『リリカル恭也&なのはTA』






第30話 「首謀者登場」





桃子の誘拐が判明してから一時間少し、美由希たちは今は月村邸へと来ていた。
学校を休むように連絡された美由希たちは不思議がったものの、とりあえずは話を逸らして朝食を取らせ、忍の所へとやって来た。
その上で、忍たちを加えて桃子の件を話す事にしたのだ。
万が一を考え、月村邸にお邪魔したのはこの屋敷の警備システムが並大抵の物ではないからである。
正直、全システムを稼動させると過剰防衛にも程があるぐらいなのだが、寧ろ今はありがたいし、
ここに来るまでに恭也もいつも通りに冷静に物事を考えられるぐらいに落ち着いてきた。
様々なテストに付き合った苦労が報われたと冗談半分に思えるぐらいには。
気掛かりだったのは、忍たちを巻き込むことで、正直な話、躊躇しなかったと言えば嘘になるし、今も申し訳なくは思っているのだが、
当の忍は頼りにされる事を喜びこそすれ、嫌な素振り一つ見せていない。
その事に本当に感謝しつつ、恭也は桃子が誘拐され、その上で相手の要求が自分だと告げる。
当然、その反応は桃子の安否を不安に思うのが大半で、そこに犯人に対する怒りを感じる事も出来る。
それらの反応を当然と捉えながら、恭也は改めて美由希たちにここに居るように告げる。
美由希は共に付いて来ようとしたが、それを止めなのはたちの護衛をするように言い含めておく。
その上でノエルには巻き込む形となった忍たちの事を頼み、恭也は一人高町家へと取って返す。
と言葉にすれば簡単な事ではあったが、実際に行うのはそう容易くはなかった。
落ち着かせた上で暴走しないように言い聞かせる必要があった。この辺り、美由希の方が聞き訳良くて助かる。
そんな事さえ思いつつ、晶とレンにも言い聞かせ、何よりもなのはによく言い聞かせる。
魔法という力を手に入れた所為で、無茶な事をしでかさないように釘を刺しておく。
その上で美由希やノエル、すずかといった面々に絶対になのはを一人にさせないようにこっそりと伝え、
レイジングハートにもしっかりと釘を刺しておくのを忘れない恭也であった。

「…………」

帰宅してから戦闘準備を整えた恭也は一人、リビングでソファーに腰を下ろして目を閉じてただ静かにその時を待つ。
間もなく十一時を迎えるという時間になり、恭也は閉じていた瞼を開ける。
それとほぼ同時に鳴るチャイムの音に恭也は静かに立ち上がると玄関へと向かう。
朝同様に可笑しな気配を感じ取り、既に恭也の思考は戦闘時のものへとシフトしていた。
玄関を抜け、門を潜ったその先に居たのは一人の女であった。
やはり可笑しな気配はそのままに、これまた朝見かけた男同様に焦点の定まらない瞳を恭也に向ける。
恭也が何か問いかけるよりも早く、女は無言のまま背を向けて歩き出す。
思わず立ち止まったままでいると、不意に女も足を止めて顔だけをこちらへと向ける。

「付いて来いという事か」

恭也の呟きが聞こえたのか、それとも意志は伝わったと見て取ったのか、女は再び背を向ける。
あまりにも無造作なその態度は、背後から襲われる事を微塵も考えていない事を窺わせ、
それが桃子を人質にしている事から来るものだと理解しているからこそ、恭也は唇を噛み締めて後に続く。
無言のまま歩き続ける事、大よそ五分。
どうやら女の目的地はすぐ目の前に止まっている一台の車らしく、迷う事無く乗り込む。
それに続き恭也も後部座席に乗り込むと、車は静かに走り出す。
運転しているのは初老の男性で、少なくともこれで恭也は三人の者たちと顔を合わせた事になる。

≪かーさんの傍に一人は居ると考えて、少なくとも四人か≫

≪その内、一人は既に亡くなってますけれどね。それにしても、中々大仰ですね≫

≪全くだな。俺一人を相手にここまで大掛かりな事をするとは。本当に何が目的なのやら≫

車中は沈黙が支配しており、恭也としても誘拐犯と話す事はない。
聞きたい事はあるが素直に教えてもらえるかどうかも分からないとあって、グラキアフィンと念話で話す事にする。
当然ながら念話を聞かれる事もなく、表面上は恭也は黙ったままである。
が、居心地の悪さを感じる様子もなく、そもそもこちらには興味なさそうに女は案内は終わったとばかりにじっと前を向き、
初老の男はただ目的地を目指して淡々と運転をしている。
まるで意志などないかのように振舞う二人をそれとなく探りながら、恭也は車の向かう先に付いて予想を立てる。

