『リリカル恭也&なのはTA』






第49話 「襲撃者と守護者」





コンクリートで囲まれた地下は思ったよりも足音が響くらしく、歩く度にそれに合わせて音を周囲に撒き散らす。
それでも極力音を立てずに歩こうとしているのか、何気なく歩いた時よりも小さく、ともすれば聞き逃す事もあり得たかもしれない。
ただし、この場に居る者たちは自らが招かざる客だという事をよく理解しており、常に周囲を気に掛けていた為に聞き逃す事などなく。
その音から警備が一人だと判断し、男は袖に隠した小型マイクに向かって小声で喋る。
どうやら、この男が一向を纏めている者らしく、耳に付けたイヤホンからは了解の声が返って来る。
暫くして、柱や停められていた車から複数の男たちが姿を現し、足音のした方へと構える。
その殆どは銃を手にしており、数人は万が一近付いて来た事を想定してか、
特殊な棒を取り出すとそれを一振りして伸ばした状態で手に持つ。
やって来る者が一般人の可能性もない訳ではないが、そんな事を気にする事もなく、近付く者の影が目に映るなり撃つように命じる。
当然、命じられた方も躊躇う様子もなく、構えた銃の引き金に指を掛け、いつでも撃てるように銃口を足音の方へと向ける。
聞こえる音が徐々に音を大きくして近付き、後数メートルで角から出てくるというその瞬間。
男たちの予想とは異なり、足音が不意に止む。そして、

「これだけ反響する所で足音から正確な人数や方向を定めたのは良かったけれど残念ね。
 私は足音を消す程度の技術はあるのよ。つまり、あっちは囮で、正解は二人だったりするのよね、これが」

行き成り背後に現れてそう言い放たれ、数人がそちらを振り返る。
そこに居たのは崩れ落ちる同胞二人を背後から掴み、盾としてこちらに向かってくる女だった。
慌てて発砲するも盾とされた男たちに当たるだけで、無傷のまま女の接近を許す。
繰り出される拳に顎を打ち抜かれつつ、男はその女の顔を見て驚愕から目を見開く。

「香港警……」

男は最後まで言い終わる事は出来ず、振り下ろされた女の踵が男の頭頂部に入り沈黙させる。
リーダー格の男が倒れるのを見ても、男たちに一瞬の動揺はあれど迷いはなく、すぐに女――スゥへと銃口を向ける。
突然、背後から襲われた事とあっさりとリーダーがやられた事も重なったからか、
男たちは自分たちが最初に戦闘態勢になったのは何故だったのかを一瞬とは言え忘れてしまっていた。
任務の遂行を第一優先、という事は覚えていても、普段指示を出す者が倒れた所為で個々に動いてしまった所為か。
誰かがそれを思い出すと同じく、足音の主であるドグが走り寄り、最も手近にいた男の後頭部を遠慮なしに殴る。
素手で殴られたとは思えない程に重く鈍い音を立て、男が倒れると同時にドグへと近くの男たちが再度照準を合わせる。
が、ドグは既にその場から身を低くしながら走り出しており、再度合わせ直すよりも早くドグの拳が男の身体を打つ。
乱戦となり、発砲するのに躊躇う者が出る中、躊躇せずに撃ってくる者もいるのだが、それらは避けられるか、味方を盾にされる。
地下からの襲撃は十五人だったのだが、気付くと五人にまで数を減らしていた。
その内、同士討ちで数人減らしたのだが、残った者たちはそれを気にしないようで盛大に弾をばら撒く。
それらを柱の陰に隠れてやり過ごし、ドグとスゥは視線を交わす。
スゥがドグを指差し、連中の方へとすっと滑らす。頷き応えるとドグは指を三本立て、一本ずつ折りたたんで行く。
全ての指を折りたたむと同時に柱から飛び出し、弾丸が飛ぶ中、前方にある車の陰へと飛び込む。
その隙に時間を開けて飛び出したスゥが取り出した銃を男たちに向けて撃つ。
聞こえた悲鳴は三人分で、残っているのは後二人。
その二人は自分たちしか残っていないと理解し、先にも増して慎重に物影からこちらを窺ってくる。
焦りの見える襲撃者たちとは違い、スゥたちの方は落ち着いたものである。
狙いがフィアッセたちならば、ここで睨み合いを続けて不利になるのは向こうであるし、
爆発物の所持に関しては襲い掛かる前に真っ先に入念にスゥがチェックしている。
そして、何よりも無線から入った連絡からスゥたちはこれ以上、動く必要さえもいらない。
その理由はすぐに現れ、車の陰に隠れていた残った二人が突如響いた銃声に倒れ出て来る。
それを確認して二人は物陰から姿を見せ、こちらに合流した警護の者たち軽く手を上げ、ここであった事を簡単に説明する。
襲撃人数と爆発物の有無、現状、それらの報告を二人から受け取りそのまま本部へと上げる。
処理班へと後は任せ、警護の三人はそのままエリスの援護へと向かい、スゥたちは他の警備の薄くなっている箇所を回る事にする。



