『リリカル恭也&なのはTA』






第27話 「緊迫」





息を呑むような重苦しい空気を自ら生み出しながら、ゆっくりと目の前の容器へと仕上げとなる最後の工程を加える。
時刻は恐らくは昼前といった所なのだが、締め切られた窓にはきっちりとカーテンが閉められ、外の様子では窺えない。
時計を見れば分かるのだが、その余裕もなく電気の点った部屋は常に明るさの下にある故に大よそでのみ時間を知る。
が、その余裕すらもないのか、目はじっと一点を見つめ、震える指を押さえるようにゆっくりと一掴み。
周囲に僅かなりとも人の気配がする所から鑑みるに、一応は他にも居るのだろうが、揃って無言を貫いている。
その瞳はどこか虚ろで、作業をしている者を見ているようでもあり、違う所を見ているようでもある。
揃って生気のない顔をしているという共通点はあるものの、年齢などはバラバラである。
いや、年長と思える子ですらまだ若いと言える年齢からまだ若い者たちと言えるであろう。
比率的に女性の方が多く見られるが、それは作業をしている者にとってはどうでも良い事である。
大事なのは、この仕上げでしくじらない事のみ。これさえ上手く行けば、念願が叶うのも間近なのだから。
ふと作業をしつつ、先日見たある青年の技を思い出す。
今は気にしている場合ではないのだが、何故か浮かんできてしまったのは仕方ない。
いずれ、詳しくと考えてゆるりと気を持ち直すように首を横へと振る。
今、考えるべきは目の前の作品であって、その事は関係ない。
どうも長時間の工程も終わりを目前にして、多少緊張の糸が緩み集中力が落ちてきているのかもしれない。
改めて気を入れなおすと、本当に最後となる最後の工程を投じる。
後は蓋を閉じ、

「で、出来た……」

呟くと同時に辺りからも息を吐き出すような音と共に安堵の声が上がる。
それを聞きながら火を消して、出来上がった鍋を満足そうに見下ろす。

「お昼ご飯の完成だよ〜」

先程までの緊張した顔を満面の笑みへと換えて、美由希はリビングで固唾を飲んで見守っていた恭也たちに声を掛ける。
言われた恭也たちは、逆に未だに不安そうにしつつも努力している姿を見ているだけに逃げる事もできず、大人しく座して待つ。
美由希の隣で手は出さずに口だけを動かしていたレンは恭也たちの反応に苦笑しつつ、

「美由希ちゃん、とりあえず運びましょう」

そう進言し、自らもエプロンを外すと既に並べられていた食器の前、いつもの位置に座る。
恭也たちもちゃんと席に着き、美由希が置いていく料理を未だに心配そうに見る。
全員が卓に着くと、揃っていただきますと口にし、しかし誰も料理に手を出さない。

「どうしたの、皆? 早く食べないと冷めちゃうよ」

屈託なく言ってくる美由希の視線から僅かに顔を逸らしつつ、恭也は一連の調理を見ていたレンへと視線で窺えば、

「大丈夫ですよ。今回はちゃんと本の通りにしてましたし、可笑しな事をする前に止めましたから。
 まあ、ちょっとまだ包丁になれてないせいか、具の大きさがバラバラで火の通りが多少心配ではありますけれど」

「そうか」

レンの言葉に覚悟を決め、目の前のカレーへとスプーンを突き刺し、全員がこちらを見ているのに気付いて手を止める。

「見てないでお前たちも食べたらどうだ?」

「あ、あははは。えっと、いただきます」

「いただきます」

恭也に言われ、また美由希の期待する目を前にしてなのはと晶も大人しくスプーンを手に取る。
一方、感想を待っているとばかりに美由希は皆が食べるのを待ち、レンも同様にスプーンを手にする事もない。
それに気付いた晶が真っ先にレンへと声を掛ける。

「おい、レン。お前から食べてみろよ」

「残念や晶。うちも折角の美由希ちゃんの手料理や。食べたいのは山々なんやけれど、食事制限がな」

「いや、お前が病人なのは認めるが、食事制限はなかったよな?」

睨むように晶がレンを見るのをとぼけた顔で躱すのだが、恭也やなのはまでが見ているのに気付いて笑みを見せる。

「いややわ、冗談ですよ。さっきも言ったとおり、今回は大丈夫ですって」

言って自分もスプーンを手にする。それを見て手を止めていた恭也たちもようやく一口掬い上げ、全員の視線が恭也へと向かう。
こればかりは仕方ないと恭也は自ら率先してそれを口に入れ、

