『リリカル恭也&なのはTA』






第53話 「明け始める夜」





地下へと続く非常階段を腕を引かれつつ降りながらも、フィアッセの表情は落ち着いていた。
とは言え、心情的に楽観している訳ではない。ただ、ここで暴れても自分の力ではどうにもならない事が分かっているからだ。
その上で恭也やエリスといった幼馴染みの事を信じているからだろう。
だからと言って、決して恐怖心がないかと言われればそうではない。
その証拠に落ち着いて見える表情も、よくよく見れば多少の強張りが見えるし、その呼吸は僅かに乱れている。
それに気付いているのかいないのか、前を行くファンはフィアッセの手を引きながら、特に警戒した様子も見せずに降りていく。
会場のあちこちで戦闘が行われているが、ここにはその喧騒も届かない。
自らが進む足音だけが聞こえる中、ファンは目的地である地下駐車場へと辿り着く。
ここまで来れば、後は用意してある車にフィアッセを乗せてここから去るだけである。
監視カメラの位置も把握してあるし、そもそも今頃気付いてもこちらの方が早い。
ファンは特に気にする事もなく、駐車場へと続く扉を開け放つのだった。



ハイノの前後を挟む形でスゥとドグは向かい合う。
恭也にはああ言ったし、それも本当の事ではあるがそれとは別にスゥたちはハイノに用があった。
今回、警防隊が動く事になる切欠とも言える龍の下部組織。
寧ろ、自分たちの所属する第四部隊は本来はそちらが任務であり、こちらは別働隊とも言える。
その本隊の調査で分かった数少ない情報の一つとして、目の前のハイノの名が出てきたのだ。
構成員ではないにしろ、下手な下っ端よりも情報を持っている可能性が高い。
故に身柄の確保をするべく、こちらへとやって来たのだ。ドグはその背中を見詰めながら、肩越しに相棒を見遣る。
分かっていると小さく頷き、スゥは摺り足でハイノとの距離を僅かだが縮めて行く。
それを見ながらもハイノは特に構えるでもなく背後を気にしながらもスゥをただじっと見詰める。
罠を警戒しながらも、スゥはタイミングを計り踏み込む。
たった数歩で相手の懐へと潜り込み、拳を繰り出すもハイノの上げた足によってブロックされる。
受け止められても止まらずスゥは素早くハイノの軸足を刈るように足払いを放ち、それを跳んで躱した所へと拳を打ち出す。
仮に避けられようと構わなかった。その背後からはドグが迫っており、ハイノの動きに応じて行動する予定だから。
だが、ハイノの取った行動は回避でも防御でもなかった。
ハイノは後ろへと跳躍しながら、懐へと手を伸ばし何かを掴むと地面に叩き付ける。
一体、何をと視線がそれを追い、

「目を瞑れ!」

ドグの声に殆ど反射的に行動して目を閉じ、同時にその場から飛び退く。
直後、目を閉じているにも関わらず瞼の裏に光を感じる。
音こそなかったものの、その閃光は暴徒鎮圧などにも使われるスタングレネードと同等かそれ以上であった。
自らの横を何かが掠めていくのを感じながら、スゥは地面を転がり距離を開ける。
その間にも何らかの攻防が行われている音がする事から、ドグがスゥへの追撃を防いでくれているのだと分かる。
すぐに起き上がり目を開ければ、やはりその通りで今度はドグとハイノが攻防を繰り広げていた。
自身の右頬に鈍い痛みを感じつつも、大きな傷ではないようですぐに立ち上がると加勢するべく駆け出す。



