『リリカル恭也&なのはTA』






第43話 「イギリス初日」





恭也たちが装備を確かめ終えた頃、ノックの音が校長室に響く。
入室を許可するティオレの声に応じて扉が開かれ、そこから小柄な少女が姿を見せる。
少女は失礼しますと丁寧な口調で告げて入ってくると、恭也たちを見て少し相好を崩す。

「久しぶりですね、恭也くん、美由希ちゃん」

「お久しぶりです、フィリス先生」

「ご無沙汰してます」

新たに訪れた少女、外見は幼いながらも優秀な医師であるフィリスに恭也と美由希も挨拶を返す。
もう一つの再会を果たしつつ、ティオレやフィアッセを加えて雑談となるのだが、やはりというか、フィリスは開口一番に、

「恭也くん、ちゃんと病院に行ってますか?」

そう言って恭也の右膝に触れる。
高町家の主治医でもあるフィリスは言葉を濁す恭也に仕方ないですねと溜め息を吐きつつも、触診を続ける。

「…………美由希ちゃん、ちょっと」

恭也の右膝を中心に他にも体の色々な部分を触診した後に美由希を呼び、こちらも同じように全身を触る。
やがて、美由希の方も終えたのかフィリスは口を噤んだまま、やや俯き加減で静かな口調で話し出す。

「最近、いつ病院に行きましたか?」

表情がはっきりと伺えないにも関わらず、恭也と美由希は揃って互いの顔を思わず見合わせ、お前が答えろと擦り付け合う。

「答え辛いようでしたら、質問を変えますね。
 最後に病院に行ってから、どのぐらい動きましたか?」

二人に質問しつつも、主にその目は恭也を捉えており、笑顔を浮かべているもののその目は決して笑ってはいなかった。
恭也は観念したのか、重い口をゆっくりと開く。

「一応、半月前に」

恭也の言葉にフィリスは思わず美由希を見るが、事実だと頷く。
半月前に桃子の誘拐事件があり、その後に病院へと行っている。

「半月前……。それなのに、膝に疲労が溜まってますね。
 だとすれば、一回だけではなく、後数回通院するように言われませんでしたか?」

そう尋ねてくるフィリスに対し、恭也は言葉を濁す。

「そんな事を聞いたような、聞かなかったような……」

それを聞いてフィリスは大げさなぐらいに溜め息を吐くと、笑顔を見せる。

「後で右膝の診察をした後、全身の矯正も含めて念入りにマッサージをしましょね。
 勿論、拒否なんてしませんよね」

この言葉に恭也は頷くしかなく、またこれから場合によっては激しく動く可能性がある以上、寧ろフィリスが居て良かった。
付け加えられた美由希ちゃんにもやってあげますという言葉に項垂れる弟子を一瞥し、恭也はそんな事を思うのだった。



恭也たちが団欒を繰り広げている部屋からそれ程遠くない部屋では、エリスが部下たちと一緒に計画を練っていた。

「明日のティオレさんの行動予定はこの通りよ。
 事前に比較的安全を確保し易い道を考えてもらったけれど、時間の制約から全てこの通りには動けないそうよ」

エリスの言葉に幾つかの不満の声が上がるもそれを押さえ込む。

「クライアントの要望だから我慢してちょうだい。その上で改めて練り直したのがこの行程。
 問題となるのは……」

移動中の襲撃を考え、エリスたちは万が一の場合の対策を練っていく。
一通りの話し合いを終え、エリスは次に見取り図を取り出す。

「これが明日、訪問する病院の見取り図だ。いざという時の避難経路の確認及び、配置については変更なし。
 他に何か意見はないか?」

病院患者への慰問を含め、明日回るのは後は一箇所のみ。
慰問に関しては事前に既にマスコミに取り上げられている事もあり、情報を得るのは容易い。
残る一箇所はティオレの古い友人が館長を務めている美術館で、こちらはプライベートと言う事もあり非公開である。
だが、その気になれば得られる情報に違いはなく、こちらも取り寄せた見取り図を広げて最終確認を行う。
襲撃犯の狙いはティオレかフィアッセらしく、他の者たちが狙われないのが不幸中の幸いで護衛を集中させる事が出来る。
とは言え、鵜呑みに出来るはずもなくここCSSにも護衛は配置しているし、基本生徒たちの外出は遠慮してもらっている。
どうしてもと言う場合は最低限の護衛を連れて行く事にしており、脅迫状の文面から見てもそちらはそう問題ないだろう。
それがエリスの考えであった。
出来れば、クリステラ親子にも大人しくしていて欲しいという思いもあるが、これは既に諦めざるを得ない状況である。
故に現状で問題となるのが、ティオレとフィアッセが別行動する時である。
幸いにして別行動はないが、明日のティオレの友人との対面の時に少々別行動があるぐらいだろうか。

