『リリカル恭也&なのはTA』






第40話 「地球産ですから」





高町家に幾つかある和室の一つ、恭也の自室からその声は聞こえてきた。

「わー、凄いね」

「それほどでもありません」

少々高く素直に感心する響きを含んだ声に返す声は何処か自慢げであり、嬉しそうでもあった。
部屋の中にいるのは部屋の主ではなく、その妹のなのは一人。
彼女の前には小さな卓袱台が一つ。部屋の主の性格を反映してか、無駄な物が一切ない、物の少ない部屋である。
部屋の隅に置かれた机の上には書物が数冊綺麗に並べられ、スタンドが一つ乗っている他には何もなく綺麗に整理されている。
そんな机の前に普段は置かれているはずの座布団に座り、なのはは部屋の中央に座していた。
話し相手と思われる者の姿は見えないようにも思うが、話すなのはの視線が向かう先は卓袱台の向こう側ではなく上。
そこに鎮座する白い宝玉、そこから映写されている小さな女性の姿に向かっていた。

「でも、どうしてグラキアフィンの髪は黒なの?」

「この容姿は主様の好みを元にしております故に。因みに、こちらを呼ぶときは是非ともラキアと」

話の内容からも分かるように、なのはの話相手は恭也のデバイス、グラキアフィンである。
それが写し出す女性の映像というのが正確な所かもしれないが。
何故にそんな機能がという突込みなどもなく、単純に感心しつつもラキアの漏らした言葉の方に反応する。

「お兄ちゃんが黒いのを好むのは知っているけれど、髪までそうなの?」

「それは中々に難しいご質問ですね、なのは嬢。主様は特に容姿で人を判断はなさらないかと。
 単にこの長い黒髪は主様の初恋の人を参考にさせて頂いたまでです」

なのはの言葉にやんわりとした否定の言葉で返すも、更に気になる単語を聞きつけてなのはは若干喰い気味に顔を近づける。
二十センチ程の映像を前に、なのはの目は興味津々といった風に目を爛々と輝かせて聞きたいと全身で訴える。
ラキアは暫し悩んだ後、ここだけの話と前置き口を開く。

「以前に昔のお話を幾つか伺う機会がありまして、その際に主様ははっきりと申しませんでしたがそう推測するに至りました。
 故に私の容姿はこの姿が基本となっております。髪型を自由に変更したりもできますが、これはなのは嬢もそうでしょう。
 尤も、短髪長髪とすぐさま変更するのは無理でしょうが。後、現在は服装のバリエーションを増やしています。
 主様の嗜好が分かりませんが、忍嬢より得た知識を元にメイド、巫女、水着は完璧に実装済みです」

「あ、あははは、そうなんだ、凄いね」

変な知識は忍なら仕方ないかと納得しつつ、機能の無駄使いとは口が裂けても言わないなのは。
それだけ主人思いなんだねと口に出せば、ラキアは当然だとばかりに頷いて胸を張る。
その愛くるしい仕草になのはは自分のレイジングハートにもこの機能が欲しいかもと思ってしまう。

「残念ながら、他のデバイスに応用は出来ないと思いますよ。
 それに下手に弄れませんし」

「だよね。言ってみただけだから気にしないでレイジングハート。
 今のままでも充分だよ」

すみませんと謝ってくるレイジグハートに声を掛けつつ、改めてラキアを見る。

「本当に感情が豊かだよね」

「勿論でございます。
 リニスにより生み出され、今や地球産となったラキア作成人造魔導杖グラキアフィンは伊達ではありません」

勝手に新たな分類を作り出しつつ胸を張るラキアに、なのははただニコニコと笑っている。
だが、確かに本人の言うように既に他のデバイスにはない機能まで搭載されているのは事実な上に、
内部に地球の部品も組み込まれている。
そして、一番の特徴はなのはも感心するその感情の豊かさであろう。これは他のデバイスにはない特徴となっている。

