『リリカル恭也&なのはTA』






第22話 「怪異」





海鳴市から北西へと数キロ行った所に存在する廃ビル。
完成する事もなく解体される事は決定されているのだが、諸事情によりその作業も途中で放置されて二年近くが経っている。
一部の壁は壊されているが、建物の骨となる箇所は手付かずだった為に倒壊する事もなく、未だに危なげなく存在している。
五階建ての最上階は天井を含めて壁の殆どが取り除かれては居るものの、
四階以下ならば雨は勿論、多少の風ならば凌ぐ事が出来、一時は様々な人の溜まり場と化していた事もあった。
だが近隣の住人たちの声により、一年程前からはこの敷地の周りはしっかりと施錠され、誰も立ち入る事が出来なくなっていた。
そんなビルの内部に今、一人の少女の姿があった。
時間は真夜中と呼んでも差し支えのない、日付が後少しで変ろうとする時刻。
少女の見た目からすれば、このような時間帯にこのような場所に居るのは普通ではない。
家出少女かとも思われるが、荷物は見当たらず、またその格好が少し変っていた。
朱の入った袴に白い装束、神社などでよく見かける巫女の物と非常に酷似した衣装を身に纏い、片手には明かりとなる懐中電灯を持ち、
その足元にはこの場には何とも似つかわしいとは言い難い、まだ子供の狐が少女に置いて行かれない様にちょこちょこと走る。
少女の名は神咲那美。
この世ならざる者―― 一般には知られず、また信じられない霊と呼ばれる存在――を討つ役を担う一族の一人である。
俗に退魔士などと呼ばれる彼女は今、仕事でこの場所に来ていた。
その足元に居る子狐もまた、ただの狐にあらず。
既に300年近くを生きる力持つ妖狐であり、那美の友達にして頼もしいパートナーである。

「……間違いなく居るね」

「くぅ〜ん」

三階へと上がってくるなり周囲に感じる、それまでとは違う、淀んだ空気を感じ取ってそう口にする。
それに答える声が少々、可愛らしいのはまあ仕方ないが。
今回の依頼主は警察からで、ここ数週間、このビルで怪しげな人影を見たという情報が相次ぎ、警官が見回りを始めた。
当初、人影を見つけた警官が中へと踏み込み、くまなく探したが誰も居なかった。
それだけならば見間違いなども考えられたが、それが何回も続く上に、中を調べた警官たちが可笑しな証言をしたのである。
誰も居ないのに、勝手に崩れた壁の一部が宙に浮いたや、何もない所で物音を確かに聞いたなど。
当初は恐怖からそう思い込んだだけなどと思われたが、それが相次ぎ、最近では軽くではあるが怪我を負った者も出てきた。
古くから退魔を担ってきた神咲には警察内部にも協力者が存在しており、こういった不可思議な事があれば依頼が来るようになっている。
そういった経緯で那美がやって来たのである。

「でも、そんなに強い思念は感じないね」

感じた事を確かめるように久遠に語り掛けながら、那美は退魔士が感じ取る霊力や妖力と呼ばれるものを探る。
微弱ながらも感じ取れた方へと足を向けつつ、事前に見せられた見取り図ならびに目撃情報などを照らし合わせる。

「やっぱり全く同じ位置に居るみたい」

全てが暗闇や恐怖などから正確さには多少掛ける可能性もあるが、誤差数メートルという範囲で集中しており、
その事からここに居る霊は移動しないのではないかと考えていたが、どうやら本当にそのようである。
今、那美が向かっている箇所は事前に霊が居るであろうと予測していた範囲内であった。
程なくして、特に何の妨害もなく辿り着いた那美の前に、薄い人影のような者が見えてくる。
殆ど力もない霊なのか、その姿は辛うじて人だと分かる形を取っているものの、細かな部分は全く判別できない。
男なのか女なのかすら分からず、ただ背の高さから子供ではないと判断できる程度である。
影と言っても差し支えのないぐらいで、既に意識と呼べる物もないのか、那美が近付いても反応を見せない。

