『リリカル恭也&なのはTA』






第34話 「守護者」





空から死人が降り注ぐという他者が見れば不気味な光景も収まりつつある中、ハーミットは恭也へと襲い掛かる事を中止させる。
如何なる命令をも忠実に実行する死人だが、欠点と言えば融通が利かないという点であろう。
襲えと命じれば、それこそ何も考えずに襲い掛かる。
今も先に落ちた死人がクッションとなり無事だった死人や、下半身と分かれながらも手で這って進む死人などもいるぐらいだ。
ハーミットの目的からすればもう止まっても良いのだが、本当に融通が利かないと思いながら攻撃中止の命令を改めて伝える。
この辺りも今後の課題とするべきかと考えながらも、結局は優先順位としては低い位置に置いておく。
何よりも今は未知の術を知るのが何よりも先決だとばかりに舌なめずりしそうになるのを押さえ、恭也の元へと踏み出す。
倒れた死人を踏み付け、ただ真っ直ぐに歩む先には、死人が数体折り重なり通行を妨げる。
吹き飛ばすのも避けて通るのも労力としては変わらず、その先にある恭也の体を考えて後者を選択する。
精々が膝上程度の高さしかない死人の山の横を通り過ぎたその時、山が内側から噴火するかのように死人が吹き飛び、

「っ!」

短く息を吸い込み、咄嗟に自分に向かって飛んできた死人を左手で打ち払う。
その後ろから小太刀を手にした恭也が斬撃を放つ。
脳天へと振り下ろされた右の斬撃を右手で払い除け、左手で貫き手を返す。
それを同じく左の小太刀で受け止め、そのまま再度左の小太刀でハーミットの左手を打ち態勢を崩すと右の小太刀を再び横に凪ぐ。
首へと放たれた斬撃が決まったかに見えたが、寸前の所でハーミットは右手を首の前に差し出して恭也の攻撃を凌ぐ。
互いに地を蹴り距離を開けると暫し無言で睨み合う。

「貴様、何故そこに居る」

当然の疑問としてまずその事を問うのだが、恭也はただ肩を竦め、

「何故も何も最初から居たぞ」

それ以上答えるつもりはないとばかりにグラキアフィンニ刀を静かに構え持つ。
ハーミットは恭也を睨みつけつつ、恭也が落ちたはずの場所へと視線を向け、暫し黙り込む。
その先には恭也の姿は当然ながらなく、あるのは一体の死人。
それも恭也が喰らったはずの左胸にぽっかりと穴が開き、その周辺が炭化している状態の。

「…………幻術の類か」

大よその当たりを付けて口にしてみるも、やはり恭也は無言のままでハーミットの隙を窺っている。
ハーミットの方も答えは期待していなかったのか、特に何も言わずに恭也へと集中する。

≪上手くいったと思ったんですけれどね≫

≪咄嗟にしては確かに上々だっただろうな。だが、相手の方が上だったという事だろう。
 あの奇襲で仕留められるとまでは思ってはいなかったが、まさか右掌に傷を付けただけとはな≫

ハーミットと対峙しながら恭也はラキアと念話で会話を交わす。
ラキアの魔法で奇襲できる状況を作ってもらいながら、思ったよりも成果を上げられなかった事を反省し、すぐに思考を切り替える。

