『リリカル恭也&なのはTA』






第37話 「そうだ、山に行こう!」





鬱蒼と生い茂る等という表現があるが、まさしくその通りだと実感を抱きつつ、只管足を前へと動かす。
道とも言えぬ道を素早く走り抜け、頭上の高さに張り出した枝を速度を落とさずに掻い潜る。
遠くから聞こえる鳥の鳴き声も、こと自分の周囲からは発せられず、それが余計に焦燥を生み出す。
まるでこの周辺の空気を感じ取ったかのように、小動物の姿さえも見受けられない。
脳裏に自分の現在位置を予想し、その周辺の地図を思い描く。
今の位置からすれば、耳を澄ませば川のせせらぎが聞こえるかもしれない。
尤もそんな余裕などあるはずもなく、追い掛けてきている気配に対処する方法を模索する。
川を利用する、無理だ。今でさえ足場が悪い森の中にあってなお、追跡者は自分よりも早い速度で追い掛けてきているのだから。
姿は見えずともその気配は感じ取れる。正確な位置や距離は掴めずとも、身体に纏わり付く殺気が間違っていないと教えてくれる。
汗で額に張り付く髪を気にする暇もなく、握り締めたままの小太刀を滑り下ろさないように握り直す。
人一人がようやく通れるぐらいの木と木の隙間目掛け、速度を維持したまま飛び込む。
瞬間、ぞわりと背筋を走る悪寒を感じ、本能と勘に従い地面へと転がる。
すぐ頭上を一筋の剣閃が走り抜けるのを感じ取りながら、更に前へと転がる。
その判断が正しかったと、地面に突き刺さった暗器が証明しているが未だにピンチを脱した訳ではない。
勢いを殺さずに立ち上がり、振り向き様に飛針を放つ。
正確な居場所は既に把握しており、狙い違わずに飛ぶ飛針を相手が打ち払う間に間合いを開けて小太刀を構える。
再び逃走に移ると思っていたのか、相手は僅かに意外そうな表情を見せる。
そこへもう一度飛針を投げ、後ろへと飛び退る。
が、必要以上に距離は開けず、先程よりも数メートル間合いを広げただけ。
訝しげな態度を示しつつ、相手もこちらを仕留める為に数歩前進し、不意に足を止める。

「成る程」

こちらの意図を察したのか、それ以上は進み出ようとはせず、得物を持つ手を後ろへと大きく引く。
それを見て、こちらも同じような構えを取る。

「やっぱり気付かれたか」

「考え自体は悪くはないがな。
 自らの得意とする刺突には問題はなく、けれども振り回すには少々、枝が邪魔をする空間に誘い込むというのは。
 が、俺も一応ここ数ヶ月で刺突の鍛錬も積んできたぞ。そう簡単には競り負けてやるつもりはない」

言って追跡者、恭也はお喋りは終わりだとばかりにやや前傾姿勢を取る。
合わせて追われていた美由希も反撃の一撃を繰り出すべく、こちらも前傾姿勢を見せ、ほぼ同時に両者は地面を蹴る。

「…………あー」

張り出した木々に覆われて空の見えない天を地面を背にして仰ぎ見ながら、美由希は大きく息を吐き出す。
得意としていたはずの刺突の奥義、射抜で競り負けて黄昏ているという訳ではなく、恭也の動きを脳内で思い出している。

「うーん、何か私の射抜とは少し違った気がするんだけれどな。
 やっぱり、まだまだ私のは動きに無駄があるのかな」

「そういう訳でもないだろうな。お前の射抜は射程距離や速さだけなら俺よりも上だ」

「えー、でも実際に師範代の射抜の方が先に届いていたけれど」

「今回はおまえ自身も射抜で向かってきていたからな。それを利用して少し間合いをこちらの意に沿うようにしただけだ。
 俺の間合いにお前から飛び込んでくるような形にな。
 後は単純に手足の長さの分リーチが、体重の違いから威力が俺の方が有利だっただけだな」

「うーん、それだけじゃない気がしたんだけれどな」

美由希の零した言葉に鋭いなと返し、恭也は身を起こした美由希に説明してやる。

「簡単に言えば、威力重視の射抜といった所だな。その所為で射程や速度などは落ちているがな。
 一言に射抜と言っても、放つ者によってその威力や速度などは変わってくる。
 今回は少々アレンジし過ぎたが、お前はお前にあったやり方を模索してみるんだな」

恭也の言葉に返事を返し、軽く体の調子を点検するように動かしてみる。

「うん、まだ体力にも余裕があるし、もう一本お願いします」

「ああ、と言いたい所だがそろそろ昼食の時間だからな。
 続きは午後からだ。一旦、戻るぞ」

「はーい」

言って恭也の後に続いて美由希は逃げてきた方向へと歩く。
実に充実した午前だったと実感しつつ、前を行く恭也の背中を何とはなしに見遣る。
前にも感じた事だが、縮まったかに見えたあの背中が再び遠くなったなと思いながら。
だが、そこに僅かなりとも嬉しいという感情があるのに気付き、自分でも何とも言えない顔で苦笑を浮かべるのだった。



秋休み。あまり聞きなれない言葉ではあるが、これは恭也たちの通う風芽丘学園では普通に聞かれる言葉である。
言葉通り、秋にある長期休暇の事で、夏休みや冬休みと比べるまでもなく短いが、週休二日がない代わりにそういうのが存在した。
そして、恭也と美由希はその秋休みを利用して修行の為に山篭りをしているのであった。
場所は春休みなどにもよく利用する、海鳴から電車を二回乗り換えて約一時間ほどの所にある稲神山である。
多くの自然が残る山の中を川が流れており、人も滅多に来ない山の更に奥にテントを張っているのもいつものこと。
鍛錬内容もまたあまり大きくは変わらず、体力作りと木刀や真剣での打ち合い。
が、今年は少しだけ変化があり、それが……。

