『リリカル恭也&なのはTA』






第25話 「すっかり快復」





すっかり秋だなと言えるように日が落ちれば肌寒さを感じる日も偶にある9月の終わり。
視界の殆どを白が占める部屋の中、ベッドに腰掛けて窓の外を覗き見る一人の少女がいた。
少女はアンニュイな表情を浮かべ、やや重苦しい溜め息を零す。
少女の零した吐息につられるかのように、窓から見えていた大木の枝からはらりと葉っぱが舞い落ちる。

「きっと、ここから見えるあの枝の葉が全て落ち切る前に、うちはおらんようになるんやろうな」

病院の個室という、季節の移ろいを感じさせない病室の中に居て、唯一と言っても良い季節の変化を見せてくれていた光景。
その光景さえも、少女から零れた重苦しい言葉の前では死刑宣告をする無慈悲な死神にさえも見えてくる。
呟いた少女は億劫そうにベッドに身を横たえ、病室に居た見舞い客へと顔を向ける。
顔を向けられた方も、ベッドに横たわる少女とあまり大差のない年齢のようで、未だに幼さを残しつつも活発さを感じさせる。
が、普段なら躍動感に満ちた瞳はやや怒りの色に染まっており、その原因が先ほどの少女の言葉であるというのは簡単に分かる。
直情的な性格故にか、少女は横たわる少女の胸倉を掴み上げて無理矢理にベッドから体を起こさせると、その頭を軽く叩く。

「なに、バカな事を言ってるんだ、このカメ!」

「痛いな、うちはこれでも病人やで、もっと丁寧に扱えや、このおサル!」

先程までの重苦しい空気をあっという間に霧散させ、叩いた少女――晶はもう一度ベッドの上の少女――レンの頭を叩く。

「訳の分からない事を言っているお前が悪いんだろうが。
 今日、退院するって言うからわざわざ荷物持ちに来てやったというのに、病室に入るなり訳の分からない事をおっぱじめやがって」

「だからって叩く事はないやろう。それにうちは嘘は言ってないやろう。
 あの枝の葉が全て落ちる前にうちは退院して、この病室にはおらんようになるんやから」

「だからって、いきなり病室に入るなりあんな事を言われてどうしろってんだ」

「上手い事、ぼければええんよ」

「無茶言うな!」

睨み合う二人だが、いつもなら手が出ていても可笑しくはない。
が、そこは両者共によく理解しており、退院できるからと言ってもレンは心臓の手術をしたのだ。
いきなり派手に暴れる事はしないし、晶もそれをよく理解しているからこそ口は出ても本格的に手は出さない。
まあ、いつ手が出ても可笑しくはない空気を存分に振り撒いてはいるが。
そこへひょっこりとなのはが顔を出し、

「レンちゃん、退院の準備は終わった? 晶ちゃんもちゃんと手伝ってあげてる?」

途端に二人はあわあわと手足を動かし、意味もなく晶は鞄を開けて中を覗き、レンは既に片付け終えたはずの物入れを開ける。

「うん、こっちは大丈夫やで晶」

「そうか、こっちも特に入れ忘れはないみたいだ」

「仲良くしているみたいで良かった。
 退院できるとは言っても、暫くは激しい運動は駄目だって言われていたし、晶ちゃんもそれを知っているもんね。
 ましてや、個室とはいえ病室でいつもの調子で喧嘩したりする訳ないよね」