≪この方向だと矢後市か≫

≪恐らくはそうでしょうね。ですが、市内という可能性もまだありますが≫

他に浮かぶ会話もなく、そう口にしたっきり二人揃って黙り込む。
恭也はそれとなく車内の二人の様子を窺うのだが、やはり不自然さを感じるのだがそれが何かまでは掴めずにいた。
対するグラキアフィンも主に合わせて口を閉ざし、同様に二人の事を観察していたのだが、こちらは可笑しな点に気付く。

≪主様、この人たちからは生気を感じません≫

≪どういう事だ?≫

≪どう言葉にすれば良いのかは分かりませんが、普通の生きている人とは違うんです。
 主様が仰る気、いえ生命力と言う方が良いかもしれませんが、それに近い物を感じません。
 なのに微力ながらも魔力は感じます≫

≪操られているという事か?≫

≪申し訳ございません。そこまで分かりません≫

本当に申し訳なさそうに告げてくるグラキアフィンを慰めつつ、恭也は車が既に海鳴市を出ている事に気付く。
初めの内は騒音も聞こえてきたのだが、徐々にそれもなりを潜め、徐々に車は人気のない山奥へと入って行く。
やがて、車は完全に人が居ない山里に辿り着き、そこで止まる。
女が無言で降り、扉を開けたままで恭也にも降りる事を促してくる。
大人しく従うしかない恭也が車を降りると、そこは広い庭のようであった。
あったというのは、昔は綺麗に手入れされた庭だったのだろうと思わせる名残があるものの、
今は雑草は伸び放題で、罅割れたままに放置されている舗装されていたであろう道。
すっかり枯れ果て、蔦や苔の生えた噴水などといった物が目の前にあったからである。
見れば、車が入ってきたであろう屋敷の門も錆び付いており、一方は完全に傾いていて門としての役目をなしていない。
屋敷の方も同様で、手入れされなくなってどれぐらい経ったのか、壁や屋根にも蔦が所々見られ、壁は崩れている箇所さえある。
窓は全て締め切られているのだが、割れていたり、窓枠ごと外れていたり。
まさに打ち捨てられた屋敷といった風貌を晒していた。
恭也がそんな風に観察している間も女は屋敷に向かって歩き、玄関の扉を開けてその横に立つ。
中に入れという事だとすぐに理解し、恭也は女に続いて屋敷の中へと踏み入る。
やはり外から想像した通り、中も朽ちるままといった感じで、所々に踏み抜かれたままに放置された床が見える。
壁に掛けられた絵画や置物などにも埃がたまり、偶に人が通るであろう場所のみ、人の歩みにより埃が取り除かれている。
明かりもなく、外から差し込む光のみで、それも大半は重苦しさを感じる厚いカーテンに遮られ、非常に薄暗い。
しかし、廃墟というには人が住んでいるような気配があり、実際、暫く進んだ先にあった中庭を抜け、再び屋敷に入ると一変する。
調度品は全くなく、ただ長い廊下に無機質な扉が並ぶという殺風景な光景。
ただし、こちらは掃除がされているのか埃は見えない。
とは言え、丁寧にしている訳ではなく申し訳程度に掃除したという感じではあるが、先程よりはましである。
尤も、恭也にしてみればどうでも良い事ではあるが。
やがて、女が一つの部屋の前で立ち止まりノックをする。
返る声はなく、内側から扉が開かれ、女はそのままその場を去って行く。
二、三秒待ってみたが何のアクションもなく、恭也はその部屋に踏み入る。
部屋は装飾品もなく、入ってすぐの所に古びたソファーにテーブル、部屋の奥に執務机が一つ。
部屋の左サイド、壁に沿ってサイドボードと呼ばれる横長の家具が一つ、上に並べられた人形が唯一の装飾品とも言える。
ざっと視線を巡らせるも、ここには桃子の姿はなく、事前に感知した二つの気配は、一つは今まで同様の可笑しな気配が扉の近くに。
そして、もう一つの気配ははっきりとした物で、それは今部屋に入った恭也の正面に座っている人物の物であった。