≪しかし幻術なんていつ覚えたんだ≫

≪正確には幻術ではなくて、簡単に言えばこの世界の映写機のような感じなんですけれどね。
 まあ、その辺りの説明は主様が望まれるのでしたらまた後日に≫

この言葉に恭也は考えておくと口にするも、詳しくは聞いてこないだろうなとラキアは判断し、同時に少しだけほっとする。
そもそも、この魔法は幻術に分類される魔法の使用用途とは別の目的から生まれた物だからである。
だから、幻術とは違い何もない空間に生み出す事ができないのが少々難ではあるが。
ならば、何故ラキアが使えるようになったのかと言えば、実に単純な動機。かつて、恭也に見せたラキアの人型としての映像。
早い話がそれの応用というより、こちらを改良してそれが出来たのだが、そういう事である。
実に単純で主である恭也の映像を本当に映写機のように死人の一人に映しただけ。
勿論、ただの映写機とは違うのはその精度や立体感を見れば分かる事ではあるが、それを咄嗟に使ったのである。
本当の恭也は落ちる死人の群れの一つに隠れ、先に地面で待ち伏せていただけ。
途中までは上手くいったが、やはり奇襲する時点で相手の反射の方が上であったために致命傷は与えられなかったが。
言葉にせず会話する二人であるが、ハーミットにしてみれば無言のまま対峙している形である。
まあ、言葉を交わしたいかと問えば、どうでも良いと言うだろうが。
ハーミットは自らの掌に出来た傷を舐め取ると、目を細め、その瞳の色を紅く輝かせる。
忍との交流で多少なりとも夜の一族について知る恭也が更に警戒心を高める中、不意にハーミットの姿が消える。
勿論、本当に消えたのではなくただその速度があまりにも速く見失うというのが正しいが。
恭也の背後から襲い掛かるハーミットの手にはいつの間にか十センチ近くまで伸びた鋭い爪があり、それを首目掛けて振り下ろす。
が、恭也の方もハーミットの姿を辛うじて追っており、その攻撃を寸前の所でやり過ごす。

「ほう」

僅かなりとも感心したような声を漏らしながらも、ハーミットは続け様に蹴りを繰り出し恭也の腹を狙う。
それを左の小太刀で受け流し、右の小太刀で反撃するもハーミットは受け流された流れに乗るように体を反転させ、逆に裏拳を打つ。
しゃがみながら足払いを放ち、跳んだハーミットへと刺突を放つもそれは空間に現れた盾のような物で防がれる。
逆に一瞬とは言え盾と拮抗して動きの止まった瞬間に、凝縮した炎を矢のように引き伸ばした物を三本打ち込まれ大きく飛び退く。
続け様に放たれる魔法を躱しながら、恭也はハーミットへと接近を試みるも中々簡単にはいかない。
数度、接近できてもやはり夜の一族の身体能力は人のそれよりも大きく、決定打を与えるまでにはいかない。
何よりもハーミットはその高い身体能力にただ頼っただけの動きではなく、幾度となく実戦を潜り抜けて磨かれてきた物である。
正直、簡単にはいかないというのがこの数度の攻防からはっきりと分かった。
とは言え、恭也にしても引けない状況である以上、どうにかそれを打破しなければいけないのだが。

「そらそら、これならどうだ!?」

何処か楽しげな声色を含みながら叫びつつ、繰り出される攻撃はどれもが一つでも喰らえばお終いと言わんばかりの威力を誇る。
地を削りながら迫り来る風の刃であったり、全身を飲み込まんとする水で作られた大蛇であったり。
ハーミットの魔法を必死で避けつつ反撃のチャンスを窺う恭也の周囲の地面はあちらこちらで穴が開き、罅割れている。
あれだけ転がっていた死人も恭也が避けた魔法を喰らったり、その余波で大半が原型を留めていない所か姿もない。
未だに無事であるはずの上空に待機していたはずの死人もいつの間にかその数を数体まで減らしており、被害は上空にも及んでいた。
ハーミットもすっかり忘れていたのか、上空の死人に待て以降、新たな命令をしていない事に今更ながらに気付く。
が、最早死人を使う気も起こらないのか、ハーミットは一瞥するだけですぐに恭也へと攻撃を再開させる。
乱れ飛ぶ魔法を躱し、時に切り裂き、恭也はもう何十度と繰り返された接近を試みる。
ラキアが牽制にナイフを十数本生み出しハーミットの頭上から攻撃を繰り出す。
それら全てを障壁で弾き飛ばし、近付く恭也へと魔力の弾を打ち出す。
飛んでくる魔弾を捌き、近付くと下と上二方向から斬撃を繰り出す。
一方は障壁で弾かれ、もう一方は素手で受け止められる。そこへ蹴りを繰り出し、相手が躱した所で得物を解放させて追撃。
やはりこれも障壁で弾かれるが、恭也は離れずハーミットの追い縋る。
数度の攻防を繰り返し、ハーミットが魔法を放つ。その瞬間を狙うように最小限の動きで左肩を掠りながらも避けて一突き。
咄嗟に攻撃から防御へとすぐさま魔法の切り替えが追いつかず、障壁を張れずに小太刀がハーミット左腕に突き刺さる。
が、それも深く踏み込む前に蹴りが繰り出されて下がらされる。

