『リリカル恭也&なのはTA』
第26話 「遊びに行こう」
十月に入り、ようやく暑さも少しは落ち着きを見せ始めた日曜日。
恭也たちの姿は海鳴市の北東に隣接する遠見市にあった。
海鳴同様に緩やかな山が市の西側に位置し、海はないながらも比較的穏やかな気候を保っている。
市の中心へと向かうほどに賑やかな賑わいを見せるこの市の名物の一つにテーマパークがあった。
今、そこに恭也を含めてなのはとその友達、そして美由希の姿があった。
ご機嫌な様子で園内を歩くなのはたち年少組みの後ろに保護者として恭也と美由希、そして忍が続く。
「子供は元気だね〜」
「あははは、まるで年寄りみたいな台詞ですね、忍さん」
全くだと心の中で同意し、恭也は先に行ってしまわない様になのはたちに声を掛けておく。
一応、元気な返事が返っては来るのだが、本当に分かっているのかなのはたちはいつ走り出しても可笑しくはない速度で進んで行く。
それを視界に収めつつ、恭也たちも僅かばかり足を早め、今更ながらにチケットをくれた忍に礼を言う。
「気にしなくても良いってば。偶然、ノエルが福引で当てただけだし。
那美は仕事でちょっと残念だったけれどね」
「レンも悔しがってましたよ。出掛けに冗談半分に今日一日はごろごろ妖怪と化すとか言ってましたし」
「晶も練習がなければと言ってたな。まあ、二人と那美さんには何かお土産を買って帰ろう」
「そうだね。あ、かーさんにも買っていかないと」
「私はノエルに買って帰ってあげよう」
恭也の言葉に頷き、美由希と忍はそれぞれ家族の事を思い出してそう口にする。
それを聞き、恭也はふと思い出したように忍へと尋ねてみる。
「ファリンには?」
「それはすずかが買って帰る約束してたからね」
「すずかが?」
「ええ。ほら、あの子今は色々と興味を示すじゃない」
少し苦笑めいた笑みを見せる忍に恭也は確かにと頷く。
「ああ、そうだな。にしては、今回はよく留守番をしているな。
何となくだが行きたいと言い出しても可笑しくはないイメージだが」
「あははは、その通りよ。確かに言ってたわ。でも、ノエルが私たちが居ない間に徹底的に家事を仕込むって意気込んでね。
まあ、礼によって可笑しな事を並べ立てて不満を言ってたんだけれど、そこですずかが土産を持ち出して何とか宥めたって訳」
「ああ、だからすずかが土産をって話になるのか」
「そういう事」
今頃、ノエルによって普段以上に色々と教え込まれているだろうとちょっと遠い目をする。
その中にはファリンの性能向上を願っている色が見て取れ、恭也は言葉もなく慰めるように肩に手を置くのであった。
一方、二人の会話に置いてけぼりにされた形になった美由希は拗ねるでもなく、手元のパンフレットに視線を落としていた。
「はぁ、そこまで活字中毒か。とりあえず、お前は文字があれば良いみたいだな」
「む、失礼だよ恭ちゃん。文字じゃなく、ちゃんとした文だもん。
じゃなくて、どうやって回ろうかって考えていたんだよ」
「分かった、分かった。だがな、そんな心配はいらないと思うぞ」
言って恭也が指差す先を見れば、既に列に並んでこちらに早く来るように促しているアリサたちの姿があった。
「うっ、並んでいるって事はあれに乗るつもりなんだよね」
アリサたちが並んでいるアトラクションを見て、美由希が確認するように聞くも忍は逆に嬉しそうに頷き、
「もしかして、美由希ちゃん絶叫マシンは駄目だったりするの?」
「あ、いえ、そうじゃなくて」
「これは単純に人込みが苦手なだけだ。特に行列とかは、その先にあるのが食べ物か本じゃない限りはな。
もっと普段から外に出て慣れれば良いのに」
「滅多に外に出ない恭ちゃんに言われても……」
恭也の言葉に納得する忍の隣で美由希はふてくされた感じで文句を口にすれば、恭也もそれに対して反論する。
「俺はお前よりも出ていると思うぞ。そもそも時間があれば庭いじりか読書のお前よりもな」