「ようやく来たか、高町恭也」

待ちわびたとそう嘯く人物は三十前後を思わせる見事な金髪を持つ女性であった。
入り口付近に置かれたソファーに腰掛けるのを促されるのを断り、恭也は注意深く女を見遣る。
切れ長の目は何処となく冷たい輝きを秘めており、吊り上がった唇はどこかこちらを馬鹿にするような物であった。

「それでかーさんは無事なのか」

「ん? ああ、あの女なら無事だよ。非常に残念だがな」

「残念?」

女の言葉に眉を僅かに吊り上げつつ、恭也は湧き上がる感情を押さえ込んで聞き返す。
対する女は残念だと言いながらもそうは見えない様子で、ただ淡々と告げる。

「ああ、残念だよ。お前の為に器を空けておかなければならなかったから、あの女には手は出していない。
 こんな事なら、この前の実験は諦めておくべきだった。そうすれば、もっと面白い物を見られたかもしれないのに。
 助けに来た息子を押し倒す母親なんて光景はどうだ? もしくは息子の目の前で自らの首を掻き切るとかな」

どちらにせよ、面白い見世物を一つ潰してしまったと嘆く女を前に、恭也は桃子の気配を探る。
今居る部屋の隣、女の背後にある扉から続く奥の部屋から確かに桃子の気配は感じられる。

「それで、お前の要求通りにここに来たのだから人質は解放してくれるんだろうな」

「そうだな。当分はお前以外に興味もないし、帰した所で問題もないだろうしな」

言って女は立ち上がると恭也に背を向ける。
が、飛び掛るには距離もある上に女の方もそれぐらいの警戒はしているだろう。
隙が見えない上に女の言葉を信じる訳にもいかず、桃子の安否の確認をする前に下手な行動は危ないと己に言い聞かせる。
そんな数瞬の葛藤さえも見透かしているのか、それともどうでも良いのか女は奥へと続く扉の前で立ち止まり振り替える。

「こっちだ」

女の手がドアノブに掛けられ、ゆっくりと回されようとする。そこへ恭也は再び問い掛ける。

「一体、何が目的なんだ?」

「書いてあった通り、貴様だ高町恭也」

恭也の問いに答えながらドアを開けると中へと入って行く。
まだ聞きたい事はあったが、恭也も警戒しながら後に続く。
通された部屋は何かの研究室を思わせるかのように、薬品が並び、無数のコードが地を張っている。
その中でも一番奥に置かれた長大なガラスの器が気になる所だが、恭也にとってはそんな物ではどうでも良かった。
その器の前に置かれた一脚の椅子。そこに桃子が拘束されて座っていたからである。
眠っているのか首が少し横に傾いているものの呼吸はしっかりとしている。
とりあえずの無事に安堵しつつ、恭也は桃子と自分のほぼ真ん中に立ち、こちらを見ている女を睨みつける。

「かーさんを解放しろ」

「まだだよ。私の目的は貴様だと言ったはずだ。
 まあ、ここに来た時点で貴様には拒否権もないが、こちらとしても無駄な労力を使うのは避けたいからな。
 貴様には自分からあの器に入ってもらおうか」

言って女が指差したのは桃子の背後にあるガラスの器の一つ、泡の出ていないただ液体で満たされた方であった。
それが一体何なのかは分からないが、ろくなものではない事は容易に察せられる。

「あれは一体何だ?」

答えを期待していた訳ではなく、桃子を助けてとりあえずここから逃げる為の手段を考える時間稼ぎにと問い掛けてみる。

「入れば分かるさ」

考える時間も与えられぬ程に簡潔に返って来る答えに恭也は更に問い掛けを重ねる。

「御神に恨みを持つ者か?」

「御神? 何だそれは? いや、そういえば昔聞いた事があったような気もするが」

「御神絡みじゃないのなら、俺を狙った理由は?」

「ふむ、本来ならくだらない問い掛けに答えてやる必要もないのだが、貴重な実験材料も手に入った事だし、戯れに教えてやろう」

人質がいる優位性からくる余裕などではなく、本当に単に気分が良いからという感じで女は続ける。

「私は人形が好きでな。私の言う事を聞き、決して逆らわない人形が。
 これはその人形を作る為、長い年月を掛けて作り上げた品だ。
 従来のやり方だと、どうしても人形としての機能を切られてしまう事があってな。
 それを克服する為に様々な文献を漁ったよ。全てを機械で作った事もあったが、やはり生身の方が作る過程が楽しい。
 負の感情が大きければ大きいほど良い人形になる。機械人形では出せない個性だよ。
 特に貴様ら人は良い。虫のようにひ弱な癖にその感情は豊富だからな。ましてや、変な力を持つ者たちまで居る」

