『ママは小学二年生』






〜6〜



それは麗らかな日差しが柔らかく降り注ぐ午後の事であった。
恭也はなのはとすずを連れて親子三人で、散歩がてら家への道を少し遠回りして歩いていた。
そんな折、不意に無機質な電子音が鳴り響き、穏やかな空気へと割り込んでくる。
恭也は携帯電話を取り出すと、表示された相手の名前を見て本気で切るかどうか悩むも、
大人しく出るのが一番被害が少ないだろうと判断して通話のボタンを押す。

「もしもし、高町ですが」

「よう、青年久しぶりだな」

行き成り名前も告げずにそう話してくる人物は、表示されたさざなみ寮の中でも二人ばかりしか浮かばず、
この口調や声からそれが真雪であるとすぐに判断がつく。

「はい、お久しぶりですね仁村さん。それで、今日はどういったご用件で?」

「ああ、それなんだがな。那美から聞いたぞ。とうとう獣になったそうじゃないか。
 まあ、年齢の割にはどこか淡白にも見えたが、やる事はしっかりとやってるんだな。
 しっかし、子供をつくっちまうとは計算ミスか?」

「……那美さんからは何と聞いたんですか」

「あん? ああ、お前に何かあったらしいってのは分かったんだが、中々話さなかったんでな。
 ジュースと偽って酒を飲ませて聞き出した所によると、お前に子供が出来たってな。
 ひょっとして、違うのか? やっぱり酔わせると正確な情報を吐かせるのも一苦労だな」

幾つか突っ込みたい所もあったが、それらを全て無視しして早々に電話を切るために恭也が口を開こうとするも、
相手をしてくれない恭也に、拗ねたようにすずが袖を引っ張りながら恭也を呼ぶ方が先であった。

「パパ、お電話まだ〜」

「ほら、すず。パパはお話をしているんだから、邪魔をしたらいけません」

「うぅ、ごめんなさいママ」

「うん、良い子だからこっちで大人しく待ってようね」

言ってなのははすずの手を引き、恭也の隣ですず相手にじゃれ始める。
すずもなのはに相手にしてもらって嬉しいのか、楽しそうな笑い声を上げる。
だが、そんな二人の様子とは違い、恭也は掻きたくもない汗が背中に流れるのをはっきりと感じた。

「それじゃあ、これで失礼します」

「ちょっと待った! 今の子供の声がそうなんだな。
 って、もう喋れるのか。何歳なんだ。それに、ママって呼んでたって事はすぐ傍に相手もいるんだな。
 よし、今すぐうちに来い。宴会の用意をして待ってるからな。何、土産なんざいらないさ。
 その代わり、さっさと来いよ。来ないとこっちから押し掛けるからな」

一方的にそう宣言すると、真雪は恐らくはキッチンにでも居るであろう耕介に宴会の準備だと叫びながら電話を切る。
既に恭也が何か言おうにも、電話は無情にもツーツーという無機質な音をさせるだけであった。

「お兄ちゃん、どうかしたの?」

「あー、今の電話は真雪さんからでな」

それだけでなのはは何か悟ったように恭也の次の言葉を代わりに口にする。

「すずを連れて来るように言われたとか?」

「正解だ。どうやら、那美さんは黙っていてくれたみたいなんだが、
 それとなく何かに勘付いた真雪によって吐かされたみたいだ。
 という訳で、夕飯をさざなみでご馳走になる事になった」

「それってなのはもだよね」

「だろうな。とりあえず、家に電話する」

電話が終わったのを見て足元に寄って来たすずの頭を撫でてやりながら、恭也は家へと電話を掛ける。
今日の夕飯がいらなくなったという事と、帰りが遅くなるであろう事を告げるために。



