『リリカル恭也&なのはTA』






第50話 「長い夜」





フィアッセとの合流に逸る気持ちを押さえ付け、エリスは静かに、そして短く数度呼吸を繰り返す。
逃げた男の確保は別の者に任せ、目の前で細剣を構える女へと集中する。
こちらの様子を窺うように切っ先をこちらへと向けたまま、女は左右へと数歩動く。
それに対してエリスは視線は外さないままに、身体の動きは最小限に両腕を下げた状態で女の動きを注視する。
冷静になった脳裏で女の次の行動を予測する。僅かな攻防から分かったのは、相手の攻撃手段の一つ。
得物からして接近戦を得意としているのだろうが、速さは美由希はおろか恭也よりも劣り、自分でも充分に対処できる。
考えながら短く吐き出した呼気に合わせたかのように、女が再度の特攻を仕掛けてくる。
右腕を上げて照準を合わせ、しかし引き金は引かない。
案の定、相手はすぐさま斜め前へと踏み出し、止まらずにジグザグに動きながら近付いてくる。
エリスは距離を開けるべく足に力を込め、それを見越したのか、女が今までよりも深く踏み出して距離を更に詰めようとする。

「なっ」

が、次の瞬間には女の目が見開かれ、思わずといった感じで言葉が飛び出す。
女が踏み込んだ瞬間、エリスは予想されたように確かに跳んだ。
しかし、それは女の予想とは違い、後ろにではなく前にであった。
結果として、両者の距離は縮まり、驚いた女もすぐに気を取り直すと判断ミスを嘲笑うように口元を緩めて後数歩の距離を埋める。
その眼前に銃口が突きつけられるまでは。エリスは更に自ら前へと踏み出し、女との距離を詰めた。
てっきり慌てて距離を開けると思っていた女の方は完全とは言えない態勢ながらも辛うじて刺突を放つ。
が、先程よりも遙かに威力、速度共に劣る一撃を危なげなく躱して発砲する。
咄嗟に女は床に転がるようにして初弾を躱したものの、続け様に二発、三発と撃たれて足を打ち抜かれる。
痛みから悲鳴を上げ、得物を放した女へと近付き両手を後ろに捻ね上げて手錠を掛ける。
未だに悲鳴を上げる女を見下ろし、煩そうに顔を顰めるとエリスは確保した女の身柄を本部に頼む。
無線を切り、エリスは小さく息を吐き出すと壁に背中を預けて目を閉じる。

「ふぅ。流石に少し緊張したな」

先程の動きを思い出しながら、エリスは少し前に恭也に教わっていた事が出来た事に一つ頷く。
自ら接近戦の弱さを自覚したエリスが恭也に頼み教わった対処法の一つ。
流石に体術を教えてくれと頼んだものの、この短時間で仕込むのは無理だと断られたが。
代わりに教えられたのは自らが尤も得意とする得物のこと。
確かに銃は離れた敵を相手に出来る。が、飛び道具だからと必ずしも相手から離れる必要がある訳ではないという言葉。
寧ろ相手の意表をつけば、近くで放たれた銃弾ほど避け難い。
故に恭也を相手に距離を開ける方法だけではなく、逆に距離を詰める方法も練習したのだ。
実戦では流石に初めてだったが、思ったよりも相手の意表を突けたようだった。
エリスは壁から背を離すと、痛みから意識を手放した女をその場に残して駆け出す。
とりあえず襲撃者の一人を倒したものの、まだ仕事は終わっていないのだから。



臨時に設置されている本部は、先程から続く報告に混乱しそうな忙しさであった。
次々と襲撃者の報告が上がり、不審物が二箇所から報告されている。
うち一つは会場内に持ち込まれる前の発見だった為にまだましと言えるが、それでも処理班を向かわさなければならない。
同時に内から発見された不審物は今、処理中であり、他にもある可能性が出てきた事を示す。
故に襲撃者だけでなく、不審物のチェックも更に入念に行うように指示を出す。
しかし、リハーサル時点からのチェックや本番直前まで確かに確認して異常なしと報告された箇所である。
不審物は確かになかったはずなのにあった。つまりは侵入した何者かにより本番が始まってから設置されたという事になる。
会場の見取り図に交戦中の印を付けられた箇所を見ながら、その範囲の広さに信じられないとばかりに頭を振る。
そのあまりにもバラバラな場所での発見報告に規則性も何もない。
発見した時間や場所から逆算しても侵入経路は複数あるとしか思えず、未だに侵入経路の特定にすら至っていない。

