『リリカル恭也&なのはTA』






第51話 「続く夜」






現状、非常に混乱した状態にあるとも言える司令部において、その報告は非常にありがたいものであった。
これ以上の突然の増援はないというのは。
現在、交戦中との事で簡潔に告げられた恭也からの報告により、急な襲撃者の侵入方法は分かった。
しかも、それが最早使えないという事も。
ならば、ここから先の増援は通常の警戒で良いとなる。
尤も事前に組まれたその警戒態勢が既に崩れてしまっているのだが、それこそ司令部としての腕の見せ所である。
素早く現状の交戦状況と既に侵入されてしまっている場合の隠れ場所の特定を済ませると、新たに人員を動かす。
そこへエリスが逃がした一人の男を追っていた班が現在、侵入してきた襲撃者と合流してフロアの上下で交戦中との連絡が入る。
増援要請を求められ、すぐに今描いた計画を破棄し組み直し、増援用に人を残して捜索と警戒に当たるチームを作る。
素早くそれらを指示し、改めて会場内の見取り図を見下ろす。

「……会場内は四箇所で交戦中か」

普通なら、これだけの箇所で撃ち合いをすれば気付く者も出てくるかもしれない。
が、コンサート中は席を立つ事はないし、ホールを隔てる壁は通常のものよりも厚く、音が漏れないようになっている。
逆を言えば、外の音も中には届かないのだ。
その点で言えば、素早く済ませる事が出来れば客に隠し通せる可能性は高い。
撃ち合っている場所はコンサート会場から出口に続く通路では一切なく、全てが裏方が利用する場所ばかりなのだから。
相手の目的を考えれば自然とそうなったのかもしれないが、かと言って油断は出来ない。
客を人質とされる可能性もあるのだから。
勿論、それらを踏まえて人員は組みなおしているが、やはり不安を抱いてしまう。
それを振り払うように頭を小さく振り、現状、自分が出来る事は最善を尽くしたと言い聞かせ、
今後の動きに対応できるように少しだけ息を吐き、改めて交戦中の四箇所を見遣る。
その内の二箇所は銃による戦闘ではない上に助っ人による物だと思い出す。
正直、信じられない気持ちもあった。まさか銃よりも原始的な武器を持つ方が強いなどとは。
状況にもよるかもしれないが、少なくともこの二人の襲撃者に関しては話を聞く限り、助っ人がいなかったらと思うと冷や汗が出る。
その冷や汗を拭う間もなく、次の報告が来て男は再び気を入れ直して次の指示を出すべく頭を動かすのだった。



生い茂る木々の枝葉によって昼でも暗い林の中は、月や星の明かりまでもを遮ぎり、夜の暗がりを更に闇へと近づける。
足元も見え辛い状況下にありながら、僅かに差し込まれる星の光だけを光源に危なげもなく走り抜ける二つの影。
影は一定の距離を保ちながら並走し、時折交差する。その度に金属同士がぶつかり合う音が響く。
然程広くもない林の中、二つの影はそこから抜け出るのを嫌うように同時に足を止める。
偶々か、足を止めた場所は他に比べれば幾分、枝葉同士に距離があり、僅かながらも月明かりが落ちてくる。
照らし出された顔は共に男で、片方は無表情に、もう片方は僅かに口元を歪めて対峙する。

「楽な仕事かと思ったんだがな」

年を経た方の男、ハイノが笑みはそのままに吐き捨てるように言い放ち、対する恭也はやはり無言かつ無表情で返す。
あまりにも反応のないその様子に肩を竦めて見せるものの、やはりそこに大きな隙は見つけられない。
幾つか窺えた隙はあからさまに誘いだと分かるからこそ、恭也も迂闊に攻め込まずにその場に留まる。
それを読み取り、ハイノは大げさ気味に溜め息を吐く。

「はぁ、今のでも攻め込んでこないか。本当に面倒な仕事になっちまったな。
 弟子の言葉じゃないが、だるくて仕方ない。とは言え、しゃーないか。
 ちっとばかし真面目にやりますか」

