『リリカル恭也&なのはTA』






第54話 「夜明け」






会場から離れる事、数百メートル。
木々により薄暗いはずのそこで、そんな事は関係ないとばかりに動く三つの影があった。
警防隊四番隊のスゥとドグ、そして襲撃者の一人であるハイノの三人である。
当初は均衡していた戦いであったが、それも始めの頃である。
同じような実力者同士がぶつかり合い、数の上では二対一。自ずと時間が経つに連れてハイノは追い込まれて行く。
それでも逃げる手段を常に考え、周囲を見渡す。
そんなハイノに気付いているのか、ドグが常に位置を変えて逃げ道を防ぐ、または困難にして行く。
一方のスゥはそんな事はお構いなく、ただ只管にハイノに向かって攻撃を繰り出していく。
二人がぶつかり合い、攻防が繰り返されて膠着しようとするとドグがすかさず加勢する。
そうして、ハイノは徐々に会場付近へと押されて行き、既に周辺は障害物もない開けた場所へと追いやられる。

「ここらで大人しく投降する気はないか」

ドグの投げた言葉に対し、ハイノは鼻で笑うと徹底抗戦するとばかりに拳を握り持ち上げて構える。
が、その目は抜け目なく逃げ道を探っている。本人も勝つつもりはないようで、逃げの一手を決め込むつもりのようである。
仕方ないと嘆息するドグに対し、スゥは楽しそうに笑うとこちらも拳を上げて構える。
両者が無言のまま睨み合い、先に動いたのはハイノであった。
ゆっくりと拳を開くと、そのまま両手を上に上げたのである。
呆気に取られるスゥとは違い、ドグは事情を分かっているのか、用心しつつもハイノに近付き、武器を隠していないかチェックする。

「どういう事よ」

ドグというよりも、行き成り降参したハイノへと向けて疑問を投げるスゥに対し、ハイノはへらへらとした笑みを見せ、

「いや、流石に遠距離から狙われた状態でお前ら二人も相手に出来ないって」

言われてようやく気付く。
開けた場所に出た上に、会場へと近づけるように誘導するようにドグに言われてその通りにしていた事を。
深く考えてはいなかったが、会場の屋上には狙撃専門の者がいた事を思い出す。
ハイノの眉間にぴったりとレーザーポイントによると思われる赤い点が光っており、それでハイノは降伏したのだろう。
やや煮え切らない思いを抱きつつもスゥも気持ちを切り替えるとハイノを拘束するのはドグに任せて通信を入れるのだった。



既に話題もなく、美沙斗は日和とただ向かい合ったままという可笑しな状況に困り果てていた。
あまりにもやる気を見せない故に攻める気も萎えていたが、このままで居るよりもさっさと倒して合流するべきかと。
勿論、簡単に倒せるとは思ってはいないが。大体の事情は聞きだす事は出来た。
というよりも、殆ど何も知らないと分かったというべきか。
ともあれ、そろそろ日和に付き合う必要もなく、寧ろ恭也と合流すべきか考え始めた美沙斗へと援軍が届くという連絡が来る。
丁度良いと美沙斗が僅かに闘う意志を出すなり、日和も反応するかのように棍を持つ手に力が入る。
やはり鋭いなと思いつつ、美沙斗は念のために投降を呼びかける。

「あー、師匠と帰るから無理」

きっぱりとそう告げられ、美沙斗は仕方ないと小太刀を握りなおし、

「なら、こちらも本気でいかせてもおう」

告げるなり美沙斗の纏う雰囲気が変わる。
その気配を敏感に感じ取りつつ、日和は棍を構えたまま変わらぬ口調で返す。

「さっきまでは本気じゃなかったの?」

「いや、本気だったさ。ただし、捕縛を目的とした上でのね。
 だが、状況が変わった。出来ればあまりしたくはないけれど、恭也や美由希が気になるんでね」

皮肉だなと美沙斗は胸中で自嘲する。
かつて否定した御神としての本質。それをまさか、こういう形で改めて実感する事になろうとは。
勿論、守るためといってソレが容認され難い事は理解しているし、出来れば自身もしたくはない。
だが、必要ならばやるだけだ。その決意と共に美沙斗は小太刀を持った右手を後ろへと大きく引く。
左手は斜め下へと下がった剣先近くへと軽く添えるように。

