『リリカル恭也&なのはTA』
第44話 「動き出す者たち」
恭也たちにとってイギリス二日目の朝はいつも通りの時間に起きる事から始まった。
時差ボケなどもなく、すんなりと変わらぬ時間に目覚めた恭也は同じく部屋から出てきた美由希とばったりと会う。
「おはよう、恭ちゃん」
「ああ、おはよう。しかし、時差ぼけでまだ寝ているようなら寝顔に落書きするという予定が狂ってしまったな」
どうしてくれると理不尽な事を言われた美由希は、やはり憮然と頬を膨らませてしっかりと抗議する。
「そんなの知らないよ。そもそも年頃の女の子の寝ている間にこっそり忍び込まないでよ」
流石に何処に年頃の女の子がとは言わず、抗議の声そのものを聞き流し、口元に指を持っていき静かにしろと合図を送る。
この辺りは客室であると同時に他に人はいないと聞いているが、朝早くに大声を出して良いものでもない。
恭也の合図に慌てて自分の口を塞ぐものの、納得いかないという顔をしてくる美由希に恭也は幾分声を落として話し掛ける。
「とりあえず、軽く動いておくか」
「うん。とは言え、やり過ぎないようにしないとね」
そんな事は分かっていると返し、美由希に準備を促す。
しかし、美由希も恭也同様に既に準備を終えた状態で部屋から出てきたらしく、
「このままで行けるよ」
習慣って凄いよねと笑いながら返してくる。
それを首肯しつつ、恭也はここに来た時によく利用していた裏庭へと足を向ける。
ここ数年ばかり来ていなかったが、身体が覚えていたのか迷う事無く目的地へと辿り着けた。
「ここは変わらないな」
「そうだね。あ、もしかしてこれって」
周囲にまばらに見える木々の間に置かれた二メートル程の立ち木。
風雨に晒されて痛んできているそれには、幾つかの穴が開いていた。
「恭ちゃんが飛針の練習をしていたやつだよね」
「まだあったんだな」
「あ、この銃痕って」
「美由希が泣き出した事件のやつだな」
「うっ、そっちは覚えてなくても良いのに。大体、まだ小さかったんだから仕方ないじゃない。
普通、兄が銃で撃たれて血を流したら驚くと思うよ」
「掠った程度だったというのに大げさに騒ぐのはどうかと思わないでもないがな」
「うー、って、あれは絶対に普通だって!」
「分かった、分かった。だから、もう少し静かにしろ」
少し昔の事を思い返して懐かしく思いつつも美由希にもう一度注意をして、恭也は少し美由希から離れる。
恭也の纏う空気が鍛錬のそれへと変わった事を感じ取り、美由希もまた無駄口を叩くのを止めて静かに恭也との距離を開ける。
互いに無言で向かい合い、合図もなく同時に動き始める。
朝の鍛錬を追え、フィアッセと一緒に朝食を取り、今日の予定についてもう一度確認をする。
エリスの方もガードの人たちと綿密な打ち合わせを終え、車へと乗り込む。
フィアッセ、ティオレと同乗するのは美由希と恭也で、エリスは別の車に乗り指示を出す。
前後を護衛の車に挟まれつつ、ティオレたちは本日最初の訪問先である病院へと向かう。
ツアー中の訪問という事もあり、既にこの件はマスコミの間でも知れ渡っており、病院の前に何十人もの報道陣が待ち構えている。
院内までの撮影は病院側からの要請もあって報道陣は入れないが、代わりに病院前で事前に簡単な撮影許可は出しているらしい。
故にマスコミ紛れて襲撃者が近付かないように先行して病院前の配置に着く。
院長の迎えに応えるティオレの傍にエリスが張り付き、フィアッセの隣には美由希が立つ。
院長とティオレが握手と軽い言葉を交わす様子を撮影する報道陣に目を光らせる中、一人の少女がティオレに近付いてくる。
その両手にいっぱいの花束を持ち、ティオレへと渡そうとする少女の前にエリスが立つ。
「すまないが、それはこちらへ」
極力、怖がらさないように屈みこんで優しく言ったつもりだったが、思ったよりも緊張して強張った顔を見て、少女は思わず後退る。
今にも泣きそうな少女に戸惑いつつもエリスはその花束に手を伸ばそうとして、その横から伸びた手に先に取られてしまう。
「ティオレさん!」
思わず声を上げるエリスを制し、ティオレも屈むと少女と目の高さを合わせて微笑む。
それだけで怯えていた少女の体から余計な力が抜け落ち、
「綺麗なお花ね。ありがとう」
ティオレの言葉に少女は満面の笑みを見せてお辞儀をするとその場から立ち去る。
「ティオレさん、念のためにそれをすぐこちらへ」
少女が下がったのを見て、ティオレは今度は大人しく従うと花束を渡す。
急ぎエリスは一人の男を呼んで花束を渡す。受け取った男はその場を離れ花束を点検すると異常なしと無線で知らせる。