楽しそうに語る話を聞きながら、恭也の思考は桃子の救出の手立てを考えている。
が、所々で気になる部分があり思わず思考を止めそうになってしまう。
いや、一人で考えていたら間違いなくその言葉について考えてしまっていただろう。
幸いにして、一人でなかった為にその思考を途絶える事をせずに済んだが。

≪やはり神速しかないか≫

≪この状況下ではそれが一番確実かと思われます。
 ですが、問題はそれで辿り着いたとしても抱えて逃走するまでにはいきません≫

≪奴の目的は俺を奴の言う人形にする事なのだとしたら、後ろのあの器を壊せば諦めると思うか?≫

≪高い確率で襲い掛かってくると予想します≫

念話で互いに話し合い、打開策を挙げていくもこれといった物が出てこない。
神速を使用するにしても、桃子との直線状に居る以上、女を迂回せねばならずここに戻ってくるまでに神速は切れる。
連続使用すれば、その後に戦闘になった時に不利になりかねない。
神速はとりあえずは一度の使用に留め、その上で桃子の安全をまず確保。
次に退路の確保とできれば器の破壊。
やらなければならない事に優先順位を付け、手の内の中から有効である物を取捨選択する。
大体の計画を練り、実行に移すチャンスを待つ恭也の耳に聞き捨てならない言葉が出てくる。

「今まで見た事もない魔術を扱う人間。非常に貴重なサンプルだと思わないか?
 そんな訳で貴様を次の人形とする事に決めたのさ。喜べ人間、私の研究の役に立てる事をな」

「魔術だと?」

「今更、隠す事もあるまい。先日、どこぞの山の中で貴様が使っている所を見た。ほれ、神咲の小娘と一緒だっただろう。
 神咲でありながら組し易そうなあの小娘も貴重なサンプルではあるが、退魔士は過去にサンプルとして採取した事があるからな。
 故に予定を変更して未知の魔術を使う貴様を採取しようという訳だ」

分かったらさっさと人形になれと付け加える目の前の女を見ながら、普通に出てきた魔術という言葉に暫し考え、

「つまり、この世界には他にも魔法を使う人が居るという事か?」

「ふん、知らなかったのか? まあ、そんなものはどうでも良い。
 さあ、早くしろ。流石にそろそろ飽きてきたぞ。入らないのなら、人質を殺す」

脅しでも何でもなく、本気でそう考えている事はすぐに理解できた。
同時に僅かとは言え、恭也から視線を逸らし背後の桃子へと視線を向けたその瞬間、恭也は神速を使う。

「む、こざかしい真似を!」

神速を使い色を失った世界の中、女は恭也の進行方向を見極めたかのように手刀を繰り出してくる。
はっきりと見えている訳ではない様だが、気配を感じ取っているのか、辛うじてというレベルで見えているのか、
その手刀は正確に恭也の喉元を貫くように伸びる。
女の瞳がいつの間にか真紅に染まっているのを見て、恭也は自分の予想が当たった事を知る。

「くっ」

女の手刀を八景で弾き逸らし、体を横に回転させて距離を開ける。
桃子との距離は縮まり、直線状には女も居ないが、それでも桃子までは数メートルの距離がある。
しかも、恭也は思ったよりも思い一撃だったために回避の際に膝を着いており、すぐに動き出せない。

「仕方ない、負の感情を与えてから人形にしたかったが、殺してから人形にしよう」

そんな恭也に女はそう告げると真紅に染まった瞳で恭也を睨みつけ、伸びた爪で襲い掛かる。

「ラキア!」

魔法がばれていると分かった時点で予め用意させておいた魔法を発動させる。
恭也の眼前に二十センチ程度の小刀が四本生み出され、それが女へと飛ぶ。
が、あっさりと腕を一振りされただけで小刀は弾き飛ばされ、距離を詰めた女が爪を振り下ろす。
それを後ろに飛んで辛うじて躱すも、胸を浅く切られる。

