『リリカル恭也&なのはTA』






第55話 「クロノの忙しい一日」






時空管理局と呼ばれる組織がある。
多数に存在する世界を管理し、その設立からは六十五年ほどの組織である。
その組織の役職の一つに執務官というものがある。
主な仕事としては事件捜査や各種の調査などを取り仕切る役職であり、
所属部隊においては事件のみならず、法務案件の統括担当をも担う事ができる。
それらの権限が与えられるからこそ、法務だけでなく多様な知識や技術が問われ、それ故にその認定試験の難易度はかなり高い。
また執務官と一言に言ってもその仕事は各人において多岐に渡る。
内勤を主として法務関係を全般に担当したり、追跡や捜査、または起こった事件を専任して指揮したりなどである。
またそれらの行動において、単独や部下数人で活動する者や何十人もの捜査官を指揮したりなどその形も様々であったりもする。
だが、総じて法務関係の処理を行える資格を有するが為に、その存在は重宝される。
そんな執務官の一人であるクロノは、最近、担当していたフェイトの裁判もようやく終わり、ほっと一息という訳にはいかなかった。
次元航行部隊に所属する旗艦アースラから降りても、代わりの仕事があるのだ。
人手が足りないという事もあるが、前述したように執務官は重宝されるのだ。
先日起きたPT事件と名付けられた事件の裁判でフェイトの擁護を行っている間も、合間に他の仕事をこなすなどしてきた。
だが、その裁判も終わりを見せた事で、クロノの元へと幾つかの仕事が周って来たのである。
大抵はデスクワークを中心とした内勤業務であったが、それでも多忙の日々を送っている。
今も管理局本局の通路を足早に進んでいる姿が見られた。

「あ、クロノくん、やっほー」

魔導士ランクAAA+クラスに加え、若干十四歳で執務官を努め、実戦経験もそれなりに積んでいるクロノに対し、
ここまで気安く砕けた調子で声を掛ける事が出来る者は実の所、少数であったりする。
その少数に含まれるエイミィ・リミエッタはそこそこ大声で呼ばれた事で眉間に皺を寄せ、
それでもこちらにやって来るクロノに軽く手を上げて振る。

「エイミィ、人の名前を大声で呼ばないでくれないか」

「良いじゃない、私とクロノくんの仲なんだし」

「確かに君との腐れ縁も長いけれど、それとこれとは別だ。
 それなりに人の居る所で大声で呼ばれる恥ずかしさが分からないか?」

「なら、今度はクロノくんが私の事を呼んでみる?」

「……はぁ、遠慮しておく」

思わず空いていた左手で眉間を押さえてしまうクロノにエイミィは不思議そうに首を傾げる。
それを見て何か言おうとするも口を閉ざし、小さく頭を振るとさっさと本題に入れと促す。
下手に反論するよりもさっさと用事を済ませて仕事に戻った方が早いと感じたからなのだが、肝心のエイミィはまたしても首を傾げる。

「本題って?」

「……まさかとは思うが、何も用がないのに呼んだのか?」

「あ、あははは。知り合いを見かけたから挨拶でもと思っただけだよ」

ジト目で見詰めてくるクロノに乾いた笑みを浮かべつつ、エイミィはそう返すと何か急ぎの用でもあったのかと聞き返す。
対するクロノは心底呆れたと言わんばかりに盛大な溜め息をこれみよがしに一つ吐き出し、気持ちを入れ替えると、

「書類の関係上、幾つか艦長の承認が必要な物があってね。
 それで艦長を探しているんだよ。エイミィは見なかったか?」

「艦長を? 今日は見ていないけれど……」

「っと、すまない、通信だ」

エイミィの言葉の途中だが、ピピと鳴った電子音に断りを入れてすぐさま通信を繋げる。
どうやら通信してきたのは書類仕事を割り振ってきた人物らしく、現在の状況を説明すると、