「ガーデニングと言ってよ。そういう恭ちゃんだってあまり変らないでしょう。
盆栽を弄っているか、本を読んでいるじゃない。第一、私は走り込みしたりして外に出てるもん」
「俺だって走り込みで外に出たりしている。この間の休みだって鍛錬で外に出たしな」
「うっ、こ、この間は新刊が出たからだもん。その前にはちゃんとランニングの後に道場で鍛錬したし」
「ふっ、道場は室内だ」
忍を挟んで言い合う二人の会話を聞きながら、忍はこっそりとどっちもどっちだと呟き肩を竦める。
当然、それを口に出したりして矛先が自分に向くような真似はしない。
そもそも、忍自身がインドア派だという自覚があるだけに。
まあ、私はちゃんと自覚しているだけ二人よりましよね、と心の中だけで付け加えるのである。
一方、互いににらみ合っていた二人であったが不毛だと気付いたのか、言い合いを止める。
決してなのはたちに近付き、二人して注意される事を恐れた訳ではない。
尤も、なのはは遠目からでも二人の様子に気付いてはいたが、いつもの事だと放置するつもりであったが。
何はともあれアリサたちに付いて列に並び、恭也は改めて並んでいるアトラクションを見上げる。
大抵の遊園地などにはあるであろうジェットコースターで、速度もそれなりに出るようだ。
大きな回転や捻りはそれほどないようだが、距離はあるようである。
何となしに上がる絶叫を聞きながらコースを目で追っていると、
≪これがジェットコースターという物なんですね≫
グラキアフィンが念話で話し掛けてくる。
≪そうだが、興味があるのか?≫
≪そうですね、少し興味がありました。この間、主様には進行方向がばれてしまうと言われて開発をやめた魔法の道を、
あのような複雑なコースで作り上げて欲しいとなのは嬢に頼まれて作った所、その上を滑られて遊んでらっしゃいました。
その際、なのは嬢が口にしていたのでどのような物かと興味を持ち≫
グラキアフィンの言葉に恭也は思わず眉間に皺を寄せそうになるのを指で押さえ、こちらを見上げていたなのはを見下ろす。
どうやら今の念話を聞いていた、いや、聞かせていたのか、なのはは罰が悪そうな顔を見せるも、
≪あ、あれはあれでちゃんと魔法の特訓だったんだよ。足元に魔法を展開して滑る事で制御の特訓を。
ほら、同じやるなら楽しい方が良いかなって……うぅぅ≫
≪まあ、別にグラキアフィンが良いのなら構わないんだが。一体、いつの事だ?
そもそも、何故俺が知らないんだ?≫
恭也の記憶にある限り、グラキアフィンをメンテナンス以外で手放した記憶はない。
にも関わらずに恭也が知らないというのが不思議だったのだが、すぐにグラキアフィンから答えが出てくる。
≪この間ではなく、その前の初めての長期改修に行く前ですわ。
準備の為に私を部屋に置いて出かけてもらった時になのは嬢が訪ねて来られて≫
知らぬ間に部屋に入り、勝手に持ち出していたのかと溜め息を吐く恭也になのはは必死に言い訳を続ける。
まあ、別に構わないがと前置きし、それでも注意しておく。
目に付く所やすぐに分かるような所に置いてはいないが、それでも鍛錬時に使うような物や小太刀は比較的出し易い場所にある。
誤って弄れば怪我する事だってあるのだから。なのはもその辺はよく分かっているのか、素直に謝ってくる。
元々勝手に持ち出すような子ではないし、今回は机の上にあった上にグラキアフィン自身の許可もあっての事である。
恭也もそれ以上は言わないでおく。
そうこうしている間にも列は進み、いよいよ次は恭也たちまで順番が回ってくる。
と、そこでそれまですずかと話していたアリサが恭也の隣に並び、
「恭也はここに来た事あるのよね」
「うん? ああ、何度かなのはたちを連れて来た事があるが。アリサは初めてだったか?」
「ここの遊園地は何回かあるけれど、ジェットコースターは初めてだわ」