「これで決める」

小さく呟やかれたその言葉不思議と日和にははっきりと届き、その言葉に威押されるように数歩後退る。
その事に気付き、足に力を込めて美沙斗を見据えれば、静かな眼差しと目が合い、瞬間、全身に衝撃が走る。
電撃が走ったと思うような、鈍痛にも似た痺れのような物を感じ、その始めての感覚に戸惑う。
それでも棍を握る手に力を込め、美沙斗の動きを捉えるべく目を見開き注視する。
美沙斗から発せられる気配が更に濃密なものとなり、それが自分の腕や足、身体に纏わり付いてくる幻想を必死で振り払う。
そんなものは錯覚だと全身に力を張り、美沙斗の繰り出す一撃に備えようとするのだが、いつもよりも手足が重たく感じる。
と、不意に美沙斗が口を開く。

「震えているのか?」

それは素朴な問い掛けに過ぎなかったが、言われて日和は初めて自分の手や足が震えている事に気付いた。
いや、手や足だけではない。全身が細かく振るえ、握った棍にまでそれが伝わり揺れている。
その震えを抑えようと四苦八苦するものの、どうすれば良いのかが分からない。
こんな事は初めてで、何故、自分が振るえているのかさえも分かっていないのだから当然である。
そんな日和を見て、美沙斗は構えを解き、あろう事か得物である小太刀さえも鞘に納める。
が、日和はそんな美沙斗の事さえ見えていないのか、未だに震える身体をどうにかしようともがいている。
そのまま美沙斗は日和の元へと向かおうとして、そこへ援軍が到着した。

「美沙斗、無事かしら?」

「スゥか。無事は無事だよ」

日和へと注意を払いつつも、視線を声がした背後へと向ける。
声から話し掛けてきたのはスゥだと分かっていたが、ドグも一緒のようで二人とも無事だと分かり僅かに頬を弛ませる。
が、その横に見慣れない人物を見つけ、疑問に思うもその拘束された様子から敵だった事は理解する。
一方、拘束された男は美沙斗の向こうにいる日和に気付き、その様子が常とは違う事に気付く。

「日和、無事とはいかないみたいだな」

「……師匠?」

聞きなれた声に日和の注意がようやく他にも向き、師匠、ハイノを捉える。
しかし、ハイノが拘束されている事にまでは気が付かなかったのか、日和は自身の身体の異常を訴える。

「師匠、何か身体が変なんだ」

「……そうか」

大方の事情を察したのか、ハイノは日和に向けて優しい声音で話し掛ける。

「日和、それが恐怖って奴だ。
 お前さんは今まで圧倒的なパワーと感性だけで戦う、基本、相手を一瞬で倒してきたからな。
 それに命のやり取りなんかは殆どしてきてない。
 しかも、お前さんの相手は相当数の修羅場を潜り抜けてきたであろう本物の剣士だ。
 そこに加えて、相手の気を読む事に長けているお前の能力も合わさって、
 研ぎ澄まされ練られた殺気なんてもんを初めて浴びたもんだから、身体が萎縮しちまったんだな」

こんな事ならもっと実戦を経験させておくべきだったかもしれんとぼやきながら、ハイノは落ち着かせるように話し掛ける。
数分ほど経過しただろうか。
ようやく日和の震えも治まり、顔色も戻り出してきた。
と、そこで今更ながらに日和にも状況を把握する余裕が出来たのか、

「師匠、何やってんの?」

と、ドグに拘束されているハイノに姿を認識する。
それにハイノは苦笑しつつ、

「今更過ぎるさろう。まあ、あれだ、一言で言えばどじったわ」

ハイノがそう口にした瞬間、美沙斗は小太刀を抜き、日和へと視線を転じる。
正に目の前、後数歩の距離、日和にとっては絶好の間合いともいえる位置で棍を振り被る日和の姿があった。
が、美沙斗の視線が向くなり、振り被った姿勢のまま動きが止まる。

「あ、うぁぁ。…………あぁぁー!」

まるで泣く直前のように力なく声を震わせて後、それを吹き飛ばすかのように声を荒げる。
しかし、身体は本人の意図に反して全く反応せず動こうともしない。
それ所か美沙斗と目が合うと小さく震えだす始末。
それでも何とか声を振り絞り、美沙斗に向けて言葉を放つ。