「あ、あははは、当たり前じゃないか」

「そうやで、なのちゃん。うちらはこんなにも仲良しさんや」

互いに肩を組んで仲の良さをアピールする二人になのはは満足そうに頷く。

「だったら良かった。おかーさんの方ももうそろそろ終わるから行こう」

「そやね。忙しいのにわざわざ来てくれた桃子さんには感謝せなな」

「まったくだぜ。って、良いから荷物は俺が持つよ。一応、まだ病人なんだからおとなしくしとけ」

言って晶はレンの荷物を全て一人で持つ。
それに礼を言いつつ、晶の顔に顔を寄せて小声で前を歩くなのはを見ながら呟く。

「なぁ、最近のなのちゃん、前にも増して鋭くなってないか」

「あ、やっぱりお前もそう思うか? どうも師匠に少し稽古してもらっているみたいなんだが」

「それは美由希ちゃんから聞いとったけれど……。
 なぁ、晶。もしかして将来、うちらが喧嘩したら御神流の技で止められるんやろうか」

「それは考えたくはないな。でも、師匠やなのちゃんが言うには御神流を習っている訳でもないみたいだけれど」

そんな事をこそこそと話していると、笑顔のなのはが振り返り、二人は意味もなく背筋を伸ばしてしまう。

「二人ともどうしたの? 早く帰ろうよ」

「お、おう」

「そやね、すぐ行く。…………御神流云々は関係なく、更に鋭くなるような予感はするわ、うち」

なのはに返事を返し、後半は晶へと小さな声で言えば、晶も同意するように大きく頷く。

「ああ、その事に関しては俺も同感だよ」

家族の退院に喜びを表しながら前を行くなのはの背中を見て、二人は何とも言えない表情で互いに見詰め合う。
玄関で手続きを終えた桃子と合流して久しぶりとなる高町家へと続く道を歩く。
そんなレンたちの前から制服姿の恭也と美由希がやって来る。

「あ、お師匠」

「無事に退院できて何よりだ」

「おめでとう、レン」

「おおきにです、お師匠、美由希ちゃん」

軽くレンと言葉を交わし、恭也は晶から荷物を取る。

「で、次に来院はいつなんだ」

「一週間後になってます。まあ、うちとしてはもう大丈夫なんやけれど」

「そればっかりは検査しないと何とも言えないしな。ここで無理をしてまた入院なんていう事になるのも嫌だろう。
 医者の言う事は大人しく聞いておくんだな」

レンの言葉に恭也がそう言えば、皆が揃って驚いたような顔を見せる。
すぐに何を言われるのか理解して足を速める恭也だったが、それにピッタリと付いて行き美由希が皆を代表するように言う。

「まさか、うちで一番医者の言う事を聞かず、病院に顔を中々出さない恭ちゃんがそんな事を言うなんてね。
 雪でも……ううん、槍でも降るかも。寧ろ、天変地異が起こるかも?」

皆も似たような事を思いはしたが、余計な一言が美由希の言葉には入っていた。
全員が次に起こる事を理解し、そしてその通りに美由希は額を押さえて恨めし気に恭也を睨む。

「家庭内暴力だ!」

「黙れ、メガネ」

「って、既に名前じゃなくてパーツで!?」

「文字通り、お前の頭上に槍を降らせてやろうか」

「かーさん、恭ちゃんが虐める!」

「おお、よしよし。悪いお兄ちゃんね」

泣き付く美由希を桃子があやし、軽く恭也を嗜めるのだが恭也は知らん顔で先を歩く。
ある意味、いつも通りの光景にレンはしみじみと帰ってきたんだなと感じる。
尤も、恭也と美由希からすればこんな事で感じないでくれと言うかもしれないだろうが。
無事に退院したとは言え、当然ながら当分の間は激しい運動は元より外出するにも幾つかの注意事項が設けられている。
故に自宅療養という形とも言えるような常態で、学校へと行けるのは少なくとも来週の検査次第である。
それでもずっと病室に居たレンにとっては思わずスキップしたくなる程に嬉しい事であり、知らず本当にしそうになる。
が、僅かばかり早足になったレンの腕を晶が掴み、

「お前、もう少しゆっくり歩けよ」

「……はぁ、あんな晶。幾ら何でもそれは心配のし過ぎやで」

「べ、別に心配なんてしてねぇよ! ただ、またお前が倒れたりしたら、桃子さんたちが心配するだろうが」

「そうか、あんたは心配してくれへんねや」

儚げな表情を覗かせ俯くと、そのまま晶から顔を隠すように反対側を向く。
それを見て晶は言葉を焦り詰まらせるも、どうにか搾り出すような小さな声で、

「し、心配するに決まっているだろう」

思い切ってそう口にして改めて顔を真っ赤にさせて俯いてしまうも、その直前にいつの間にかこっちを見て笑っているレンを見て、
晶はからかわれたと悟り怒り出す。が、それでも手を出さないだけの冷静さはあったようだが。

「あははは、ごめんやで晶。でもな、前にも言うたやろう。
 あまり気を使われるんも結構辛いんやで」

「ちっ、悪かったよ。でもな、一応、医者からも走ったりするのは禁止されているだろう」

「うちかてちゃんと分かってるって。そもそも、さっきは別に走ろうとした訳やないんやで?」

「ぐっ、退院祝いだ。さっきのは俺の早とちりって事にしとくよ」

しとくも何もそれが事実なのだがレンは敢えて口にはせず、感謝しますと冗談めいた口調で返すに止める。
何はともあれ、こうして無事に退院できたレンであった。





つづく、なの







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