「ふっ」

短く呼気を吐き、必要以上に距離を開けられる前に再び小太刀の間合いへと距離を縮めて左右の連撃。
が、それらを障壁を張ってやり過ごすハーミット。
しかし、恭也は今度は下がらずに攻撃の手を休める事無く小太刀を振るい続ける。
左右ニ刀による連撃、御神流の花菱を相手の反撃を封じるように放つ。
そんな事は無駄だと嘲笑うように唇に余裕の笑みを見せて障壁を張り続けるハーミットへと斬りかかり続ける。

≪主様、お待たせしました≫

ようやく待っていたラキアの声に恭也はそれまで保っていた距離を僅かだが自ら広げ、攻撃の手を休める。
とは言っても、すぐに違う攻撃へと移る為であり、ハーミットもそれを分かっているからこそ障壁を張ったまま待ち構える。
両者の鋭い眼差しが一瞬交差し、恭也はニ刀を交差させて攻撃する。
前の一刀に引き寄せられるようにニ刀目が加速し、それに反発するように一刀目が更に加速していく。
攻撃が当たる瞬間に爆発的な威力を生み出すも、それは障壁によって防がれるはずであった。

「なっ」

だが、現実としてその小太刀はハーミットの障壁を切り裂き、いや砕き、ニ刀はハーミットの首を刈り取らんと迫る。
驚きの声を漏らし硬直したのも一瞬。
ハーミットは首を庇うように腕を立て、流石に魔法は間に合わなかったものの、首を飛ばされる事だけは防ぐ。
変わりに犠牲となった左腕が地面に落ちるのを暫く信じられないものを見るように見詰める。
その隙を逃さずに恭也が小太刀を胸へと突き立てようと迫るも、見えない力によって弾き飛ばされる。
地面を転がり勢いを殺して立ち上がった恭也の先には、こちらを睨みつけるハーミットの姿があった。
先程までの余裕を見せる態度はすっかり消え失せ、怒りも顕わに恭也へと残った右腕を向ける。

「貴様はもういらない。消えろ」

ただ淡々とそう告げるなり、またしても不可視の力で恭也の体が吹き飛ばされる。
軽く十数メートル程吹き飛ばされ、何とか体を起こした恭也が見たのは、自分の体など簡単に飲み込む程の炎の塊だった。
人の身など骨所か灰さえも残さず消し去るほどの熱量を含んだ炎が恭也の眼前へと迫る。
片膝を付いた状態では躱す事は出来ず、かといってシールドの類で防いでもその熱量までは防ぎ切れないだろう。
これがなのはならバリアの補強として空間への干渉も防ぐフィールド系の魔法を重ねて防げたかもしれないが、
殊更、魔法に関しては恭也は門外漢であるし、ラキアも防御系統は後回しにしておりそれが出来ない。
故に炎による衝撃は防げてもその内部を見事に熱せられて、見事にローストの出来上がりという訳である。
とは言え、簡単に諦めるつもりなどなく、ラキアに最大出力でシールドを張らせ、同時に避けるべく体を動かそうとして、

「そこでじっとしていなさい」

突如、場にそぐわない落ち着きのある清涼ささえ感じさせる声に動きを制され、事もあろうかそれに従ってしまった。
何故と考えるよりも先に炎が迫り、その前に一つの影が立つ。
事態が飲み込めないまま、ただ見ているしか出来なかった恭也の前で、あれだけの炎があっさりと防がれる。
状況から考えて目の前の影が何かしているのだろうとは分かる。
現に後姿ではっきりとは分からないものの、影は左手を前方に突き出しており、炎はその手を避けるように四方八方へと分かれて行く。
恭也が懸念した熱量も全く感じる事もない。
驚きで声も出ない恭也の目の前で、目の前の人影は気だるげに息を吐き出すと、突き出していた左手を軽く振るう。
それだけで炎は全て掻き消え、辺りには静寂が降りる。
まるで現実感のない光景ではあるが、恭也の周囲の地面には先程の魔法の痕跡が残っており現実だと教えている。
助けてもらった事をようやく理解し、恭也が礼を言うよりも先に目の前の人物がやはり気だるげに声を出す。

「ねぇ、さっさと終わらせましょう」

声からして、いや、既に視界を邪魔するものもなくはっきりと見えるその横顔から、目の前の人物が女性だと分かる。
先程の行動で前に垂れた灰色掛かった金、アッシュブロンドの長髪を戻そうともせず、その隙間から覗く目を面倒臭そうに細める。
対し、投げかけられた言葉に返る声は怯えた色を含んでおり、