「し、師匠を返せ……」

弱々しくもはっきりとそう口にし、棍をようやく振り下ろす。
しかし、そこに先程までの豪快さも速さもなく、容易く小太刀でいなされる。
上体を泳がせつつも、棍を横に振るうもこれまた簡単に弾かれる。
精彩さの全く無い、ただ棍を振っているとも言えない程に弱々しい攻撃を繰り出しながらも、

「師匠、早く」

拘束を振り解き逃げろという意味を込めてハイノへと言葉を投げる。
それに対し、ハイノは肩を竦めて首を横に振る。

「もう良いんだよ、日和」

「……どうして?」

完全に相手に飲まれてもなお、逃がそうとしてくれる日和を落ち着かせるべく優しく告げ、
分からないと首を振る日和に、ハイノは小さく笑って普段通りの声音で続ける。

「まあ、そろそろ引退するのも悪くないかなってな。
 そんな訳だからお前も落ち着け。俺の事なら大丈夫だから。
 お前に難しい事を言っても分からんだろうが、色々と情報を与える代わりに色々と便宜を図ってもらうんでな」

その声を聞き、再び落ち着きを取り戻したのか、日和は力なく棍を下ろし、不安そうな眼差しをハイノに向ける。

「……うー、師匠はどうなるの?」

「まあ、暫くは不自由の身になるだろうが、それだけだから安心しろ。
 寧ろ、お前はのんびりできるかもしれんぞ」

「あー、だったら良いかー」

ハイノの言葉に何処まで理解しているのか分からないが、先程までの不安気な様子は既になく日和は眠そうに目を細める。
急に落ち着き、戦う前のようになった日和に驚きつつも美沙斗は事情を求めるようにドグへと視線を向ける。

「ちょっとした取引だ。こいつ自身は雇われた者で詳しい事は知らないが、それでも幾つかの拠点や幹部の情報を持っている。
 それを対価に自身とその子の身柄に関して温情を言ってきたんでな。
 これに関しては上の判断待ちだが、まあそんなに悪くはならないだろう」

少なくとも目の前の日和に関しては殆ど何も知らないみたいだし、考え方がある意味幼い。
師匠であるハイノに言われるがままという事も考慮すれば、かなり軽くなるだろう。
が、逆に日和一人で生活出来るかと言われれば難しいかもしれない。
その辺りに関して、ハイノと色々と話し合ったらしい。
結果、ハイノと日和の身柄は警防隊預かりとする事で警備側とも話が付いたらしい。
そこまで聞き、美沙斗はそうかと頷くと日和の得物を取り上げようと近付き、

「あっ」

びっくりしたように日和が棍を自ら手放して距離を開ける。
そこには警戒や敵対の意志はなく、恐怖から自然と出た行為である事を窺わせる様な日和の目があった。
敵対していた上に最後は殺す気で殺気を放った以上は仕方ないのかもしれないが、
娘と近い年の女の子にこういう態度を取られた事で美沙斗は困った様な顔を見せる。
本来なら気にせず、放っておいても良いのだが、元来より根は優しい美沙斗である。
外見以上に幼い言動もあってか、美沙斗はゆっくりと日和に近付き、また怖がって逃げるよりも早く日和を抱き寄せる。
右手で頭を押さえ、胸元に抱き寄せると、左手でその背中を優しく擦ってやる。

「怖がらせてしまってごめんなさい
 でも大丈夫、もう大丈夫だから」

「……あっ」

美沙斗の優しい声と頭や背中を撫でる手に始めは身体を強張らせていた日和だったが、徐々にその力が抜けていく。
やがて、数分も経つ頃にはおずおずと自身から甘えるように美沙斗に抱き付く。
それでもまだ不安そうに見上げてくる日和に美沙斗は優しい笑みを返してやる。
それを見て更に安堵したのか、日和は目を細め母親に甘える赤ん坊のように美沙斗の腕の中で眠りに着く。

