『魔法の薬?』






薄暗い部屋の中、日も射し込まない一室で、唯一の光源といえば、己が手に持つ懐中電灯のほのかな明りのみ。
そんな視界も悪い中、その人物は目の前の部屋のあちこちに作られた棚を順番に見て行く。
察するに、倉庫といった所だろうか。
棚には、壷や掛け軸といったものから、一見して何に使うのか分からないようなものまで、古今東西を問わずに鎮座している。
その人物は、それらの物には一切、目を奪われずに素通りして行く。
という事は、目当ての品があるという事で、電気があるにも拘らず、ソレを点けないという事は、
ここにあるものが、その人物の所有物ではないという事だろう。
しかし、件の人物は、そんな事を意にも返さず、棚を除いては目当てのものを探して行く。
やがて、その人物はある場所で足を止め、注意深く懐中電灯の明りを向ける。
ぼんやりと照らされた横顔に笑みを浮かべると、そっとソレへと手を伸ばす。

「ふっふっふ。やっと見つけたわよ〜」

間違いがないか確かめるように、手にしたソレを何度か向きを変えて確認すると、
辺りを見渡し、それを大事そうにポケットへと仕舞いこむと、足早にその場を後にするのだった。
念のため、扉を少しだけ開け、誰もいない事を確認すると、素早く部屋から出る。
地上へと続く階段を、足音を立てないように注意して早足で駆け上ると、ほっと息を吐き出す。
それから何事もなかったかのように、先程までいたリビングへと足を向ける。
勿論、懐中電灯を持ったままというミスは犯さない。
何食わぬ顔でリビングへと顔をだした人物に、この屋敷の住人が声を掛ける。

「あら、忍、何処に行っていたの」

「うん、ちょっとね」

そう答えつつ、忍は呼びかけてきたさくらの対面へと腰を降ろす。

「折角、美味しいお茶を淹れてきたというのに、貴女がいないんだもの」

「ごめん、ごめん。それじゃあ、ありがたく頂きま〜す」

忍はそう言うと、少しだけぬるくなったお茶に口をつけるのだった。





  §§





忍がさくらの家を訪れてから数日後の土曜日の午後。
忍の家の庭では、呼吸を整える恭也がいた。

「はぁー、はぁー」

大分、呼吸の落ち着いてきた恭也へと、ノエルがタオルを差し出す。

「ありがとう、ノエル」

「いえ」

礼を言う恭也に短く礼を返し、ノエルは恭也と共に忍の元へと向う。
そこでは、少し大きめのテーブルに、様々なケーブルやら、
パッと見ただけでは、何をやっているのか分からない数値の羅列が映し出されたスクリーンなどがあった。
その画面を眺めつつ、手元で何やらしていた忍は、近づいて来る二人へと顔を上げて応える。

「ありがとうね、恭也。お陰で、ノエルの戦闘プログラムが更にアップするわ」

「別に構わないさ。俺もいい鍛練になる」

丁度、作業が一区切りしたのか、忍は立ち上がると、

「それじゃあ、リビングに行こうか」

「では、私はお茶を淹れてきます」

「ああ、偶には私がやるわよ」

「ですが……」

「その代わりって訳でもないんだけど、ノエルにはここの片づけをして欲しいのよ」

「そういう事でしたら、分かりました」

そう言って、早速片付け始めるノエルをその場に残し、忍と恭也はリビングへと向う。
手伝うと言った恭也を半ば無理矢理座らせ、忍はそのままキッチンへと行くと、お茶を淹れ始める。
カップへと琥珀色の液体を注ぎ終えると、忍はどこからともなく小さな瓶を取り出すと、それをカップの一つへと注ぎ込む。

「これで、よし。効果は確か即効性で、効き目は一日だったわよね」

忍はニンマリと形容するのがぴったりとくる笑みを浮かべたかと思うと、何食わぬ顔をしてカップを持ってリビングへと向かう。

「はい、恭也」

「ああ、ありがとう」

「いえいえ」

忍は自分の分を一口、口にすると、恭也の様子を伺う。
忍が見ているその目の前で、恭也は丁度、紅茶を口に含み、そのまま飲み込む。
心の中で小さくガッツポーズを取りつつ、忍は対面に座る恭也の顔を下から見上げるように、
テーブルの上に組んだ手の上に顎を乗せ、じっと恭也を見詰める。
見られている恭也は、不思議そうな顔をしながらも、忍の顔を見返す。
忍ははにかむような笑みを見せるが、恭也はそれに照れたように少し顔を赤らめてそっぽを向き、紅茶を更に喉へと流し込む。
それでもまだじっと見つめてくる忍に、恭也が居心地が悪そうに尋ねる。