「それは後に回しても良いわ。ちょっと他部署から応援要請が入ったのよ。
 悪いんだけれど、そちらを優先してもらえないかしら」

「了解しました」

そう継げて場所などの確認を行った後、通信を切る。

「話の途中で悪いけれど、任務が入ったのでこれで失礼するよ」

艦長を見ていない事は聞けたのでそう告げるとクロノは走り去る。
その背中に慌ててまだ話し足りないのかエイミィが言葉を投げるも、

「それは良いけれど、艦長は……」

「ああ、見かけたら僕が探していたと伝えてくれ。
 それじゃあ、またなエイミィ」

さっさと用件だけを告げて行く。
その背中を見送り、エイミィはまあ良いかと肩を竦めるのだった。



エイミィと話してから数時間後、無事に応援任務を終えたクロノは再び本局へと戻って来ていた。
少し昼を過ぎており、腹を擦りながら昼食をどうするかと考える。
そこへ再び通信音が鳴り響く。

「ロウラン提督、どうかしましたか?」

「戻って来た所悪いんだけれど、さっきの任務の報告書を急いであげて欲しいのよ。
 どうも、別件で動いてた所の事件と関連がありそうでね」

「分かりました」

その言葉にすぐに返事を返し、クロノは食堂へと向かっていた足を自分の執務室へと変える。
通信を切りながら、自分の机にまだ携帯食が残っていた事を思い出しながら、報告書の草案を頭の中で考えて歩く。
執務室に入るとすぐに報告書に取り掛かるためにコンピュータを起動させ、その合間に引き出しから携帯食を取り出す。
食べながら作業を続け、後少しというところで三度目となる通信音が響く。
今度はロウランからではないようで、クロノは作業の手を一旦止めて通信を開く。

「何かあったのか、フェイト」

「あ、そうじゃないんだけれど、今、大丈夫?」

「ああ、少しなら問題ないよ」

滅多に掛かってこない相手にして、遠慮しがちなフェイトに考慮して作業を止めて答える。
その返答に安堵したのが通信越しにも分かり、クロノは相変わらずかと思うも、出会ってからまだ数ヶ月程度だと思い直す。
それぐらいですぐに変わる訳もないかと思いながら、フェイトに用件を促す。

「あの、また鍛錬の相手をして欲しいんだけれど……」

かなり遠慮がちに尋ねてくるフェイトに対し、クロノは暫く無言で自分の予定を確認する。
時空管理局嘱託資格試験も無事に合格し、裁判でも保護観察となった為に今のフェイトはかなり自由が利く。
とは言え、もともと遠慮がちな部分や幼少期に他人との触れ合いをしていない為か、交友関係が広まったとは聞かない。
自然と鍛錬する相手もアルフやクロノといった相手に限られてくるのだ。
予定を確認して何とかなると判断したクロノが口を開くよりも先に、フェイトの方から再び話し掛けてくる。

「ごめん、忙しかったらアルフも居るから大丈夫だよ」

「いや、今予定を確認したけれど、一時間後なら問題ないよ。
 一時間程で良ければ相手をさせてもらうよ。フェイトとの鍛錬は僕にとっても良い鍛錬になるからね」

「ありがとう。じゃあ、一時間後に訓練室で」

「ああ、分かった。使用許可は僕の方で取っておくから、詳細は後で送るよ」

もう一度礼を言ってくるフェイトに軽く言葉を投げ、クロノは報告書に戻る前に手続きを済ませるのだった。



「うぅ、また負けた」

「はぁー、はぁ、魔力の保有量は兎も角、経験や魔力制御ではまだまだ負けないからね。
 易々と勝たせる訳にはいかない。とは言え、また早くなったな」

「本当?」

「ああ。僕ももう少し鍛錬する時間を増やすか」

互いに息を乱しつつも地面に腰を下ろし、先程までの模擬戦を思い返す。
その中で気付いた事をフェイトに伝え、逆にフェイトがどう考えていたのかを聞いて自身の改善点も探る。
そうこうしている内にすっかり呼吸も整い、クロノは立ち上がる。
それを見て立ち上がろうとするフェイトを手で制し、