美由希とグリフの攻防は今なお続いており、双方細かな傷が幾つもついている。
だが、互いに致命傷となるような一撃はなく、膠着した状態へと陥っている。
多少の焦りを感じながらも、美由希は自身の役割を目の前の相手を引き付ける事としてそれを押さえ込む。
逆に襲撃者側であるグリフは本来なら時間との勝負とも言える状況下にあるはずなのだが。
本当にその目的が美由希との対決にあり、他はどうでも良いらしくこちらにも焦りは見えない。
寧ろ、恍惚とした表情さえ今にも出てきそうな感じである。
グリフの大剣が縦に振るわれれば、美由希は半身で躱して踏み込む。
そこを切り上げの斬撃が追撃し、小太刀で防ぎながらもう一刀をグリフに突き刺す。
しかし、やはりというべきかグリフは大剣の柄に近い部分でそれを受け止める。
距離を開ければ、今度はグリフが美由希に匹敵するほどの速さで追いかけて来て横の斬撃が襲い来る。
下へとしゃがみ込みながら、今度はこちらから切り上げる攻撃を突きの形で繰り出す。
再び刃同士がぶつかり合い、互いに一旦距離を開ける。
先ほどまでとあまり変わらない攻防。
互いに攻撃を躱し、防ぎ、反撃。攻撃方法や回避などはその度に変わるものの、その繰り返しである。
額に浮き出る汗を拭う間もなく、美由希は周囲を確認しながら今までのやり取りを思い返す。
単調になりつつある攻撃に対し、僅かだがグリフの防御も一定になりつつある。
小さく息を吐き出すと美由希は大きく踏み込み、左の小太刀を振るう。
それに対して大剣を縦に立て防御の態勢に入るグリフ。その瞬間に美由希は神速を発動させる。
まだ恭也や美沙斗までに自由自在とまではいかないものの、その入り口には既に入っている。
前回の海鳴での護衛。その時に行った恭也の鍛錬は、相手をした美由希にも小さいながらも当然その成果は現れていた。
そこに加えて実戦を経験し、その後の美沙斗との鍛錬なども加わり、美由希はつい最近、神速の領域へと足を踏み入れた。
が、この時はまだその領域へと入っただけで動くまでは適わなかったのだが。
それでも一旦それを知り、認識したことにより美由希は神速の手掛かりを掴んだのだ。
元より恭也の組んだメニューは、いずれは神速へと到達出来るようにと初期段階である程度の必要な事は組み込まれている。
身体作りしかり、精神集中を高める鍛錬しかり、といったように。
ただ、神速の領域へと入るのが恭也の予想より少し早かっただけである。
そんな訳で当然のように、恭也からは使用を禁止とされる事となるのだが。
それでも、恭也も下手に全面禁止にすればかえって危ないと思ったのか、僅かだが鍛錬に変更があり、改めて説明された。
それにより、美由希は物凄く集中を必要とするが、神速の領域へと入る事が出来るようにまでなっていた。
時間にして僅か二、三秒。回数は二回程度が限界である。
更に使用した以上は絶対に師匠へと報告が必要な上、何かしらのお仕置きをされるというおまけ付き。
そのカードを美由希はこの場で切る事にする。
痛む頭に眉を顰めながらも美由希は元より力の入っていない左の斬撃をすぐに放棄。
グリフが構えた防御の逆側、右の一撃に全ての力を込める。
グリフの身体に刃が届く寸前、神速が切れるがそのまま振り抜く。
が、思ったよりも手ごたえのなさに疑問を抱くよりも先に腹に衝撃を受けて後ろへと跳ぶ。
多少のダメージを減らしつつ、それでも美由希は膝を床に着いてグリフを見れば、向こうも腹を片手で押さえている。
しかし、やはりその傷は予想よりも浅い。美由希の様子から驚愕でも感じ取ったのか、グリフは流れる血も気にせずに笑みを見せる。

「今の一撃は悪くなかったよ。流石は御神だね。後ほんの数瞬、反応が遅れれば危なかった」

神速に対応された事に少なからず驚きつつも、恭也や美沙斗からその事に関しては事前に何度も言われていた事を思い出す。
神速といえども絶対ではないと。
流石に驚きはしたものの、すぐさま気持ちを切り替えて震える膝を誤魔化すように立ち上がる。
やはり慣れない神速の使用で体力もかなり削られてしまっている。
自己分析しつつも悟られないように小太刀を構える。
対するグリフも大剣を再び構えるものの、その腹からは未だに血が流れ出ている。
深くはなかったが、それでも浅いとは決して言えない傷。それでもグリフは楽しいとばかりに笑みを見せる。
今度はグリフが自分の番だとばかりに迫る。
それを床を蹴り、手摺に飛び乗り踏み台にしてグリフの背後へと飛び降り、更に後ろへと跳ぶ。
休む間もなく繰り出されるグリフの猛攻を、美由希は止まる事無く避け続ける。
時に壁を利用して上空へとその身を舞わせ、地を転がり、吹き抜け通路に等間隔に配置された柱を蹴り。
決して広いと言えない空間を正に縦横無尽に駆け回る。
対するグリフも出血しているというのに、そんな事を感じさせない動きで執拗に美由希へと斬撃を繰り出す。
その度に床が砕け、手摺が折れ、壁に穴が開き、柱が削られる。
一進一退の攻防。ただし、今回は美由希側から反撃に転じる事はない。
肩が呼吸をしつつ、只管避ける事にのみ神経を集中させる。
やがて、美由希の荒かった呼吸が徐々に収まり、何十度目にもなるグリフの攻撃を避けて距離を開ける頃には完全に戻っていた。
それに気付いたのか、グリフは感心するもこちらは呼吸が乱れに乱れている。
元より傷が浅くない上にずっと大剣を振り回してただでさえ素早い美由希を追い掛けていたのだ。
それも無理もない事だろう。息を乱したまま、グリフは大剣を構え、対する美由希も静かに息を吸うと構える。

