『リリカル恭也&なのはTA』
第47話 「コンサート前日」
最後のリハーサルという事もあってか、本番さながらの通し稽古が行われているコンサートホール。
そのホールの出入り口から各箇所を繋ぐ通路や階段に至るまで入念な警備が敷かれ、そちらのチェックにも余念がない。
そんな中、会場から少し離れたホテルの一室に六人の人間が集まっていた。
エリスたちマクガーレンセキュリティと香港警防隊の顔見せの為である。
マクガーレンセキュリティからはエリスと部下が一名、警防隊からは会場に詰める三名がこの場には集まっており、
その両者を引き合わせる為に恭也が間に立つ形で居るのだが、警防隊の方は恭也にとっても初対面である。
一名を除いては。警防隊が指定した部屋の前に立った時、恭也は見覚えのある気配を感じ取っていたので、
実際にドアを開けて顔を見た時にはさして驚かずにすんだが、考えてみれば順当な配置なのかもしれない。
そんな事を考えつつも身体はすぐに部屋の中へと入り、続くエリスたちの為にドアを押さえてあげる。
二人が入室後に廊下に誰も居ない事を確認してドアを閉めると、恭也はとりあえずは顔見知りに話し掛ける。
警防隊から派遣された美沙斗に向かって。
「お久しぶりですね、美沙斗さん」
「ああ、本当に」
つい少し前に会った上に昨日は電話で会話しているだけに二人とも何とも言えない空気を出していたが、無難に挨拶を交わす。
その上で恭也は自己紹介した後にエリスたちを紹介し、美沙斗も自分たちの紹介を行う。
「私は御神美沙斗。それでこっちがスゥとドグ」
美沙斗の紹介に女性と180はあるだろう長身の男が軽く頭を下げる。
簡単な挨拶を済ませると、美沙斗が代表するような形で口を開く。
「そちらに協力する上で知り合いというか身内が居るという事で私が選ばれたんだけれど……」
言って恭也の後ろ、エリスたちのその先を見る。
既に気配からして他に人は居ないと分かっていても思わずといった感じで。
そんな様子から何を気にしているのか察した恭也は、
「ティオレさんもフィアッセも最後のリハーサルでこっちには来ていませんよ。
それと美由希は万が一を考えて向こうに残しています」
「そうか」
複雑な表情を浮かべるも一瞬で元に戻し、美沙斗は改めてエリスたちと今回の件についての情報交換を申し出る。
エリスはそれに気付きつつも、それよりも先にするべきことがあると早速、仕事の話に入る事にする。
エリス側からは主に警備に関してであり、美沙斗側からは現状掴んでいる敵勢力に関してである。
「護衛という性質上、待ち構えるしかないけれど多少は手の内が分かるのは正直、助かりました」
エリスはそう言って礼を言った後、美沙斗たちの配置に付いてどうするのかという打ち合わせに入る。
「事前に恭也にも言ってあるけれど、基本、私たちは襲撃者ではなくその背後関係、もっと言えば龍を叩く事が最優先となる。
尤もそちらは他の者があたっているから、こちらは襲撃者の撃退という事で構わないけれどね。
それでも緊急時は護衛はそちらに任せ、こちらは襲撃者の追跡をする事になると思うけれど」
それで構わないかと尋ねる美沙斗にエリスは少しだけ考え、小さく頷く。
エリスたちとしても依頼者を捕まえなければ、また次もあり得るがこちらの優先は護衛対象の安全である。
そういった意味では犯人の特定や捕縛をやってくれるというのは正直、その分人手を護衛に回せるので問題はない。
要は持ちつ持たれつだ。少なくとも美沙斗に関しては恭也の叔母で美由希の実母という話を聞かされているし、信用しても良いだろう。
そう判断してエリスは更に細かい打ち合わせを行う事にする。
「基本、フィアッセの傍には常に美由希が付く形で、他にエリスの所から四人の計五人が居ます。
