『リリカル恭也&なのはTA』






第35話 「事件後のひとコマ」





先日の桃子誘拐事件より数日が経ち、すっかり元の生活へと戻った高町家。
そんな中にあって、恭也はと言えば……。

「んー、少し背中が強張ったか」

その日の授業もホームルームも全て終わり、後は帰るだけと言う放課後を迎えていた。
流石にホームルームでは目を開けていた恭也であったが、その直前に行われていた数学で知らず眠っていたツケを解す。
同じく隣では新学期になって行われた席替えでも何の因果か、変わらずお隣さんとなった忍が背伸びをしている。
ちょっぴり目じりに涙が滲んでいるのは欠伸の所為だろうか。
何とはなしに眺めていた恭也の視線に気付き、忍はわざとらしくしなを作って寄りかかるように顔を寄せてくる。

「な〜に〜、きょ〜や〜」

その頭を押さえて押し戻しつつ、恭也は鞄を手に持つと立ち上がり、その後を慌てたように忍が追う。

「ちょっと待ってよ。朝の約束、忘れてないでしょうね」

「分かっている。ほら、行くぞ」

教室の扉の前で立ち止まり、追い付いてきた忍を伴って教室を後にする。
先程忍が口にした朝の約束通り、今日はこのまま忍の家へと向かう為である。
何でも忍の叔母に当たるさくらが恭也に用があるとの事らしい。
忍の親と年の離れていたさくらは、寧ろ姪である忍の方と歳が近く、忍も数少ない信頼できる親戚として慕っている。
そんな事から、忍と親しくなった恭也も自然とさくらと顔を合わせる機会もあり、親しい友人という関係を築いている。
忍が何かを思いついた際に最も被害をこうむるという共通点から、色々と共感する部分もあったのかもしれない。

ノエルの迎えの車に乗り、月村邸の門を潜れば、既にさくらはリビングでカップを片手に二人の帰りを待っていた。
その表情がやや疲れて見えるのは、その傍らに申し訳なさそうにして立っているファリンが原因だろうか。
それを見たノエルが無言のままファリンを見れば、ファリンはビクリと震えたかと思うと背筋をピンと伸ばす。

「お姉さまが留守の間、私は頑張ってさくら様のお世話をさせて頂きました。それはもう誠心誠意です!
 どれぐらい頑張ったかと言えば、初対面でおばさんと呼んで睨まれた恐怖から、正直に忍お嬢様に設定されたと口を滑らし、
 以降、大型犬に怯える子猫のように震えつつも懸命に顔色を伺いながら、機嫌を取ろうとする子分の如くです!
 ああ、この件については既にお許しを得ていますので、私としましても肩の荷が下りた感じで気楽ではありましたが。
 どれぐらい楽になったかと言えば……」

「ファリン、留守の間に何をしましたか?」

長くなる前にばっさりと遮りノエルは要点だけを問う。
問われたファリンも気分を害した様子もなく、寧ろ嬉しそうに話し出す。

「さくら様がご所望されました紅茶のお代わりをお持ちしました!
 褒めてください、お姉さま! ファリンは遂に一人で淹れる事ができました!」

ファリンの言葉に思わず恭也は感心してしまったが、ノエルは疑わしそうにファリンを見詰め、次いでさくらへと視線を転じる。
ノエルの視線を受け、その意味を履き違える事無く受け取ったさくらは小さな溜め息を一つ吐き出すと、

「淹れ終わるまでに心臓に悪い音を四度ばかり聞かされたわ。
 それが気になって様子を見ようとしたのだけれど、客人という事でキッチンへと立ち入る事を頑なに拒否されたわね。
 最終的にティーバックで良いからとお願いしたのよ」

それで出てきたのがこれと、物凄く濃い色をしたカップの中身を見せる。

「ティーバックでまさか十分も待たされるとは思わなかったわ。
 正直、砂糖をいつもより多く入れたわ」

さくらの言葉に思わず頭を抱えるノエルと、笑っている忍。
その二人の間で恭也は、ああ、未だに大きな成長はなしかと諦観した顔をしていた。
そんな空気を呼んだのか、ファリンは多少早口になりつつも、さくらへとフォローをいれる。

「ですが、そんな気にしなくても大丈夫ですよ、さくら様。
 多少、糖分を多く取ったとしてもそのプロポーションに翳りは見えません。
 寧ろ、私に少し分けて欲しいぐらいです。
 ああ、分けるといってもウェストの余分なお肉を分けられても困るわけでして。
 私が欲しいと思っているのは主に胸の……って、どうしてそんな怖い顔で睨むんでしょか?」