「……残念と思う気持ちも物凄く薄い?」

思わず疑問形を取ってしまうほどに目の前の霊には自我がなかった。
放っておいても数日で勝手に消滅しそうにも見える霊を前に、那美はそれでも慎重すぎるほど慎重に近付いていく。
那美の退魔法はまずは話す事から始まる。勿論、話が通じないなどの例外はあるが。
故に恐らくは前だと判断してそちらからゆっくりと近付いていく。
その距離が三メートルと狭まったその瞬間、暗闇の中を何かが動く。
次の瞬間、那美の眼前を細い稲光が走り、那美目掛けて飛来した拳大のブロック片が粉々に砕け散る。

「だいじょうぶ、なみ」

「あ、ありがとう久遠。私は大丈夫だよ」

さっきまで那美の足元に居た子狐、久遠が子供の姿になり、手から雷を放ち那美を救う。
久遠は那美の前に出て守るように構えるも、続けて攻撃は来ない。
用心深く摺り足で数歩距離を詰め、そこでまたブロック片が飛来する。
それを同じように打ち落として距離を開ければ、またしても追撃は来ない。

「もしかして、一定の距離近付いた時だけ反応している?」

那美の推測は当たっていたようで、その後何度か試してみれば、三メートル程の距離を保っていれば問題ないみたいであった。
その距離を保ちつつ、那美は霊へと話しかけてみるが、既に自我がないらしく全く反応が見られなかった。
放っておいても消滅しそうだが、そういう訳にもいかない。
那美は仕方なく覚悟を決めると袂に手を入れ、樫造りの鞘に納まった柄に赤い飾り紐がついている短刀を取り出す。

「無念の気持ちを聞いてあげられなくてごめんなさい」

そう霊に向かって謝ると短刀――雪月を抜き放ちそこに自身の霊力を込め祝詞を口にする。

「神気発勝」

雪月の刃部分が青白い光を持ち、それを手に那美は霊と対峙する。

「久遠、お願い」

「うん」

一言言うとそのまま霊に向かって踏み出す。
やはり近付くと周囲の物を投げてくるようで、那美目掛けてブロック片が飛んでくる。
それを久遠が先程と同様に打ち落とせば、次の物が投げられる。
が、何度やっても全て久遠によって打ち落とされ、元より大した距離もなかった事もあり、那美はすぐに霊の元へと辿り着く。
もう一度小さく謝罪の言葉を口にし、那美は短刀を突きつける。
呆気ないぐらいに霊はその姿を霞のように消し去り、後にはただ静寂だけが残る。
が、除霊を終えた那美は顔を俯かせ、ピクリとも動かない。
心配になって久遠が下から覗き込めば、ようやく笑みを見せる。

「大丈夫だよ、久遠」

「ほんとうに?」

「うん。確かに強引に祓う事になってしまったけれど、これぐらい薫ちゃんとかに比べたら大丈夫。
 それよりも少し気になる事があって」

那美の言葉に首を傾げる久遠の頭を撫で、

「後で薫ちゃんに報告する時にね。それより、久遠ありがとうね。
 久遠が居てくれたお蔭で今回は楽に出来たよ」

「どういたしまして」

那美に褒められて嬉しそうに耳をピコピコと動かし目を細める。
そんな久遠を数回撫でた後、那美はこの場を清める為の準備を始める。
懐から幾つかの札や小さな包みを取り出し、それを壁や床に貼っていく。
その手伝いをしながら、久遠は那美の背中を見る。

「なみ、つよくなった」

「え、そうかな? 恭也さんや美由希さんに剣を習った成果がようやく出てきたかな?」

「うーん、そうじゃなくて、よくわからないけれど、うん、つよくなった」

伝えるべき言葉が分からないのか、久遠は首を傾げつつもそう断言する。
そんな久遠をきょとんと見ていた那美だったが、笑い掛けると礼を口にすると作業を再開させる。
同じく久遠も作業を再開させ、程なくしてこの場そのものの浄化も問題なく終えるのであった。



