『ママは小学二年生』






とある日曜日の高町さん家のリビングでその事件は起こった。
まるで時間が止まったかのように動きを止める高町さん一家の中で、不思議そうに首を傾げる少女が一人。
年の頃は4歳ぐらいだろうか、可愛らしい顔立ちに背中ほどまである髪。
あどけない瞳で改めて抱きついている二人を見上げ、その口元を綻ばせる。

「パパ〜、ママ〜」

高町一家を硬直させた言葉を再び口にし、少女が抱きついているのはこの家の長男である恭也と……、
末っ子であるなのはであった。
再度の少女の呼び掛けにより、硬直が解けたように動き出す面々。
まずは事実関係をとばかりに恭也が少女へと声を掛けるよりも早く、その場に倒れ伏せるのは美由希。

「恭ちゃん、まさかまさかとは思っていたけれど……。あれだけ周りを女の人たちに囲まれて何も反応しないから、
 てっきり勇吾さんと怪しい関係なのかもとか疑ったりとかもしたけれど、まさか、まさか恭ちゃんがロリ……。
 ああ、口に出すのも躊躇われる。その上、実の妹が相手だなんて。
 そこまで倒錯趣味があったなんて!」

すっかり自分の世界へと入り込んで嘆き悲しむ美由希を哀れむ視線が幾つも捉える。
だが、完全に酔っている美由希は気付かずに尚もとつとつと語り始め、恭也の怒りが頂点に達する。
静かに怒りの炎を胸の内で熱く燃やし、制裁を加えるべく行動へと移る前に桃子が仲裁するように止める。

「とりあえず、美由希をどうこうするのは後にしなさい。
 問題はこの子をどうするのかよ。普通に考えて、恭也の方は兎も角なのはの方は年齢的に可笑しいでしょう」

真面目な顔をしてそう告げるも、その目はこんな面白そうな事を勝手に自分抜きで進めないでくれと語っており、
実際、後十分ほどもすれば桃子の昼休憩は終わりを告げてしまうのである。
故に恭也の美由希への制裁を一時的に止めたのだ。
勿論、そんな事は口にも顔にも出さず、至って真面目な顔を恭也へと向ける。

「それで心当たりはないの」

「ある訳ないだろう」

「そう。それじゃあ、まずは本人に聞くしかないわね。
 ねぇ、あなたのお名前は?」

桃子は少女と目線を合わせるようにしゃがむと、優しい口調でそう尋ねる。
だが、目に見えて少女は悲しそうな顔になり、

「お婆ちゃん、すずのこと忘れちゃったの?」

「わ、忘れてなんていないわよ。すずちゃんは何歳になったんだったかな?」

「4才!」

慌てて取り繕い、ついでに年を聞き出す桃子。
笑顔の戻ったすずに胸を撫で下ろし、桃子は恭也の腕を引っ張って少し離れた場所へ。

「で、本当に身に覚えはないの?
 あんた以外の子供にお婆ちゃん呼ばわりは流石にきついんだけれど?」

「本当にしらないと言っているだろう」

「だとすると未来から来たとか?」

「またとんでもない発想だな、高町母よ」

「でもかーさん、それだと今の姿のなのはを母親として認識するのは可笑しいんじゃない?」

美由希が桃子の発想に意見すれば、晶たちも同様なのか頷いている。
そんな一同を眺め、恭也はこっそりと溜め息を吐く。
確かにその部分も可笑しな話ではあるが、その前に未来云々を疑問に思わないのかと。

「ですがお師匠。うちらの知り合いには忍さんがおるんですよ?」

「机の引き出しから自由に時間移動っていう発明をその内しても俺は驚きませんけれど」

「いや、幾ら忍でも……」

レンや晶の言葉を否定しようとするも、何故か尻すぼみになっていく恭也。
つくづく自分の周囲の人たちを思い返し、あながち桃子の推測も否定できないと思い始めてしまう。
だが、仮にその推測を認めたとしてもやはり先の美由希の言葉通りに新たな疑問が生まれるのである。
頭を抱える恭也たちとは打って変わり、なのはは自分をママと呼ぶすずと楽しげに話をしている。
元々末っ子であるなのはであるから、自分に甘えてくる女の子の存在はそれだけで嬉しいらしい。

「すずちゃんは何処から来たのかな?」

「すずなの!」

「そうだったね。すずは何処から来たのかな?」

「?? ずっとここに居たよ。さっきまでママとお昼寝してたじゃない」

首を傾げてそんな事を言うすずになのははただ笑って誤魔化す。

(本当におにーちゃんとなのはの子供なのかな?
 うーん、難しい事は良く分からないけれど、すずはいい子みたいだしまあ良いか)

桃子の血か、士郎の血か、楽観的にそう考えるとなのははすずの相手をするのであった。
結局、すずと名乗った少女の話を聞く限りでは嘘を吐いている様子もなく、このまま高町家に住む事になる。
桃子の一声があった事に加え、すずのポケットに入っていた一枚の紙が何よりもそれを決定にしたのである。
その紙には恭也の字で、詳しい事は書けないが暫く頼むとだけ書かれてあったのである。