「こいつら、一体どこから侵入してきたんだ」

それを調べるのが自分たちの仕事だと分かっていても思わず漏れる呟きに、しかし答えられる者などいない。
あってはならないが、数人ならばまだどうにかなるかもしれない。が、あまりにも数が多すぎる。
そこへ更に新たな襲撃者の発見と撃ち合いをしているという報告が上がる。そちらに増援を割り振り、思わず壁と見る。
その向こう側、隣室では生きたまま捕らえた者たちの口を割らせるべく、数人が掛かり切りとなっているが今の所は望みは薄いだろう。
雇われただけの者なら場合によっては口を割る事もあるかもしれないが、今の所捕らえた者は皆、同じ組織の者らしく口を割らない。
ない物ねだりをしていても仕方ないと、本部を任された男は気を入れ直すように頬を両手で一つ叩き、次の処理へと掛かるのだった。



外での迎撃を終えた恭也はすぐさま会場内へと引き返したい思いを抱きつつも処理班が来るのを待つ。
流石にそのまま放置していく訳には行かない為である。
一応、屋上から狙撃手が周囲の警戒をしていても不審物の対処までは無理な話である。
そんな訳で流石に焦りを覚えつつも、美由希や美沙斗を信じて心を落ち着ける。
ついでという訳ではないが、暫く一人というこの状況で他にする事もないので未だに聞こえてくる報告について整理する。
新たに発見された侵入者とその場所。エリスが撃退に当たっているというフロアに、美沙斗と交戦中の敵が隠れていた通路。
それらの場所を思い描き、近くの通路や通風孔なども思い出す。
仮にそれらを利用したとすれば、見事なまでにその侵入口はバラバラである。
通風孔は兎も角、通路に関してはその出入り口には警備の者を配置してある。
つまりは本部が頭を抱えるように一体何処からという疑問がどうしても出てくるのである。
先程、可能性のある通風孔の出入り口を調べた班から連絡が入り、そのような形跡はないと報告がされている。
状況が状況だけに詳細に調べた訳ではないが、それでもきっちりとその口は閉まっていたとの事である。
そもそも、今、報告が来ているだけでも十人を超える。突然の侵入以前に今まで何処に居たのか。
会場の敷地は事前に何度も見回っているし、会場近辺からの接近に関しては屋上で狙撃手以外に見張り専門を配置している。
そうなると会場内に隠れていた事になるのだが。
そこまで考えた所で恭也はもう一つ、別の事を思い付く。

「HGS……」

ぽつりと呟かれた言葉は、しかしあり得なくはないと思わせた。
HGS、正式名称を高機能性遺伝子障害者と言い、簡単には言ってしまえば病人である。
変異性遺伝子障害という先天性の遺伝子病で比較的新しい病気。
現代医学では治療できない難病ではあるが死病ではなく、世間で知られているのもこの程度である。
だが、この病気の中で極稀に超常現象を起こす力、即ち超能力と俗に言われるものを持つ者が現れる。
こちらは前述の病気と区別する為に高機能性遺伝子障害と呼び、この患者をHGSと言う。
こちらに関しては、社会的な影響や差別を防ぐために病気自体の内情が世間には公表されていない為に知る人は少ない。
そんな中、恭也はその少ない方へと分類される。
今、恭也が必死に守ろうとしているフィアッセ自身が能力は小さいながらもこのHGSに当たるし、
周りに数人、Pケースと呼ばれる能力の高い知り合いも居る事から、HGSに関して恭也は一般の人よりは少しばかり詳しい。
そんな彼女らから聞いた話から察するに、今回の件にHGSが絡んでいるとするとその力が少し大きい気がする。
かつて聞いた話から察するに、一度に何人もテレポートさせるとなるとかなりの力を必要とする。
そして、何よりもこれはれっきとした病気なのだ。
死病とまでもいかなくとも、成人できるまで生きられるかどうかという場合などもある。
何より、その力の行使には何らかの代償が必要となる。
続け様にそう何度も使えるものでもないはずなのだが。
そう思いつつも、妹をからかう為だけに職場にテレポートするような人物を知っているだけに思わず首を傾げたくなるが。
その本人曰く、自分たちはそれ様の訓練を施されたからとの事らしいが。
だとすれば、相手は訓練されたHGSという可能性もあるか。
念のためにも報告するかと思い無線に手を伸ばした恭也の耳に狙撃手の声が流れてくる。