人員の配置に関しては、こちらを」
言ってエリスはコンサート会場の見取り図を広げる。
そこには赤く印が入れられており、警備の配置がどうなっているのか分かるようになっていた。
「何処か変更や増員が必要な箇所があれば仰ってください」
そう告げるエリスの事を聞きながら、美沙斗たち三人はその見取り図に目を通す。
「正面入り口よりも裏側に人が多い気がするけれど」
「まあ、この手の連中が正面から来るとはあまり考えないだろうからな」
スゥの言葉にドグがそう返すが、共に少し考え込む。
「正面入り口には警備の者とは別にチケット確認のアシスタントとして人を配置してます。
その者たちはそこには印してませんが、そこで不審者や不審物のチェックをさせています」
「モギリの手伝いとして配置しているという訳か」
「ドグ、今はモギリなんて言わないと思うわよ」
スゥの言葉に顔を顰めつつドグはまだ見取り図に描かれた正面ゲートを見詰める。
「一人一人持ち物を詳しくチェックする訳ではないので、危険物の持ち込みが絶対に不可能ではない。
そういう事ですね」
ドグの懸念を恭也が言葉にする。これに関してはエリスたちも何度か事前に対策がないかと考えてはいたのだ。
だが、実際問題として数が多すぎる事もあり時間的にも難しいので簡単なチェックしか出来ないのである。
それでも物が大きければ見逃しはないだろうとするしかなかった。
その辺りの事情を察し、ドグは話を変える。
「この吹き抜けのフロアにある通路だが……」
他に気になる箇所を指摘する。こうして当初の配置から幾つか変更や強化をした新たな警備計画が出来上がっていく。
その後、六人は実際の現場となる会場へと赴き、エリスは新たな配置などを支持していく。
その一方で警備の配置から外れている恭也と警防隊の三人は実際に会場を見て回る。
美沙斗は時折、浮かない表情を見せながらも実際に自分の目と足で確認していく。
「ファンの取る手段として、何も知らない第三者に爆弾を届けさせるという物があるけれど」
「そちらの対処もしてありますよ、美沙斗さん。エリスは嫌という程、その事を知っていますか」
あまり変わらない恭也の表情が珍しくはっきりと歪むのを見て、美沙斗は思わず甥の顔を見詰める。
その視線に気付き、恭也は苦笑を見せるも何も言わない。
恭也にではなくエリスにあまり触れられたくない事があるのだろうと察し、美沙斗は話を変える。
「まあ、今回はその手は取らないかもね。
狙いがフィアッセさんの身柄そのものなら下手をすれば吹き飛ばしてしまう事になるだろうし」
「その辺りは不幸中の幸いかもしれないわね」
美沙斗の言葉に恭也ではなくスゥが答えると、そのまま恭也の全身を遠慮なく見回す。
「君が美沙斗や弓華の言っていた剣士だね」
「スゥ。すまないな、これは礼儀を知らなくて」
軽く小突いてドグが嗜めるも、スゥはドグを睨み、
「礼儀云々をドグに言われたくはないわね」
「少なくともお前よりはましだと自負しているが?」
無言で睨み合う二人を見て困惑する恭也に美沙斗が肩を竦めて放っておくように言う。
「見ての通り、この二人は仲が良いんだよ」
「「そんな事はない」」
同じタイミングで同じ言葉を発する二人を眺めながら、恭也は沈黙する二人ではなく美沙斗に向かって、
「分かりました」
素直にそう口にするのだった。
そんなやり取りをしながら会場を歩き回っていると、隣の美沙斗の体が強張るのを感じ横目で伺う。
恭也ほどでないにせよ、あまり表情を変えない美沙斗の顔が緊張で強張り、汗が頬を伝って流れている。
どうかしたのかと問おうとして、すぐにその理由を知る事になる。
前方の通路から、恭也を呼ぶ声が聞こえた事によって。
「恭ちゃん、母さん」
声の主、美由希は二人の方に手を振りつつゆっくりとした足取りで近付いてくる。