「何故かしらね? で、誰のどこに余分なお肉があるのかしら?」

「ご、誤解です! 余分なお肉があると言っているのではなく、欲しい部分は別にあるという事をですね……。
 あ、あうあう、お、お姉さま、忍お嬢様、た、助けてください!
 何故か分かりませんが体感センサーが寒さを検知してます! これが噂に聞く風邪でしょうか。
 ああ、寒気が止まりませんと提言すると同時に、ここは一つ咳き込んでみた方が良いのでしょうかと質問をしてみたり……。
 って、さくら様、何故手を伸ばしてくるのですか? ああ、ま、待ってくだふぁいぃっ!
 ひょ、ひょっぺをひっぱりゃにゃいへぇ」

やっぱり相変わらずの言語機能に何とも言えない表情を浮かべ、恭也はほっぺを両側に引っ張られるファリンを見る。
その横でやっぱり忍が楽しそうに笑っているのを見て、ノエルは本当に忍がわざと設計したのではと再び疑惑を抱いてしまう。
まあ、流石にそんな事をするような主ではないと分かっているので、すぐにそんな懸念を消し去ってお茶の準備をする為に離れる。
恭也と忍も席に着き、ようやくファリンを解放したさくらも態度を改める。

「それじゃあ、早速だけれど」

そう言ってさくらが切り出したのは、先日の桃子の誘拐事件の件であった。
何故知っているのかという恭也の疑問はすぐにさくら自身が話してくれる。

「この件は夜の一族が起こした事件だったでしょう。
 で、日本、それもこの周辺で起こった事件は基本、うちが後始末を行うの」

その後始末をするにあたって、さくらはその事件の事を知ったという訳である。
忍にもさくらから話がいっており、二人は恭也へと頭を下げようとするも恭也によって止められる。

「事件を起こした奴と二人とは関係ありませんから。寧ろ、謝られた方が困りますよ」

人外が起こした事件というものが発覚した場合、個ではなく種としてその責を問われる事がある。
そんな思いが知らず二人にもあったのかもしれないが、恭也としてはそれは違うとはっきりと言える。
故に当然の事としてそう口にし、忍たちも改めて納得しそれを受け入れる。
尤も忍などはふざけて恭也に抱き付いてみたりもするが。

「流石は恭也だわ〜」

「それとこの行動の繋がりが分からんが、とりあえずは離れろ」

慣れた手付きで忍をやんわりと引き離し、改めてさくらを見れば、忍も真面目な態度に戻る。
その上でさくらは先日の件に関して話せる範囲で話し始める。

「どうやったのかは秘密だし、興味もないでしょうから良いとして、私がわざわざ時間を取ってもらったのは番人の事なのよ。
 恭也くんの事は信用しているし、あの場で番人自身も恭也くんをそのままにしたから特に問題はないんだけれどね。
 一応、何事にもそれなりの形式めいたものがあるのよ。
 今回の場合、後始末を任された私が秘密の厳守に関して改めて言質を取るんだけれど、恭也くんは既に一族の事を知っているしね」

それでも対外的に他の一族の目もあるから今回の面会という場を設けたと口にする。
これで話は終わりとばかりに相好を崩すさくらを見て、恭也も大変ですねと労いの言葉を口にする。

「そうなのよ。古臭い考え方が未だに根付いているからね。体面的にしておかないとね。
 ああ、それともう一つ。神咲先輩の妹さんから聞いているかしら? ここ最近、この周辺でのこと」

神咲という名前からそれが霊絡みの事かと思い至り、那美から聞いていた恭也は頷く。

「それもどうもあの死人使いの仕業だったらしいのよね。
 本当にいい迷惑だわ。ここ数年、海鳴は神咲先輩の一族が居てくれたお蔭でそっち方面は簡単に済んだのが救いだわ」

でないと、もっと面倒な後片付けとなっていたと愚痴るさくら。
本当に労いの言葉を掛ける以外に恭也も出来ない。
が、さくらの愚痴はまだ続くのか、じと目で忍を見だす。

「大体、この周辺は本来なら月村家当主の忍が担当のはずなのに」

「私はまだちゃんと継いでないもん。少なくとも成人するまではさくらが後継人なんだし、仕方ないじゃない」

言いつつも、その顔にははっきりと面倒事は御免だと書かれているが。

「はぁぁ」

さくらもそれ以上は何も言わず、ただ疲れたように溜め息を吐くだけである。
そこへお茶を持ってノエルが現れる。本当に人心地ついた所で、今度は恭也が丁度良いと聞きたい事を尋ねる。

「夜の一族の間では魔法とかは普通に存在するんですか?」

「……あー、そういえば今回、恭也くんが相手にしたのはそうだったわね。
 よくよく考えてみれば、本当によく無事だったわね。番人の話だと、恭也くんが追い詰めていたって言ってたし」

