『リリカル恭也&なのはTA』






第29話 「動き出す変事」






高町家の朝は比較的早い。
長男と長女が揃って真っ先に起き出し、続いて朝食を作る為にレンか、泊まっていった場合は晶が起きる。
その二人に前後するように桃子も起き出して、一旦、店へと出る。
大よそ、七時の時点で眠っているのは末っ子のなのはだけなのだが、ここ最近ではそれも変りつつある。
恭也や美由希よりも若干遅くはあるものの、なのはも朝早く起きるようになったため、今では桃子やレンが一番遅かったりする。
起きてからの行動は毎日同じようなもので、恭也と美由希は鍛錬の為に外へと出て行き、遅れてなのはも鍛錬に出る。
桃子は前述の通り店に行って開店前の準備をしたりする。
レンは外出する事はなく、食事の準備にあたり、晶も同様である。
ただし、前日に帰宅している場合は自宅から高町家へとやって来るという工程が間に入るが。
なので、特に桃子、なのは、晶の三人は恭也から特に注意するように言われていた。
先日起きた殺人事件の犯人が未だに捕まっていないので気を付けるようにと。
当然、レンだって出掛ける事もあるので注意されていたが。
やはり人気の少ない早朝に確実に外を歩く桃子となのはには念入りに言われていた事である。
なのはに関しては、現状後先考えずに逃げるだけならば何とかなるのだろうが、
そこはやはり恭也の中ではやはり守るべき存在という認識がそう簡単に変るはずもない。
心配性だなと苦笑する美由希にも一応の注意を促してはいたが、その後に素人に遅れを取る事は許さないと付け加えていたが。
あれはあれで恭也なりに美由希を心配しての事であろう。
全く素直ではない兄である。
つらつらとそんな取り留めないことを思い出し、様々な感想を抱きつつ何故かぼんやりとする頭を軽く振る。
はて、どうして自分は今、こんな事を考えていたのだろうかと。
珍しく寝起きの悪い頭を軽く振り、未だに視界が暗いのでまだ夜なのかと寝返りを打とうとして体が思うように動かない事に気付く。
ここに来て、ようやく手首に軽い痺れのような痛みのようなものを感じ、夜なのではなく目が開かずに暗いという事を悟る。
ご丁寧に口には猿轡までされているらしく、声を出す事も出来ない。
状況が分からずに混乱する中、どうやら自分が椅子のような物に座らされ、後ろ手に拘束されているのだと知る。
足も椅子の足に括られているのか自由に動かす事が出来ず、どうやら背もたれに体ごとロープか何かでぐるぐる巻きにされている。
つまり、自由に動くのは実に首だけらしい。
周囲の状況は兎も角、自分の置かれ状況だけは理解でき、流石に恐怖を抱くもそれを押さえつける。
耳を澄ますも周囲はやけに静かで、時間は分からないが逆に静か過ぎると感じる程である。
僅かに動く足首を上下に動かして感触を見るに、どうも床は固い感じである。
ようやく動き始めた頭で、ゆっくりと思い返してみる。
今日もいつも通りに起き、店へと向かった。ここまではいつも通りである。
その途中で恭也の言葉を思い出して心配しすぎだと思いつつも、それなりに注意は払っていたつもりである。
店へと着く直前、道端で痛みに顔を顰めて蹲る少女を見かけ、近付き声を掛けた所で後ろから何かを嗅がされて。
ようやく自分が誘拐されたのだと思い出し、桃子は身を震わせる。
犯人の目的は一体何なんだろうか。単純な営利目的ならまだ良いのだけれど。
とりあえずは大人しくしているしかないと桃子はじっと我慢する。きっと恭也や美由希が助けてくれるだろうと信じて。



高町家の朝は早い。が、今日はいつもとはその様相が変わっていた。
いつものように朝食の支度が整い、その頃には恭也たちも帰宅してくる。
軽くシャワーで汗を流した恭也たち三人が席に着き、レンや晶も席に着く。
後は家長たる桃子の帰宅をもって朝食が始まるのだが、今日はいつもの時間になっても戻って来ない。
偶にある事などで十分程待ってみたが、帰ってこなかった。
流石にこれ以上待つことになるのなら、連絡の一つもあるはずなのだが。
恭也が店に電話を入れても繋がらず、店を覗いて来ると玄関へ向かう。
不安そうななのはを美由希に任せ、恭也は家を出て暫く歩くと足を止める。