「なっ! 何故、貴様がここに居る……。まだヨーロッパの……」

「ああ、あれね。本当に面倒な事をしてくれたわね。でも、あの程度でそう何日も足止めされると思ったの?」

説明するのも面倒だとそれだけを口にし、女はああそうそう、とやはり面倒そうに付け加える。

「私が一人で行動する訳ないでしょう」

「そういう事だ」

女の声にハーミットの背後から太い男の声が返る。
最初の呼び掛けもこの男へと向けられたものであったらしく、二メートル近い身長にがっしりとした身体つきの男は、
その手に刃部分だけでも優に一メートルは超えるであろう大きな剣を握りハーミットへと言葉を投げる。

「ハーミット・ルブラン、貴様はやり過ぎた。よって、規律に従い処断する」

男の言葉が終わるや否や、ハーミットは男目掛けて魔法を放つ。
その着弾を確認する事もなく、一目散に逃げ出す。その速さは恭也も舌を捲くほどであった。
が、初めから併走していたとばかりに男の背後には男の姿があり、ハーミットが気付いて攻撃を仕掛けるよりも速く、
あっさりと男の剣がハーミットの背中から心臓を突き刺す。
ハーミットは口から血を吐き出すとそのまま前のめりに倒れ、数度の痙攣を繰り返す。
徐々に力を失いつつある瞳の焦点も男からはずれ、思うように動かなくなった唇から漏れた声は非常に小さかった。
言葉として形を成したかどうかも怪しい聞き取れない程の小さな囁きを最後にハーミットはその長い生涯に幕を下ろす。
完全に事切れた事を確認し、男は刺さっていた大剣を事もなく抜き取ると女に視線を向ける。
男の視線の意味を正しく理解した女は、やはり気だるげに軽く数度手を振って応えると、

「どうやら最後の悪あがきでもしようとしたみたいね。
 残っていた死人に私たちを攻撃させようとしたみたいだったけれど、無駄なのにね」

言って見上げる女の視線を追って恭也も頭上へと視線を向ける。
そこにはただ青空が広がるばかりで可笑しな所はない。

「何もない?」

僅かな違和感を感じ、それがすぐにさっきまで死闘を繰り広げていた死人の姿もない事に気付く。
いつの間にと思う恭也に対し、女は恭也に説明するというよりも男へとちゃんと仕事はしたと証明するかの如く話す。

「あいつの攻撃を防ぐよりも前に、あそこに居た死人の方はちゃんと片付けていたわよ。
 まだ残っている死人が居るかもしれないけれど、それは操者であるあいつが死んだ以上、もう動く事もないでしょうね」

「ならば良い」

「じゃあ、そういう訳で、仕事は完了で良いわよね?」

女の言葉に男は頷き返し、続けて恭也の方を見る。

「さて、人の子よ。此度の件はこちらの不手際から起こったもの。
 とは言え、我らの事を言い触らされる訳にもいかんのでな」

言って近付く男に対し、ようやく立ち上がった恭也は真っ直ぐに見詰め返す。

「とりあえずはお礼を言わせてください。ありがとうございます、お蔭で助かりました。
 それと、そちらの事情というのはもしかして夜の一族の事ですか」

恭也の問い掛けに男の足が止まり、値踏みするように恭也を見遣る。
そんな男へと恭也は話して良いのか迷いつつ、個人名は明かさずに夜の一族の事を知っている事を口にする。
それを聞き少し考える素振りを見せた後、

「そうか。ならば記憶を弄る必要もないか。だが、分かっているとは思うがくれぐれも……」

「ええ、理解しています」

恭也の言葉に満足したのか、男はそれ以上は何も言わずに血を拭った剣を仕舞う。
その男に恭也は今回の件が不手際からと言った事に疑問を感じる。
元々、ハーミットが恭也に興味を抱いたのが発端で、巻き込まれた訳ではないのにと。
そんな疑問を感じたのか、男は事情を知りたいか尋ねる。
恭也としては無理して聞くつもりはないので辞退しようとしたのだが、女の方が勝手に喋り出す。

「全て、そこに居るバンヘルが悪いのよ。お蔭でこんな面倒な事をさせられて」

寧ろ説明というよりも単に面倒な事を招いた男をここぞとばかりに責めているという感じであったが。
それにに対し、バンヘルと呼ばれた男は慣れた様子で軽くあしらい改めてきちんとした説明を始める。
恭也としては別にこれ以上、家族に危険がないのならそれで良かったのだが、始まってしまった物を止める訳にもいかずに拝聴する。
それによって分かった事は、夜の一族の中にも規律というものが存在し、それを破れは当然ながら罰を受けるという事である。
その中に人への過度の危害という項目もあり、ハーミットは正にそれを百年以上に渡り破り続けてきたのである。
人だけでなく、夜の一族さえも実験体として誘拐や殺害を繰り返して来た。
そして、そういった者たちを罰する者たちを守護者と呼び、彼らがそれに当たると。

