『リリカル恭也&なのはTA』
第21話 「おはようございます」
「…………あー、太陽が黄色く見える」
「その表現は私には分かりかねますが、かなりお疲れだという事は分かります」
どこと無く凛とした雰囲気に物静かな物腰、涼やかな目元をした深層の令嬢。
あまりにも人付き合いのなさから、あまり目立つ事も無く、騒がれはしないものの知る者ぞ知るといった感じで、
密かに男子生徒の間で噂される月村忍の人物像とはそういったものであった。
ここに最近では明るくなったや、笑顔を見せるようになったなどと加わったりもするが総じて高嶺の花のお嬢様。
そんなイメージが築かれているなど当人は知る由もないのが、今は櫛すらろくに通さずにぼさぼさになった髪。
目の下にはくっきりと隈が浮かび、疲れきった表情は緩みきっている。
そんな状態で地下から上ってきた忍と、ばったりと登校前のすずかが出会う。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
今の忍を見て、思わずすずかの口から出た第一声は朝の挨拶ではなく、そんな心配するような言葉であった。
「あー、大丈夫、大丈夫。ちょっと二、三日、徹夜しただけだから」
「それは大丈夫と言わないんじゃな……」
ひらひらと手を振るのも気だるそうな忍にすずかは心配げに見返すも、当の忍はその反応にさえも慣れた様子で返す。
「寝れば問題ないから、本当に大丈夫よ」
「寝るって、学校は?」
「すずかお嬢様、この状態で通学されても間違いなくお嬢様はお眠りになられます。
なら、きちんと睡眠を取れる方が宜しいかと」
ノエルの言葉に言われてみればそうかと、今もふらふらとどこか夢心地な感じで左右に揺れる忍を見てすずかも納得する。
そんなすずかの目の前で忍は大きな欠伸を漏らし、
「もう、昨日はノエルが中々寝かせてくれなかった所為で、寝不足の上にくたくたよ」
「あれは忍お嬢様自身の所為ではないかと苦言を呈しますが。
そもそも、忍お嬢様が私がお止めしているにも関わらず、勝手なことをしようとなさるから」
「だって、その方が良いと思ったんだもん」
「ですが、あれはやり過ぎです。付き合った私も流石に疲れました」
二人して言い合う様子に若干顔を赤くしつつも、やはり二人は仲が良いのだなと少しだけ羨ましくなる。
そんなすずかに忍は意地の悪い顔を見せ、
「本当にノエルは固いんだから。少しぐらい改造しても良いじゃない」
「妹を守るのは姉の役目です。
まだ目を覚ましてもいない内から、可笑しな装備を付けられてはあまりにもあの子が不憫というものです」
「別に可笑しな装備じゃないと思うけれどな。ちょっと、胸が飛んでいったり、頭が外れたりするぐらいなんだけれど」
「世間一般では充分に可笑しいと思います」
忍に対して淡々と答えるノエル。
そんな二人を見て、すずかは先程とは違う意味で顔を赤くし、それらを忍に気付かれている事に気恥ずかしさを覚える。
それでもそれを抑え、すずかは少し逸る気持ちで口を開ける。
「もしかして、終わったの?」
「ええ、昨夜、というか明け方というか、にね」
忍の答えにすずかはそれこそ顔を輝かせるも、ノエルが時間を知らせる。
「すずかお嬢様、お気持ちは分かりますがそろそろ出ませんと遅刻してしまいます」
「でも……」
「ふぁ〜、ん〜、ノエル、後はお願いね。
流石にもう限界……」
今にも閉じそうな目でフラフラとその場を立ち去る忍。
既に半分は寝ているような状態なのだが、ノエルは忍に返事とを返すと再度すずかを促してそっと背中を押す。
「焦らなくても、今日帰宅すれば会えますよ」
「起きる時に居てあげたいんだけれど、駄目?」
「残念ですが、今日は平日ですので」
すずかのお願いにもノエルはきっぱりと拒絶をし、すずかを近くのバス亭まで送るべく玄関へと向かう。
名残惜しそうにしつつも、すずかは渋々と従う。
その様子を見てノエルはこっそりと胸を撫で下ろす。
自分に仕える従者が出来るすずかの気持ちも分かるし、出来ればお願いを叶えてあげたいという気持ちもある。
が、昨夜忍から念の為に起こす時はすずかの居ない時にすると聞かされては、そのお願いを聞いてあげる事は出来ない。
ノエルの時は問題なかったが、イレインの電子脳を僅かとは言え流用している事もあり最悪暴走する可能性があるのだ。