会場の外へと向かった恭也は道路を挟んで向こう側、広場からこちらへと向かってくる五人を視界に入れる。
向こうも既にこちらに知られた事を承知しているのか、広場から出てこずにまるで招くように恭也を見詰める。
会場を離れる事に躊躇いを見せるも、周辺で立ち回りを演じるよりも少しでも離れた方が良いかと広場へと足を運ぶ。
恭也が足を踏み入れるなり、男たちが得物を手にし、その内の一人は手を打ち抜かれて銃を落とす。
その場に蹲って手を押さえる男へと続け様に狙撃が行われ、足を射抜き動けなくする。
流石にこれは予想していなかったのか、それともここまで過激に打って出るとは思わなかったのか、残る四人の動きが僅かだが止まる。
その隙に恭也は向かって右側の男へと走り寄り、男が気付き銃を向けるよりも早く懐に飛び込み背中から抜刀した小太刀の柄を当てる。
骨と骨の間を綺麗に穿たれ、肺の空気を吐き出す男の首筋に返した刃を振るい意識を刈り取る。
その間に三度、狙撃が行われたらしく、恭也から最も遠くに居た男の足は血に染まり膝を着いていた。
それでも何とか銃を向けてくるのだが、それをまたしても狙撃手が阻止する。
残った二人の内一人はは狙撃が屋上から行われている事に気付き、遮蔽物の陰に隠れ、もう一人は恭也を間に置くように位置取る。
ようやく反撃開始とばかりに銃を向ける男だったが、恭也が横に動くと同時に狙撃され、腕を撃たれる。
痛みに声を上げる男へと近付き、こちらも意識を奪うと残る一人からの発砲を前に飛んで躱す。
残った一人はすぐさま近くにあった木々の生い茂る中へと逃げ込み、これで狙撃の心配はいらないと恭也へと意識を向ける。
が、この男にとっての誤算は、恭也の方がこのような地形においては分があったという事だろう。
恭也を確実に仕留めるべく、気配を消して恭也が居たであろう場所へと近付く男の頭上。
そこから既に木々の上を移動して接近した恭也が男の背後へと降り立ち、最後の一人は振り返る暇も与えられずに地面へと倒れ伏す。
他に気配がない事を確認すると、恭也は無線用の小型マイクへと礼を言う。

「お蔭で助かりました」

「礼には及びませんよ、これも仕事ですから」

たった今、狙撃で恭也を援護した男からそう返って来る。
その後に社長がこのような指示を出すとは思わなかったけれどと告げられ、恭也は知らず苦笑を浮かべる。
万が一、外部からの侵入者があった場合に備え、屋上に狙撃主を用意するように進言したのはドグであった。
言った本人も受け入れられるかどうかは分からないがと前置きしての発言であったが、
周辺に会場よりも高い建物がない事もあり、この案は万が一という事でエリスが採用したのである。
受身になる警護という中においてこちらから打って出る策、それも浸入されてしまえば無駄になる可能性もあるというのに。
驚いた部下たちであるが、エリスの決断に最終的に従う事にしたのだった。
この案を使うに辺り、誰が良いかと話になった際、自ら名乗り出た男がいたのだが、それが彼であった。
曰く、特殊部隊に所属していた時に狙撃をしていたと。
エリスの部下の中でも父の時代から居るという古株に当たる人物の意外な特技に、今度はエリスが驚かされる番であった。
その時のエリスの顔を思い出したのか、恭也と二人小さく笑い合い、すぐに真顔に戻る。