その言葉を聞いて胸を撫で下ろすと近付こうとする報道陣を制しながら、ティオレたちの後に続き中へと入る。
「エリス、ちょっとやり過ぎじゃない?」
中へ入るなりフィアッセにそう告げられるも、エリスは首を横へと振る。
「事前の予定では花束贈呈の話は聞かされていなかったんだ」
「それは院長先生のサプライズだったみたいだし」
「今回はそうだったけれど、次もそうとは限らない。
何もあの子自身が襲撃者の仲間とまでは言わないさ。けれど、危険物を知らず運ばされている可能性だってあるんだ」
強く拳を握り何かを思い出すように搾り出したエリスの声にフィアッセは複雑な表情を見せ、
「ごめんね、エリス。エリスは私たちの事を思ってやってくれているのに。
でも知らない人たちにエリスを誤解して欲しくないの」
「いや、それが私の仕事だから気にしなくても良い。
それにその程度の事で万が一を防げるのなら」
エリスの言葉を聞いてクスクスと笑うフィアッセを訝しげに見ると、フィアッセは笑みのまま続ける。
「エリスと恭也は少し似ているなって思っただけだから。うん、やっぱり二人はきっと仲良くできるよ」
「はぁ、何を言っているんだか。私は恭也ほど仏頂面じゃないつもりだよ。
それに別に喧嘩している訳じゃなくて、ただお互いに少し大きくなって意見が食い違っているってだけだよ」
暗に恭也の方が折れれば問題ない事を含ませる言葉にフィアッセは何も言わず、
「ちょっと皆から遅れちゃったね。ほら、早く合流しよう」
先に行ったティオレたちの後をエリスと二人で追うのだった。
病院での行程を終えたティオレたちは、次に非公式の訪問先へと向かう。
警戒していた襲撃は道中にも起こらず、こちらに関しては目的地に報道陣なども見当たらない。
館長の方でも気を使ったのか、ティオレが訪問するこの時間帯は一時休館となっており客の姿もまたない。
ただし、スタッフの姿はちらほらと見かけられ、ティオレたちに気付いたのか遠巻きに様子を窺っている様子は見られたが。
来客の通達はあったものの、それがティオレだとは知らされておらず驚いているスタッフを尻目にティオレは旧友との挨拶を済ます。
スタッフ同士は当然ながら顔見知りで、不審人物が予め隠れていない限りは襲撃者が館内に入ればすぐに分かるだろう。
その点はエリスたちにとっても良い事である。
とは言え、気を抜くなんて事もなくエリスはティオレの後に続く。
恭也と美由希もここで別れて動く事にし、恭也はティオレの、美由希はフィアッセの傍に付く。
ティオレたちは館長室へと案内され、フィアッセは適当に館内を見て回るというので完全に別行動となる。
裏口も含め出入り口には既に護衛の者たちを配しているので、簡単に潜入される事はないだろう。
そう考えて連絡を密にする事を厳命し、エリスもティオレと共に部屋に入る。
恭也はそれを辞退し、途中の廊下で待機する事を告げるも、元よりエリスの部下でもないので好きにすれば良いと返される。
嫌われたなと肩を竦めつつ、恭也は邪魔にならないように端へと寄りつつ見取り図を思い出す。
≪館内にスタッフ以外にいないとして、潜入するとすれば……≫
≪入り口は全部で三つですわね≫
普段なら一人考える所だが、今の恭也には話し相手且つ相談相手がいる。
基本、魔法による介入は禁じているが会話する分には特に問題もないだろうと念話で相棒へと語り掛ける。
一方、話しかけられたグラキアフィンの方も魔法は禁じられていても頭脳労働の方はしっかりと担当するつもりだったのか、
しっかりと必要な情報は頭に入れており、恭也の言葉に迷わず答える。
≪表と裏、そして搬入口としても利用される地下だな≫
≪はい。館内の出入り口は警備していますが、この敷地への出入りに関しては完全に監視はできませんから……≫
≪尤も可能性が高いのは地下か≫
次いで人の出入りが少ない裏口となるだろうが、どちらも当然エリスの部下がしっかりと見張っている。
後は既に潜入して待機されている場合なのだが、こればかりはどうしようもない。
少なくともスタッフに扮してという事がないのが救いとも言えるだろう。
尤もこれとて周囲に確認できるスタッフが居ないとどうしようもないのだが、それを言い出すとキリがなくなる。
と、不意に恭也の広げていた感覚が何かを掴む。
≪侵入者ですか?≫
≪ああ。それも正面からだ≫
他にも感知したがそちらは美由希が居る方に近いし、美由希を信用して任せることにすると恭也は正面口へと向かう。
