思い出す。
同時に忍がファリン制作時に思い出さなくて良かったと妹を思ってしみじみと思うノエルである。

「まあ、後から付ければ良いわよね」

「その時は是非とも妹の意見を尊重してください」

「分かってるわよ」

「では、そろそろ手を離してください」

「むー、名残惜しいけれど仕方ないわね」

「はぁ、忍お嬢様が男性ならセクハラですよ」

「つくづく女性で良かったと思うわ」

「女性でもそれはそれで問題かと思いますが」

「ああ、ノエルにも分かってもらえないのね。どこかに理解してくれる人はいないかしらね」

「いないと思いますよ」

主にそう言い切るノエルであったが、まさか数ヵ月後にそんな奇特な人物に出会う事になるとはこの時は思いもしなかった。
ましてや、忍の想いを受け継ぐかのように、その魔の手を親友や家臣だけでなく仕事場にまで伸ばす程に忍と共に成長するなどとは。







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