『リリカル恭也&なのはTA』






第32話 「戦闘開始」





一対多。数の上では不利な状況でありながら、恭也は静かに佇む。
元より極論すれば殺せれば良いという実戦剣術の流派において、多数の戦闘と言うのは想定内である。
当然ながら御神流にも対多数における技は元より戦術は長い年月の間に練られ、鍛錬としても取り入れられている。
とは言え、使い手が非常に少なくなってしまった上に基本、美由希との鍛錬が主であり、多数での鍛錬は恭也とて経験が少ない。
定石としては障害物などを利用して、一度に剣を向ける相手を一人にするという方法があるが、ここには何もない。
ましてや、既に完全包囲された状況下であり、障害物になり得るのは向かってくる敵そのものしかない。
通常ならそれさえも盾として利用可能なのだろうが、人の形をしていても既に人ではなく、ましてや自己があるのかも怪しい。
そんな存在相手に味方と言う概念があろうはずもなく、ただ命じられるままに恭也に襲い掛かってくるのも見ても明らかである。
連携も何もなく、我先にと恭也へと無造作に無手による攻撃を繰り出してくる。
間隔が充分に開いていない箇所などでは、隣の死人とぶつかり合っているぐらいである。
正に見渡す限り、死人で埋め尽くされた視界の中、唯一、頭上から覗く空のみが違う光景。
逃げるのなら飛ぶしか方法はないだろうが、当然ながら相手もそれは警戒している。
恭也がこの死人の輪から飛び出せば、ここぞとばかりにハーミットによる迎撃が待っているであろう事は想像に難くない。
そうなると取れる手は二つ。
危険を承知で敢えて空へと逃げるか、向かってくる死人全ての攻撃を凌ぐか。
四方から迫る攻撃に常に注意しなければならない事を考えれば、飛び出す瞬間の攻撃に注意する方が楽ではある。
留まる事による利点がないのなら尚更である。故に空へと飛び出そうとして、グラキアフィンが意志を伝えてくる。
思考は一瞬。すぐさま恭也の手に魔力で作り上げられた鎖が姿を見せ、軽く腕を振るだけで意志を持つかのように鎖が伸びる。
そのまま最も近付いていた死人の体を拘束したのを見て、恭也は腕を上へと振る。
腕の動きに合わせて鎖がしなり、死人を頭上へと放り投げる。
死人の群れから放り投げられた死人へと次の瞬間、風の刃が五つ迫り、手足と胴を一瞬で切り裂く。
その直後、恭也は先程まで放り投げた死人の居た宙へと飛び出しており、遅れて再び風の刃が二つ迫る。
それを更に上に上る事で躱すと、恭也は攻撃の飛んできた方向、ハーミットの位置を確認する。
初撃を躱されてもハーミットはただ楽しそうに笑っており、次の攻撃を仕掛けてくる様子もない。

「どうにかあそこからは逃がれたか」

呟き、グラキアフィンに礼を言っておく。

≪礼には及びませんわ、主様。しかし、予想通りでしたね≫

≪ああ。包囲する数が多すぎて、向こうもこちらの姿が見えていないというお前の予想通りだな≫

どうやら死人には空を自由に飛ぶ方法はないようで、恭也の足元でこちらに手を伸ばすも届かないでいた。
最前列にいた死人に至っては、後続の勢いが止まらなかったのか、そのまま倒されて踏まれている。
足元で起こる事態を見ながらも、意識の殆どはハーミットへと注がれており、その動きを見逃さないようにしている。
が、予想に反してハーミットからは次の攻撃は放たれず、恭也は周囲を警戒する。