「…………」

「ど、どうかな恭ちゃん」

飲み込み終えたのを見て美由希が恐る恐る尋ねると、恭也は僅かに目を開き、

「普通に食べれる」

「やった! って、ちょっと待ってよ。もうちょっと美味しいとか、美味いとか、美味とかないの?」

「何故、どれも同じ意味の言葉ばかり並べる。そもそも市販のルーを使って、今までこうならなかった方が驚きだ」

「むー、少しぐらいは褒めてくれても良いじゃない」

「だから食べれると褒めただろうが」

何故、文句を言われなければならないのだと憮然と返す恭也に、

「それって褒め言葉なの!?」

と更に返す美由希であったが、晶たちも食べたのを見て感想を求める。

「えっと、まあ悪くはないと思うよ。ただ、ちょっと水が多いような気が。
 後、レンが言ってたように大きく切られた具はまだちょっと硬いのが残ってるけれど、これぐらいなら問題ないと思うよ」

「ちゃんとカレーの味だよ、お姉ちゃん」

自分の期待した言葉とは違うが、なのはのそれは褒めているのか疑問に思いつつ、それでも多少は満足したのか自分も口に入れる。

「う、本当にちょっと硬い」

「まあ、その辺りはこれから修行という事で。まあ、何はともあれ無事に出来て良かったです」

「レン、ご苦労であった」

「どうもおおきにです」

「って、恭ちゃん、そこは私にじゃないの!?」

何故か作った美由希ではなくレンへと労いの言葉が投げられる事に突っ込みを入れるも、恭也は分からないのかと真顔で聞いてくる。

「うぅぅ、うちの兄が、兄が……」

「はぁ、まあ冗談はこれぐらいにしておいて、お前もまあ今回はよく頑張ったな。
 この調子で精進するが良い」

「あ、うん!」

恭也に褒められて嬉しそうな顔をする美由希を見て、なのはもまた胸を撫で下ろす。
レンの代わりに昼食を作ると言い出した時にはどうなるかと思ったが杞憂で済んだようである。
可笑しな事をしないように横で指示を出したレンに思わず恭也が労いの言葉を掛けたのも納得である。
美由希の料理をお替りし、満足した所で美由希は片付けも買って出る。
これに関しては問題ないので皆、美由希に任せる事にする。

「帰ってきたら、かーさんにも食べてもらおう」

「そうだな。今日の昼は少し遅くなると言ってたしな。
 もう一度火に掛ければ、固かった具も柔らかくなるだろう」

まだ桃子が食べる分ぐらいは残っていると鍋を見て言う恭也に、レンが少々引き攣った笑みを見せる。

「あー、お師匠。実は言っておかないといけない事がありまして」

「どうしたんだレン、改まって」

「実は……」

言って席を立つとレンはキッチンに向かい、そこから大鍋を一つ持ってくる。
それをテーブルに置くと蓋を取り、

「止める間もなくルーを大量に放り込んだんで、味の調整の為に鍋二つ分になってしまいまして」

「……全部のルーを使ったのか」

「あー、実は鍋二つ言うんは、後という単語が前に付きまして」

「どれだけ入れたの、美由希ちゃん?」

レンの言葉に思わず美由希を見れば、何故か照れたような顔をして見せ、

「えっと二種類のルーをブレンドしてみようと思ったら……」

「もう良い。大体の事情は分かった。とは言え、食べれる以上は捨てるなんて出来ないし、仕方ないが暫くはカレーだな」

「ほ、ほら、カレーうどんやライスじゃなくてナンという手もあるし」

必死でそう言う美由希であったが、自身もやはり失敗したと思っているのだろう、徐々に声が小さくなっていく。

「まあ、その辺りも徐々に慣れていけ」

それだけを言うと、恭也は他に何も言わずに席を立つ。

「とりあえず、今日の晩はカレーに決定した事だし、少し腹を空かせる為にも体を動かしてくる」

「あ、道場でやるんだったら、後で私も行くけど」

「ふむ、走る予定だったんだが、それなら道場で体を温めるか」

予定を変更し、道場で打ち合うことにすると恭也は道具を取りに部屋へと向かう。
その後に続きながら、なのはも鍛錬すると部屋に着替えに行く。
そんな兄妹の会話を聞きながら、晶とレンは顔を見合わせる。

「まさか、なのちゃんまで似たような休日の過ごし方をするようになるとはな」

「ほんまに、これ以上勘がするどくなったらどないしようか」

それ以前に喧嘩をしなければ良いのだが、二人にとって既にコミュニケーション、習慣に似たようなものとなっているので無理だろう。
本当に冗談ではなく、精神的だけでなく肉体的にも追いつかれるのではと晶もこの後ランニングに出掛け、
レンも体が完全に治った時には一度、本気で鍛えようかと頭を悩ますのであった。