「何か用か」

普段なら見知らぬ人に対してここまでぶっきらぼうな言い方はせず、丁寧に尋ねる所である。
が、家を出てからずっと付けて来るような相手で、今の状況下では自然と対応も変ってしまう。
対して呼びかけられた方は驚きも、不機嫌さも出さずにただ背後の物陰から静かに男が現れる。
その視線は恭也を見ているようで、周囲を窺っているようでもあり、焦点が定まっていないように濁っていた。
着ている物は少しばかりよれた感じはするが何処にでもありそうなスーツで、手には何も持っていない。
男は恭也の視線さえも意に返さず、そのまま恭也の傍まで近付くと無造作に自分の内ポケットへと手を伸ばす。
何が出てくるのか警戒する恭也の前に、男はこれまた恭也の反応など気にせずに目的の物を取り出す。
それは一枚の茶封筒で、何処でも買える極普通の物であった。
その封筒を恭也へと差し出し、後は無言。
つまりは受け取れと言う事なのだろうが、あまりにも男が喋らないので恭也は皮肉めいた笑みを見せる。

「これをどうしろと? 手紙を出したいのならポストはもっと先まで行かないとないぞ」

何らかの反応があるかと男を見るも、やはり男は表情さえ変えずに封筒を取れと急かす様にただ一度だけ封筒を持つ手を動かす。
あまりに反応がない為に恭也は男から何か読み取るのを諦め、大人しく差し出された封筒を手に取る。
恭也が封筒を手に取ると、中を確認するよりも先に男が踵を返す。
渡すだけ渡せば目的は終わったとばかりに早々と立ち去る背中を追うかどうか悩むも一瞬。
渡された封筒の中身を取り出し、

「っ!」

出てきたのは写真と手紙が一枚ずつ。
手紙は読まずに早々に写真ごと握り潰して男の後を追う。

≪ラキア、緊急事態だ。さっきの男の位置を把握してくれ≫

≪了解ですわ、主様。先程の男はそこの角を曲がってすぐの横道に隠れています≫

ラキアの言葉に従い角を曲がり、すぐに店と店が並ぶ隙間に出来た横道に入る。
すると、そこには確かに先程恭也に封筒を渡した男がおり、何をするでもなく立ち尽くしている。

「おい、これは一体――」

問い詰めるように恭也が男の肩に手を置いた瞬間、男は崩れるようにそのまま地面に倒れる。

「何の真似だ」

突然倒れた男の傍でしゃがみ込み、男の襟を掴んで起こそうとするも男は反応しない。
それどころか、体は冷たく、見開いたままの瞳には何も映っていないようであった。

「……死んでいるな」

呼吸と脈、どちらを確認してそう結論付ける。
全く事態が分からないまま、恭也は渡された写真をもう一度見る。
そこには椅子に座らされ、体と手足をロープで括られた上に猿轡と目隠しをされた一人の女性が写っていた。
目隠しされて顔の半分ぐらいが隠れているが、見間違うはずがない。
それは桃子である。頭に血が上り叫びそうになるのを堪え、ぐしゃぐしゃになった手紙を破れないように開く。
そこにはやはり桃子を預かったという旨と、返す条件として恭也が一人で指定した場所に赴く事が綴られていた。
その条件に思わず疑問が浮き出てくる。
御神に恨みを持つのなら美由希の名がないのが可笑しい。
となると、相手の目的は恭也そのものとなる。
確かに過去に護衛をした事は数回あるが、どれも記録には残らないようなものばかりである。
忍や那美絡みが殆どで、唯一大きな事件と言えば数ヶ月前のCSSチャリティーコンサートとも言える。
が、あれに関しても護衛の中に恭也や美由希の名は残っていないのだ。
故に個人的に狙われる覚えもないのだが、こういった事は当人が覚えてないなかったり、逆恨みなどもある。
理由は分からないが、現に恭也を指定している以上はそういう事なのだろう。
何者かは知らないが、恭也に恨みを持つ者が居て桃子を攫い、この男に手紙を届けさせた。
そして用済みとなったから殺したといった所か。そこまで考えて恭也は思わず歯軋りする。
作戦としては間違っていないが直接、自分を狙わない犯人に対する怒りや、桃子を巻き込んでしまった自分への怒り。
それらをどうにか押さえ込み、手掛かりを求めるように男の衣服を漁る。
と、そこでようやく疑問を抱く。寧ろ、今まで気付かなかったのは、冷静なつもりでやはりそうではなかったのだろう。
小さく深呼吸を整え、冷静になるよう自分に言い聞かせると恭也は改めて男の手首に触れる。