「それよりもお兄ちゃんから聞いた昔の話ってどんなのだったのかな?」

なのはが話を聞きたいとばかりにラキアに尋ねれば、またも考える素振りをしつつ、

「そうですね、少しだけですよ」

そう前置きして話し出そうとするのだが、

「何が少しだけなんだ?」

そこに恭也が戻ってきてラキアを見下ろす。

「主様、お帰りなさいませ」

「ああ。で、何が少しなんだ?」

「えっと、あの……」

恭也の問い詰める声に戸惑うなのはと違い、ラキアは至って落ち着いたままに返す。

「主様からお聞きした昔話ですわ」

「そんな物は人に聞かせる必要はない」

「つまり、二人だけの秘密という物ですね。
 そういう事なら分かりました」

「どういう納得の仕方をしたのか少し気にはなるが、黙っているのならまあ良い」

二人のやり取りを何とも言えない顔をして見ていたなのはだったが、恭也の手に腰掛けるラキアを不思議そうに見る。

「本当にお兄ちゃんが触ると実体があるんだ」

自分が同じようにしてもすり抜けた映像は、しかし恭也が触れる限りにおいてはすり抜ける事がない状況に目を丸くする。
ラキアは誇らしげな表情を浮かべると、

「この機能だけでもかなりの処理領域を取っていますから、これぐらいは当然です。
 次の目標は実体を持たせてもグラキアフィンのコアから離れる事が出来るようになる事です」

ラキアの言うように、恭也に腰掛けているものの、足首から先は宝玉に埋まっているように見える。
映像なら多少は離れた所に投影できるが、実体を持たせるとそうもいかないらしい。
まあ、こればかりは普通に考えれば仕方ない上にどうしようもない事のはずである。
何故なら、そちらの宝玉の方こそが本体なのだから。
だが、いつかは本人が言うように離れて実体を持つ映像を作り出しそうだなとなのはは思うのだった。

「所で御用の方はもう宜しいのですか」

「ああ」

ラキアの問いに答えつつ、恭也はやけに真剣な表情になると重く口を開く。

「暫く美由希を連れて出かける事になりそうだ」

そうラキアとなのはに告げるのだった。



イギリスの郊外、市街地より遠く離れた森林も多く自然豊かな一角。
その中に広大な敷地を誇る施設があった。
多くの者がその場所を知るものの、中に入れるのは基本、関係者のみの上に男子禁制の場所。
現在、世界ツアーを行っているクリステラ・ソングスクールである。
本来ならばツアーに参加していない、まだ歌手の卵たちが少数ながらも残っているのだが、今日は少し違った。
何故なら、今は丁度イギリス公演を数日後に控えており、ツアーに参加するものも顔を出しているからである。
昨日までの静けさが逆に嘘のように急に賑やかになったスクール内ではあったが、その一室だけはそんな喧騒とはかけ離れていた。
このスクールの校長を務め、世紀の歌姫と称されるティオレ・クリステラが居る校長室だけは。
今、ここに居るのは娘のフィアッセと教頭のイリア・ライソン。
そして、金髪を後ろの頭頂部で結びポニーテールにしている女性の四人のみである。

「それで、今回届いたのがこの手紙という訳ですか」

校長室にある来客用のソファーに、フィアッセ、イリアと向かい合って腰掛けた女性が手渡された手紙に目を通す。
その様子を黙って執務机に頬杖を着いて見守るティオレ。
やがて手紙を読み終えた女性にフィアッセが声を掛ける。

「どう思う、エリス?」

フィアッセにそう呼ばれた女性、エリス・マクガーレンはフィアッセの言葉に眉間に一度皺を寄せると、難しい顔のまま答える。
エリスはマクガーレンセキュリティ会社の社長であり、フィアッセの幼馴染でもある。
今回、ヨーロッパからツアーの警備を担当する事となり、こうして同行していた。