 ∬ ∬ ∬



耳が痛くなるほどの静寂の中、薄暗い部屋の中に居てその人物はうっすらと唇を笑みの形に歪める。
ただし、その笑みは見ている者の心を和ませたり、明るくさせるようなものではなく、何処か禍々しさを感じさせるものである。
窓一つない、もしかしたら地下ではと思わせる打ちっぱなしのコンクリート壁に四方を囲まれたそこには、他に人影はない。
出入り口はその人物の背後に一つ。
残る三方のうち入って左手には机や棚が並んでおり無造作に積まれた書籍やメモらしき物が散乱し、足元にまで散らばっている。
右手にはこちらは逆にきちんと中身が整理された棚がならんでおり、そのどれにも薬品と思しき瓶が並んでいる。
そして、正面。この部屋の主が見つめる先には、三メートル近い天井に届くかと思われるほどに長大なガラスの器。
中は緑がかった液体で満たされており、時折気泡が生まれては上へと昇り消える。
その頂点部はガラスではなく、何かの金属が覆い被さっており、そこからコードが下へと伸びる。
コードの伸びた先、器の底部にはこちらもまた金属製の何かで作られており、
ガラスの器が直径一メートル少々なのに対し、その倍以上の三メートルはある。
器を載せる台座のように下に向かってゆるやかに広がりを見せているものの、その高さは精々が二十センチあるかどうか。
だが、その横や後ろには頂点部から延びたコードの他にも多数のコードが伸びており、適当に配線したのか絡まりを見せている。
そんな器が並んで二つ鎮座していた。
だが、機械音は一切聞かれず、先に述べたように恐ろしいぐらいに静けさの中にある。
時折生まれる気泡が立てる音がそれを破るのみで、笑みを浮かべる人物の口からも声は漏れていない。
その人物は動く事無く、右に位置する気泡も生まれない、液体のみで他には何もない器の中をじっと見つめる。
その視線は揺らぐ事なく、ただ一点のみを見つめており、寧ろそれはここではない何処か遠くを見詰めているようであった。
いつまでも続くかと思われたそんな時間は不意に動き始める。背後の扉がノックされる音によって。
自らの思考を邪魔された形になったにも関わらず、その人物は特に機嫌を損ねる事もなく、
まるで来るのが分かっていたとばかりに扉へと向かう。その先に居たノックした者に声を掛ける事もなく、部屋を後にする。
それに不満そうな感情を抱くこともなく、呼びに来た者はただ静かに扉を閉めて後に続く。
部屋を出た先はまた別の部屋となっており、こちらの方がさっきの部屋よりも広い。
が、この部屋もまた調度品の類はなく、あるのは申し訳程度に客用に用意されたと思われるソファーにテーブルが一式のみ。
十メートル近くある部屋にあって、それでは落ち着かないのではと思わなくもないが、
部屋の主は気にした様子も見せずにソファーへと座る。程なくして、廊下へと続く扉がノックされる。
案内されて連れて来られたのは、無精髭を生やした年の頃は四十代を超えたと思しき一人の男であった。

「一応、依頼された件の報告はここに。
 約束通り、他に資料を残したりはしていないし、うちの社員にさえも秘密裏に調査しましたよ」

顎を擦りながら鞄から出した封書を滑らせる。
その封書には探偵社の文字が描かれており、やって来た男の素性を示していた。
それを受け取ると、中身を取り出して確認する。
確かに依頼した内容に間違いはなく、満足そうに頷く。

「しかし、ここまで秘密にする必要があったんですかね。
 まあ、うちとしては羽振りが良いお客様は歓迎ですけれどね。まあ、一目見てって事もあるかもしれ……」

本人が言うように思ったよりも報酬の高かった依頼の為か、機嫌良く喋っていたのだが、不意に口を噤む。
案内をしてきた者がいつの間にか近付き、男の喉下にナイフを突き付けていた。

「詮索はしない、ですね。ええ、勿論理解しておりますよ」

冷や汗を流す男へと残りの報酬を手渡し、さっさと出て行かせる。
男もこれ以上何かされる前にとばかりに早足で部屋を後にする。
それにさえも既に興味を無くし、主はたった今渡された資料に視線を落とすと、先程まで浮かべていた笑みを再度張り付かせる。

「そうか、高町恭也というのか……」

投げ出された資料には、望遠で捉えたと思われる恭也の写真と簡単な情報が載っていた。
それを前に、今一度笑みを深めると心持ち足取りも軽く再びあの部屋へと戻るのであった。





つづく、なの







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