「はぁー、はぁー、ラ、ランニング終わりました」

昼食の準備をしている恭也の元へ、ジャージ姿のなのはが息も絶え絶えといった様相でやって来ると、そのまま腰を下ろす。

「なのは、疲れているのは分かるが身体を冷やしてはいけない。
 ほら、タオルだ」

言って座り込むなのはに立つように告げながらタオルを放り投げる。
ふわりと投げられたタオルはなのはの頭に落ち、礼を言いながら汗を拭いつつテントへと向かう。

「いつもと違って起伏もあるし、道路も舗装されていないから疲れたでしょう」

「うん」

着替え終えた美由希が顔を出しながら言う言葉に頷き返し、こちらも着替える為にテントへと入って行く。
入れ替わるように恭也の元へと来た美由希が袖を捲くりながら恭也の隣に屈み込み、

「さて、何を手伝おうか」

「お前の料理には期待していないんだが?」

「酷いな、もう。確かに普通の料理はまだちょっと苦手だけれど、こういうサバイバル料理は流石にもう慣れているよ」

言いながら火の傍に突き立てられた魚を手に取りくるりと反転させる。
恭也もそれを知っているからか、好きにさせる。

「正直、これを料理というのかどうかと聞かれそうだがな」

「ただ焼いているだけだもんね」

「一応、塩で味付けはしているぞ。それはまだ半生だ」

「了解。ご飯の方はもう炊けた?」

「ああ、あっちに除けてあるから近付くなよ」

「失礼な。近付いただけで不味くはならないよ」

「そうじゃなくて、お前のことだから飯盒を巻き込んで転ぶ可能性があるからな」

「うっ、それは否定できないかも」

否定しろと言いたい所だが、自分が言った事であるし、ならと近付いて本当に転ばれてはたまらないので黙っておく。
が、やはりそこは兄妹であり師弟という長い付き合いである。
美由希も察したのか、声にこそ出さないが拗ねたように頬を膨らませる。
それでむきになって飯盒に近付かないだけ成長しているのかと微妙な事を思いつつ、恭也は気付かない振りをして魚を返す。
そうこうしている内になのはも着替え終わったのか、テントからこちらへとやって来て昼食となる。
三人揃っていただきますを言ってから思い思いに食事を取る。

「恭ちゃん、今日は午後からはどうするの?」

「今日は美由希と実戦形式での続きだな。次は森ではなく山の中腹、斜面や砂利といった足場での鍛錬を予定している。
 なのはの方は……」

「うん、わたしはあっちの森の中で練習するから」

午前中はなのはは只管体力作りのメニューをこなし、美由希と恭也は真剣を用いての実戦さながらの打ち合い。
そして、午後は日毎にメニュー内容が変わり、恭也が美由希かなのはと付き合い、残った一方は一人で鍛錬となる。
今日はなのはが一人で鍛錬をする予定で、そうなると結界を張って実際に魔法を使う鍛錬となる。
そっちの方は恭也もアドバイスできる事はなく、クロノたちが考えてくれた基本メニューを軸にレイジングハートを先生として励む。
ちらりと目線だけで頼むとなのはの胸元で揺れる赤い宝石、レイジングハートを見れば、向こうも一瞬だけ光って応えてくれる。
夕食後は美由希が一人で鍛錬をし、恭也となのはが魔法の鍛錬。
そして、なのはが就寝した後は日課でもある美由希との真剣での鍛錬と結構、本人たちは疲れるものの充実した日々を送っている。
しかし、恭也たち三人は完全に忘れている事があるのだが、当然忘れているのだから気付くはずもなく、最終日を迎える事になる。
今回は前回の春休みの時とは違い、しっかりと日付の確認を行っている。
尤も、出かける前に携帯電話は電源を切ると告げているので、もし間違えていても最終日に電源を入れるまで気付けないだろうが。
ともあれ、今回はしっかりと恭也の腕時計で日付は確認しているのでそこは問題なかったのである。
ならば、何を忘れていたかと言うと、恭也や美由希には確かに秋休みは存在する。
が、なのはの通っているのは私立聖祥学園であり、当然ながら違う学校の為にこのシステムは存在しないという事である。
山篭りの日、早朝に出て行った恭也たちになのはが付いて行っているとは思わなかった桃子は、起きてから驚く事になった。
前日、恭也が山篭りに誘っており、それに頷いていたのは知っているが冗談だと思っていたのだ。
少なくとも恭也と美由希は兎も角、なのは自身は分かっていたはずなのだが。
呼び戻そうにも既に携帯電話は繋がらず、晶もレンも予定がありその日は現地へと向かう事も出来ず。
少し前になのはの様子が可笑しかった事や、珍しくなのはが強くやりたいと言い出したという事から何か考えがあり、
恭也もそれを知っているか勘付いているのだろうと判断し、今回だけは大目にみる事にした。
こうして、なのはは帰宅後に桃子からの説教を恭也共々貰う代わりに一週間ばかり病欠扱いとなるのであった。
おまけとして、アリサやすずかなどは本気で心配して見舞いに来た折に事実を聞かされ、
この二人からもありがたいお小言をもらう事にもなるのだが。





つづく、なの







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