「脅迫状には間違いないと思うけれど、愉快犯かどうかの区別は今の所は分からないわね。
 ただ、日本での事もあるから警戒するに越した事はないと思う」

エリスはそう返答すると、ティオレへと顔を向け、

「仮にこの脅迫状が本物だとしたら、コンサートを中止して頂くという事には……」

「それは無理よ」

その言葉に対し、ティオレは口調こそ柔らく笑みを見せるものの、その目には強い力が秘められており雄弁に折れない事を示している。
エリスは小さく嘆息し、それならば念の為にと警備の手配をする了承を貰う。
そちらにはすぐに許可を出し、ただしと付け加える。

「一つだけ条件と言うか、お願いがあるのだけれど」

これまた有無も言わさぬ強い声にエリスは思わず身を正す。
が、告げられた条件に思わず間の抜けた声で確認をしてしまうのだが、
やはりティオレは笑みのままそれが冗談でも何でもないと態度で示す。

「ですが!」

「大丈夫よ、あの子達なら。いいえ、違うわね。私がどうしてもあの子達にお願いしたいの。
 確かにこれの脅迫状が本物なら、またあの子達を危険な目に遭わせる事になるかもしれない。
 それでも、後で知った時のあの子達の事を考えると知らせるだけでもしたいのよ」

言いつつ、この事を知ったら間違いなく来てくれるであろう事は誰よりもティオレがよく分かっている。
だが、まだ時間を置かず、コンサートの途中だと言うのに再度の脅迫状である。
更には公にされなかった前回の事件に触れている辺り、ただの脅しや愉快犯などではない可能性は高いだろう。
それでも知らせずに、後になって知る事の方をあの二人は悔やむかもしれない。
犯人が同一犯なら、複雑な事が絡んでいる部分もある。
だからこそ、危険があるかもしれなくても知らせたいとティオレは思ったのだが。
そこまで考えてティオレは小さく頭を振る。
何だかんだと理由を付けたものの、結局の所はあの二人が居ると安心するのだろう。
誰よりも強く、最後まで自分たち夫婦とその大事な宝を守ってくれた、信頼ができ頼りになった男のと同じ目をする二人が居ると。
それに、とティオレは娘を見遣る。
さっきまで不安そうだったフィアッセがティオレの出した条件を聞いて少しは表情に明るさが戻っている。
同じ歌うのなら、いや、歌うからこそ少しでも憂いは取り除きたい。自分たちは歌に心を魂を込めるのだから。
そんな理由もあって、ティオレは自身が出した条件に関しては譲歩するつもりはなかった。
案の定、エリスはあまり良い顔をしないが。

「貴女ももう少し肩の力を抜いても良いと思うんだけれどね」

ティオレの小さな呟きは、生憎と警備の手配の為に電話を掛けていたエリスには聞こえなかったが。
すぐに表情を引き締めると、イリアへと指示を出す。

「申し訳ないけれど」

「畏まりました。手続きは全て整えておきます」

「あ、連絡は私がするからね、イリア」

イリアがティオレの指示を受けるなり、フィアッセがそう宣言する。
それに関してはフィアッセに任せても大丈夫だろうとイリアも頷き、自分は他の手続きをする為に部屋を後にする。
イリアを見送った後、フィアッセはティオレの傍へと行き、

「また二人に迷惑掛けちゃうね」

「そうね。でも、あの二人は迷惑だなんて思わないんでしょうけれど。
 寧ろ知らせなかったら、その事を怒るかもね」

「だよね。えっと、今は日本だと……。もう少し後で連絡するね。
 ついでにフィリスにもお話させてあげないとね。
 ずっと二人が無茶な鍛錬してないかとか、ちゃんと通院しているのかって嘆いていたし」

「そうね、そうしてあげなさい」

フィアッセには隠しているティオレの容態の為に、表向きはフィアッセの喉に関して同行している小さな医者を思い出す。
彼女にも感謝してもしきれないなと思いながら、ティオレはゆっくりと背凭れに体を預ける。
フィリスの元へと向かうフィアッセの背中を見詰め、次いでエリスへと視線を転じる。
どうか何事もありませんように。
そう願わずにはおられず、ティオレは目を閉じると短く祈るのだった。





つづく、なの







ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ


▲Home          ▲戻る