「簡単に言えば番人のような者だな。
 本来は夜の一族を取り締まるのではなく、我ら夜の一族に危害を加えてきた人から同族を守る者だったらしいが。
 ハーミットは自身の欲望のみを追い求めやり過ぎた。
 故にかなり前から追っていたんだが、上手い事逃げては逃亡先でまた実験を繰り返してきたんだ」

「で、一ヶ月ぐらい前にようやく足取りを掴んだとか言って、ヨーロッパの小国まで行かされたのよ。
 確証を掴むまでは現地を取りまとめている人に任せれば良いって言ったのに。
 まあ、そのお蔭で美味しいクッキーをお土産にもらえたけれど、移動の面倒さを考えたらトントン……いや、ちょっとマイナス?」

文句を垂れる女を無視し、バンヘルは続ける。
恭也としては直接の恩人である女の方を無視して良いのか分からず戸惑いを隠せずに居ると、

≪主様はああいった方がお好みですか≫

≪何の話だ?≫

≪先程からあちらの方ばかり気にしておられるようですので≫

何故か拗ねたような口調でラキアからの念話が届き、恭也は必死に恩人に感謝しているだけだと宥める。
その甲斐あってかラキアの機嫌も直ったようであったが、バンヘルの話をちゃんと聞けていないという事態になってしまう。
そんな恭也にラキアがここぞとばかりに張り切った口調でバンヘルの話を纏めて伝える。
念話でありながら、恭也にはラキアが褒めてくれと言っているような気がして褒めておくが、少々釈然としないのもまた事実である。
ともあれ、ラキアからの説明によるとそのヨーロッパでの事件は確かにハーミットの仕業であったらしい。
しかし、それはバンヘルたちの注意をそちらへと向けて逃走するためであったとか。
その為、バンヘルたちが頼りにするその地を治める一族の者でもすぐに動けないようにする為、
いわゆる裏の組織と呼ばれる所に手を出したのだ。それもそこを潰そうとしている者たちが突入しようとしていたタイミングで。
これにより、警察だけでなく組織の生き残りや制圧しようとしていた者達の間で互いに混乱が起こり、
正確な情報がすぐ掴めないようにしたのである。
この事件こそが美沙斗が遭遇した事件なのだが、そこまでは恭也にもバンヘルにも分からない事である。

≪そうしてハーミットは日本に逃げてきて、そこで俺を見つけた、か≫

≪そのようですわね。しかも、それが失敗だったようですけれど。
 主様に時間を割いた所為で、バンヘル殿たちが居場所を突き止めて追ってきたという事らしいですわ≫

バンヘルから話を聞き、大体の状況を理解できた恭也は改めて二人に礼を口にするのだが、バンヘルは逆に迷惑を掛けたと言ってくる。

「これは我らに対する貸しとしても構わん。何かあれば、出来る範囲で返そう」

「いえ、既に命を助けてもらっていますし」

「しかし、そういう訳にもいかん。実際に頼み事をするしないは別として覚えておいてくれ」

「ですが……」

互いに生真面目な性格故か譲らない二人にラキアがとりあえず頷いておいた方が良いのではと申告し、一先ずやり取りは収まる。
その間、女の方は地に腰を下ろして眠そうに目を細めているだけであった。
流石にそれにはバンヘルも呆れた様子で、

「レアナ、お前からも……」

「ん〜、別に良いって言ってるんだからそれで良いじゃない。と言うか、もう話は着いたんだから良いじゃない」

「そうではなく、お前からも言ってくれればもう少し早く……はぁ、もう良い」

面倒くさいと言い返されるのが分かっているからか、バンヘルはそれ以上は何も言わず口を閉ざす。
レアナはバンヘルの態度にも興味は無いのか、座り心地が良くない地面に顔を顰めてのそのそと立ち上がる。