「正面左奥、向かって十一時の方向におかしな物を発見した」

「おかしな物?」

思わず聞き返した恭也に短くああと返事が返り、続けて詳しい事を話してくる。

「今まで警戒範囲の外だったので気付かなかったが、先程の襲撃で少し範囲を広げて警戒していたら見つけた。
 一言で言えばただの木でできた小屋だし、別段おかしな所もない。が、何故か気になる」

一種の勘とも呼ぶべきものだと言い置き、狙撃手は続ける。

「前からあったとは思うが、今、あの中に人が居るのは間違いない。
 締め切ってはいるが、時折、揺れるカーテンから明かりが漏れている」

民家ではなく、広場内にある管理室と物置を兼ねたような建物らしい。
別段、人が居るからとそれだけで問題になるような物ではないが。
それを聞いて恭也も何かそれが気になりだす。確証があるのではなく、言うならこちらも勘だろうか。
どうするか悩んだ所で、丁度、処理班がやって来る。
ここを任せて恭也はその小屋へと向かう事にする。本部へとそう報告し、狙撃手が上から警戒してくれる中を素早く走る。
距離にして数百メートル。広場に植えられた木々の中を走り抜け、目的の場所に到着する。
外から中の様子を窺えば、確かに数人の気配が感じ取れる。
その気配が不意に減り、中には一人の気配しかしない。
気付かれたのかと身構えつつ、突然消えた気配に警戒心を上げる。
そんな恭也の脳裏にグラキアフィンから念話が送られてくる。

≪主様、中から嫌な気配を感じます≫

このような状況では魔法が絡まない限り、基本的に沈黙を貫くラキアからの警告の声。
進む足を思わず止め、念話で同じく告げる。

≪魔法絡みという事か≫

≪いえ、違うとは思いますが。これは以前、感じた……≫

言いよどむというよりも何か悩んでいるといった感じのラキアに恭也はどうするべきか悩むものの、行くしかないと足を踏み出す。

「入ってくる気はあるようだな」

そこへ中から不意に声が上がり、思わず足を止めればまたしても男の少ししゃがれた声が聞こえてくる。

「何だ、やっぱりやめるのか?」

明らかにこちらの接近に関して気付いていたと言わんばかりの声。
流石にタイミングが良すぎて何の関係もないとは思えない。
それでも行き成り飛び込むような事はせず、恭也は中へと声を掛ける。

「少し尋ねたい事がありまして」

「尋ねたい事ね。それはあの中で起こっているドンパチの事か?」

それを聞くなり恭也は小屋の扉を蹴破り中へと飛び込む。
外にその件は一切流していない。知っているという事は何らかの関係者の可能性が高いという事だ。
それでも完全に否定できない故にすぐさま攻撃するような真似はせず、ただいつでも対応出来るように身構えて小屋の中を見渡す。
物置として利用されているという言葉もあったが、それはもう一つあった扉の方から入るのだろう。
こちらは管理部屋らしく、事務机が数個と壁際にはスチール製の棚が並ぶ、見るからに事務所といった雰囲気の部屋であった。
そして、中には机の上に腰を下ろした中年の男が一人。そして、その横に立つ少女が一人。

「なっ」

思わず漏れた声を何とか飲み込む。
恭也はこの小屋に入る前に気配から一人だと思っていた。
が、実際には二人居たのである。感じ取った気配は男のものであったのは間違いないようだ。
現に今もって対峙するも少女の方は気配を感じ取れない。それどころか、その瞳に光はなく生気そのものも感じられなかった。
恭也の様子からそれを読み取ったのか、男は唇を歪ませると少女を目で指し、

「こいつの気配を感じ取れなかった事なら恥じる事じゃないぜ。
 何せ、生きてないんだからな」

何故か楽しそうにそう告げる。
が、恭也が驚いたのはそれだけではない。
その生気のまるでない瞳、人形のように瞬き一つもせず、身じろぎもしないで立つ姿にある出来事を思い出したからだ。

「……死人使いハーミット」

思わず口から出た言葉に、今度は男の方が驚愕したように目を見開き、しかしまたしても楽しげに口元を曲げる。

「あの女を知っているのか。なら、話が早いな。
 こいつはあの女に研究資金や材料を提供する代わりに作らせた物だ。
 まだ試作品なんで戦闘はおろか、まともに自分で動く事も出来ないがな。
 だが、今回は非常に役立ったぜ。その効果はお前さんらがよく分かっているだろうけれどな」