その隣には美由希に護衛を任せているフィアッセと、少し後ろからその母であるティオレの姿も見えた。
二人が近付くにつれ、美沙斗の緊張が高まっているのを感じる。
それは後ろのスゥとドグも同じようで、どうやら二人も美沙斗とクリステラの間にあった事情を知っているようである。
足を止めたまま動けない美沙斗の元へと美由希たちは変わることない速度で近付いてくる。
思わず喉を鳴らす美沙斗の肩をスゥがそっと手を置く。
「大丈夫よ、きっと」
その小さな呟きに何かを返す余裕もなく、美沙斗は目の前までやって来たティオレとフィアッセをただ見詰める。
何か言わなければならないと思いつつ、何を言うべきか悩む美沙斗の前でまずティオレが頭を下げる。
驚きで何も言えず、更に頭が混乱する美沙斗に顔を上げたティオレが真っ直ぐに目を合わせて柔和な笑みを見せる。
「今回は私たちの護衛に協力してくださるそうで、改めてお礼を申し上げます」
「あ、いえ、そんな……」
もしかしたら怒鳴られるかもしれないし、恨み言の一つも言われるかもしれない。
その覚悟をしていただけに、お礼という予想もしていない言葉に咄嗟に何も返せずに言葉に詰まる美沙斗。
そんな様子を眺めつつ、ティオレは美沙斗に近付き、その手をそっと握る。
「事情は貴女からの手紙や恭也、美由希から聞いて知っているわ。
私たちにはあの時の手紙の謝罪でもう充分よ」
「ですが、私は……」
「コンサートも無事にこうして今、行えている。私たち親子にも何も害はなかった」
「それは恭也や美由希のお蔭で、私は」
「そうね、恭也と美由希のお蔭。そして、私たちが今、こうしていられるのは士郎のお蔭。
そんな三人の家族でもあるのよ、貴女は。
貴女がしようとした事に関しては怒りよりも悲しいという気持ちの方が大きいけれど、それをいつまでも持つつもりはないの。
貴女から謝罪の手紙が来た時点で私たちは許す事にしたのだから。
だから、貴女もいつまでも後悔ばかりするのはおよしなさい」
「あ、ありがとうござ、い……ます」
謝るのではなくお礼を。何となくだけれど、これで良いと思いつっかえながらもそう口にする。
そこへ今度はフィアッセが近付き、ティオレの取った手とは逆の手を取る。
「私も許しているよ。だって美由希のママだもん。
でも、今度は間違わないでね。士郎や恭也、それに美由希の為にも。
難しい事は私には分からないし言えないけれど、貴女が忌み嫌った力のお蔭で私たち親子は今日もこうして歌えているんだから」
「……はい」
フィアッセの手を握り返しながら、美沙斗は強く返事をする。
そんな光景をずっと身体を固くさせて見ていた美由希も、ようやくほっと肩から力を抜く。
知らず握り締めていた拳の開き、気を緩めた所でお下げを引っ張られる。
「あう、って何するの恭ちゃん」
場の空気を呼んでか小声でいつの間にか隣に立っていた兄へと文句を口にするも、恭也はいつもの如く意に返さず言い返す。
「幾ら緊張していたとは言え、周囲への警戒が散漫すぎる。
おまけに緊張を緩めた瞬間に、更に警戒が弛んで簡単に髪を掴まれるとは」
やれやれと言わんばかりの恭也に何か文句を言おうとするも、それを飲み込む。
どうやら兄も自分程ではないにせよ、同じように杞憂していたのだろう。
それを悟られない為に自分を弄ったのだと察し、知ったような顔で頷く。
が、そんな事をすれば恭也は当然ながら、
「あう、ってまた引っ張る」
「また油断があったからだ、馬鹿弟子」
「うぅぅ、母さん、恭ちゃんが虐めるー」
報復を他人任せにするべく美沙斗に抱き付く美由希であったが、ティオレ親子との対話に神経を集中しており、
また許された事で緊張の糸が切れていた美沙斗が二人のやり取りを見ていたはずもなく、ひたすらに疑問顔を浮かべる。