アリサとそんな話をする恭也の前ではなのはとすずかが何やら猫について話をしている。
「そんなに大変なの?」
「うーん、大変と言うか。ファリンを宥めるのが大変だったかも」
何か思い出したのか、すずかは珍しく苦笑いを見せてその時の事を話す。
「ファリンは嫌われていると思っているみたいだけれど、寧ろ気に入られているみたいなんだ。
ただ、ファリンに言わせるとね、自分は猫たちから下に見られて、からかわれているんだって」
「気のせいじゃないの?」
「私もそう言ったんだけれど。
そんなはずないですよすずかお嬢様。だってお姉さまの言う事はよく聞くのに、私の時は……。
うぅ、お茶を運べば三匹が一斉に私の足元を、このまま放っておけばバターになるんじゃないかというぐらいにぐるぐると回ったり、
窓を拭いていれば、お前の腕は巨大な猫じゃらしだから、大人しく俺たちの玩具になってれば良いんだよ、
とばかりに一斉に飛び掛ってきたり、床を掃除していれば、俺様の前に跪くが良いとばかりに人の体によじ登り、時には頭に乗られ、
高い壊れ物を持っていれば、落とせ落とせと一斉に合掌する猫たちと、実行する猫部隊が足に手に群がり、
餌を上げようとすれば、まず最初に食べるのはお前だと言わんばかりに襲い掛かられ、
猫の猫による猫の為の生活を邪魔する異物として認識されているんですよ、きっと! って言うんだよ」
「あ、あははは、相変わらずみたいだね。でも、本当にそうなの?」
「ううん。お茶の時はファリンの足に玩具が絡まっていてそれを追ってただけだし、
窓拭きの時はファリン、その前にノエルに魚の捌き方を教わって、ちゃんと手を洗ってなかっただけみたい。
床掃除で屈んでいた時は、丁度、あの時間、あの場所の日当たりが一番良いからだし。
襲い掛かられたのは、その直前にマタタビの粉を溢して、それが体に付いたままだったんだけれど」
すずかの言葉になのははただただ笑うしか出来ない。
それを見て少しは可哀相に思ったのか、頑張っているし少しずつだけれどましになってきていると力を込めて言う。
そんな二人の様子を眺めながら、恭也は確認するように忍を思わず見てしまう。
すると忍も気付いたのか、恭也の視線に無言のまま頷く。
と、それまで忍と話していた美由希が思い出したように言う。
「そう言えば、私はまだファリンさんには会った事なかったな〜」
「そうだったっけ?」
「うん。でも恭ちゃんやなのはから話は聞くよ。結構、ドジみたいだね」
「仲間が増えたって喜んでる?」
忍が意地悪にもそう聞けば、美由希は流石に私はそこまで酷くないと反論する。
が、その意見に反対の声が前から上がる。
それは恭也、ではなくアリサであった。
「この前、遅刻するとか言って必死に走っていたのは誰だったかしら?」
「アリサ、遅刻ぐらいならドジでも何でもないだろう」
アリサの言葉に思わず恭也がそう言うと、忍もそうだよねと同意するような事を口にする。
一方、美由希は慌てたようにアリサの口を塞ごうとするのだが、アリサは上手く交わして恭也の背後に隠れると、勝ち誇った顔で、
「まあ、普通の遅刻ならそうなんだけれど、不思議に思わない二人とも。
美由希が遅刻すると走っているのを私が目撃していたのよ。それなら、私も遅刻じゃない」
言われて確かにと思うもすぐにある事を思いつく。
が、流石にそれはないだろうと美由希を見るのだが、美由希は小さく身を屈めながらも知らん顔であさっての方向を向く。
そんな美由希を前にしても容赦なく、アリサはあっさりとばらすように言う。
「想像通り、日曜だったのよ」
「あうぅぅ。酷いよ、アリサちゃん」
「何がよ。そもそも、私に出会った時点で気付かず、声を掛けた私に遅刻するから話ならまた後でねって」
飽きれ返るわとばかりに大げさな仕草で両手を天に向けてやれやれと首を振る。
指摘された美由希はもうやめてと肩を落とすしかなく、それを見た忍は美由希の肩にポンと手を置き、