最終機体としてそれまでの機体技術の粋を集めて作られたこの機体は自我が強く、それが元で主を殺すという事さえも行う。
故に廃棄処分となったぐらいなのだ。
だからこそ、イレインのプログラムは使っていないものの、万が一を考えて幾つもの安全策が取っているのである。
そういった事もあり、可哀相だがすずかを起動に立ち会わせる訳にはいかないのであった。
そんな内情を話す訳にもいかず、ノエルは少し厳しい態度ですずかに言い聞かせる。
すずかも仕方ないと諦め、それでも帰ってきたら会えるというノエルの言葉に幾分足取りを軽くして出掛けるのであった。
昼過ぎ、自室で目覚めた忍は起き上がらずにそのままぼんやりと天井を見上げる。
よっぽど疲れていたのか、意識を手放して目が覚めるまで一度も目を開ける事もなく熟睡していたようだ。
「あー」
喉に渇きを覚えつつ、まだ起きる気にもなれずにベッドに横たわったまま気だるそうに寝返りだけを打つ。
と、まるでタイミングを見計らっていたかのように扉がノックされる。
「忍お嬢様、起きてらっしゃいますか」
まだ眠っている事も考慮して、やや遠慮がちなノックと声の主に忍は起きている事を伝える。
「失礼します」
主の声を聞き、ノエルは部屋のドアを開けて中へと入室するとまだベッドの上にいる忍の傍らに寄る。
「お体の方はどうですか」
「んー、寝起きだからちょっとまだフワフワするけれど悪くはないわね。
着替えたら下に行くから、飲み物を用意して頂戴」
「畏まりました。食べるものはどうなさいますか? 軽い物でもご用意致しましょうか」
「うーん、食べ物は良いわ」
もそもそと置き出した主に再び畏まりましたと頭を下げ、ノエルは一足先に階下へと降りて行く。
寝ぼけ眼で着替えを済ませ、忍もその後に続く。
とりあえず顔を洗って頭をしゃっきりさせてリビングへと顔を出すと、丁度ノエルが紅茶を淹れ終えて待っていた。
「うーん、ようやくすっきりしたわ」
「それは良かったです。では、起動はこの後すぐに行いますか?」
「そうね、これを飲んだらね」
言ってノエルが入れてくれた紅茶を口に含む。
「うん、美味しいわ」
「ありがとうございます」
お茶を飲み、寛ぎつつも忍は段取りを頭に浮かべ、忘れている事がないか再度チェックする。
時折、記憶があやふやな部分はノエルに尋ね、問題はないと分かるとカップに残ったお茶を一気に飲み干す。
「〜〜っ!」
「忍お嬢様」
どうやら、まだ完全には冷めてはいなかったようで、熱そうに悶える忍にノエルは予め用意してあった水を差し出す。
それを奪うように受け取り、一気に飲み干す。
「っはぁぁ、ありがとうノエル」
「いえ。それでは、そろそろ地下へ参りましょうか」
促してくるノエルに頷いて返し、忍たちは地下へと向かう。
地下の一室、朝方まで居た部屋では出た時と変わらぬ格好でファリンが横たわっている。
その傍により、入念にチェックをもう一度繰り返す。
そして、いよいよと緊張気味に起動させる為のスイッチに指を掛ける。
「いくわよ、ノエル」
「はい」
万が一の場合に備えて構えるノエルを横目で確認し、忍はファリンを目覚めさせる。
微かな、本当に微かな音が一度鳴り、すぐさま静寂と緊張が部屋を満たす。
二人が見守る中、ただそこに横たわっていたファリンの頬に生気が宿り、体からは生命が感じられる。
先程までは精巧に作られた人形だと思わせたその体躯は、今では眠る少女へと姿形ではなく気配とも呼ぶべきものが確かに生まれる。
固唾を飲んで見詰める中、瞼が微かに痙攣し、やがてゆっくりと瞳が開く。
数度、瞬きを繰り返し、キョロキョロと目だけを動かして周囲を確認するように見ると、ゆっくりと体を起こして行く。
「暴走は……していない?」
緊張気味にファリンを見ていた忍の言葉にノエルもまたじっとファリンを確認するように見詰める。
やがて、こちらに気付いたファリンは素早く立ち上がり、同時に頭を下げる。
「初めまして、忍お嬢さ……うきゃっ! いたっ、あう!」
立ち上がろうと腰を捻り足を地に付けて力を込めた瞬間に頭を下げ、結果として自分の膝で額を強く打つ。
しかも、喋っている最中だったからか、舌も噛んだようである。
額を打ち、舌を噛み、痛さのあまりのけぞり、咄嗟に手を着こうとしたまでは良かったが、