「……」

無言ながらもグリフが僅かに息を飲む。
美由希の構えが今までとは異なり、右手を大きく後ろへと引き突きの構えを見せたからだ。
僅かに腰を落としてグリフも大剣を握る手に力を込める。
共に一歩を踏み出すも、美由希の方が明らかに早い。
繰り出される突きに対し、グリフが防御の態勢を取る。
握った手に伝わる振動が今までよりも強く、顔を顰めるも堪える。
同時に反撃するべく大剣を動かそうとするも、続く美由希の攻撃の方が遙かに早い。
御神流の奥義の一つで射抜と呼ばれる突きの特徴でも一撃目からの派生。
そこに無駄な動きは一切なく、流れるように刃の軌跡だけが変化する。
自分の反撃よりも美由希の攻撃の方が早いと咄嗟に判断を下し、グリフは続く攻撃も受け止める。
が、そこから先程のお返しとばかりに美由希の連撃が続く。
小太刀一刀による乱撃、虎乱。縦横斜めの八方向から途切れる事無く続く斬撃に完全に防御するしかなくなる。

「くっ」

それでも美由希の斬撃全てをどうにか防いでいるのだが、時折、その防御すらすり抜けるように一撃が迫って来る時がある。
そうなるとグリフは身体を捻り回避するしかなく、その僅かな態勢の崩れた時に重い一撃が大剣から伝わる。
それが数度と繰り返される内に僅かに押され始めたのか、グリフがじわじわと後退して行く。
グリフは知らないが、美由希が使っているのは貫と徹と呼ばれる御神の中で基本とも言われる二つの技。
貫に関しては神速同様まだ自由自在とまでもいかないものの、それを用いてグリフを追い詰めていく。
それでも愚直なまでに基本を繰り返し振るってきた美由希にとって、こちらの方が使い慣れない奥義よりも錬度は遙かに高い。
事実、グリフは大剣を時折握りなおしている。続けられる斬撃の中、それでも美由希はあと一押しないかと思考を巡らせる。
グリフへと集中しながらも、意識を広げ視界の隅にそれを見つける。
貫、徹、徹、徹、徹。貫を放ち、身を捩った所で今度は一度ではなく何度も徹を込めた斬撃を繰り返す。
こちらもそれ相応に疲れるが、只管徹を込め、グリフを後ろへと下がらせていく。
そしてタイミングを見計らい、大振りの一撃を止めとばかりに放つ。
が、大振り過ぎたのかグリフが後ろへと飛び退き乱撃から抜け出る。
流石にずっと距離を詰められての連撃は防御するグリフにしても相当に嫌だったらしく、少し大きめに後ろへと跳ぶ。
攻められ放しだったからか、抜け出るのが先とばかりに僅かに注意力が落ちていたのかもしれない。
グリフは足元の床に違和感を感じるも、既にその時には完全に態勢を崩していた。
何の事はない。自分が少し前に打ち付けた床に小さな穴が開いていただけの事である。
が、そこに床があると思っているグリフにとっては決して小さくはなく、足を取られてしまったのだ。
肩膝を着き、大剣こそ手放してはいないものの、片手は床に着いてしまっている。
更に美由希はこれを狙っていたので動きに停滞もなく、更には最後の神速まで発動させる。
モノクロの世界を重い身体を引き摺りながら掻き分け、驚愕の眼差しでこちらを見ていたグリフへと迫る。
やはり神速に反応しているのか、大剣を動かして防御に動こうとしている。
が、今回ばかりは完全に間に合わない。美由希は峰でグリフの大剣を持つ腕を打つ。
骨を折った感触を感じる間もなく、左の小太刀を抜き放ち、肩膝を立てた足に突き立てる。
そこで視界が元に戻り、音が戻ってくる。
最初に聞こえたのはグリフの上げる叫び声。
続いて折れた手から大剣が落ちる音。それら二つを聞きながら、美由希は念を入れるように突き立てた小太刀を捻る。
まずは腕一本に足を一本。右の小太刀を逆手に持ち替え、鳩尾を柄で打ち、抜いた左の小太刀で首筋を狙う。
が、これは身体を捻られ思ったように入らなかったが、それでも肋骨を折る。
首筋への一撃も同様に躱されて髪を数本、切り飛ばしただけ。
なので更に追撃を加えようとするのだが、まだ動くグリフ右腕が腰に回され、そこから小さなナイフを取り出す。
小さいといっても刃部分は二十センチはあるもので、充分に殺傷能力はあるだろう。
それを突き刺してくるグリフから美由希は飛び退いて距離を置く。
左足と左腕が満足に動かせない状況になりながらも、大剣を杖代わりにして立ち上がり、グリフは狂ったような目を美由希へと向ける。