「では、念の為に俺は連中が乗ってきた車を調べます」

「私は再び周辺の警戒に当たります」

短いやり取りを終え、それぞれすべき事に戻る。
恭也は慎重に車へと近付き調べ始め、すぐにそれに気付くと無線を入れる。

「会場外の車に爆発物を発見しました」

逃亡時に注意を引くためか、それとも別の意図があるのか。
どちらにせよ、乗っていた者たちは知らされていない可能性がある。
また、ここで見つかったという事は、会場内だけでなく会場の周辺にまだあるかもしれない。
もしくは、そう思考を誘導して人手を割かせるつもりなのかも。
とは言え、ここで考えるだけ無駄だと頭を振ると恭也は指示を仰ぐ。
本部は恭也の報告を受け、爆発物処理班を向かわせる事を告げるとそのまま恭也に中に戻ってもらうように告げる。
既にそちらに襲撃者に対する処理班を向かわせている事と周辺の探索メンバーを選出して出した事を聞き、
恭也は未だ意識のない五人を放置して会場内へと戻るのだった。



ステージの袖から楽屋へと向かう通路は、当然ながら関係者以外の立ち入りを禁じている。
が、この会場はそのステージから楽屋として用意された部屋までの距離がそこそこあり、ましてや階も違う所にある。
その為、誤って入り込む者が居ても不思議ではない。勿論、それを防ぐ為の手立ては取ってある。
要所要所に人を配置し、立ち入り禁止と分かるように看板を置いたりという処置である。
しかし、その一角は既に襲撃されて侵入を許してしまった。
襲撃者は恐らくスライサーと称される剣士。
それらの報告を聞きながら、美由希はやや緊張した面持ちでフィアッセの右隣を足早に進む。
一度、経験しているとはいえ、そう簡単に緊張せずにいられるというものでもない。
そんな美由希の緊張を察したのか、フィアッセを間に挟む形で逆隣に居た美沙斗がもう少し力を抜くように進言する。
その声に多少の力が抜けるのを感じるも、やはりまだ固いと言わざるを得ない美由希に美沙斗は苦笑せざるを得ない。
美由希の緊張が伝わってか、フィアッセも身を強張らせており、ややその歩きもぎこちなさが出ている。
と、フィアッセたちの前方を先行する二人が警戒するように立ち止まる。
応じて美由希たちも足を止め、フィアッセの後ろに居た一人が背後を警戒しつつも、他の者同様に前方を見遣る。
フロアを上り吹き抜けの階下を左手に望む通路の一角で、前方からゆっくりと近付いてくる一人の男。
銀色の短髪から覗く目は爛々と輝き、その唇を笑みの形へと変える。
膝近くまで裾のある白い神父服にも似た服に、蛍光灯の光を反射する首から下げられた金の十字架が目に入る。
が、それよりも目に付くのはその手に握られた男の胸元まであるであろう両刃の剣。
間違いなく襲撃者であろう男の出現に後ろに居た男がすぐに本部へと連絡を入れ、前に居た二人は躊躇いなく銃を構えて撃つ。
放たれた銃弾を射線上から身を外して躱し、時に手にして剣で弾きながら近付いてくる男の視線は美由希に固定されている。
まるで他の者など全く見えていないかのように美由希のみを目指して進んでくる男を見て、美沙斗が前の二人に鋭い声を発する。