さざなみへと続く長い坂道を歩く影二つ。
手を繋いだ恭也となのはである。すずは恭也に肩車されており、その景色に大層ご満悦の様子。

「ママ、高いよ」

「うん、高いね。どう、いつもよりもよく見える」

「うん。ずっと遠くまで見える!」

「そう、良かったね。でも、危ないからあまり暴れちゃ駄目だよ」

「はーい」

なのはの言葉に元気に返事を返しつつ、すずはきょろきょろとあちこちを見回す。
いつもと違う景色に興味津々といった所か。
何度か肩車をしているのだが、その度にすずは飽きる事なく同じような反応を見せる。
それがまた恭也たちにしても微笑ましく、親も親で毎度の如く同じように頬を緩めるのである。
そんな感じで親子三人でさざなみへとやって来たのだが、やはり入る前に躊躇してしまうのは仕方ない事だろう。
だがいつまでも玄関の前で立ち尽くしている訳にもいかず、恭也は意を決するとチャイムを鳴らす。
程なくして管理人の声がして扉が開かれる。

「いらっしゃい、恭也くん。今回は本当に真雪さんがごめんね」

「いえ、こちらこそ突然お邪魔する事になってしまって」

互いに苦労人として挨拶を交わし、耕介の目が恭也の隣に立つすずに向けられる。

「その子が?」

「ええ。娘のすずです。ほら、すずご挨拶」

「初めまして、高町すずです」

ぺこりとお辞儀をして名乗るすずに耕介も同じように頭を下げる。

「こちらこそ初めまして。すずちゃんで良いのかな。とりあえず、中に入ってよ」

言って恭也たちを寮内に迎え入れる。

「夕飯まではまだ時間があるから、適当に時間を潰してて。
 真雪さん、恭也くんたちが来ましたよ」

恭也たちに向けて前半部分を言い放つと、次にリビングにいる真雪へと声を掛ける。
耕介に続きリビングへと入った恭也を、正確にはすずを見て真雪も流石に少し驚いた顔を見せるも、
すぐににやりと表現するのがぴったりな笑みを貼り付ける。

「おおう、この子が恭也の娘なのか」

真雪よりも先にこの場に居た美緒が先に声を発し、その隣で那美が申し訳なさそうにしているが、
美由希から大よその事情を聞いただけですずと会うのは初めてなので、やはり興味深そうに見てくる。
流石に三人の視線を浴びてすずは恭也の後ろに隠れてしまう。
それを見て真雪たちも怖がらせないようにすずが喋るまで待ってやる。
恭也の促され、すずは真雪たちにも挨拶をする。

「しかし、4歳? お前、幾らなんでも予想外過ぎるぞ。
 で、肝心の母親は何処にいるんだ?」

すずの年齢を聞いて軽く驚きつつも、真雪は母親の方に興味を移して恭也に問い掛ける。
その問い掛けに恭也は答え辛そうにするも、すぐにすず本人の口から答えが出てくる。

「ママ! 見て、狐さんがいるよ!」

少し興奮した様子で那美の陰に隠れていた久遠を指差し、もう一方の手でなのはの手を引っ張るすず。
その頬は軽く紅潮しており、初めて目にする狐に興奮しているようである。
だが、それ以上にすずの放った言葉に真雪たちは興奮というよりも驚いている。

「ちょっと待て。流石にそれはまずいだろう、青年。
 と言うか、4歳だから逆算して……おいおい」

「二人は兄妹じゃなかったのか!?」

「きょ、恭也さんとなのはちゃんの子供……。
 み、美由希さん、そこまでは教えてくれませんでしたけれど、た、確かにそう簡単に言えませんよね」

「しかし、だとしたら今までは何処に居たんだ?」

矢継ぎ早に出てくる言葉にまあ仕方ないだろうと達観しつつ、恭也は事情を説明する。
ある意味、突拍子もない事ではあるのだが、そこはやはり人外の巣窟と呼ぶべきか、あっさりと納得してみせる。

「それにしても、青年となのはちゃんの子供ってのは問題があるんじゃないのか。
 それとも将来的には法律でも変わるのか」

「その辺りは俺にもどうなっているのかなんて分かりませんよ。
 ただ、俺となのはを親と呼んで慕ってくれているんです。
 元の時代に戻るまでぐらいは代役を務めないと」