≪既に罠でも張られたか?≫

≪今の所、そのような物は感じられませんが≫

思わず警戒を強める恭也であったが、すぐに異変に気付く。
自分が逃れてきた足元、そこに小さな山が出来ていたからだ。
正確には倒れた死人の上に更に死人が乗りかかり、更にその上に新たな死人がという風に、
前の死人を土台として宙に居る恭也へと手を伸ばしてくる。
本当にただ与えられた命令のみを遂行するべく、それ以外の事など気にも掛けず。
とは言え、宙を自由に動けないのなら恭也が更に高度を上げるか、その場から移動すればその行為も無駄に終わる。
そして、恭也にはその努力に付き合ってやる義務などなく、一気にハーミットとの距離を詰めるべく走り出す。
空を飛ぶのではなく、疾走するという形でハーミットへと迫る恭也。
見る間に距離を縮めるのを目の当たりにしてもハーミットは攻撃に意志を見せない。
罠の可能性を考慮しつつ、恭也がグラキアフィンを握り、直後、その場から飛び退く。
殆ど勘とも言える物に従った結果であったが、それが恭也を救った。
見れば、離れた所から死人の一人がこちらに銃を向けており、どうやら狙撃されたらしいと分かる。
遠目で銃の形式までは判別し辛いが、距離や大体の形状からライフルだと判断する。
その間にもこちらに狙いをつけ直したのか、二度目の発砲。
それを再び躱した恭也の頭上から、今度は死人そのものが降って来る。
重力を味方に付けての重い蹴り。回避直後の止まった瞬間を狙われ恭也は受けざるを得ない態勢であった。
それでもグラキアフィンを間に入れ、どうにか力の方向を変えていなす事に成功する。
直後、最も面積が大きく、避ける為には他の部位よりも大きく動かなければならない胴へと三度弾丸が飛来する。
躱すのが難しい状況で、グラキアフィンはすぐさま恭也の足場を作る魔法を解除する。
踏みしめていた魔法の足場がなくなり、恭也の体は重力に引かれ落下する。
同時に体を後ろへと倒し、狙撃を回避すると再び構築された足場に着地し、狙撃主を先に始末するべく走り出す。
その背後から先程いなした死人が後を追ってくる。
見れば、その死人には他とは違い翼がついている模様で、それを羽ばたかせて後を追ってくる。
元が人であったはずの死人に翼がある事に疑問を抱くも、そのような疑問は後で幾らでも出来る。
まずはここから生還するのが最優先と考えを打ち切る。
四度目の狙撃をグラキアフィンで防ぎ、狙撃場所を移動する死人を追う。
一方で後ろから迫ってくる死人を一瞥し、グラキアフィンにハーミットの動きを警戒させる。

≪主様、このままでは追いつかれるのが先かと≫

≪空中では向こうの方が上か。しかし、何故そこまで早いんだ。
 元々、人体の構造上、飛ぶという行為を行うにも翼があれば良いというものではないはずだが≫

グラキアフィンの警告に恭也はそう評価をくだし、つい後にしようと思った疑問を口に、正確には念話だが、してしまう。
が、その疑問も当然で、人の体は羽を付けたからといってそれだけで飛べるようになるには少々重く出来ている。
鳥類は翼があるのは勿論ではあるが、骨の密度が薄く、空洞になっている箇所もあったりと総じて体重が軽い。
飛ぶ鳥の中で最も重いとされるコンドルは翼だけでも3メートルはあるが、それでも体重は10キロ程度である。
が、そんな常識を覆す存在がある事を恭也はすっかり忘れていた。

≪魔法で何かしている可能性もあるかと≫

自身が今まさに使っている魔法と言う存在を指摘され、恭也はすぐに納得する。
現に自分は今、空を走っているというこの世界の常識からすれば少々ずれた事をしている最中である。
とは言え、ハーミットが使う魔法は恭也が知った魔法とは体系が違うらしいが。
グラキアフィンが言うには、元々この恭也たちが住む世界での魔法らしい。
この世界に魔法があり、それが秘匿されていたという事にも驚きはしたが、それを何故グラキアフィンが知っているのか。
それに関しては当初は言い淀んだものの、すぐに教えてくれた。全てはラキアの工房で得た知識らしい。
となれば、その情報源は月村家という事になり、恭也は何とも言えない顔を見せるに留めるのであった。