それは買い被り過ぎだと否定するも、前半の無事だったという所は大いに頷く。

≪これもラキアの御蔭だな≫

恭也の言葉に喜びの意を返すグラキアフィンを服の上から軽く撫で、恭也は質問に対する答えを待つ。

「もう知っていると思うけれど、魔法と呼ばれる技術は存在するわ」

「まあ、那美たち退魔士の技だって、一般の人から見れば魔法みたいなものだけれどね」

さくらの肯定の言葉に忍が茶化すように付け足し、少しだけ真面目な顔になる。

「実際の所、私がさくらと同じぐらい信用している親戚の一人は魔女だしね」

それは初耳だと驚く恭也に忍は興味あるのと聞いてみる。

「どうだろうな。今後の為にも対処法を知る上では知っておいた方が良いとは思うが、自分が習うという事は考えていないからな。
 その分、剣の腕を磨く方が俺にとっては大事だしな」

らしい答えに笑みを浮かべつつ、忍はすぐにその笑みを悪戯っ子のそれに変える。

「恭也は私に飽きて新しい女性に興味があるのね」

「ええ、そうなんですか!? 恭也様、幾らなんでもそれは酷いですよ」

忍の冗談を誰も気にしない、とはいかず、ファリンが過剰なまでに反応を見せる。
それを見て忍が更に笑みを深めたのを見て、ああ、また新たな頭痛の種がと恭也が、
そして今後を考えて巻き込まれる可能性の高いさくらが揃って頭を抱える。
ノエルに至っては、既に一番の被害者である為、今更である。

「良いのよ、ファリン。それでも私は恭也には逆らえないから、新しい女性を自分から紹介するしかないの」

「うぅぅ、可哀相な忍お嬢様。恭也様、確かに忍お嬢様は破天荒な発想で変な物をすぐに作り、
 反省したのも束の間、また可笑しな笑いを浮かべて次の物を作るマッドでぶっ飛んだ方です。
 それでも、か弱い女性なんですよ。確かに血の力を解放すれば、ちょっとやそっとの男性よりも強いですけれど。
 おまけにずぼらな所があったり、家事はお姉さま任せで、放っておくと肌や髪の手入れも怠り研究に没頭する事もしばしば。
 あげく、セクハラまがいの発言や人をからかう事も多々あります。私も被害を受けた一人としてそこは否定しません!
 というか、もっとグラマーなボディーにしてくれても良かったと、毎夜、枕を濡らす日々。
 ですが、一応、生物学上は女性なんです! それをこんな酷い仕打ち」

「えっと……フォローしてくれているんだよね、ファリン?」

「当たり前じゃないですか!」

「その割にはグサグサと心に刺さるものが。
 しかも心当たりのないものもあるんだけれど。そんなに可笑しなものばかり作ってないわよ?」

「忍お嬢様は黙っていてください! ここは私にお任せを!」

主の言葉をばっさりと斬り捨て、自ら恭也の前に立つファリン。
忍は困った顔でどうしたものかとノエルを見遣り、それを受けたノエルは小さく溜め息を吐く。
とは言え、このままでは収拾がつかなくなる恐れもあり、とりあえずは過去の記憶から最も相応しい対処を思い出して実行する。
即ち、ファリンの背後に音もなく忍び寄り、そのまま拳骨を落とすというとある兄妹の記憶を。

「てい」

「むぎゅ〜」

頭を抱えてしゃがみ込むファリンの襟首を掴んで立たせると、ノエルは落ち着いた声で告げる。

「ファリン、さっきのは忍お嬢様の冗談です」

「冗談? …………や、やですよ、お姉さま。
 ちゃんと分かってましたよ?」

「はぁ、嘘を吐く機能まであるんですか、貴女は。
 ともあれ、いい加減ある程度の学習はしなさい」

「うぅぅ、ごめんなさい」

ノエルに言われ反省するファリンだが、すぐに恭也と目が合い、こちらにも頭を下げてくる。
この辺りの素直さは微笑ましいものではあるが、これからの事を思うともう少し学習をして欲しいと言わざるを得ない。
恭也とさくらは知らず視線を交わし、似た境遇から来る連帯感からか決意を一つにしてノエルを見る。
二人から注がれる視線を受け、ノエルはもっとしっかりとファリンに教育を施す事を誓い、二人を見詰め返す。
ここに密かに厚い結束が結ばれるのだが、傍から見れば三人してただ見詰め合っているようにしか見えず。

「むー、何か私だけ蚊帳の外って感じ?」

結果として忍が一人拗ねる事となるのであった。





つづく、なの







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