運悪く長方形のベッドの横は大した長さがなく、手を着いた先には何もなくそのまま後ろに転がり落ちる。
起きてから一連の動きを音にすると、ゴン、フラ、スカ、ドンガラガッシャン、といった所だろうか。
とりあえず、目を開けてから僅か数秒であわや大惨事かと忍に思わせる程である。
「えっと、ファリン大丈夫かしら」
「ふぁ、ふぁい、鼻を打ったけれど体にも他の箇所にも異常は見当たりません」
「う、後ろに倒れてどうして鼻を打ったのかは疑問だけれど、問題ないようなら良いわ」
「うぅぅ、下手に両手を着こうと体を捻ったのが失敗でした。まさか、自分の体重を支えきれずに顔から落ちるなんて……。
これが、穴があったら入りたい、なければ自分で掘ってでも入りたいというやつですね。
言葉に従って穴を掘ろうと思います」
「……お嬢様、言語機能に若干の問題があるようですが」
「あー、ちょっと感情面や自由度を持たせようと思ってやった設定が原因かな。
とりあえず、その辺りは追々教えていって。ファリンは知識はあっても全てが経験なしの状態だから」
「分かりました」
言ってスコップを探し始めていたファリンの襟首を掴み、ノエルはきちんと立たせる。
「先程の言葉に関しては後できちんと説明してあげます。
まずは、あなたのご主人様にご挨拶なさい」
「は、はい!」
ノエルの言葉に緊張気味に背筋を伸ばし、改めて忍へと頭を下げる。
「複合式最終機体・改、忍ちゃんオリジナルヴァージョン自動人形、ファリン・綺堂・エーアリヒカイトです。
忍お嬢様、これから宜しくお願いします」
「こちらこそ。それじゃあ、まずはあなたが専属として付いてもらうのは私の従姉妹で妹のすずかという子よ。
いい子だから、きっとすぐに仲良くなれるわ。一応、記憶としてあるとは思うけれど」
「はい、確認しました。頑張ってお仕えして、ノエルお姉さまに負けないメイドになります!」
「…………忍お嬢様、先程の紹介は?」
「うん? ああ、分かってるわよ。ファリン、今後、あなたの自己紹介をする時は機体名はいらないわよ」
「了解しました! データにある恭也さま以外では普通に名乗ります」
「うんうん、上出来よ。でも、データではなく記憶よ」
「ですが……」
「あなたは自動人形だけれど、人としての感情があるはずよ。
そして、心もきっと。だからこそ、小さな事かもしれないけれどね。それに誰が聞いているか分からないでしょう。
普段から気を付けないとね」
「分かりました」
機体名の事で色々と突っ込みたかったのだが、続けて発したファリンの言葉にノエルは更に頭を抱える。
「恭也様を相手にしたら、先程の自己紹介をさせるつもりですか」
「そうよ。ノエルみたいに突っ込んでくるか、ちょっと気にならない?
あの紹介の仕方は一度きりなんだから楽しまないとね」
忍の本当に楽しそうな顔にノエルは再び頭を抱えたくなるもそれを堪え、すずかが帰宅するまでの間に最初に教えるべき事を考え、
それを教え込むために早速だがファリンを連れて行こうとする。
「うーん、暴走の危険もないようだし、良いわよ。
私はもう一眠りさせてもらうわ。すずかが帰って来る頃にもう一度起こしてちょうだい」
そう告げて忍は地下室を後にする。
忍が出て行ったのを見届け、まずはファリン自身が散らかしたこの部屋を片付ける事から始める事にする。
「ファリン、まずは掃除の仕方を覚えてもらいます。
それが済めば、お茶の淹れ方を教えますから……」
言っている傍からコードに引っ掛かり、掃除の手間を増やしてくれた妹にノエルはそっと溜め息を吐き出す。
恐らく、これが以前恭也が話してくれた普段の美由希を相手にして時折感じる何とも言えない気持ちなのだろうと思いながら。
月村邸のキッチン。
今、そこをうろうろと動き回っているのは、いつもとは違いノエルでなくファリンであった。
とは言っても、別段何かしているのではなく、本当にただ単にあっちへフラフラ、こっちへフラフラと歩き回っている。
その様子は地に足が着いておらず、ソワソワという表現が一番ぴったりくる。
「ファリン、少しは落ち着きなさい」
「で、ですけれどお姉さま。も、もうすぐすずかお嬢様が帰って来るんですよね。うぅ、緊張します。
これがきっと思い切ってこの夏大胆な水着で彼を誘惑しようとしたものの、買い物の時のテンションとは打って変わり、