「離れろ!」

反射的にその声に従うようにその場から飛び退いたのは一人で、もう一人は反応が遅れたというよりも未だに発砲を続けていた。
それが二人の明暗を分けたかのように、飛び退いた男は胸を斬られつつも致命傷までには至らず、
立ち塞がり発砲を続けていた男は、すれ違い様に切り捨てられる。
斬った男はやはり一瞥する事もなく、横薙ぎから振り下ろしに繋げた斬撃の勢いを利用して更に踏み込み、
少し身を屈めると起き上がる勢いのままに更に踏み出して美由希との距離を詰める。
そのまま数歩踏み出し、充分に勢いを乗せたままに斜め下から切り上げるように剣を振るう。
美由希の方もそれを大人しく見ていた訳ではなく、男の狙いが自分だと知るなりフィアッセを美沙斗の方へと押し出し、
右腕を項へと伸ばし、背中に差してあった小太刀をすぐさま抜き放ち、男の斬撃を受け止める。
男の斬撃の方が加速した分、威力があったのか僅かに美由希の方が押される形になるも、美由希は軽く床を蹴って後ろへと着地する。
一瞬の、それもたった一撃の攻防であったが男は嬉しそうに更に笑みを深める。

「御神、やっと見つけたよ」

そう呟き、やはり見詰める先に居るのはフィアッセではなく美由希である。
どうやら、本当にフィアッセの事はどうでも良いらしいと察し、美由希が美沙斗に一瞬だけ視線を投げる。
男もそれに気付きながらも邪魔する意志も見せず、寧ろ自らが塞ぐ形となった楽屋へと通じる通路の前から身体を退ける。
それに関して美由希も疑問を挟む事はなく、逆に確認するかのように別の事を口にする。

「あなたがスライサー?」

「そう呼ぶ者もいるみたいだね」

美由希の問い掛けに肯定だと返し、スライサーと呼ばれる男は自らの名をグリフだと口にする。
それに返すべきか悩む美由希にグリフはやはり楽しそうな笑みを見せたまま、言葉を発する。

「君は御神で間違いないよね。じゃあ、やろうか」

美由希に対して名乗らなくても良いよ、とばかり一方的に言い放ちて地を蹴る。
再び合わさる刃に目をやりながら、美沙斗は美由希の身体から余計な力が抜けていると知り、この場は任せる事にする。
グリフの狙いが美由希だったとしても、いつまでもそうだとは分からない以上、フィアッセをこの場から離さないといけない。
その為、後ろ髪を少しは引かれる思いながらも、無事な二人を引き連れて美沙斗はフィアッセの護衛としてこの場を後にする。