不意に瞳を幾分鋭くして恭也を見据える。
それだけ、特に構えた訳でもなく、本当にただそれだけのこと。
ただし、本人の言を信じるならやる気を出したという事なのだが、それだけで場の空気ががらりと変わり、張り詰めたものになる。
急に変わった相手の醸し出す空気に、しかし恭也は想定していたとばかりに動じず、構えた小太刀に揺るぎはない。
その事にハイノは今度は仕草や言葉にはせずに心の内で僅かに感嘆する。
動き回っていた先程までとは一転し、互いに動かずに向かい合う事、数分。
両者を急かす様に雲が流れ、月を覆い隠してその場を暗闇が包み込むと同時に両者が地面を蹴る。
先程までと同じように刃と拳がぶつかり合い、甲高い音を上げる。
だが、先程とは違うのは、それが一度や二度で終わらずに三度、四度と続いて奏でられる所であろうか。
互いに円を描くように動きながら、一定の距離で攻撃を繰り出し、避け、躱し、弾き、受け流す。
片方は距離を保とうとし、一方は距離を詰めようと動く。
元来、刀よりも短い小太刀を使う恭也はいかに相手の懐に飛び込むかという闘いの方が多い。
が、今回はその小太刀よりも更に間合いの短い相手である。勿論、そのぐらいで対処できなくなるなんて事はないが。
僅か数十センチの違いとはいえ、その内側に入りこもうとする相手に対し右手に握った小太刀で乱撃を見舞う。
懐へと飛び込むべく前へと踏み出したまさにその瞬間を挫くように繰り出される乱撃を、
ハイノはしかし、後ろへと軽く跳躍しながら避け、執拗に迫る刃を全て手甲で受け流す。
受け流しながらも、見た目以上に重い斬撃に僅かに顔を顰めつつ、今度は大きく後ろへと跳ぶ。

「さて」

痺れはしないものの、予想以上の斬撃に軽く手を振りながらハイノはそう呟き一つ残して再び前へと出る。
左手で恭也の顔面を死角ギリギリな軌跡を描き横から打ち、同時に右手で下から横腹を狙い済まして打ち付ける。
その両方に反応を見せ、後ろへと跳躍する後を追うように前へと同じように跳び、右手を左手で抱え込むようにして右肘を突き出す。
互いに小さな跳躍ながらも地に足が着いていない状況下での追撃。
躱す事は出来ず、小太刀が繰り出される。それを左手で殴りつけ、曲げていた右腕を伸ばして腕ごと裏拳のように恭也へと振るう。
が、恭也も恭也で弾かれるなり、もう一刀をすぐさま抜刀し、迫る右腕と自身の間に差し込む。
衝撃が小太刀に伝わると同時に小太刀の峰を無理矢理蹴って衝撃を散らして、転がりながらも距離を開ける。

「ちっ、ニ刀流だったか」

先程の攻撃で戦闘不能とまではいかなくとも、骨の一、二本は貰うつもりだったハイノから思わず舌打ちが零れる。
そこへ起き上がり様に地面を蹴り近付いた恭也の斬撃がハイノに襲い掛かる。
両者共に足を止め、再び激しい攻防が繰り広げられるかと思いきや、数合打ち合うなりハイノは自ら恭也との距離を開ける。
訝しげにしつつも用心深く恭也が見詰める先で、ハイノは踵を返して走り出す。
まさか逃げる気かと数瞬悩み、すぐに後を追う。雇われの身とは言っていたが、何かを知っている素振りも見せていたのだ。
故に身柄を確保するべく後を追う。勿論、理由は他にもある。
本気で逃げるつもりなら追うよりも会場に戻るという選択肢を選んだかもしれない。
が、振り返りこちらを見た目を思い出す。あれは明らかに誘っているものだった。
仮にここで逃がせば、すぐにでも会場へとやって来るのは間違いない。故に後を追う。
暗がりの中、再び影と化した二人が駆け抜けていく。



グリフの扱う得物は両刃の西洋風の剣で、握り部分に近付くに連れて幅も広くなっている。
刃部分だけでも一メートル近くあり、狭い箇所で振るうには幾分扱い難い得物であろう。
だが、今美由希と二人して切り結んでいる場所は幅の広い通路の上に、片方は吹き抜けとなっており、壁も何もない。
槍などの長物なら兎も角、グリフの持つ剣にとっては何の問題もない。
その長さから来る重量を充分に利用した重い一撃が頭上へと振り下ろされるのを見ながら、美由希は自身の小太刀を差し出す。
長さで見ても半分程で、幅や重量などは比較するまでもなく小さな小太刀は、しかし折れる事もなく、しっかりと美由希の眼前で受け止める。
特に銘はないながらも、折れず曲がらずで使い続けて来た使い慣れた得物。
それは今回もまたグリフの重量級の攻撃を受け止めて尚、変わらずに美由希の手の中にその感触を伝える。
グリフの攻撃を押し返そうと力を込め、グリフが剣を引くその時に合わせて着いた膝を上げ、次の瞬間には走り出す。
引き戻されるよりも早く自身の間合いへと持って行き、横薙ぎの一撃を繰り出す。
半身を捻り躱される事も既に予想しており、身体を流す事無く踏み止まり、刃を返して続け様に斬撃を戻す。
が、相手もさるもので、剣を既に引き戻しており、難なく受け止める。
互いに刃を交差させ、互いの顔を見詰め合う形となる。
険呑な美由希に対し、薄っすらと喜びの表情を見せるグリフに美由希の眉が顰められる。
それに気付く事無く、グリフは数秒の短いやり取りに溢れ出す感情が抑えきれずに遂に声に出して笑い出す。