「それでも同じ建物内とまだ助かるが」

友人との久しぶりの再会に積もる話もあるだろうと席を外すのは事前に二人から聞かされているとは言え、
そこぐらいはこちらの言い分を聞いて欲しいと思わなくもない。
まあ、友人二人の話を手持ちぶたさで待つのは退屈だと言うフィアッセの気持ちも分からなくはないが。
元より、脅迫よりも前にその時にはフィアッセは館内を見て回る許可を貰っているという事だし予定内ではあるのだろうが。
幼なじみの意外と頑固な所に呆れつつも、エリスは細かい打ち合わせを行っていく。
明日だけでなく、コンサートのリハーサルなども含め、やはり閉じ篭っている訳にはいかない事が多い。
護衛のやり辛さを感じつつも、絶対に守ってみせると改めて自らに言い聞かせるエリス。
その脳裏にもう二人の幼なじみの顔が思い出される。

「明日の仕事に取り掛かる前にやっておく事が出来たな」

そう一人ごちると怪訝そうな顔をして名を呼ぶ部下に何でもないと返し、再び見取り図と睨み合いをするのだった。



その夜、殆どの者が自室へと引き払った時刻に庭には二つの影があった。
昼間は咲き誇る花々や噴水により美しく見える広い庭も、夜の闇によって僅かばかりの不気味さを醸し出す。
何て事にはならないのは、都会から離れた地故か空気が澄み、星明かりが降り注いでいるからだろうか。
それでもやはり暗い事には変わりはないのだが、ここに居る二人はそれを気にする素振りも見せずに互いの姿を認める。

「待たせたか」

「いや、こちらもさっき来たばかりだ、エリス」

先に声を掛けたエリスに答える恭也に、そうかとだけ短く返答して恭也の傍まで歩いて来る。
そこには深夜の密会などという甘い空気は感じられないし、当人たちもそんな事は露にも考えていないだろう。
最初に口火を切ったのは、ここに恭也を呼び出したエリスであった。

「単刀直入に言おう。始めにも言ったがここに居る間、大人しくしていてくれ」

「それは断る」

エリスの言葉にきっぱりと拒否の言葉を口にする。
やはりという思いを抱きつつ、エリスは頭を振る。

「君になら分かるだろう。素人が二人、好き勝手に行動されるとその分、こちらも動き辛くなるんだ」

「確かにプロのボディガードとは言えないけれど、全くの素人という訳でもないんだがな。
 少なくとも戦う術は俺もあいつも持っている」

「……戦う術? 士郎と同じ、使い古され廃れた武器だろう。
 そんな物でどうやって銃火器と渡り合おうと言うんだ」

「確かに古びた物なのかもしれない。けれど、これだってれっきとした武器だ。
 そして、俺たちはただ只管それだけを積み重ねてきたんだ」

恭也の譲るつもりはない言葉にエリスは初めて瞳を揺るがし、一度大きく息を吐き出すと静かに言葉を紡ぐ。

「分かってくれ。私だって君たちの事を友人だと思っている。だからこそ、傷ついて欲しくないと思う。
 だから、大人しくしててくれ。これは幼なじみとしてのお願いだ。君たちの事も私が守るから」

「同じ事を俺やあいつだって思っているさ。だからこそ、協力できないか?
 俺たちとは違い、戦う術を持たない幼なじみのためにも」

時間がゆっくりと流れていくような錯覚を覚える仲、実際には二、三秒程見詰めあった後、やはりエリスから視線を逸らす。

「言うだけ無駄だったのかもな」

「そんな事はないだろう。少なくとも、エリスが俺たちを気に掛けてくれているという事は確信出来た訳だしな」

恭也の言葉に一瞬だけ素の表情に戻りそうになるのを戻し、エリスは少々きつく言い聞かせる。

「それもこれまでだよ。明日から私はフィアッセとティオレさんの護衛に専念する。
 そうなれば、君たちの事を気にする暇なんて」

「ああ、それで構わないさ。互いに協力できないというのなら、俺たちは俺たちの出来る事をするだけだから」

恭也の言葉に眦を上げ、それでも怒鳴り返すのを堪えるとエリスは僅かに苛立ちの混じった口調で、

「くれぐれも邪魔だけはしないでくれ」

そう言い捨てると踵を返し立ち去って行く。
その背中ははっきりと拒絶の空気を纏っており、恭也はそれを見て肩を竦める。

「すぐに理解しろというのも無理だろうな」

まるで二人の心情を表すかのように雲が出てきて翳り始めた夜空を見上げ、恭也はそう零すのであった。





つづく、なの




おまけ 〜没ネタ〜

二人に質問しつつも、主にその目は恭也を捉えており、笑顔を浮かべているもののその目は決して笑ってはいなかった。
恭也は観念したのか、重い口をゆっくりと開く。

「最後に行ったのは一月ほど前です」

「ああ、レンちゃんの退院時期ぐらいですね。話は聞いてますよ。無事に退院できて良かったです。
 きっと先生の話をよく聞いてたんでしょうね。さて、それじゃあ話を戻しましょうか。
 いえ、もう少し言い方を変えないといけないみたいですね。最後に行ったのではなく、診察を受けたのはいつですか?」

恭也は今度ははっきりと目を逸らすのだが、その逸らした先には満面の笑みを見せ、指をポキポキと鳴らすフィリスの姿が。

「恭也くん、今からマッサージしてあげますね♪
 勿論、拒否なんてしませんよね?」

「…………お願いします」

最早、恭也にはそう返答するしか道は残されていなかったのは言うまでもない。







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