「無様ね」
「はうっ」
止めを刺す。
「悪魔か、お前は」
「あははは、冗談よ、美由希ちゃん。ほらほら、そんなに落ち込まない。
ドジな所も美由希ちゃんらしいわよ」
「うぅぅ、全然褒められている気がしないのは何故なんだろう恭ちゃん」
「褒められていないからだろうな」
「うわぁぁん」
恭也にまで止めの一言をもらい、叫ぶ美由希であった。
その後もあちこちを回り、昼食も終えてそこそこ時間が過ぎた頃、恭也たちは遊園地の一角に来ていた。
が、実際にはそこにはパンフレットにあるアトラクションはなく、あるのは立ち入り禁止の看板だけであった。
「どうやら工事中のようだな」
「えー、つまんないわね」
文句を言うアリサの後ろでは明らかにほっと胸を撫で下ろす美由希の姿があった。
何せ、これから行こうとしていた場所は美由希にとっては行きたくない場所だったのだ。
逆にアリサは看板に向かって文句を言っており、それを恭也やなのはが宥めていた。
「大体、どうしてお金を払ってまで怖い目に遭いたいと思うんだろう」
心底不思議そうに言う美由希の前には閉鎖されてはいるものの、血を思わせる色でホラーハウスの文字が。
一人喜んでいる美由希の背中をすっと這うような感触が伝う。
「はうっ! って、忍さん何をするんですか!」
「あははは、ごめんごめん。でも、そこまで驚かなくても。しかし、本当に残念だわ。
美由希ちゃんの反応を見たかったのに」
美由希の背中を人差し指ですっと撫でて悪戯した忍はあっけらかんとそう言う。
対する美由希はまだむず痒いのか、体をもぞもぞと動かしつつも閉まっててくれた事に感謝する。
「でもさ、場所が場所だけに工事中って意味深じゃない?」
「な、何がですか?」
「んふふふ、つまり〜、本当のお化けが出て〜」
「わーわーわー、きーこーえーなーいー」
「あ、あそこに何か影が」
「その程度では騙されませんよ」
ホラーハウスに背を向けて耳を押さえる美由希であったが、忍の声はしっかりと聞こえているようでそう返す。
が、丁度その時、そのホラーハウスの入り口が内側から開き、甲高い声が響く。
「くぅーん」
「きゃぁぁ、出た! 昼間なのに非常識すぎるよ! 同じく非常識代表の恭ちゃん、相手をお願い!」
軽く錯乱でもしているのか、美由希は信じられない程の速さで恭也の背後に回るとそのまま声のした方に恭也の背中を押す。
呆れたように溜め息を吐きながらも、恭也はとりあえず言われた事に対する制裁を美由希の額に加え、
「落ち着け、馬鹿者。よく見てみろ」
「うぅぅ、見たら魂が吸われたりしない?」
「しないと思うな、お姉ちゃん」
なのはにまで言われ、額を押さえながら美由希は恭也の背中から顔を出す。
と、そこには地面に鎮座してこちらを見上げてくる子狐の姿があった。
「くぅ〜ん?」
「く、久遠?」
首を傾げる久遠を見て、美由希が胸を撫で下ろしているとその後ろから那美が姿を見せる。
「ごめんなさい、美由希さん。何か驚かせたみたいで」
「あれ、那美さん? どうしてここに? 今日はお仕事だったんじゃ……」
そこまで口にして、那美が今出てきた場所を見て、続けて那美、忍へと視線を移して忍へと詰め寄る。
「忍さん、知っていたんですか!? やっぱりここには本物が!?」
「あー、とりあえず落ち着こう美由希ちゃん。流石に私も言った事が本当だったなんて知らなかったから」
困ったように恭也を見るも、もう少し待てと首を横に振られる。
仕方なく忍は美由希が少し落ち着くまで、その体をがくがくと前後に揺さぶられる事になる。
「で、落ち着いた美由希ちゃん」
「うぅぅ、ごめんなさい忍さん」
「いや、まあ良いんだけれどさ」
忍と美由希が騒いでいる間に那美から大体の話を聞いた恭也が美由希にも説明してやる。
簡単に言えば今日の仕事はここであって、それが終わったとの事。