「彼女はHGSなのか?」

「正解だ。まあ、まだ一度に十人程度が限界の上に少し休ませないといけないという欠点はあるがな。
 だが普通のHGSよりも使い勝手は良い。何せもう生きていないから、肉体的にも精神的にも限界ってもんがないからな。
 とは言え、試作品だけあってもうボロボロでもう使えねぇがな。次は耐久性を上げたもんを作らせるか。
 あの女が引き受けるかどうかは分からんがな。これを作らせるのにも、かなり交渉を重ねたって話しだし。
 まあ、それらは上の連中のお仕事だし、雇われの俺には関係ないがな」

「お前は組織の人間じゃないのか」

「ああ、違う違う。俺は組織ってのは苦手でな。偶々、あの女と少しだけ知り合いって事で仲介を頼まれたのよ。
 まあ、その縁でこうしてお仕事を貰って弟子共々、何かとお世話にはなっているがね」

言って男は机から立ち上がると静かに構える。その両腕は肘の辺りまで鈍い色をした金属の小手で包まれている。

「さて、お喋りはここまでだ、坊主。お仕事の時間だ」

急に殺気を剥き出しにした男に反応するように小太刀を抜き放ち、恭也も身構える。
同時、男は拳を横に振り、隣に立つ女を殴り飛ばすと、軽く吹き飛び壁にぶつかって倒れた少女に歩み寄る。
思わず声を上げた恭也を一瞥し、吹き飛んだ少女の肩に足を掛けて引っ繰り返して仰向けにする。

「処理完了と」

男が呟くなり、少女の身体が溶け出す。比喩でも何でもなく、文字通り氷が溶けるように少女だったものが消えて行く。

「一応、証拠を残すなと言われているもんでね。
 ああ、警戒しなくても、別にこの小手に何か仕込んでいる訳じゃないから安心しな。
 言っただろう、試作品だってな。力を使い果たした後、強い衝撃を受けるとこうなるらしい。
 まあ、詳しくは知らんし知りたいとも思わんがね。しかし、中々高い消耗品だと思わんか」

男の言葉を聞く事無く、恭也は床を蹴り男へと肉薄する。
そのまま右手の小太刀を横に薙ぐも、男はそれを軽く後ろにステップして躱す。

「思ったよりも激情型か? たかだが人形一つで、っと」

男の言葉に答えずに薙いだ小太刀を返し再び逆側からの斬撃で責める。
それを左腕を立てて受け止め、恭也の腹目掛けて前蹴りを放つ。
鋭く放たれたそれを左手で受け流し、身体を横にずらすとそのまま三度、斬撃を放つ。
それを男は同じように後ろへと跳んで躱し、両手で殴り付けて来る。
乱打の波を躱し、流し、受け止めながら両者同時に床を蹴り背後へと大きく跳躍。
互いに距離を開けた状態で再び向かい合う。

「さて、どうしたもんか。正直、場所が狭すぎる上に邪魔な物が多いな」

呟きつつ、男の目は部屋の中を見渡し、近くにあったゴミ箱を見つける。

「一応、名乗っておこうか。戦争屋をやっているハイノ・トジノクだ。
 まあ、別に覚えなくても良いがな」

言って恭也に名乗らせようとするのだが、恭也は答えずにハイノへと向かって来る。

「名乗られたら名乗り返すのが礼儀だろう!」

言いながらゴミ箱を蹴り上げ、その間に更に後ろに跳び窓から外へと飛び出る。
腕を交差させて手甲でガラスを破るとそのまま顔を守るように腕を顔の前で固定したまま、空中で身を捻る。
足裏、膝、腰、肩と着地の衝撃を殺しながら着地し、振り向き様に腰に吊るしていた手榴弾を取り出しピンを外す。

「最後の一個だが、くれてやる」

言って今しがた出てきた窓目掛けて放り投げるも、入れ替わるようにそこから恭也が跳び出してくる。

「うお、無駄になったじゃねぇか」

言いつつ、小屋から走って離れ、林の中へと飛び込む。
小屋の外に出た恭也も今しがた投げ入れられた物を確認しており、その場から急ぎ離れる。
同時に小屋を挟んで正反対の位置に居る射撃手に連絡を入れる。
ここでの話を簡単に説明し、本部への連絡を任せるとこちらは引き受けると伝える。
狙撃するには離れすぎてしまった上に相手は林の中である。
おまけに暗闇で高速での戦闘となると、狙撃する側も非常に難しい。
加えて急に会場内に現れる敵というのはさっきので最後になるが、外からの増援がないとも言えないのだ。
故に狙撃手には再び周囲の警戒に戻ってもらい、恭也はハイノを追う。
まだ長い夜は終わらない。





つづく、なの







ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ


▲Home          ▲戻る