恭也が到着するのとほぼ同じく、エリスの部下だろう男が男に警告を発し、それでも止まらなかったので発砲する。
やや乱暴にも見えるが、表には休館中の札が下がっている上に侵入者の手には明らかな凶器、銃が握られている。
その判断は間違いないだろう。が、男は手足に銃弾を喰らったはずなのに倒れる事もなく、やや濁った目で撃った男を見詰める。
そんな反応は想定外だったのか、男が思わず動きを止めるのと侵入者が銃を向けるのがほぼ同時に起こり、
「っ!」
自分のミスに気付きすぐさまその場から転がるも完全には避けきれないだろうと覚悟する。
が、発砲音はするものの恐れていた痛みは襲ってこない。
外したのかと思って顔を上げれば、侵入者の腕に細い糸が絡みつき、銃口を天井へと向けさせている。
その糸の先を握るのは、自分たちの上司であり代表の幼馴染という青年であった。
助かったと言う思いと礼の言葉を飲み込み、男はまず自分がすべき事を成すべく銃口を侵入者へと向け、
その視界にあの青年の姿が写り込む。
青年、恭也は鋼糸で銃口を逸らした後、すぐに走り寄り背中に隠し持つ小太刀を抜刀。
峰で銃を持つ腕を叩き付け、続け様に柄を侵入者の胸の下へと叩き付ける。
二つの動作で侵入者を無力化すると念の為にと意識を失った侵入者を鋼糸で縛り、エリスの部下の無事を確認する。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。その男は死んだのか?」
「いえ、気絶させただけです。後の処理はお願いしても良いですか」
「それは構わないが、そちらはどうするつもりですか?」
男の問い掛けに恭也は男にとっては驚くことを口にする。
「地下から侵入した者がいるみたいなので、そちらを見てきます」
侵入者がまだ居たと告げられ、男は慌てて無線に手を伸ばす中、恭也は終わったかと小さく呟くと、
「どうやら妹が処理したみたいですね」
まるで見ていたかのように告げる恭也の言葉を聞きつつも、男はすぐさま報告をする。
恭也の言葉を証明するかのように美由希から電話が入り、地下で襲撃があった事とそれを撃退した事を告げてくる。
どうやら襲撃者は二人で、どちらも素人に毛が生えた程度だったらしい。
退けた後に襲った理由を聞くと金で雇われたと簡単に口を割ったとの事である。
そちらの処理もエリスの部下に任せ、美由希にはフィアッセと一緒に合流するように指示を出す。
その間にエリスも騒ぎに気が付いたのか、部屋にティオレと部下を残して正面玄関に現れる。
「まさか正面から来るとはな。しかし、大事には至らなかったようだな」
「はい、そちらの青年に助けられました」
男の言葉にエリスは少し躊躇った後、礼を言ってくる。
それに軽く手を振って返しつつ、恭也は改めて捕まえた男の傍に屈みこんで確認するように見ていく。
「何か犯人の手掛かりでも見つかったのか?」
「いや、そうじゃない。多分、今回のこれはあの脅迫状がただの脅しではない事を示すためのものだろう。
あまりにも計画性がないし、美由希が対処した方は素人だったらしいからな」
恭也の言葉を示すように、スクールへと帰ったティオレの元には新たな手紙が着ており、今回の件について書かれていた。
やはり挨拶代わりのようなもので、要求が呑まれない場合は次は本気でいくと書かれた物であった。
が、今はまだそれは分からないし、襲撃があったのは事実である。
エリスはすぐに警備を強化するべく護衛の者に連絡をいれ、ティオレに予定を早く切り上げるように要求する事にする。
が、恭也は未だにしゃがみ込んで何かを探るようにしており、気になって再び尋ねる。
「それで恭也は何をしているんだ?」
「ちょっと気になる事があってな。龍香湯という名に聞き覚えはあるか?」
「何だそれは?」
「薬だ。それも強い洗脳効果のあるな。尤も今回もそれが使われたかどうかは詳しく調べてみないと分からないだろうがな。
だが、可笑しな動きに痛みを感じない体。薬を使っていたのは間違いないだろうな。
もしそんな奴らがまた現れるとしたら、手足を撃った程度では動きを止めるのは難しい」
恭也の言葉を肯定するように、助けられた男も自分がピンチになった時の事を口にする。
それを聞きながら、エリスは恭也へと尋ねる。
「やけに詳しいな」
「昔、やり合った事があるからな。龍香湯に関しては父さんに聞いた事があってな」
「そうか」
そんなやり取りをしていると、美由希たちがやって来る。
恭也の傍に倒れている男を見て、
「こっちもだったんだ」
「まあな。フィアッセは大丈夫?」