「楽しい、楽しいね御神。でも、まだだよ、まだまだこんな物じゃないだろう」

心底、美由希とやれる事を喜んでいる様子に眉だけでなく眉間に皺まで寄りそうになるも何とか堪え、出来る限り平坦な声を出す。

「何が楽しいんですか?」

「君は楽しくないのかい? 自分以外の強い剣士と戦える事に。僕は楽しいよ。
 ましてや、相手は御神である君なんだから」

言い終えるなり力押しで美由希を引き離しに掛かる。
無理にそれに付き合わずに床を蹴り、自らも距離を開けて笑みを見せるグリフへと鋭い視線を飛ばす。

「私は別に楽しくなんてありません!」

言いながら同時に踏み込む、二度、三度と斬撃を繰り出す。
それらを躱し、弾き、受け止めながらグリフは笑みこそ消したものの、やはり楽しげに自身も攻撃を繰り出す。
互いに繰り出される攻防は早く、十、二十と数を重ねていく。

(この人、早い)

小太刀という小回りの利く自身の得物と打ち合うグリフに戦慄を感じ、そんな事を思う。
だが、ここで引く事無く、寧ろ斬撃を重ねていく。
幾つかに徹を込めるのだが、相手はやはり何処か楽しげな雰囲気を消そうともせずに同じように防御し、隙を付いて反撃してくる。
それに苛立ちそうになるのを抑え、冷静になるように言い聞かせる。

「良いよ、本当に良い。こうじゃないとね」

興奮するように声を荒げるグリフの隙を付き、美由希は一旦、自分から距離を開ける。
何かを感じ取ったのか、グリフの全身や得物を確かめるように見詰め、再び距離を詰める。
グリフはもっと楽しみたいのか、美由希を追わずにその場にただ留まっており、再び向かってきた美由希に満足そうな顔を見せる。
再度、焼き直しかと思われる攻防が繰り広げられる中、美由希は相手の動きを注意深く観察する。

(やっぱりだ。当たり前だけれど、大きな得物で小回りが利いている訳じゃない。
 ただ防御が凄く上手いんだ。効率よく、もっとも動作の少なく済む場所で攻撃を受け止めている)

再び距離を開け、美由希はグリフと向かい合い、相手だけでなく場所や状況を確認するべく周囲に視線や注意を向ける。

(単純な速さなら私の方が上だ。なら……)

素早く考えを纏め上げていく。
その間もグリフは攻撃してくる素振りすら見せない。
寧ろ、何をしてくるのかと期待するような目で美由希が動くのを待っている。
美由希としては相手の期待に応える必要などなく、ただ相手を倒せれば良いのだ。
卑怯と言われ様が守りたい者を守れれば良い。ならば、躊躇う必要はない。
剣の勝負を望んでいようが、そんなものは知らない。
御神は剣のみで闘う純粋な剣士ではないのだから。
美由希は素早く手首に隠し持っている飛針を二本取り出し、グリフ目掛けて放つと同時に床を蹴る。



フィアッセを護衛していた者たちは、特にその後の妨害もなく控え室へと戻ってくる事が出来た。
とは言え、それで安心など出来るはずもなく、今も耳に付けたイヤホンから現状が知らされてくるに連れ、更に警戒を強くする。
それでもフィアッセには大丈夫だと伝え、休憩するように椅子を勧める。

「もうすぐ社長も来ますから」

こちらにエリスが向かっているという報告を聞き、フィアッセを安心させるように告げると自分たちは扉の傍に立つ。
扉の前に二人、フィアッセの傍に二人、部屋の奥に一人。
この一人がこの場で指示する立場にあり、部屋全体を見渡すようにしている。
出入り口は一つしかないので、その場に立ち塞がれれば問題だが、それなら銃弾の餌食になるだろう。
もし、防がれても隙は出来るはずだと考える。
これで何かあっても咄嗟に行動は出来るはずだと言い聞かせ、万が一の場合にもフィアッセは逃がせるだろうと考える。
が、全く予想もしなかった方法での襲撃にそれらの考えも崩される事となるのだが、その時には既に男の意識はなくなっていた。





つづく、なの







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