「止まれ!」

唐突に鋭く注意を促す声がしたのは、美由希と別れて少しした所であった。
現状、フィアッセの傍に美沙斗が付き、残った二人で前後を挟む形で移動しているのだが、その先行する者の声である。
先頭の男から数メートルの距離を開けて止まった美沙斗は男の肩越しに通路の先を見る。
この先を曲がれば、後は楽屋までは一本道といった手前の通路。
幅も狭く、精々が人二人が擦れ違える程度の広さながら、大きめの機材なども運び込む為なのか、天井までの高さは結構ある。
そんな通路の真ん中に陣取り、何をするでもなく立ち尽くす女が一人。
これといった特徴もないが、動き易さを重視したと思われる暗い色の服を身に纏い、その手には何も持っていない。
だるそうな感じも見られる女の前髪に隠された目が男の身体越しにフィアッセの姿を捉える。
男たちが警告するように銃を向けて言葉を発するのにも応えず、数秒見詰めると確認したとばかりに一つだけ頷く。
その動きに合わせて、腰を優に超す長さのただ単に後ろで軽く縛っただけの後ろ髪が揺れる。
整えて綺麗に伸ばしたというよりも、単に切るのが面倒でそのまま伸ばしているとばかりにあちこちで跳ねている髪は、
その目さえも覆うほどに伸ばされており、その表情を窺う事は知れない。
が、その醸し出す雰囲気が気だるげな物から一変したのを空気として感じ取ったのか、フィアッセが怯えたように後退る。
その前に半歩程進み出て、美沙斗がフィアッセの壁になりながら何か言おうとするよりも先に、後ろにいた男が前へと出て発砲する。
それに合わせて前方に居た男も同時に撃つのだが、女に動きは見えず、代わりとばかりに通路に面してあった物置の扉が開かれる。
銃弾は全て扉に当たり、傷つけ、中には貫通する物もあったが明らかに弾道が逸らされている。
扉の向こうに居るであろう女が無事だと誰もが理解しながら、勝手に開くはずのない扉が開いた事への警戒からその場に留まる。
幸いにして、後ろには人の気配はなく、美沙斗が感じ取れる範囲でも敵は前方に二人。
一人は待ち伏せしていた女であり、残る一人が扉を開けて人物であろう。
最初の警告こそ間に合わなかったものの、二人に近付きそれを告げると、美沙斗も自身の得物を取り出す。
その様子を見ながら、フィアッセは怯えながらも邪魔にならないように大人しくその場に留まる。
静寂がその周辺を支配し、異様な程の緊張感を伝える中、最初に動いたのは美沙斗であった。
フィアッセを二人に頼むと、その二人の前に出ようとし、そこへ目の前の扉が吹き飛んでくる。
どちらの仕業かを考える暇もなく、美沙斗は身を翻してフィアッセに抱きつくとその身体を押し倒す。
二人の男も咄嗟に動こうとして、美沙斗が庇ったのを見て自分たちは身を屈めながら前方へと銃口を向けて撃つ。
ろくに狙いも定めていないので、見当違いの方へと飛ぶ物もあるが、牽制できれば良いので気にせずに撃つ。
実際、通路の先には誰もおらず、恐らくは物置へと居るのだろうが気にしない。
美沙斗がフィアッセの無事を確認して立ち上がったのを受けて、ようやく男たちも撃つのを止め、空になったマガジンを交換する。
やけに慎重なのか、まだ顔すら見せない襲撃者に警戒心を強めつつ、男たちがゆっくりと近付いていく。
そこへ男が両手を広げて上にあげたまま一人で姿を見せる。
その姿は怯えており、口から出る言葉は助けてくれというもののみ。
訝しげに視線を交わすも、うち一人が言葉を投げる。

「そこで止まれ! 可笑しな真似をすれば撃つ」

そう警告を発すれば、出てきた男は素直に従いそのまま言われるままに膝を着く。
怯えた瞳に緊張気味に表情を強張らせるのは四十代中ごろの男性であった。
こちらの言葉に素直に従う様子に警戒しつつも事情の説明を求める。
まだ一人残っているはずの女を警戒する美沙斗たちに、男は自分が脅されており、扉を開けさせられた事を告げる。
保護を求める男性に対し、護衛の一人が男へと銃を向けたまま近付き、残る一人は物置と男の両方を警戒する。
後、数歩で男性の下へと辿り着くといったその時、物置から壁を叩くような大きな音が鳴り、思わずそちらに注意が向く。
その瞬間、手を上げていた男の袖から銃が飛び出し、近付いていた護衛へと銃口を向ける。
続け様に銃音が四発響き、男の口が笑みの形を作る。

「何故、分かった?」

前のめりに倒れつつ疑問を口にした男に対して答えず、銃を向けたまま近付くとその銃を取り上げる。
無事だったのは、男の銃が護衛の男を襲うと思われたその時、護衛の男は地面に転がり、銃弾は天井を穿つだけとなっていたからだ。
そこへ時を置かず、後ろに居たもう一人の護衛が男を撃ったのである。
その際、転がった男は物置に潜む女が万が一に出てきた時に備えて銃口をそちらへと向けていた。
だが、それらの動きを見ていた美沙斗は咄嗟の行動ではなく、予め知っていたかのように思えたのだが。
その疑問を顔に出ていたのか、男が苦笑しながら答えてくれる。