「一応、ここの使用時間はまだ一時間程あるから慌てなくても良い。
 僕はこの後、少し用事があるからこれで失礼させてもらうよ」

「忙しいのに付き合ってくれてありがとう」

「気にしなくても良いさ。僕の方も色々と勉強になったしね。
 それじゃあ、お先に」

そう告げてクロノは先に部屋から出る。
一時間とは言え全力で戦闘した事もあり、先に汗を流すかと考えてシャワールームを目指す。
歩きながら、艦長であるリンディの行きそうな場所を頭に描く。
そう言えば、まだ艦を泊めてあるドックを見てなかったかと思い出し、汗を流したらそちらを見てこようと決める。
手早くシャワーで汗を流し、着替えを済ませて先程考えたドックへと足を伸ばすものの、そこにリンディの姿はなかった。
整備している何人かに声を掛けてみるも、今日は一度も見ていないという答えが返って来る。

「執務室にもまだ戻ってなかったみたいだし。全く何処を歩き回っているんだか。
 仕事はちゃんとしているんだろうな」

思わず愚痴を零しながらクロノは休憩しているかもと食堂へと顔を出す。
が、やはりここでもリンディの姿はなかった。
後に回しても良いと言われはしたものの、それでも早めに承認を貰うに越した事はない。
さて、どうしたものかと他に行きそうな場所をピックアップし、

「はぁ、またか」

今日、何度目かの通信音に思わずそう零して通信を開く。

「申し訳ないけれど、また応援要請なの」

「分かりました」

「何度もごめんね。何故か、今日はあちこちで立て込んでて、人手が見つからないのよ。
 でも、今回は後方で控えておく任務だから、上手くいけば出撃はないわ」

それでも現場まで行かないといけないのは変らないが、クロノは何も言わずに了解とだけ返すと伝えられた場所へと向かうのだった。



「…………」

日も完全に落ちた夜。賑やかな繁華街などから離れた比較的静かな道をクロノは一人歩いていた。
その背中からは疲労を感じ取る事が出来た。
事実、クロノはかなり疲れていた。
あの後、出撃はせずに済んだが帰還途中で事件に遭遇し、そのまま捕り物へと発展してしまったのだ。
現行犯故にすぐさま行動できたのは良いのだが、その部隊は先程任務を行ったばかり。
自然と動くのは控えとして後方に居たクロノを含む数人となったのは仕方ないだろう。
それを無事に治めて戻ってくれば、今度は書類の山がクロノを待っていた。
ロウランが言っていたように、何故か事件が立て続けて起こり、それらに関する法務処理が纏めて上がってきたらしい。
当然、そちらを専門としている執務官もさぼっている訳ではなく、タイミングの問題であった。
間の悪い事に、他部署などの優先度が低く後に回していた書類がここに来て上がってきたのだ。
急ぎの分だけでも相当の量に登るらしく、現在、本局に詰めている執務官総掛かりで処理に当たっているとなれば、
クロノも文句を言わずに書類を減らす事に専念する。
こうして書類を捌ききり、ようやく朝から後回しにしていた書類を手に再度、本局内をリンディを探して歩く。
結果として、リンディを見つける事は出来ず、それどころか途中で会った知り合いの手伝いをしたりと時間だけは過ぎて行った。
書類を持ち帰る事もできず、幸い明日の朝でも問題ない物だったので仕方なくこうして帰宅の途へと着いたのである。
別段、問題はないのだがクロノとしては今日中に終わらせるつもりだった物が残っており、何となく落ち着かない気分であった。
とは言え、身体は正直で疲れたと先程から自分へと訴えてくる。
重い足を動かし、ようやく自分の家へと辿り着く。