グラキアフィンの指摘から改めて今、敵対している存在が今までの常識で計れない事を思い出し、恭也はグラキアフィンに命じる。

≪まず狙撃者を先に始末したい。合図したら……≫

≪心得ていますわ≫

恭也に最後まで言わせる事無く、その意を汲んで返すグラキアフィン。
何処となく楽しさを感じさせなくもない声に思わず苦笑を零しそうになるのを堪え、恭也は進行方向を変える。
これにより、先に翼持つ死人を先に相手するかと思ったのか、狙撃者は逃走を止めてライフルを構える。
対する翼持つ死人は速度は変らぬまま、高度を少しだけ上げる。
狙撃を気に止めつつ頭上を見上げ、同時に迫る攻撃を大きく飛び退く事で躱す。
続け様の狙撃は足を止める事無く飛び退きながらやり過ごし、下方から迫る翼持つ死人には魔法で生成した飛針で牽制する。
翼持つ死人が再び突進する為に距離を開けたのを見て、自分の位置が思い通りの場所にある事を確認する。
同時、恭也が合図を送るよりも先にグラキアフィンが察して、まず足場を一気に広げる。
その向かう先は狙撃者の下で、数秒の内に一直線へと道が作られる。
同時に恭也が地を蹴るなり、瞬移と名付けられた高速移動魔法を発動させる。
この魔法はPT事件の際にも使用された魔法で、短距離の上に直線移動に限られるが文字通り高速での移動を可能とする。
途中撃って来た弾はグラキアフィンで逸らし、死人との距離を数秒で詰め、その四肢を切り捨てる。

「まずは一体」

≪とは言え、数だけで言うのなら焼け石に水ですけれどね≫

恭也が知らず零した独り言にラキアが答え、後方で蠢く黒い物体、死人の山を一瞥すると、

「あれは相手にしないのが一番だな」

空という安全な領域から降りなければ、あの死人の群れは確かにそれ程の脅威とはなり得ない。
逆に空という逃げ場がなかったらと思うとゾッとするが。
そんな風にラキアと話しつつも、恭也は翼を持った死人の位置は把握しており、それはラキアも同様である。
にも関わらず、頭上数メートルにまで接近を許したのは既に対処を済ませていたからに他ならない。
それを示すように死人が落下態勢に入ると同時に翼を絡み取る鎖が何もなかったはずの空間から生まれる。
身動き出来ない死人の翼を数本の飛針が貫き、死人から飛行能力を奪い去る。
周囲に他に警戒すべきものがないのを確認し、改めてハーミットへと向き直るが、当のハーミットは未だに平然としており、
寧ろ今まで何故手を出してこなかったのかと恭也が疑問を抱く程に静観していた。
用心を怠らず、ハーミットへとゆっくりと歩み寄り、その距離が十メートル程にまで縮まって、ようやくハーミットが腕を上げる。
が、それは攻撃の意志を見せるような物ではなく、ゆっくりと上げた両手をおざなりに叩いて拍手を数回したのだ。

「良い見世物だったよ。今までに見た事も聞いた事もない魔法だ。
 空を飛ぶのではなく走る、いや、宙に足場を作る魔法か。それに物質の生成。非常に興味深いな。
 無から何かを生み出すのは無理な以上、あれは魔力で作られたのか、それとも他の物質を変質させたか。
 見た事もない構築じゃな。しかも、魔法を使う際に貴様から一切魔力を感知できぬとは。
 いやはや、益々実験体として欲しいのぉ」

ここに来て、ようやく感情を見せるハーミット。
だが、それは玩具を与えられた子供のような物と、残虐性を混ぜ合わせたかのような物であった。
楽しげに見える笑みにも何処か薄ら寒い物を感じさせる、非常に歪な笑みを貼り付け、目をギラギラと輝かせて恭也を見る。

≪あの方、主様に興味津々みたいですね。本当によくおもてになる方を主に持つと気苦労が耐えませんわ≫

≪後半の冗談は兎も角、前半は間違いないみたいだな。とは言え、解剖や言いなりになる人形としてという前提が付くがな≫

ラキアの軽口に返し、恭也がグラキアフィンを構えると、ハーミットが右の人差し指を立てて空に向かって持ち上げる。
ハーミットへの注意をラキアに任せ、恭也は僅かに視線を上げて息を飲む。
そこには五十程の死人が空に浮いており、ハーミットの合図を待っていた。

「さて、それでは第二実験へと移ろうか」

ハーミットは上げていた腕を振り下ろし、攻撃の合図を送る。
応じて半数ほどが恭也へと襲い掛かり、残る半数はその場に留まりつつ構える。
死人たちが動き出すのと同じく、恭也も駆け出す。目指すは眼前のハーミット。
罠がある可能性もある上に、相手は恭也近付くのを待ち構えているのも明らかだが、大元を叩く方が有用だと判断する。
数秒と掛からずにハーミットへと肉薄し、右手に握ったグラキアフィンを横に凪ぐ。
直後、硬い物を叩いたような感触が伝わってくるが、すぐにラキアが魔法を発動。
ハーミットの頭上から飛針を十数本降らせて牽制している間に距離を開け、反撃の様子がないのを見て再び突っ込む。
左右から別方向の斬撃を放ちつつ、それを再び防がせて弾かれた力を利用してそのままハーミットの側面へと回り込む。
ハーミットの左側へと回り込みつつ振るったグラキアフィンは、再び軽く掲げられた左手の手前で見えない壁にぶつかる。
同時にハーミットの前方に設置しておいた魔力が飛針の形を取り飛び出すも、これもまた同様に弾かれる。
こちらは特に手を向けるでもなく、ハーミットの手前三十センチ辺りで同じように弾かれる。