「以前、全く同じ手で仲間がやられた事があるんですよ。
 意識を失う最後の瞬間に男の特徴だけ伝えていきました」

その男は可能な限り詳細に伝えていったらしく、エリスの部下たちはその男の事を見てなくても顔を知っていたらしい。
そんな話を聞いている内に、男が息絶えた事を確認していた者もこちらへと合流する。
未だに動きを見せない女に疑問を抱きつつ、どうするか本部へと繋げる。
楽屋の変更も考えられるが、このまま襲撃者らしき女を放置もできない。
そして美沙斗が見た所、残るのは自分の方が良いだろうと判断する。
フィアッセの事を二人に頼み、美沙斗は小太刀を右手に握り、慎重に歩を進める。
扉のなくなった物置の前、壁に背を付けて中の様子を窺おうと顔を出したその時、美沙斗は背筋に悪寒を感じる。
それが何かを考える前にその場を飛び退き、直後、背中を向けていた壁が崩れ去る。
火薬などの匂いもなく、爆発音もなかった事から爆弾の類ではないだろう。
その美沙斗の考えを肯定するように、崩れた壁から女が出てくる。
先ほどと違うのは、その手に一本の鋼鉄製の棒を手にしている事だろうか。
恐らくは、あれで力任せに壁をぶち抜いたのだろうが、そう考えて美沙斗は相手のパワーに冷や汗が頬を伝う。
同じく、あれを見ていた護衛の男たちが銃を撃つも、女は二メートル近い棒の真ん中を持って回転させて銃弾を全て弾いてみせる。
動揺する護衛二人を気にする余裕もなく、美沙斗は女との距離を詰めると斬りかかる。
金属同士がぶつかる音が二度、三度と続き、四度目の斬撃を放つと美沙斗は一旦距離を開ける。
追ってくる様子は見られないものの、女は通すつもりはないのか通路の真ん中に再び陣取る。
が、やはりその顔にも雰囲気にもやる気の文字は見えない。

「正直、ちょっと調子が狂うね」

「あー、できれば大人しくしてくれないかなー」

喋る語尾もやはりだるそうに間延びした口調で言う相手に美沙斗は油断なく構える。
それが返答だと悟ったのだろう、女はだるいだるいと口に出しながらも棒を肩に軽く乗せ、一気に踏み込んでくる。
その速度は美由希に匹敵しかねない程で、パワーファイターだとばかり思っていた美沙斗は思わず目を見開く。
が、そこは経験の差か、想像よりも早かったものの、やはりパワーファイターらしく床を穿った一撃に当たれば恐ろしいと思いつつ、
すぐに立て直すと女が振り下ろしてきた棒を半歩身を捩り躱し、攻撃に合わせるようにカウンターを決める。
流れた態勢から避けれても僅かに隙が生まれ、そこに二撃目を。
その美沙斗の考えは、無理矢理力尽くで戻された棒で完全に受け止められて崩れる。

「ちっ」

思わず舌打ちを漏らしながらも、美沙斗はすぐさま小太刀を引き戻し、次の攻撃に移る。
それを女はまたしても反応して受け止めると、そのまま棒をフルスイングする。
その力に逆らわずに跳んだ美沙斗と、女の距離が数メートル開き、互いに最初の位置へと戻る形となる。

「あー」

棒を杖のようにして身体を預け、だるそうに呟きを零すその姿からは想像出来ないほどのパワーであった。
同じく困惑している後ろの護衛たちだけに聞こえるように小さく呟き、男たちから頷きが返るのを見て美沙斗は女に話し掛ける。

「君の目的もフィアッセさんで良いのかな?」

「あー、どうだったかな。名前は覚えていないけれど、確かにその子だったよ。
 あ、でも私の方が下だからそのお姉さんになるのかな? ねぇ、師匠?」

女の言葉に美沙斗は改めて周囲を警戒するが、やはり誰の気配も感じられない。
これはまずいと思い、時間を稼ぐべきかと考え始める美沙斗の前で、女は自ら何かに気付いたようにおーおーと呻く。

「そういえば、今日は師匠いないんだった。
 うーん、見せられた写真では多分、そのお姉さんだったと思うけれど、よく覚えてないや」

「そうかい。それで君は……その、名乗る気はあるかい」

調子が狂うなと思いつつもとりあえず、聞いた事のある名かどうか尋ねてみる。
師匠とやらは来ていないとの事だが、どこまで信じられるか分からないし、万が一を考えて教えていないという事もあり得る。
それに情報を少しでも得ようという考えに、エリスが近くまで来ているのと増援の手配がされたという報告に時間稼ぎも加えて。