「ふむ、見た事もない術だと思ったが大した物でもなさそうだな。
 まあ、それでも貴重なサンプルにはなるだろう」

「勝手に期待して失望されてもこちらには関係ない事だがな。
 さて、ラキア!」

【防御結界発動】

恭也の言葉にグラキアフィンが魔法を発動させる。
が、恭也の外見上には何の変化は見られず、女は訝しげに見遣るもすぐに桃子へと視線を向ける。
見れば、桃子の周りに薄い半透明の壁のような物が張り巡らされている。
立方体を描く壁の底の角、桃子の座る椅子の脚に近い部分に先程弾き飛ばした小刀が突き刺さっており、女も理解する。

「なるほど、まずは人質の安全か。だが、あの結界を張りながら他の術を使えるかな?」

「ああ、そんな心配は無用だ。難しい理屈は分からんが、あの小刀には予めある程度の魔力が篭っているんでな。
 あの小刀の魔力がなくなるか、俺が解除しない限りはずっと張り続ける優れものだ」

「ほう、中々興味深い技術だ。お前を人形とした後、ゆっくりとあれも解析しよう」

言って女は構えていた腕を下ろす。
突然の事に恭也が不思議そうに見ていると、女は喉の奥で笑い場所を帰る様に告げる。

「流石にここで暴れられると困るんでな。寧ろ、お前にとってもありがたい事だろう。
 人質を気にせずに済むんだから」

確かにその通りではある。
が、女には手下、今までの会話から察するに人形にされた者たちが居る。
寧ろ、ここを離れて不利になるのは恭也だけかもしれない。
そんな葛藤を見抜いたのか、女は一頻り高笑いを上げ、

「見縊るなよ、人間ごときが! そんなくだらない真似などするか。
 死人使いハーミット・ルブランの名においてな」

そうはっきりと宣告するとハーミットは部屋を出て行く。
今の内に桃子を連れて逃げる事も考えなくはなかったが、出口は一つしかない上に壁も頑丈そうなのは見ているだけでも分かった。
故に恭也も大人しく従うしかなく、ハーミットに続いて部屋を出る。
恭也が出てきたのを確認すると、ハーミットは最初から部屋に居た人形を連れて廊下へと出る。
無言のまま付いて来るように強要され、恭也は仕方なく後を追う。

≪主様、罠の可能性がありますけれど?≫

≪だろうな。だとしても、他に方法もない。
 ……さて相手は夜の一族という事に加え、どうやら魔法を知っているみたいだ。力を借りるぞ≫

≪勿論です、存分にお使いください≫

互いにハーミットの後を追いながら、軽く念話を交わす。
今から走って戻ったとしても、脱出は難しいだろうというのは互いに分かっているので、それは口にしない。
やがて、いつの間にか屋敷の外、恭也たちが入って来た方を表とするなら、屋敷の裏側へと連れられて行く。
そこは見渡す限り何もなく、ただ広いだけの土地。
遮蔽物がない事を苦々しく思いながらも、ようやくこちらを振り返ったハーミットを前に恭也はグラキアフィンを手に取る。

「ここか?」

「そうだ、ここならお互いに思う存分力を奮えるだろう。
 尤も、私の方が有利かもしれないがな」

言って指を一つ鳴らすと、恭也を囲むように人――ハーミットの言う人形がぞろぞろと姿を見せる。

「私自慢の死人人形共だ。たっぷりと楽しめ。
 そうそう、人質の事だがお前を人形にした後、同じようにしてやるから寂しがる事はないぞ。
 部屋に置いてあった人形があっただろう。あれはただの人形ではなく私の魔力で自由に動く意志持つ人形さ。
 今頃、結界が解けるのを待っている頃だろう」

「人質には手を出さないのではなかったのか?」

「私自身も、私が人形にした死人共も出していないだろう?
 あくまでも本物の人形が勝手にやる事だ。そもそも死に行くお前に他人を気にする余裕などあるまい」

楽しそうに唇を歪めるハーミットであったが、続く爆発音に笑いを止め恭也を睨む。

「貴様、何かしたのか?」

「さあな、何の事だか? そもそも、俺はここに居るのに何をしたと?」

「くっくくく、良いぞ、中々面白いじゃないか。出来る限り殺さないように捕らえ、貴様の顔を恐怖や屈辱に染めたくなったよ」

笑いながらも目に怒りの色を見せるハーミットに対し、恭也は無言のまま睨み返す。
ハーミットは腕を振り上げ、人形に命令を下す。

「やれ!」

ハーミットの号令に人形共が一斉に恭也目掛けて襲い掛かる。
それを見据えながら、恭也も僅かに腰を落とし迎え撃つ為に構えるのであった。





つづく、なの







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