「忍、どうかしたのか、俺の顔に何か付いてるのか」

「うん。目が二つに鼻が一つと口が一つ。って、そうじゃなくて!」

「いや、自分で言って、自分で突っ込んでるって」

そんな恭也の言葉を無視して、忍は恭也へと話し掛ける。

「ねえ、恭也。何も感じない?」

「何も、とは?」

「あー、別に何もないんだったら良いのよ」

そう言って手をパタパタと振って誤魔化した後、忍はこっそりと思わず呟く。

「ひょっとして、量が少なかったのかしら」

「何か言ったか?」

「あ、べ、別に。そうそう、何か甘いものが欲しいなーって。
 そうだ、恭也。悪いんだけど、キッチンに行って、翠屋のシュークリームを持ってきて」

「そうだな。土産として持って来たのをすっかり忘れていた。
 冷蔵庫の中だな」

「うん」

かってしったるとばかりにキッチンへと向う恭也を見送ると、忍は再び小瓶を取り出して、その中身を恭也のカップへと注ぐ。

「うん、これで問題なしね」

満面の笑みを浮かべ、恭也が戻ってくるのを今か今かと待ち受ける。
キッチンから戻ってきた恭也は、そんな忍を見て、シュークリームが来るのが待ち遠しいと受け取ったのか、
苦笑を浮かべると、皿へと乗せたシュークリームを渡す。
礼を言うなり齧り付く忍に、またも苦笑をしながら恭也も席に着く。
それから、紅茶を手にすると、再び口へと含む。
その様子を、シュークリームに齧り付きながら、忍はじっと伺う。
恭也の喉が上下に動き、液体が喉を通って行くのを眺めつつ、忍は恭也をじっと見詰める。
その視線に気付き、忍へと視線を向けた恭也と目が合い、お互いに無言のまま見詰め合う。
どれぐらいそうしていたのか、ついに恭也から声を掛ける。

「なあ、忍」

「なになに」

恭也の言葉を聞き、忍が嬉しそうに返事をする。

「本当に何も付いてないのか」

「だから、目が二つ……」

「いや、それはいいから」

「む〜。うん、別に何も付いてないよ」

「そうか」

「所で、体調はどう?」

「うん? まあ、少し動きすぎた所為か、少し右膝が鈍く感じるが、これといって問題ないぞ」

「あ、そう」

明らかにがっかりした様子の忍に、恭也は意味が分からずに首を傾げる。
それに気付いたのか、忍は慌てて笑って誤魔化す。

「おっかしーなー。これって、ひょっとして偽物?)

ポケットの中に手を入れ、小瓶を握り締めながらそんな事を考えていると、突然、リビングへと乱入者が現われる。

「ちょっと忍!」

「わっ、あ、わわわ」

そのあまりにも大きな声に驚いた忍は、握っていた小瓶を思わず落としてしまう。
幸い、割れることはなかったが、それはころころと転がると、運良く、いや、悪くその乱入者の足に当たって止まる。
それを拾い上げながら、乱入者──さくらは溜め息を吐き出す。

「やっぱり、あなたが持ち出していたのね。
 全く、何に使うつもりかは聞くまでもないけど……って、減ってるじゃない!
 しかも、こんなに」

事情が飲み込めない恭也を置いておき、忍はさくらの元へと駆け寄るように移動すると、その耳元へと小さな声で話し掛ける。

「ちょっと、さくら。これって、偽物なの」

「どうして、そんな事を聞くのよ」

「だって、恭也に使ったのに、全然、態度が変わらないんだもん」

「使って、この減っている量?」

「そうよ。ひょっとして、これって偽物なの」

「何が、偽物なんだ?」

「何って、この惚れ薬に決まってるじゃない!
 ……って、恭也!? ……え〜っと、何処から聞いてたの?」

いつの間にか近くにいた恭也へと、忍が尋ねてくる。

「最初からだが」

「もう、勝手に人の話を聞くなんて」

「勘違いするな。俺は、一歩も動いてないぞ」

「あれ? そう言えば」

呟く忍に、さくらがあきれたような声を上げる。

「忍、貴女、そのうっかりした所、いい加減に治した方が良いわよ。
 私が、貴女の傍まで来ているんだから、私の傍で小声で話したとしても、恭也君に聞こえるに決まってるでしょう」