それでも美由希とは違い、周囲の警戒はしっかりしていたようで、近付く美由希にすぐに気付きしっかりと抱き止てはいるが。
疑問を浮かべつつも、甘えるように抱き付いてくる娘が可愛くないはずがない。
そもそも優しい性格の上に、成長する過程を兄に預けて世話が出来なかったのだ。
甘えていると思った美沙斗は美由希を抱き締め返し、ぎこちないながらもよしよしと背中や頭を撫でてやる。
一方、まさかそんな対応を皆の面前でされるとは思っていなかった美由希は恥ずかしくなり、
慌てて離れようとするも、その途端に寂しげな美沙斗の声を聞き、動けなくなってしまう。
すると、再び頭や背中を撫でられる。正直、嫌ではない、嫌ではないが、皆の視線が痛い。
しかも飛び込む際の台詞もあり、これでは本当に虐められて泣きついているみたいではないか。
助けを求めるように周囲を見るも、皆温かい眼差しでこちらを見詰めてくるばかりである。
暫し考えるも、あっさりと抜け出すことを諦めて少しの間、されるがままになるのであった。
「しかし、あれが裏では人喰い鴉と恐れられる剣士だなんて誰も信じないだろうな」
「まあ、人喰い鴉だとは思われなくても、美沙斗らしいとは思うわよ、私はね」
同僚二人もそんな言葉を交わしつつ、緊張していた身体を解すような仕草を取る。
その一方でスゥの視線は恭也に注がれており、ドグが小声で話し掛ける。
「意外と面食いだったのか、お前。だがな、年を考えろよ。美沙斗よりも上の……がっ」
「女性に年の事はタブーよ、ドグ。それとくだらない冗談もね。
分かったら、その口を閉じなさい」
「りょ、了解。で?」
「ドグ、彼が移動したの気付いた?」
「当たり前だ、と言いたいが気付かなかった。正直、美沙斗の方ばかりに気にしていたからな」
「そう、なら仕方ないわね。正直、私もそっちに気を取られていたのは間違いないんだけれどね。
でも、途中で気付く事は出来たわ」
「悪かったな、周囲の警戒を疎かにして」
「ええ、一応、護衛の手伝いなんだから注意してよね」
そう言いつつ、スゥは興味深そうに恭也をもう一度見詰める。
恐らくは気付いているだろうに、そんな素振りも見せない恭也を。
「ドグよりも周囲に気を配っていたのに、動き出してすぐに気付けなかったわ。ちょっと楽しみね」
誰にも聞こえないように呟かれたはずの言葉であったが、ドグは聞き逃さなかった。
またこいつはと思いつつ、せめて任務中は自粛してくれよと思う。
別にスゥは戦闘マニアではない。単に恭也の体術に興味を持ったのだろう。
何せ、興味本位で格闘術を学び、それが度を越して軍へと士官したのだから。
入隊後も一つに留まらずに幾つかの軍を渡り歩き、そこで格闘術を学んで警防隊へと辿り着いたという変わり者である。
警防隊に入ってからはそれも収まっていたようだが、また好奇心を刺激されてしまったのだろう。
ドグ自身もスゥにしつこく付きまとわれて、軽く自らの体術をレクチャーさせられた経験があるだけにすぐにピンと来た。
戦闘マニアではなく、格闘術マニアとでも言うべきか。どちらにせよ、付き纏われる方にしてはたまった物ではないが。
「はぁ、スゥの悪い癖だ」
「何か言った?」
「いや、何も」
そう返しつつ疲れた溜め息をそっと吐き出すドグ。
色々とあったが、この後は特に問題もなく無事にリハーサルも終わる。
CSSの面々は明日の本番に向けて気合充分といった感じで皆、リハーサルの疲れを見せつつも充実した笑顔を見せている。
それらを眺めながら、恭也たちは改めて気を引き締めていく。
こうして、今日一日は無事に過ぎていく。
そう、全て明日が本番である。
つづく、なの
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