「……終わったんだから帰ろうよ。ああ、少年、ええっと、何て名前だっけ? まあ良いや。
 それよりもさ、この辺で……」

レアナが何か続けるのを遮り、バンヘルは改めて互いに名乗っていないことに気付く。
恭也の方も今更ながらにそれに気付き、真面目な二人は改めて互いに名乗り合う。
一方、話を遮られたレアナは少しむっとするもすぐに先程まで同様に面倒くさそうな表情に戻り、二人が名乗り終えるのを待っている。
そんなレアナに二人の視線が向かい、何かなと首を傾げるもすぐに名乗れという事だと理解すると、

「レアナ」

とだけ呟く。思わず頭を抱えそうになりながら、バンヘルは恭也に言う。

「すまないな。あれは見ての通り面倒くさがりでな」

「いえ」

男二人でそんなやり取りをしていると、レアナは立っているのも面倒だとばかりにせめて部屋の中に戻って話せと言い出す。
が、既にバンヘルの方は既に言うべき事もなく、恭也の方も特にはない。
寧ろ桃子の事が一番の懸念であり、屋敷に戻ること事態には賛成ではあるが。

「そうか、まだ人が居たか。なら、我らはこれで失礼させてもらう」

最後に恭也に連絡の付け方だけ教え、バンヘルは立ち去ろうとレアナを促すのだが、

「確か恭也だっけ?」

「ええ、そうですが」

「さっき聞こうと思ったんだけれど、この辺で甘いものが美味しい店ってある?」

「えっと……、すみません、この辺の事はあまりよく知らないもので」

「そうか〜、じゃあ仕方ないよね」

残念そうに肩を落とすもすぐに気持ちを切り替えたのか、レアナは軽く手を振ってバンヘルの隣に並ぶ。
バンヘルがもう一度軽く頭を下げるのに合わせてこちらも頭を下げ、不思議な二人を見送る。
真っ直ぐ背筋を伸ばして歩くバンヘルに比べるまでもなく、レアナは背を丸め億劫そうに歩いて行く。
やがて二人の姿が見えなくなると、恭也は急いで桃子の元へと向かう。
ここの後始末は向こうがしてくれるという事なので、それに関してはありがたく任せる事にした。
故に今は助けを待っている桃子の元へと一刻も早く赴き、安心させてあげたいと逸る気持ちを抑えつつ駆け足気味に向かう。
最初に通された部屋に入れば、桃子の居る部屋へと続くドアは内側から弾き飛んでおり、ハーミットとのやり取りを思い出す。
既にドアのない入り口から中を覗けば、ラキアのお蔭で無傷の桃子が既に目を覚ましていた。

「恭也!」

恭也の姿を見て声を上げる桃子に助けに来た事を伝え、もう大丈夫だと安心させる。
縛られていた両手両足を自由にすると、桃子はたまらず恭也に抱き付く。
微かに震える桃子の体を受け止め、優しく背中をさすってやると、やがて桃子も落ち着いてきたのかゆっくりと恭也から離れる。

「きっと助けに来てくれるって信じていたわ、ありがとう。
 それといきなり抱きついたりしてごめんね」

「いや、それよりも無事で本当に良かった」

「それで犯人は?」

未だに多少の恐怖を抱きつつも聞いてくる桃子に捕まったとだけ伝える。

「ただし、色々と複雑な事情が絡まっているんで公にはならないけれど」

「そんなのは構わないわよ。恭也が無事ならね」

言って小さいものから小さくないものまで新たに出来ている傷を見る。

「うん、大丈夫だから。それよりも早く帰ろう。なのはたちが待っているから」

「そうね、皆にも心配掛けちゃったしね」

恭也の言葉に頷き、気持ちいつもよりも大きめの声を出して言う。
なのはたちに笑顔を見せる為にもこの程度でへこたれてはいられないと気合を入れる意味を込めて。
そんな桃子と並び歩きながら、恭也はやはり母は強いなと改めて思う。
ラキアも同じ事を思ったのか、念話で同じ事を口にしてきたので思わず恭也は微笑を浮かべる。
それに気付き不思議そうな顔を向けてくる桃子に何でもないと返し、恭也は今しがた出てきた屋敷を振り返る。
桃子の誘拐に始まり、死闘を繰り広げ、新たな出会いをもたらし場所を。
だが、一瞥だけすると恭也はすぐに踵を返す。日常へと戻るために。
まずはその象徴ともいえる桃子を無事を祈って待つ家族の元へと連れ帰るために。



こうして一連の不思議な事件は公になる事無く静かに幕を閉じる。





つづく、なの







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