「やはり、今死んだばかりにしては冷たすぎる。
 それに死因は何だ? 見た所、出血もしていないし、首を絞められた跡もない」

ざっと男の体を見てその疑問を抱く。生憎と男の衣服には何も入っておらず、犯人への手掛かりも見つからなかった。
件の手紙にしても用件のみをワープロかパソコンで打ち出した物らしく手掛かりになりそうもない。
唯一の手掛かりとなるのは場所の指定が書かれていない事だろうか。
少なくとも後一回は接触してくるだろう。それが本人である可能性は低いかもしれないが、それを待つしかないか。
そこまで考えてようやく恭也は立ち上がる。
と、背後から息を飲む声が聞こえ、続けて小さな悲鳴が上がる。
周囲の気配にまで気を使う余裕がなかったと思いつつ、恭也が振り返れば慌てて走り去る青年の姿があった。
その手には携帯電話が握られており、

≪主様、どうやら殺人犯として通報されてしまったようですが≫

グラキアフィンに言われるまでもなく、恭也の耳にもしっかりと青年が警察に助けを求める声は聞こえていた。
かなりややこしい事になったと思いつつ、桃子の安全が掛かっている為に下手な介入もまずいと恭也は先手を打つ事にする。
大きな借りになるかもしれないが、流石に躊躇ってはいられないと携帯電話を取り出してある人へと連絡を入れるのであった。



結果として、警察の到着よりも早くに助けを求めた人物、目の前で煙草をふかすリスティの方が先に現場に現れた。

「ふーん、この男を調べている所を目撃されて通報までされたのか。
 君にしては中々、間の抜けた事じゃないか」

流石にそれなりの付き合いからか、リスティは他に何かあるんじゃないかと視線だけで問うてくる。
それに逡巡するも束の間、恭也は口外無用といつになく強く言い、リスティにくしゃくしゃになった写真を伸ばして渡す。
一体何だ、と半分笑いながら写真を受け取ったリスティはすぐに目付きも鋭く写真を睨むように眺める。
リスティにとっても桃子は親友とまで呼べるほどに仲の良い人なのだ。
何より、自分たちの事を知っても変らずに接してくれるさざなみ以外では貴重な人物である。
そんな桃子の今の状態を端的に伝える写真を見て、リスティは煙草を噛み切ると思わず写真を握り潰す。

「っと、ごめんよ。手掛かりかもしれない写真を」

「いえ、俺も同じような事をしてますし」

謝るリスティに答え、恭也は写真事態が何らかの手掛かりになる可能性を今更ながらに思い出し、それを広げて食い入るように見る。
が、相手もそれぐらいは考えているのだろう、写っている写真には無機質な壁しか写っていない。

「それで犯人の要求は?」

「要求は俺らしいですよ。ただし、場所の指定はありませんでした」

「恭也個人に恨みを持つ者か。と言っても、君の事は知られていないんだろう」

「そのはずですが。そもそも御神がらみなら美由希が放っておかれるのが不思議ですし。
 かといって、護衛の方も個人的に友人の護衛をした程度ですし」

「仕事としては前回のコンサートだけの上に、それを知るものは限られている、か。
 一体、どういう事だろうね」

リスティも犯人の目星が付かずに苛立つように髪を掻き毟る。
そんなリスティへと恭也は落ち着かせるように幾分、平静な声で先程気付いた男の死体の疑問を口にする。
恭也の言葉を聞き、リスティ自身も死体に触り、

「確かに可笑しいね。冷たいのにまだ体が柔らかい」

疑問を抱き不思議に思うも、当面はそろそろ駆けつけて来る警察の対応だろう。

「とりあえず、桃子さんの事は」

「出来れば黙っていてもらえると助かります」

「犯人の目的が恭也なら、当面は下手に害は加えられないけれど警察の介入次第で変るかもしれないか」

「ええ。向こうにしたらまだ人質に出来る者が居ると考えるかもしれませんから」

再度接触してくるのは確実だから、と恭也は今後の事を考える。
とりあえずはなのはたちの安全の確保が必要となってくる。

「うちに来るかい?」

「……いえ、寮生の方たちに迷惑でしょうし、あてが全くない訳ではありませんので」

「そうかい。まあ、流石に真雪の説得は苦労しそうだけれどね。
 まあ、何かあったら連絡頼むよ」

恭也の負担に感じる心を少しでも軽くしようと軽く言うと、リスティは姿の見えた警察に向かって軽く手を上げる。

「とりあえず、恭也は死体の発見者という形で調書を受けてもらうとは思うけれど」

「分かりました。その前に家に連絡だけさせてもらいますね」

「ああ、良いよ。犯人じゃないんだから、気にせずやってくれ」

駆けつけて来た警察官に事情を説明するリスティの後ろで、恭也は家に連絡を入れる。
その上で恭也は学校に休む連絡をするように指示し、疑問を口にする美由希に後で説明すると伝えると電話を切る。
そして、事情を聞く為に来た警官に断り、もう一件だけ先に電話をさせてもらうのだった。





つづく、なの







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