「あー、日和だよ。うー、話すのもしんどくなってきたよー。
 さっさとお姉さんを連れて行って休ませてもらうよー」

聞いた事に答えたとばかりに日和と名乗った女は先程の焼き直しとばかりに棒を振り下ろしてくる。
それに対し、美沙斗は先程とは違い自らも前へと踏み込み、振り下ろされた棒に刃を合わせる。
ぶつかり合う金属音も同じく二度、三度と続くも、日和の眠そうに細められた目が僅かだが開く。
自身の手に伝わってくる衝撃の大きさに困惑を隠せないといった様子である。
本当に僅かな、目の前の打ち合いから少し逸れた意識。その隙にいつの間にか死角から伸びた美沙斗の足が日和の身体を捉える。
百七十はあるだろう身長が物凄い勢いで吹き飛び、自身が開けた壁の穴へと飛び込み、何かを倒す音が聞こえる。
その間に護衛の二人はフィアッセの左右を固めながら通路を走り抜ける。
角で立ち止まる二人に美沙斗は先に行くように促す。
あの程度で倒れるような相手ではない事は実際に蹴りを放ったからこそ分かる。
大げさな程に吹き飛んだのは当たる瞬間に咄嗟に自ら後ろに跳んだからだ。
つまり、見た目の派手さに反して殆どダメージは与えられていない。
それを証明するかのように、日和は何事もなかったかのように立ち上がっているし、得物を放しもしていない。
護衛の二人もそれを悟ったのか、フィアッセを連れて先へと進んで行く。
それを見送り、改めて美沙斗は目の前の日和へと向き合う。
一方の日和はフィアッセを逃した事にあーあと一言漏らしたきりで、追う様な素振りも見せない。
やはり変わらずのだるそうな態度のままに、仕方ないと棒を右手に持ったまま美沙斗を見る。

「あー、お姉さんの足止めだけでもしておかないと後で怒られるよ」

「お姉さんか」

日和の雰囲気に思わずそちらの言葉に反応してしまい苦笑を見せつつ、美沙斗は油断なく構える。
対する日和はやはり変わらない空気を身に纏いつつも、棒だけはしっかりと握り直して美沙斗と対峙する。



フィアッセの元へと急ぐエリスの前に一人の男が姿を見せる。
正確には元より居たといった所だろうか。
何せ男はベンチに座っており、何をするでもなくただ天井を眺めていた。
とは言え、この区域は立ち入りを禁じている場所であるし、既にコンサートは始まっているのだ。
敵だと判断し、手にした銃を隠す事無く男へと向ける。
と、通路の向こう側から一人の女がやはり男の方へと歩いてきているのが目に入る。
だが、その顔に見覚えはない。無線に新たな襲撃者の発見と場所を伝え、エリスは二丁の銃をそれぞれに向ける。

「止まれ!」

警告を一回。従わないで寧ろ走り出した女目掛けて撃ち、男の足元にも一発撃つ。
足元に着弾した事に気にもせず、男は座っていたベンチの下に手を伸ばし、そこから取り出した細長い包みを何気なく前に差し出す。
そこへ走ってきていた女がそちらを一度も見る事無くその包みを受け取り、そのまま中身を取り出す。
現れたのは一振りの細長い剣。やや湾曲を描きつつも細くしなるそれは斬るよりも突く方に特化されたような形状をしている。
一方、荷物を渡し終えた男はふと用事を思い出したかのように立ち上がるとその場を後にしようとする。
エリスの銃口が男を捉え、その間に女が割って入ってくる。
女は構えた剣の切っ先をエリスに向けて走る勢いそのままに突きを放って来る。
女へと左右の銃を放ちながら、男が逃走した事を知らせるとエリスは距離を開けるべく後ろへと跳ぶ。
跳びながらも銃を放ち、女が足を止めた所を更に撃つもこれは女も同様に後ろへと跳び躱す。
その隙に素早く銃弾を装填して銃口を女へと向ければ、女も再び距離を詰めるべく剣先をこちらに向けて構える。
各所で起こる襲撃者との争いはまだ始まったばかりである。





つづく、なの







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