「……俺の字だな。という事は、やはり未来からなのか」

「だとしたら、本当になのはとの子供という事かしら。
 過去に送る際に、なのはの子供時代の写真を見せたのかもしれないわね。
 それなら納得だわ。ああ、私にも孫が……って、この場合は喜んでも良いのかしら。
 色々と問題があるような気がするんだけれど」

「とりあえず、未来から来たのだとしても、本当になのはと俺の子供なのかは分からないだろう。
 その辺りは今は考えなくても良いと思うが。と言うよりも、頼むから考えさせないでくれ」

流石の恭也も何とも言えない顔で疲れた声を出す。
それとは正反対になのはは嬉しそうにニコニコと笑いながらすずの相手をしているが。
ともあれ、こうして高町家に新たな家族が加わったのであった。
因みに、昼休憩の時間が終わっても中々店に来ない桃子に焦れて、松尾から電話が入ったのはこの後すぐの事であった。



  ◇ ◇ ◇



翌日、恭也はいつものように登校する。
だが、殆どの生徒がそんな恭也を奇異の目で見詰める。
それらの視線を無視して教室へと入る恭也。

「おはよう、高町」

「ああ、おはよう赤星」

恭也の席へと親友の赤星が近づいて挨拶をし、次いで視線を僅かに下へと下ろす。

「とりあえず、事情を聞いても良いか」

「詳しい事はまた後で話すが、色々とあってうちで暫く預かる事になった親戚の子だ。日中は家に誰も居ないから、
 こうして俺が連れて歩く事になったというか、俺かなのはと一緒じゃないと嫌だとごねられた」

「なるほど。流石になのはちゃんが連れて行くわけにもいかないな」

恭也の言葉に納得して頷く赤星にそれ以上の詮索をしない事に感謝し、
隣で聞き耳を立てている忍にも詳しい事は後でと告げる。
だが、爆弾は思いもよらないところから投げられる。
尤も投げた本人にはそんなつもりなど毛頭ないのだが。

「パパ、だっこ〜」

言って抱きついてくるすずを抱き上げ、恭也は慣れた手付きで膝の上に座らせる。
瞬間、教室中がざわめき、赤星や忍が何か言いたそうに見てくる。
二人に後でともう一度告げ、恭也はそれらのざわめきを無視してすずの為の椅子を調達するために教室を出て行くのだった。
すず用に椅子を用意した恭也であったが、すずは恭也の膝の上がお気に入りらしくそこから降りる気はないらしい。
そうこうする内に朝のHRを始めるために担任が教室へと姿を見せ、恭也の方を一度だけ見る。

「大体の事情は聞いたが、出来る限り静かにしているように頼むぞ」

担任の言葉に恭也は頷いて応え、それを受けて担任もHRを始めようとする。
だが、自然とその口からは愚痴のようなものが零れる。

「しかし、教師生活も長い事やっているが今回のようなのは初めてだ。
 どんな事情があるのかは知らないが、母親は何をしているんだか」

その言葉にすずは自分の事を言われていると思ったのか、

「ママも学校行ってるの」

すずの言葉に担任はそうかと笑って返し、事情を全く知らない生徒たちは一斉に騒ぎ出す。
どんな説明がされたのかは恭也も知らないが、担任はすずが恭也の娘だとは思っていないだろう。
だが、生徒の方はどうだろうか。恭也をパパと呼び、母親は学校、つまりは学生。
ひそひそと色んな噂話があちこちでなされる。それを担任が軽くたしなめ、何とかHRが始まる。
だが、この噂は放課後までに広がる事になる。
学校に子供がいると言うだけでも目立つのに、その子供が連れている生徒をパパと呼ぶのだから。
流石にぐったりとした様子の恭也に悪いと思いつつも、赤星と忍は事情を聞くべく放課後に恭也の元へとやって来る。

「赤星、部活は」

「ああ、今日は休ませてもらう。
 それよりもそっちの事情を聞かせてくれ」

「分かった。とりあえず、学校を出よう」

忍も疲れている恭也を気の毒に思ったのか、変に茶化す事なく素直に教室を出て行く。
たった一日で広まった噂に辟易しつつも、
恭也は既に悟りきったように言わせたい奴には言わせておけとばかりの態度ですずと一緒に歩く。
だが、なのはをママと呼んでいる所を見られでもしたら、今度はどんな噂が立つのやら。
恭也はまだその事に思い至ってないのであった。
そう近くない将来、更に気疲れするであろうという事を。





おわり




<あとがき>

うーん、すずを上手く動かせなかったような。
美姫 「何か長編のプロローグみたいな形になってるわね」
あははは、あくまでも短編ですって。まあ、ネタがあれば単発的にやるかもしれないけれど。
美姫 「はぁぁぁ」
そんなに呆れないでくれよ。
美姫 「はいはい。それじゃあ、今回はこの辺で」
ではでは。







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