そして、遊園地側の好意で除霊のお礼にこの後楽しんでくれと言われたものの、一人でどうしようかと思っていたら、
久遠が走り出し、慌てて後を追った所でさっきの場面に出くわしたという訳である。
美由希が取り乱している間に一緒に回る話になったらしく、那美はよろしくと頭を下げてくる。
「ううん、那美さんの仕事が終わったって事はもう大丈夫だもんね。
だったら一緒に遊びましょう」
一転してご機嫌な様子で那美の手を取る美由希に那美も嬉しそうに笑って返す。
こうして那美と久遠を加えて恭也たちはこの後も遊園地を楽しむ。
ミラーハウスで出口に辿り着けず、美由希や那美が何度も頭もぶつけたり、
コーヒーカップを調子に乗って回す忍に付き合ったすずかが顔を真っ青にしてフラフラになったり、
メリーゴーランドに危うく乗せられそうになり全力で断る恭也の姿があったりしたが、特に大きな問題もなく帰宅の時間を迎える。
「流石に疲れたみたいね」
言って電車の席に並んで座り眠りこけている年少組みを見下ろす忍の顔は優しげなものであった。
「久遠もずっと子供の姿をしていて疲れたみたいですね」
今も子供の姿のままなのはの肩に頭を乗せて眠る久遠の落ちてきた髪を後ろへとやりながら那美も言う。
電車に揺られながら、まだ人の数も僅かな車中で那美は不意に顔付きを真剣なものに変える。
「丁度良い機会ですから、ちょっと良いですか」
吊り革に掴まりながら、やや声を抑えて言う那美に恭也たちも静かに頷く。
出来ればなのはたちには聞かせたくない話なのだろうとやや身を寄せ合う。
「実はここ最近、海鳴市だけじゃなくその周辺の市も含めて可笑しな霊障が起こっているんです。
薫ちゃ……んっ、当主たちも調査しているみたいですけれど、皆さんも充分気を付けて下さいね。
驚かす事になってしまうかもしれませんけれど、知っているのと知らないのでは咄嗟に対処も違うと思うので。
何かあればすぐに逃げて、私に電話してください」
いつになく真剣な声で言う那美に忍たちも頷き、何かあった時は頼むと告げる。
今日中にも伝えようと思っていた事を伝える事が出来て、那美もほっと一安心する。
その後は普通に話をしながら、恭也たちは海鳴へと帰って来る。
駅に迎えの来た忍たちはアリサを送って行き、美由希となのはは揃って帰り、神社に寄るという那美を恭也が送って行く。
人気のない神社へと続く階段を登って少しして、那美と同時に恭也も異変に気付く。
階段の脇を進んだ奥から、霊気とも呼ぶべきものが急に湧き上がってきたのだ。
「恭也さんはここに居てください」
「いや、俺も一緒に」
「……分かりました。でも、危険な事はしないでくださいね。
一応、霊に関しては私の方が専門ですから」
「分かってます」
久遠が先に立ち、那美、恭也と続いて異変を感じた場所へと向かう。
後数メートルといった所で、不意に恭也の前を歩いていたはずの那美の姿が消える。
≪ラキア、これは?≫
≪恐らくは結界ですね。しかし、私の知るどの結界とも違います。
恐らくはこの世界古来から伝わる物ではないかと。他社を隔離する物ではなく、認識をずらしているような感じですね≫
≪破る事は出来るか?≫
≪データが不足してますが、強度自体は強くないようなので力技でなら≫
≪分かった≫
グラキアフィンの返答を聞くなり、恭也はデバイスを起動させて戦闘形態へと移行させる。
一刀を構え、一刀は鞘に収めて腰の後ろ側に固定させるとグラキアフィンの切っ先を前方へと向ける。
≪方向はこっちで良いのか?≫
≪問題ありません。後は収束した魔力を放つだけです。チャージに後二秒ください≫
≪分かった。しかし、どうして俺と那美さんを分断したんだ。狙いは那美さんか?≫
≪その可能性は大きいかと思われます。寧ろ、那美嬢が内部に取り込まれたと見るべきでしょうね。
チャージ完了、いきます!≫
恭也から了承の意を伝えられ、グラキアフィンの切っ先に収束した魔力が放出される。