「はー、大したもんだな。
 日和は確かに人懐こい方だが、あそこまで安眠するのはよっぽど信頼した相手じゃないとないんだが」

「恐怖を与えた後に優しくすることで刷り込みに似た錯覚を相手に抱かせたか」

「それによって迫り来る死の恐怖じゃなく、ただ自分が悪い事をしたから怒られたと思わせたと」

男二人の無粋なコメントに対し、スゥはそんな二人の頭を叩く。

「そんな訳ないでしょう。ったく、これだから男ってのは。
 単に美沙斗が母親だって事よ」

そう言って目の前の光景を優しく見つめるスゥを眺めながら、そのスゥに見つからないようにドグは笑みを漏らす。
が、口から出すのは不満そうな声である。

「冗談に決まっているだろう。さっきの行動は打算なんて考えていない事など分かっている」

「そうそう。既に分かっていると思うけれど、あいつは捨て子だったのを俺が拾って育てたからな。
 母親ってもんを知らないが、それでも何か感じる所があったんだろうさ」

二人の言葉に疑わしげな視線を向けつつ、スゥはハイノの拘束をドグと変わり、日和の拘束をドグに任せる。
眠ってしまった日和をドグに任せ、戻って来た美沙斗にスゥがからかうような笑みを貼り付け、

「なかなかお母さんらしいじゃない美沙斗」

ような、ではなくからかう気満々で美沙斗に声を掛けるのだが、美沙斗は一瞬照れた顔を見せるも自嘲気味に返す。

「自分の娘にはしてやれなかったけれどね。
 それに今のは義姉さんの真似を少ししただけだよ」

「だとしても、あの子は本質まで読み取るって感じよ。
 そんな子があんな笑みを見せて身を委ねる様に寝入ったって事は、それはやっぱり美沙斗の本質もそうだって事よ」

「だろうな。上辺だけの言葉なら、あいつは見抜いて未だに怯えたままだろうさ」

スゥとハイノの言葉にそうかいとだけ返しつつも、その顔には微笑が浮かぶ。
幸い、それは二人には気付かれる事はなかったが、声までは隠せていなかった。
そこへ日和を抱えたドグがやって来て、

「とりあえず、お前たちには暫く部屋で大人しくしてもらうからな」

「へいへい。今更、ジタバタしないっての」

こうして、二人の襲撃者はその身柄を拘束される形で決着がつく。
ドグとスゥが二人の見張りに取られるが、自由となった美沙斗は美由希と合流してまだ中にいる者たちの迎撃に向かうのだった。



地下駐車場へと辿り着いたファンは予め用意してある車の元へと進んでいた足を不意に止める。
腕を引かれる形で連れられているフィアッセの足も自然と止まる事となり、下を向いていたその視線が前方へと向かう。
そこにあるものを見て、ファンは表面上は笑みを形作りながらも忌々しそうな視線を投げ付け、
対するフィアッセは心底嬉しそうな、そして安堵の混じった笑みを浮かべる。
二人の視線の先、そこには行く手を阻むように恭也とエリスの二人が待ち構えていた。
一刀を右手に握り自然に下ろした形で立つ恭也の一歩後ろで銃を構えたエリスの姿が。

「よく先回りできたな」

感心し、まだこちらの方に余裕があるとばかりにゆったりとした口調で声を掛けるファンであったが、
先程の視線が示すように、その内心は後少しの所で水を差されたようであまり気分はよくなかった。
それでもここで捕まるとは思っておらず、余裕があるというのはのは確かであるが。
対する恭也はその言葉に応えるように、こちらもゆっくりと返す。

「なに、少々近道を使わせてもらっただけだ」

「……近道、ね」

恭也の言葉にファンではなく、後ろに位置するエリスがぽつりと恭也にだけ聞こえるような声で呟く。

「確かに地上まで一直線っていうのはこれ以上ない近道とも言えるわね。
 命綱が頼りない糸じゃなかったらだけれど」

思い出し語るエリスの言葉通り、二人が通ってきた道は道とさえ言えない場所であった。
早い話が窓から丈夫な鋼糸を束ねて一つにまとめて、後は飛び降ただけ。
その上で地下駐車場へと続く通路を走ったという単純なものであった。
皮肉にも聞こえるエリスのそれを恭也は聞き流し、ファンに向けて小太刀の切っ先を向けて続ける。