「あ、あはははは〜。そう言えば、そうだったわね」

もう一度これみよがしに溜め息を吐くと、さくらは恭也へと顔を向ける。

「それで、恭也君は何ともないの」

「ええ、全く」

「そう、良かったわ。これは、忍も今、言ったように偽物よ。
 でも、かなり古いから、ちょっと心配したんだけど、問題ないみたいね」

ほっと胸を撫で下ろすさくらの後ろには、ノエルがいつの間にか来ていた。

「忍お嬢さま、無闇そういったものを使うのは、問題があるかと」

「うぅ〜、分かってるわよ〜」

そう呟く忍に、恭也が不思議そうに尋ねる。

「何で、そんな物を使ったんだ」

その言葉に、忍は少し考え込みながら、

「ん〜、好奇心?」

「好奇心で人に惚れ薬なんて使おうとするな!」

恭也は忍の頭を掴むと、前後左右と振り回す。

「でもでも〜。効果は一日だけだし、結局は偽物だったんだし……って、嘘です、ごめんなさい。
 私がわるぅございました。許して、お願い。ごめんってば〜」

手に力が込められたのを感じて、忍は必死で謝る。
それに呆れたように息を吐き出しつつ、恭也は忍から手を離す。

「はぁー、もし、本当に効いていたら、どうするつもりだったんだ」

「……あははは。まあ、それはどうでも良いじゃない」

無言で恭也が見てくるのに対し、忍は降参と両手を上げて素直に口を開く。

「ちょっと、明日買い物に付き合って欲しかったのよ。え〜っと、そう、ほら、荷物持ちとして」

「……そんな事ぐらいなら、普通に頼んでくれ。
 用事がなければ、それぐらい付き合ってやるから」

「本当!? じゃあ、明日なんだけど……」

「ああ、分かった明日だな」

「うんうん。お礼に下着は恭也の好きな物を選んで良いから」

「ばっ! 何を言っている。そこは、お前一人で行け!」

「え〜。今、付き合うって言ったのに〜」

「それとこれとは別だ」

「嘘つき〜。恭也の嘘つき〜」

「えーい、うるさい。それよりも、部屋でする事があるんだろう。
 さっさと、行け」

恭也は忍の頭を軽く叩く。

「いった〜い。恭也が叩いた〜。これが家庭内暴力なのね。
 ああ〜、何て酷いの。でも、忍ちゃんは耐えてみせるわ、よよよ」

「ほら、馬鹿な事をしてないで、さっさと行くぞ」

「分かったわよ。もう、あんなに謝ったんだから、いい加減に許してよ」

「お前は、反省の色が足りないんじゃないか」

「わぁ、嘘です、嘘。だから、拳骨は止めて!」

傍から見れば、じゃれ合っているようにも見えるやり取りを交わしながら、恭也と忍は忍の部屋へと歩いて行く。
その後ろ姿を眺めつつ、ノエルは隣に立つさくらへと問い掛ける。

「さくら様、あの薬は本当に何でもないんですか」

「うん? どうして」

「いえ、差し出がましいようですが、本当に何の効果もないのであれば、さくら様があそこまで慌てるとは思えませんでしたので」

「うーん、どうかしらね。でも、もし、本当はちゃんとした惚れ薬だとしたら、どうして、恭也君には効いてないのかしらね」

「私には専門外ですので、分かりかねますが……」

さくらは無言で、ノエルに続きを促がす。
それを感じ取ったのか、ノエルはそのまま続けて、自分の考えを述べる。

「既に好きな方に使っても意味がないのでは」

「くすくす。ノエルも、中々面白い事を言うようになったわね。
 でも、あながち間違いでもないわよ。本当に、いつも恭也君の事を鈍感、鈍感と言う割には……」

「忍お嬢様も、恋愛に関しては、初心者ですから」

「あら、良いの? 自分の主人をそんな風に言って」

「事実ですから」

「くすくす。それもそうね。さあて、それじゃあ、一つ賭けでもしない?」

「賭け、ですか?」

「そう。あの二人がいつ、お互いの気持ちに気付くのか。
 もしくは、その前に、どちらかが自分の気持ちを相手に伝えるのか」

「……面白そうではありますが、忍お嬢さまも恭也さまも私がお仕えすべき人ですから、その方々を対象に賭けるのは……」

「そう、それは残念ね」

そう言いつつも、そんなに残念そうではない顔のさくらを見遣りつつ、ノエルはゆっくりと口を開く。

「ですが、恐らく、そう遠くないかと思います」

「そうね、それには私も同感かな」

微かに聞こえてくる、恭也と忍のやり取りを耳にしつつ、さくらは微笑む。

「ノエル、申し訳ないけれど、お茶を頂けるかしら」

「はい、今、お持ちします」

それにつられるように、ノエルもまた微かに笑みを見せると、キッチンへと向うのだった。
そんなノエルの表情を思い返しつつ、忍だけでなく、ノエルにも笑顔が増えた事を純粋に嬉しく感じ、
その切っ掛けとなったであろう恭也へと同時に感謝を表すと、さくらはゆっくりと椅子へと腰掛けるのだった。
きっと、そう遠くない先、ここも賑やかになり、住人が皆、笑みを浮かべているであろう未来を想像して。






おわり




<あとがき>

今回は忍メインの短編〜。
美姫 「微妙な距離の二人」
果たして、この先、どうなるのか。
美姫 「それにしても……」
何だ?
美姫 「タイトルをもう少し捻りなさいよね」
うぅぅぅ、それを言われると。
美姫 「ほれほれ」
うぅ、虐めないで。
って、やめい!
美姫 「もう、軽いスキンシップじゃない」
軽いスキンシップの度に、痣が出来るのか!
美姫 「はいはい、皆さん、またね〜」
おい、こら、誤魔化すなよ〜。





ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