「まだだ、まだだよ御神。もっともっとだ。もっと俺を楽しませてくれ!」

口から僅かに血を滴らせながら叫ぶグリフに思わず美由希の足が下がりそうになるが、守ると決めたフィアッセの顔が浮かんできて、
その足を踏み止めると、グリフへと向けて小太刀を構える。
その様子に満足そうにグリフは頷くと、ナイフを構え美由希の攻撃を待つ。

「さあ、次を見せてくれ御神。お前もまだまだ楽しみたいだろう」

こんな状態でありながらも笑うグリフに美由希は何とも言えない目を向けるもすぐに頭を振って拭い去る。

「私は別に楽しくなんてありません」

「何を言っている? 強い剣士とやり合う。これ以上に楽しい事なんて何もないだろう!
 お前だってそうなんだろう。だからこそ、まだやるんじゃないか」

「違います。私はただ守りたいだけです」

美由希の言葉に怪訝そうに、本当に意味が分からないという顔を見せるグリフに美由希は諦めたような表情を覗かせる。

「これ以上は言っても多分、理解してもらえないでしょうね。
 別に理解して欲しいとも言いませんけれど。ただ、私は守ると決めたから。その為に……」

あなたを倒しますと美由希は言い放つと床を蹴る。
対するグリフはやはり自分からは動けないのか、迫る美由希を見据えて攻撃するタイミングを計る。
その顔にはやはり楽しげな笑みが消える事はなく、自身も絶妙と思えるタイミングで反撃の一撃を放つ。
が、見えない位置から急に美由希の小太刀が飛び出てきて、気付いた時には既に目の前で避ける事は出来なかった。
意識を完全に失ってもグリフは満足そうな笑みを浮かべたままであった。
それを見下ろしながら、美由希は流石に疲れたと座り込むと、無線で本部に連絡を入れるのだった。



美由希が決着をつけるよりも少し前。フィアッセの居た楽屋へと通じる通路では、こちらもある種の膠着状態へと陥っていた。
ただし、こちらは攻防がめまぐるしく入れ替わったりするのとは逆で、微動だにせずに向かい合ったままであったが。
先程までは攻防も繰り広げられていたのだが、恭也が通過してからは殆ど動きがない。
というのも、美沙斗の相手が主な原因である。
日和と名乗った女性に与えられた任務は楽屋へと通じる通路に誰も通すなというもの。
だが、これをどう解釈したのか日和は一人だけ通さなければ良いと考えていた。
事実、エリスと恭也は無事に通過した事からもそれは明らかである。
他に共に行動していた者たちが健在ならば、こうはならなかっただろう。
事前にそいつらの言う事を聞くように師匠であるハイノに言われていたのだから。
が、現実は日和一人になってしまった。
それでも任務である誰も通すなを本人は守っているつもりである。
フィアッセに関しては元より、頃合を見て楽屋に行かせる手筈となっており、その際に一緒に居る護衛の排除を言われていたのだ。
既にフィアッセと共に通り抜けた護衛は倒れた者の所為にして、自分はちゃんと最初に来た美沙斗を通していない。
だから問題ないと考えていたりする。
これは偏に日和の怠け性による性格のお蔭でもあるのだが。
つまり何が言いたいかと言うと、通過しようとしなければ日和も妨害しようとはして来ないということである。
既に爆発音が上がってから結構な時間が経っている。
加えてエリスと恭也がそちらには向かっている。そして、肝心のフィアッセはこちらには来ていない。
となれば、別の通路を通ったか、先程の爆発音がそれを作る為の物だったか。
どちらにせよ、フィアッセの事は二人に任せて美沙斗自身の役割としては日和の相手をすれば良いとなる。
そうなると、無理に通る必要は当然なくなり、結果として美沙斗は日和が向こうと合流しないように時間を稼げれば良い。
対する日和は最早言うまでもなく、元より動く気がない。面倒臭いから。
で、結果として互いに攻める事無く、この状況が生み出されてしまったのである。
正直、美沙斗側としては日和の身柄確保があるのでずっとこのままという訳にはいかないのだが。
それでも下手に追い詰めて逃亡を図られたり、向こう側と合流されるのは好ましくないので今の状況は悪くはない。
時間が経てば美沙斗の方にも増援があるだろうし。
普通ならそれを気付かせないように多少の攻撃などもする所ではある。
が、最初はそう思ってやっていたのだが、途中で美沙斗はそれすらもばかばかしくなってしまったのだ。
本当にやる気がないらしく、日和はこちらが何もしなければ本当に何もしてこない。
その癖、いざ攻めればその攻撃は力任せでありながら野生の勘とでも呼ぶべきものが鋭く、倒すのも一筋縄ではいかないのだ。
そんな訳で何をするでもなく美沙斗は日和を前に小太刀を構えて立っているだけであった。