「フィアッセを返してもらおうか」

「素直に引き渡すとでも?」

ファンは僅かに腰を落とし、フィアッセの腕を強く握り締め、逆の手で得物であるトンファーを構える。
先に動いたのは恭也である。通常ならフィアッセが人質となっている状況であまり取るような行動ではない。
が、ファンの目的がフィアッセその人である事が判明している今、危害が加えられる事はないという判断からだ。
状況が変われば、それも絶対とは言えないが、まだ自分の方が有利だと思っている今なら。
恭也が走り出すのを援護するようにエリスも銃をファンへと向けるも、こちらは流石に撃つわけにはいかない。
剣と違い、銃は撃ってしまえば止める事が出来ないのだから。
ファンもそれが分かっているのか、エリスの方にフィアッセを盾の様に差し出し、自らは迫る恭也へとトンファーを振るう。
金属がぶつかり合う鈍い音が響き、それが二つ三つと続く。
フィアッセに当てない為にも一刀で逆側からの斬撃がどうしても主となる。
故にファンも片手で恭也の斬撃をある程度予測できる事もあり防ぐ事が出来る。
警戒すべきエリスは銃口を向けてくるだけで撃つ気配も向かってくる気配もない。
下手に接近戦でも挑もうものなら恭也の邪魔になるという判断からだろう。
そこまで考え、ファンは目の前の恭也へと集中する。
まずは恭也を撃退、続け様にエリスを制して逃走する。
自身の中で考えを纏めて実行に移すべく防御から攻撃へと転じる。
恭也の斬撃を弾き、すぐさま恭也の身体目掛けてトンファーを突き出す。
それを身を捩り躱すと、今度は恭也の小太刀が翻る。
思った以上に恭也の動きが素早い事と、何よりも自身の動きが制限される事に知らず苦虫を潰し様な顔になる。
大事な報酬であるフィアッセであるが、今はその身が明らかにファンの動きを阻害していた。
フィアッセ自身が仮にファンに逆らう事をしなかったとしても、恭也を相手にするような動きに付いて来れるはずもなく。
結果としてフィアッセの身柄を確保している半身は殆ど思うように動かす事が出来ない。
とは言え、解放するのはそれこそ本末転倒である。
動きを阻害されながらも、ファンはフィアッセの腕を決して離さず、恭也へと攻撃を仕掛けていく。
そんな攻防を何度も続ける内に、ファンは僅かな違和感を覚える。
特に何がという訳ではなく、本当に些細な違和感でそれが何か分からないままに恭也の斬撃を受け止め、手首を返して叩き付ける。
それをまたしても躱され、ファンは気付く。
いつからか分からないが、先ほどから同じような攻防が繰り返されており、機械的に受け止めて反撃するようになっていたと。
ファンがその事に気付くと同時、恭也がまたしても斬撃を放ち、ファンはこれを受け止める。
そして、今までと同じように反撃しようとして、恭也の斬撃が今までよりも軽いと感じ取り、何かの罠かと訝しむよりも早く、
恭也の小太刀を握っていない手が始めて大きな動きを見せる。
気付いた時には遅く、恭也の腕から放たれた鋼糸はファンの腕を絡め取り、恭也はフィアッセへと腕を伸ばす。
フィアッセも恭也の腕を掴もうと腕を伸ばすが、僅かに早くファンがフィアッセを恭也から遠ざけるように引っ張る。
残念だったなと言わんばかりに恭也へと嘲笑を向けるも、不意に感じた腕を引っ張られるような感覚。
同時に恭也も不適な笑みを見せる。
フィアッセへと振り向けば、いつの間にか走りこんでいたエリスがフィアッセの腕をしっかりと握り締め引っ張っていた。
完全にエリスの事を警戒するのを忘れていた。いや、ともすれば、その存在すらも気にしていなかった。
自らの失態を嘆く間もなく、ファンは奪われまいと手に力を込めようとして、そこに恭也の斬撃が襲い掛かる。
トンファーで防がれるなり、残る一刀を抜刀しニ刀でここだとばかりに苛烈に攻め込む。
流石のファンも片手で、しかもフィアッセを奪い合いながらでは捌ききれず、掴んだ手の力が弱まる。
その瞬間を見逃さずにエリスは渾身の力でフィアッセを引き寄せ、ファンの手から取り戻す。