除霊を終えた那美は外で待機していた刑事にその旨を伝え、携帯電話で薫と連絡を取る。
気になる事があったと口にすれば、薫の方にも何かあったらしく、この後落ち合う事にする。
元より、薫もこの現場の近くで起こった霊障の為に来ており、二人してさざなみ寮へと戻る予定だったのだ。
故に自室でという事になり、那美は来た時同様、刑事に寮まで送ってもらう。
流石に眠っている――若干一名ばかりは起きている場合もあるのだが――住人を起こさないように静かに扉を開ける。
まずは穢れを祓う意味もあり風呂場へと向かい、多少ゆっくりと湯に浸かった後自室へと戻る。
どうやら薫の方が先に戻って来ていたらしく、お茶の用意をして待っていた。

「お帰り那美、ご苦労様じゃったね」

「ううん、薫ちゃんの方こそご苦労様」

互いに労いの言葉を口にし、薫が淹れたお茶を飲む。
やがて、どちらともなく姿勢を正すと、

「それじゃあ、まずは那美の話から」

「うん。今日、除霊してきた霊なんだけれど、物凄く弱っていた感じだった。
 放っておいても数日で消えてしまいそうなぐらいに存在が薄くて。
 なのに、あれだけの数、物を動かしてもその存在に揺らぎが生じていなかった。
 あと、これは私の思い違いなのかもしれないけれど、あの霊は自縛霊だったと思うんだけれど」

最後の言葉は半信半疑といった感じで呟く。
自縛霊、その土地に縛られてそこから動く事が出来ない霊をそう呼ぶのだが、大概はその地に強い想いがあって縛られている。
が、あのビル自体は二年も前から廃ビルとして存在しており、あの霊が目撃されたのは数週間前からである。
必ずしも亡くなった場所で自縛霊として出てくる訳ではない。
他の場所で亡くなったとしても、強い想いがその場所にあればそこに自縛霊として存在する事もある。
だとしても、あのビルは完成を待たずに解体が決定し、その解体自体も途中で放置されていた状態である。
工事関係者に亡くなった者はおらず、またあそこを出入りしていた者たちの中にも亡くなった者はいない。
当然、あのビルを利用した者は居ないのである。
だからこそ、流れてきた霊の類だと思っていたのだが、実際目の前にし、祓う時に感じたのは自縛霊と呼べるものであった。
自分の勘違いかと思いつつ、一応薫に言っておこうと思ったのだ。
修行が足りないと苦言の一つも貰うかと思われたが、対面に座る薫は難しげな顔を見せるだけで何も言ってこない。
その沈黙に耐え切れず、思わず薫の名を呼ぶとようやく顔を上げる。

「実はうちが今日除霊したのも同じ感じじゃった。
 いや、ここ最近、今日行った矢後市、その隣の羽平市で頻繁に起こる霊障の殆どが同じ感じなんじゃ。
 そもそも、急に霊障が立て続けに起こるだけでも可笑しいのに」

「何か原因があるのかな」

「分からん」

那美の言葉に首を振り、この件はとりあえずうちが調査中だからと安心するように言う。
その言葉にとりあえず頷く那美を眺めながら、薫は少し考えていた。
事実、ここ最近、よく霊障の依頼があり、薫もこのさざなみに居続けている。
そして、その殆どが今回のような非常に存在の薄い霊で、その全てが自縛霊であった。
霊の自我がなく話を聞けないからこそ分からないが、その中には今回那美が担当したように自縛霊になるのが可笑しな場所もあった。
もしかしたら、全てが繋がっているのかもしれないと思いつつ、今日の件も含めて改めて実家に連絡する必要があるなと一人思う。
そんな薫の胸中を計る事は出来ないながらも、那美は薫の手に自らの手を重ねて笑みを見せると、

「薫ちゃん、私にも力になれる事があったら言ってね」

那美の言葉に始めは何を言われたのかという顔を見せるも、すぐに同じように笑みを返す。

「そうじゃな、その時は遠慮なく頼りにさせてもらうよ」

そう返し、妹の成長を少しばかり誇らしく、また嬉しく思うのであった。





つづく、なの







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