「ただいま」

「おかえりなさい、クロノ。遅かったわね」

散々、探しても見つからなかった人物が目の前で微笑んで出迎えてくれる。
勿論、母なのだから自宅に帰れば居て当たり前なのだが、何となくやるせなさを感じつつもう一度ただいまと告げて入る。
リビングへと向かうクロノの後ろに続きながら、リンディは楽しそうに今日あった事を話してくる。

「それでね、久しぶりだからちょっと時間の掛かる料理に挑戦したのよ。
 なのに、中々帰ってこないし。ちょっとクロノ、聞いているの?」

「……ああ、聞いているよ。つまり、母さんは今日は休暇で朝から家事をしたりテレビを見たりして過ごしていたんだろう」

「そうだけれど、そうじゃなくて料理の話よ。折角張り切って作ったんだから、早く食べましょう。
 って、クロノ、本当にどうしたの。今にも倒れそうな顔をして」

「いや、なに。その事を知らなかった自分に腹を立てるべきか、
 責任者という立場にありながら、それを伝えなかった母さんに腹を立てるべきかを悩んでいたんだ」

「何を言ってるのよ。行き成り休暇なんて取れる訳ないでしょう。
 この休暇は結構、前から決まっていたし、ちゃんと皆には連絡していたわよ」

リンディの言葉にクロノは思い出すように目を閉じるが、やはり聞いた記憶はない。
と、そこへクロノにエイミィから連絡が入る。

「なんだい、エイミィ。出来れば後にしてくれるとありがたいんだが」

「うーん、私としては後でも良いんだけれどね。
 まだ局に居るかもしれないと思ってこうして連絡したんだけれど」

エイミィの言葉にクロノは自宅だと返すと、エイミィはほっとしたように言う。

「そっか、なら良かった。誰かから艦長が今日はお休みだって聞いたんだね」

「……ちょっと待てエイミィ。君は今日、母さ……艦長が休みだって知っていたのか?」

「そりゃあ、事前に言われてたからね。クロノくんも誰かに教えられたんじゃないの?」

「僕はたった今、本人の口から聞いて知ったばかりだよ」

「あー、それはそれは」

どういう事だと知らず声が低いものへと変わっていくのだが、エイミィは気にもしていないのか、変わらず軽い口調で続ける。

「艦長がその連絡を伝えた時にクロノくんは丁度、席を外していたからね。
 かと言って書類にするような事でもないんで、私が伝言を承ったんだよ」

「それで、どうして僕に伝えなかったんだ?」

「いや、伝言を任された後に気付いたんだけれどね、普通に考えて親子なんだから家でそんな話するでしょう。
 まあ、実際今日会ってみたら知らないみたいだから、慌てて教えようとしたのにクロノくんったら聞く前に行っちゃうし」

あー、あの時かとエイミィが何か言い掛けていたのを思い出す。
そんな二人のやり取りを横で見ていたリンディはただ苦笑を浮かべるだけである。
リンディへとクロノが非難めいた視線を向けるも、リンディはただ笑って誤魔化す。
リンディからすれば既に伝えたはずの事だし、その日の内にエイミィからクロノに伝わったと思っていたのだろう。
だから、敢えて家でその事を話題にする事もなかったのだから。
まあ、それは仕方ないと思いつつも、エイミィには艦長を探していると言ったんだから、後からでも伝えてくれれば良いだろうに。
そう思わずそう零したクロノに、やはりエイミィは明るく忘れていたと告げてくる。
最早、言葉も出ないクロノへとエイミィは流石に申し訳なく思ったのか、少しばかり口調を改める。

「いや、本当にごめんね。お詫びに今度お昼奢るからさ」

エイミィの言葉に大きな、今日一番大きな溜め息を吐き出し、クロノは今日一日の苦労を思い返す。
そんな事はないのだが、リンディを探した時間がなければ、ここまで疲れなかったような気がしてならなず、脱力するクロノだった。





つづく、なの







ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ


▲Home          ▲戻る