「ちっ」

短く舌打ちを一つ漏らし、ファンは更に苛烈さを増した恭也の斬撃を空いた手で得物を取り出し受け止める。
休む間もなく攻守を入れ替えて打ち合う二人を見ながら、エリスはフィアッセを連れて少し離れる。
どうやらこの駐車場には他に人は居ないらしく、エリスは小声でフィアッセにここから動かないように告げると物陰から飛び出す。
ファンに銃口を向けて引き金を引く。それをトンファーで弾くも、恭也の斬撃に対処が送れ、地を蹴り後ろへと下がる。
それでも、二の腕から血が舞い、深くはないが軽い傷が付く。

「親子揃って忌々しい」

吐き捨てるように呟きながら、ファンは挑発するようにエリスに語ったのと同じ事を口にする。
が、二度目となるエリスは悔しげに顔を歪めるものの冷静に対処し、不安そうに恭也を見遣る。
対する恭也には特に変化はなかった。実際の所、細かい部分は兎も角、大まかな事は既に伝え聞き知っている。
故にファンに対する怒りがないとは言わないが、この場で怒りに我を忘れるという事はなかった。
そんな反応を見て、ファンは面白くないとばかりに話を打ち切り、どうやって逃げ出すかを考える。
依頼の成否は別として、フィアッセを連れてこの場から逃げる事が出来れば自分にとっては最良な結果なのだ。
故にファンは懐へと手を伸ばし、もったいぶるようにゆっくりとソレを手にして引き抜く。

「これが何のスイッチだか分かるか」

隙あらば攻撃しようとしていた二人がその言葉とファンが取り出した物を前にして動きを止める。
油断なくファンの動向を見ながら、手にした二十センチにも見たない細長い棒状の物を見る。
ファンの言うようにその頂上部と思われる箇所にはそこだけ赤くなった親指の爪程度の半球状のボタンが付いてある。
この場で出す以上、意味のない物ではないだろうと推測し、すぐに目の前の男の別名を思い出す。
クレイジー・ボマー。つまりそれの意味するところは。

「爆弾か」

恭也の呟きにファンは正解とばかりに口元を歪め愉悦に浸るように声を押し殺して笑う。

「さて、理解した所でお姫様を返してもらおうか」

「恭也、どうする」

ファンの言葉に小声でエリスが問い掛けるも、恭也は無言でファンの手にあるスイッチを見る。
その様子を見て自らの優位を悟ったのか、ファンの態度にも余裕が見て取れる。
無言のまま答えずに居る恭也へとファンがもう一度フィアッセの身柄を求めると同時に、スイッチに触る指に力を込める。

「早くしてくれ。あまりに遅いと思わず押してしまうかもしれないぞ」

急かすファンに対し、恭也はエリスをじっと見詰め、エリスは小さく頷く。
それを見て、恭也はファンへと返答する。

「それがハッタリという可能性は?」

「なら、試してみるか?」

恭也の言葉にスイッチを軽く振って見せるファンに小さく嘆息し、続けて疑問を口にする。

「この会場は結構、広いが爆弾一つでどうにかなるものなのか」

「成る程、古めかしい得物を使うだけあって、最近の武器には疎いらしいな。
 一つ一つに起爆スイッチがいる訳じゃないんでね。これ一つで全て爆発するよ。
 しかし、こんな事ならはったりでない証明の為に、一つぐらいは別に起爆スイッチを用意するべきだったか」

「ご高説どうも。だが、それでもかなり広いというのは事実だぞ。
 会場全てを吹き飛ばそうと思えば、それこそ十を超える数が必要なはずだが、コンサート開始前には何も見つかっていない」

はったりではという理由を述べる恭也に対し、ファンは時間稼ぎかと呟くと、

「残念だが、間違いなく仕掛けてあるよ。コンサート開始とほぼ同時にな。
 それは行き成り会場内に現れた奴らを見れば、不思議でもないだろう」

「だが、それでも何十個も仕掛けれるものではない」

「確かにそうかもしれんな。だが、この会場ならそんなに数はいらない。
 この建物全てではなく、要はコンサート会場を吹き飛ばせれば良い訳だからな。
 精々、八つもあれば充分だ。さて、これなら充分仕掛けられると思わないか?
 今まで、急に発見された襲撃者の数を思い出してみろ。
 さて、これ以上付き合うつもりはない。
 最後通告だ。フィアッセ・クリステラの身柄をよこせ」