「同じ魔法ばかりでは面白くないぞ? 物質形成を使うのは分かったが、純粋な魔法を見せてみろ。
 使えないと言う訳でもないのだろう。それともどういう物か分からんか? どれ……」

言って数言呟くと空いていた右手を下から上へと振り上げる。
直後、腕が振るわれた軌跡と同じ大きさの風の刃が生まれ、地面を切り裂き、破片を撒き散らしながら恭也の横を通り過ぎていく。

≪主様、背後から十体の死人が接近しております。
 他にも元より地に居た死人たちもこちらへと向かいつつありますが、こちらはまだ距離があります≫

あと数秒となく接近する死人を恭也も視界に捉え、仕方なくハーミットから距離を開ける。
幸いな事にハーミットには未だ攻撃する意志はないようで、何かをしてくる様子もなくただ恭也の動きを目で追うだけ。

≪あの方が張られているのは私たちで言う所のシールド系の防御魔法だとは思います。
 しかし、体系が全く違うのですぐには解析できませんでした。不甲斐ないばかりです≫

≪それは仕方ない事だ。反省は後にして、今は目の前の事に集中するぞ≫

再び宙にその身を躍らせ、恭也はラキアを元気付ける。
ラキアもそれに応えるように短く返事を返し、向かってくる死人へと牽制代わりにと飛針を打ち込む。
宙を飛ぶ死人はそれらをある者は体を浮上させ、あるものは螺旋を描くような起動を取って躱して接近してくる。
迎え撃つべく柄を僅かに握りなおし、直後ラキアの警告が脳裏に届き考えるよりも先に回避行動に移る。
頭上より飛来した光が恭也の傍を通過し、地面に爆音と共に穴を開ける。
それは一つではなく、続けて二つ三つと降り注ぎ、中には恭也の体の半分もある大きな炎の塊や先の鋭い氷の槍なども見える。
こちらへと向かわずにその場に留まっていた死人たちによる魔法の攻撃である。

≪迂闊すぎたな≫

≪はい。空にいる死人はこちらの世界の魔法使いだったんでしょうか≫

≪そこまでは分からんな。あいつが死人にする際に何かしたのかもしれないしな。
 ラキア、この分だと下にいる死人の中にも魔法を使う者を忍び込ませているかもしれん≫

≪了解しました。そちらの警戒もしておきます≫

≪頼んだ≫

頭上から降り注ぐ攻撃を何とか避け切り、ラキアへと新たに警戒するように告げると恭也は高度を上げるべく地面を蹴る。
その意図を即座に理解し、足場を形成。同時に飛来した氷の槍をバリアを張って受け止める。
魔法に関しては完全にラキア任せの恭也だが、その連携に乱れは見えない。
ここ数ヶ月に渡る実戦と鍛錬の賜物という事もあるが、互いの信頼関係の強さも決して少なくはないだろう。
実質、体を動かしているのは恭也一人だが、二人で戦っているようなものである。
とは言え、数が数ではあるが。
ハーミットが静観を決め込んでくれている事を幸いに、恭也はまずは空の死人を相手するべく駆け出す。
接近しつつ、やはりというべきか予想通り魔法を放ってくる死人の一体をすれ違い様に斬り捨てる。
が、やはり仲間意識はなく、巻き込むことも厭わずに飛来する魔法による攻撃。
避けれるものは避け、無理なものは近くに居た死人を魔鋼糸で絡み取り盾代わりにしたり、ラキアによる障壁で凌いでいく。
接近してくる者は恭也が相手にし、離れた死人へはラキアが魔法を用いて攻撃や牽制を見せる。
その戦闘を地上で眺めながら、ハーミットは愉悦をその顔に浮かべる。

「ははは、本当に面白い。実に興味深い実験体だ。もっともっと色々と見せて頂戴!」

上空で飛び交う剣戟音も魔法による余波も気にする素振りさえ見せず、ハーミットはただただ実験動物を見るような目で見続ける。





つづく、なの







ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ


▲Home          ▲戻る