いざ水着を前に冷静になるとちょっと際どかったかも知れないと悩みつつも覚悟を決めてそれに着替えて、
いよいよ彼にお披露目する直前の内気な少女の気持ちというものですね」
「……やはり言語機能に大きな問題があると思われますが、忍お嬢様」
「うーん、幾ら私でもそこまで可笑しな機能にはしてないんだけれどなー。
まあ、その辺りも今後の教育次第ということで」
「はぁ」
忍の言葉に納得しそうになるも、思わず首を傾げてしまう。
が、本当に忍によるものではないらしく、単に知識として存在しているデータの使用が間違っているのだろうと判断する。
(それ以前に、どこまで限定的な知識なんですか)
こればかりは忍の趣味が反映されているに違いないと確信しつつ、口には出さずに頷くだけに留まるのであった。
そうこうしているうちに玄関からただいまという声が聞こえ、ファリンは緊張で体を固くする。
「今日はあなたの紹介という事でここで待っていなさい」
「は、はいぃぃ」
ぎくしゃくと同じ側の手と足を前に出して歩き、扉の前で硬直したように真っ直ぐに立つファリン。
それを背にノエルはすずかを出迎えるために玄関へと向かい、玄関先で二人の話し声が聞こえてくる。
徐々にすずかの声が大きくなるにつれ、ファリンの緊張も目に見えて高まっていく。
ころころと変わる表情を忍は楽しそうに眺めつつ、これから主従となる二人がどんな対面を果たすのか黙って見守る事にする。
やがて、扉が開きすずかが入ってくる。
その後ろからノエルも続き、静かに扉を閉めると忍の後ろへとそっと立つ。
ノエルも口を挟む気はないようで、後は二人次第とばかりに静観を決め込む。
そうなると益々混乱したように口をパクパクさせ、何も喋れないファリン。
これでは駄目だと、嫌われるかもしれないと思うも声の出ないファリンは焦り、それが更に混乱に拍車を掛ける。
思わず目を閉じてしまったファリンの手にそっと温かく柔らかな感触が触れる。
「私は月村すずか。あなたのお名前は?」
「あ、わ、わた私はファリン。ファリンです」
「そう。ファリン、良い名前だね」
「あ、ありがとうございます!」
微笑みかけてくるすずかにファリンは幾分緊張の取れた表情となり礼を口にする。
まだ緊張している様子ながらも、ファリンは何とか言葉を紡ぎ、
「私はすずかお嬢様に仕えるべく忍お嬢様の手によって作られ、本日無事に起動しました。
これから宜し――」
「うーん」
頭を下げようとするファリンであったが、すずかは眉間に皺を寄せて考え込む。
その声にファリンは何かしてしまったのかと動きを止め、恐々とすずかを見る。
すずかは少し考えた後、
「難しい事はよく分からないけれど、ファリンは今日生まれたんだよね。
じゃあ、まずは生まれてきてくれてありがとうと言わせて」
「お礼なら忍お嬢様に言ってください。
確かにそう言えなくもありませんが、正確には私は……」
「私は、ずっとファリンが起きるのを待っていたの。
主従関係とか関係なく、新しい家族が増えるのを楽しみにしてたの。
だから、ファリンとも家族とか友達みたいに接したいし、ファリンにもそう思って欲しい。
だからファリン自身にも作られた、じゃなくて生まれたって思って欲しいかな。小さな事かもしれないけれど」
すずかの言葉を聞いたファリンはどう答えて良いのか迷い、ノエルや忍を見るも二人が答えるつもりがないと分かると考え出す。
それを静かにすずかが待っていると、やがて、その口を開き、
「私にはまだよく分かりませんが、すずかお嬢様の言葉を聞いて何故か胸が温かくなった気がします。
プログラムされたからじゃなく、私自身の意志ですずかお嬢様に仕えたいと思いました。
今はこれしか分かりませんが、駄目でしょうか」
不安そうに聞いてくるファリンに対し、すずかは満足そうな表情を見せた後、
「ううん、駄目じゃないよ。そうやってこれからも色々と考えて一緒に覚えていこうね。
改めて、生まれてきてくれてありがとう。
そして、これから宜しくね、ファリン」
「はい、すずかお嬢様!」
微笑むすずかに負けないぐらいの笑顔でファリンもそう返すのであった。
つづく、なの
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