ファンはお終いだとばかりに起爆スイッチを眼前に持ち上げ、フィアッセを要求する。
対する恭也は暫し目を閉じ、ゆっくりと開ける。

「答えはノーだ。俺たちはフィアッセを守る事を何よりも優先する」

「そうか。はったりではないと知れ」

はったりだと判断したと思ったファンは躊躇いもなくスイッチを押そうとする。

「残念だが爆弾は全て解除したと連絡があった」

「なに?」

ファンが押すよりも早く、恭也の言葉が投げられファンが動きを止める。
が、それこそはったりだと判断するのだが、恭也は仕掛けた場所を口にする。

「馬鹿な。仮に見つけたとしてもそう簡単に解除できるはずがない」

「普通ならそうなのかもしれないな。だが、今回解除に当たっている者たちはある人が徹底して指導した者たちだ。
 勿論、その人も参加しているからな」

ファンの言葉に今度はエリスがそう返す。鋭い眼差しでファンを睨みつけながら、戸惑うファンに向けて続ける。

「昔、お前が起こした事件で護衛対象こそ無事だったものの、何人もの人が悲しい目にあったんだ。
 その中には私は勿論、父の親友だった人も居た。その人はずっと父を支えてくれた人で、今も私を助けてくれている。
 だからこそ、あの爆弾テロがあってから、その人はずっとお前の関わった事件や爆弾を調べていたんだ。
 結果として、お前の爆弾の癖を知り尽くしている。あの人に掛かれば、解除だってそう難しくはない」

「正直、時間稼ぎに付き合ってくれて助かった。ギリギリで最後の爆弾も解除できたからな」

エリスに続き恭也がそう口にするも、ファンはやはり笑みを浮かべる。

「成る程な。さっきの会話は時間稼ぎと数を確認する為でもあった訳か。
 だが、残念だったな。本当は八ではなく十だ。万が一を考えて予備を用意していてね」

言ってファンはスイッチを今度こそ押し、その際に生じる振動で怯んだ隙を付くべく自身は身構える。
しかし、いつまで経っても爆発による振動は来ない。

「何故だ! 何故、爆発しない!」

「さっき、爆弾は全部解除したと言っただろう」

「それに、あの事件で悲しんだ人は何人もと言っただろう。
 お前の事に関して、私に内緒で色々な事をそれぞれ調べていたんだよ。あの時からうちに居る古株の人たちがな」

「くそ!」

ファンは起爆スイッチを地面に叩き付けると、トンファーを取り出す。
それを前に恭也とエリスもそれぞれ得物を手にする。

「そこを退け!」

真っ直ぐに向かってくるファンに対し、エリスが銃口を向け、恭也は鞘に収めた小太刀を腰に添えて抜刀の構えを取る。

「御神不破流と――」

「マクガーレンセキュリティを――」

エリスの二丁の銃から弾丸が放たれ、ファンの足を穿つ。
前のめりに倒れそうになりつつも踏み出そうとするファンへと恭也が距離を詰め、小太刀を一閃する。
意識を失い地面へと倒れたファンへと二人声を揃え、

「「見縊た事が失敗だったな」」

そう言い放つとエリスは無線で連絡を入れ、恭也はファンを手足を縛り上げる。
それらの作業を終えた後、二人は互いに笑みを見せ合う。

「終わったな、恭也」

「ああ。お疲れ、エリス」

「恭也もな」

互いに労う二人へと、駆け寄ったフィアッセが抱き付く。

「二人とも無事で良かったよ。ありがとうね、恭也、エリス」

フィアッセからのほっぺへの祝福を受け入れつつ、恭也とエリスはフィアッセの無事を心から祝う。
が、まだフィアッセのやるべき事はここで終わりではない。

「フィアッセ、会場に戻ろう」

「うん」

「私たちもまだ何があるか分からないから気を引き締めないとな」

恭也の言葉にフィアッセが頷き、エリスの言葉に恭也が頷く。
やって来た者にファンの身柄は任せ、恭也とエリスの二人でフィアッセを連れて行く。
その間、残っていた襲撃者は美由希や美沙斗、他の警備の者たちで全て一掃しており、一連の事件はこれで幕を閉じる。
フィアッセも無事に間に合い、舞台も成功を収め、観客の誰もが知らない間に全ては終わりを告げたのだった。





つづく、なの







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