「うん、美由希のお蔭でね」
恭也の言葉に頷くフィアッセの無事な姿を見て、恭也は珍しく美由希を褒めてやる。
照れる美由希を見ながら、複雑な顔を見せるエリスだったが、それに気付かず恭也は美由希の手元を見る。
「それは何だ?」
「あ、これは襲ってきた男が持っていたんだけれど。
襲った後、これを置いて逃げるように言われてたみたい」
言って渡されたのは一枚のカード。
その隅には死神が持っているイメージの強い大鎌、デスサイズと黄色のクローバーのマークが印されていた。
それ以外にはただの白紙のカードで美由希が意味が分からないと首を傾げる中、恭也はやや厳しい顔付きでそれを見詰めるのだった。
∬ ∬ ∬
イギリスから離れた地、香港、そのオフィスの一室にて書類整理をしていた美沙斗に一人の女性が近付く。
「美沙斗、聞いた?」
「スゥか。聞いたとは何を?」
行き成り声を掛けられての質問に心当たりのない美沙斗は当然のようにそう返す。
どうやら知らないらしいと判断したスゥは少しだけもったいぶる様に口を噤み、僅かに状態を倒して美沙斗へと顔を近づける。
内緒話をするかのように小声で話し出すスゥの言葉に、美沙斗も知らず耳に神経を集中させた矢先、頭上高くから太い声が落ちてくる。
「近々、我々第四部隊に出撃命令が下る可能性があると言う話だ」
「……何で先に言うかな」
美沙斗を間に挟む形でスゥと逆隣に立った男へと、スゥは拗ねたような顔をしてみせる。
自分よりも数歳上のはずなのに、そうすると少し幼く見えるスゥに知らず苦笑を見せつつ、美沙斗はどういう事かと尋ねる。
尋ねられた男、ドグが口を開くよりも先に仕返しとばかりにスゥが先に持っている情報を口にする。
「うちの情報部が龍の下部組織が動いているらしいという情報を掴んだみたいなのよ。
で、今すぐ出撃可能なのはうちか第五部隊なんだけれど、第五はこの間任務を終えたばかりでしょう。
そんな訳でうちに来る可能性が高いのよ」
龍という言葉に前程我を忘れたりはしないが、それでもやはり険しい顔付きになる。
そんな美沙斗の事情を知っているスゥはすっと手を伸ばし、
それがあまりにも自然だった為に美沙斗でさえ避けようという思いが湧かず、気が付けば眉間を指で撫でられる。
「ほら、あまり眉間に皺を寄せていると小皺が増えるわよ」
朗らかにそう笑うと美沙斗に肩の力を抜くように告げる。
その気遣いにまたしても苦笑を浮かべつつ、美沙斗は強張っていた顔を数度撫で、もう少し詳しい説明を求める。
「うん、詳しいこと? 私もあまりよくは知らないんだけれど、やっぱり皺や染みの原因は……」
「そっちじゃなくて、任務の方だよ」
スゥが分かっていてやっているのを理解しつつ、突っ込まないと本当にその話をするのも分かっているので話を戻させる。
美沙斗の言葉にスゥは今度はやや真剣な面持ちになると、
「本当に詳しい事は分かっていないみたいだけれど、どうも物資や兵が下部組織に動いているみたいなのよ。
それも少し前から少しずつ定期的にね。今の所、連中の目的は不明みたいよ」
「さっき聞いたばかりの情報では、目的はどうもイギリスにあるようだな」
「そこまでは私も知らなかったわよ。ドグはどうして知ってるのよ」
「だから、さっき聞いたと言っただろう。お前が最後まで聞かずに……」
「はいはい、分かりましたよ」
ドグの言葉を遮り、スゥはイギリスかと呟くと目を閉じ何かを考え始める。
少しして目を開けると、両手を広げて掌を天に向け、
「駄目だわ、全然検討も付かないわね。何が目的なのかしら」
お手上げとばかりに言うと、美沙斗の机に腰を下ろす。
行儀が悪いと注意するドグの言葉を聞き流し、
「まあ、そんな訳だから招集がかかるまでに少し時間があると思うから」
行き成り龍の名を聞かないようにと気を使ってくれたらしいと理解し、美沙斗はスゥに礼を言う。
それを照れくさそうに受け取りながら、スゥはもう一度目的について思考を巡らす。
が、幾つかの推測は浮かぶもののこれといった確信を持てる物はなく、すぐに気持ちを切り替える。
「何が目的であれ、それを潰せば良い事だしね」
思わず口から出た言葉に美沙斗とドグも同意するように頷く。
それから二時間ほど経ち、美沙斗たちに予想通りに招集が掛かる。
更にその招集の後に弓華から恭也から電話があった事を伝えられ、
その際に頼まれたという内容を聞くと美沙斗は隊長の元へと再び踵を返すのだった。
つづく、なの
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