「はぁ、こんな状況下でこんな気持ちを抱くのは初めてだよ」

「わー、初体験だね。おめでとう」

「……はぁ」

少し会話して分かった事だが、この日和という女性はある意味純粋というか無垢というか、はっきり言えば無知とも言えた。
ちょっとした好奇心からか、それともただ黙っているのに飽きたのか美沙斗は思い切ってこちらから話し掛けてみる。
正直、あり得ない事ではあるが。

「君はどうしてこんな事を?」

「師匠が言ったからだよ」

「師匠というのはさっき言ったハイノって人だよね」

「そーだよー。自称、戦争屋」

「自称?」

「そー。私に言わせればあれだよ、ちんど……じゃなくて、えーっとよろなんとか。あー、そうそう何でも屋」

よろずと言いたかったのかと思いつつ、美沙斗は自分たち警防隊が掴んでいるハイノの情報を思い返す。
出身や経歴は不明で、ロシアの諜報員だったという噂もあったけれど真偽は不明のまま。
今回の件で本隊が掴んだ情報で上がった名前ではあるが、少し前からちょくちょく龍の下部組織と接触していた形跡がある。
故に弓華の部隊が情報を探り、結果として素手での戦闘を主とするぐらいしかまだ分かっていない。

「どうして、その弟子が棒術なんだろうね」

「うん? えっとね、まだ私が小さい頃に村で師匠に出会って、お腹が空いたから後を付いていったの」

「……そこからして既に色々と可笑しいと思うんだけれどね」

「うーん、でも親も居なかったし、食べれる物を持っていたのって師匠だけだったんだよね。
 で、始めは追い払われたりしたんだけれど、いつの間にか勝手にしろって。
 ずっと付いて行ったら一人で生きられるようにサバイバルとか戦い方を教えてもらったんだよ」

「だったら格闘術になるんじゃないのかい?」

やはり日和が棒術を使う理由にはならない為に美沙斗は思わずそう口にする。
敵対する者同士が向かい合っているはずなのに、何故、こんな話し込んでいるのだろう。
そんな事が胸中に浮かんだりしたが、まあ話を聞いている間も時間稼ぎにはなるかと思い、日和が話すのを待つ。

「だって、師匠おバカさんだから」

「?」

意味が分からずに首を傾げた美沙斗を見て、日和は言葉を整理するように少しだけ考え、ややあって再び語り出す。

「えっと、教えるのは苦手だから鍛錬方法は実戦形式だったんだけれどね。
 師匠、手加減も苦手でボロボロになるか、後は戦場に連れて行かれるってのが鍛錬だって言い放ってたな〜。
 って、そっちはまあ良いか。でね、ボロボロになるのも嫌だし、師匠よりも遠い位置から攻撃すれば良いって思いついたんだよ」

「なるほど、それで」

棒術というにも技術は殆どなく力任せな理由に独学という事かと納得する。
同時に師匠の身柄を確保すれば大人しく投降するかもしれないと考える。
が、そんな素振りは見せず、美沙斗は特に他の話題も思いつかずに口を閉ざす。
対する日和も口を閉ざし、ただぼーっと立つ。
急に沈黙が降りる中、美沙斗はどうしたものかと自身の口下手さに困っているが、日和の方は気にもしていない。
別に話す必要もないのだが、下手に話し掛けてしまった手前、美沙斗は生真面目に話題を探すのだが、何も浮かんではこなかった。





つづく、なの







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