十メートルほど進んだ魔力光はそこで見えない壁にぶつかったように四方へと広がりを見せ、
一秒後に何かを貫くように再び真っ直ぐに飛んで行く。
≪結界の破壊を確認しました。武装はどうしますか?≫
≪とりあえずはこのまま戦闘形態で頼む≫
警戒しながらも那美の気配を探し、すぐに走り出す。
十数メートル進んだ先に那美は既におり、こちらも見つけると安堵の吐息を漏らす。
「怪我はありませんでしたか、恭也さん」
「いえ、寧ろ那美さんの方は?」
「はい、何ともありません。しかし、一体何がしたかったんでしょうか?」
那美は首を傾げつつ、恭也と別れた後の事を話してくれる。
結界が張られた事に気付き、それが自分を取り込んだ事にも気付いた那美は久遠と二人周囲を警戒していた。
見えない何者かは確かにこちらに敵意を向けていたのだが、それが不意に消え、暫くすると結界も消えてしまったと。
「それからすぐに恭也さんが来てくれたんですが」
「そうですか。人違いだったとか?」
「どうなんでしょうか。どちらにしても、調べる必要はあります」
そういう那美の言葉に頷き、恭也も那美と一緒に周囲を見て回る。
そんな三人の様子を遠く離れた場所から見ている一つの影があった。
影の視線は那美ではなくその隣の恭也へと向けられていた。
「魔を祓う術や、私たちの知る術ともまた違う未知なる技。非常に興味深いわ。
予定とは違うけれど、神咲の退魔士よりもあちらの方が良いかもね」
そう呟くと怪しげな笑みを溢し、その姿は消え去る。
後にはただ静寂のみが残され、誰かがそこに居たという痕跡さえも残ってはいなかった。
つづく、なの
おまけ 〜没ネタ〜
知らぬ間に部屋に入り、勝手に持ち出していたのかと溜め息を吐く恭也になのはは必死に言い訳を続ける。
まあ、別に構わないがと前置きし、それでも注意しておく。
≪一応、俺の部屋には色々と厄介な物があるから下手に家捜しはしてくれるなよ≫
しないだろうと思いつつも注意しておく。今後、もしまたやってこられて家捜しをされても困る。
勿論、元々そんな事をするつもりのなかったなのはは慌てたようにすぐに頷くが。
≪あの時だって、机の上にあったからだし勝手に漁ったりなんてしないよ。
そ、それにお兄ちゃんも男の子だし、見られたら困るような物もあるかもしれないもんね≫
顔を赤くして言うなのはに何処で覚えたと突っ込みたいのを堪え、
≪お前の考えているような物はないからな≫
≪べ、別になのはは気にしないよ≫
≪いえ、なのは嬢。主様のお部屋にそのような物は本当にありません。
それはそれで多少、どうかとも思われますが≫
≪ええ、お兄ちゃんどこか可笑しいの!?≫
≪酷い言われようだな。まあ、それは今は良い。本当に危険だからやめるように≫
≪はーい。でも、ないのにそんなに注意しなくても。あ、やっぱり……≫
≪違う! そうじゃなくて、武器とか色々と隠してあるから下手に触ると本当に危ないんだ≫
≪あ、そうか≫
≪確かに、火薬そのものだけなら問題ありませんが、それが僅かとは言え手に付いたまま何かあれば発火しますしね≫
≪ああ。それだけじゃなく、触るだけでも危険な薬物もあるしな≫
≪私としてはやはりプラスチック爆弾が危険ではないかと≫
≪いや、触れるだけならそれは問題ない。それを言うのなら寧ろ、忍が戯れに作った時限式のスイッチの方が危ない≫
≪あら、それでしたらやはりあの劇薬の方が……≫
主従揃って危険な会話をするのを聞くに辺り、なのはは知らず流れ出た冷や汗を拭いもせず、
≪こ、これからお兄ちゃんの部屋に入る時はバリアジャケットを展開して、その上で注意する事にします。
それと、決して何も触らないようにしよう≫
そう固く心に誓うのであった。
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