「まあ、確かに将来の事を今考えても仕方ないしな。
 そういう事情なら何かあったら頼って来い。うちの全自動マシーンはきっと子育ても出来るはずだ」

この場におらず、キッチンで夕飯の準備をしているであろう耕介の扱いに同情しつつ、
恭也は真雪の気遣いに感謝の言葉を口にするのだった。
大人たちがそんな風に少し真面目な話をしている間にも、すずの興味は狐の久遠へと向かっている。
だが久遠は脅えたように那美の背中へと隠れ、中々出てこない。
少し悲しそうな顔を見せるすずだが、それでも根気良く久遠の名前を呼ぶ。
そんな娘を助けるべく、なのはが那美の後ろに回って久遠を抱き上げる。

「くーちゃん、すずは苛めたりしないから。なのはの娘なんだよ。
 だから仲良くしてあげて。お願い、くーちゃん」

なのはの言葉を理解し、久遠はなのはに抱かれるままにすずの傍へとやって来る。
その事に溢れんばかりに顔を輝かせ、そっと手を伸ばす。
久遠の体が僅かに硬くなるのを掌から感じ取りつつ、なのはは安心させるように久遠に話しかける。

「大丈夫だよ、くーちゃん。すず、そっとだよ」

「うん、くおん〜♪」

なのはの言葉に頷きつつ、言われたようにそっと久遠の背中を撫でてやる。

「ふぁぁぁぁっ♪」

感動した声を漏らしながら、すずは逃げない久遠をもう一度撫でる。

「くぅ〜ん」

危害を加えないと理解したのか、久遠も今度は小さく鳴いてすずの手を舐める。

「あははは、くすぐったい。ママ、すずも抱っこしたい」

「ちょっと待ってね。くーちゃん良い?」

久遠が肯定の鳴き声を上げたのを受け、なのははそっとすずの足の上に久遠を移す。

「わっわっうわぁぁ♪ 柔らか〜い。それにあったかいね〜」

「くぅ〜ん」

すっかり懐いたように甘える久遠を見て、
親子二代に渡って久遠と短期間で仲良くなった事を感心するように那美は嘆息するのだった。
すずの事を美緒も気に入ったのか、すっかり打ち解けた二人はリビングで久遠も含めて二人と一匹で暴れまわる。

「にゃはは、中々やるなすずっこ」

「あははは、美緒お姉ちゃんくすぐったい」

「ふむふむ、すずっこはここが苦手か〜」

そんな光景を眺めながら、恭也は用意してもらったお茶を啜る。

「すずの相手をしてもらってすみませんね」

「あー、気にすんな。と言っても、実際にしてるのは猫なんだがな。
 まあ、精神年齢的に合うんじゃないのか。むしろ、なのはちゃんの方が年上に見えるってのはどうよ?」

意地悪い顔でそう言うものの、真雪の目は何処か優しいものであった。
勿論、それを口にすれば顔を赤くして否定するか、問答無用で殴ってくるだろうから口にはしないが。
ひとしきり暴れて疲れたのか、二人と一匹は肩で息さえしている。
そこへなのはが盆を手に近づく。

「はい、オレンジジュースだけれど」

「サンキューなのだ、なのは」

「ありがとう、ママ」

久遠にも皿を差し出してやりながら、なのははすずの乱れた髪を手櫛で整えてやる。
そこへ新たな寮生が帰宅したのか、元気な声と共に玄関の開く音がする。
そのままドタバタと廊下を走る音がして、リビングへと一人の少女が顔を出す。

「ただいまっす。って、ああ高町さん、なのはちゃんいらっしゃい。
 えっとそっちの子は初めてだよね。ああ、その子が高町さんの娘さんですか。
 思ったよりも大きいな娘さんですね。あ、これ貰っていいですか」

矢継ぎ早に途切れる事なく話を進める我那覇舞に苦笑しながら耕介がキッチンから顔を出し、
テーブルにあったクッキーに手を伸ばすのを見て注意をする。

「舞、先に手を洗ってからにしないと駄目だよ」

「はーい。いっただきま〜す」

元気に返事をしつつも、クッキーを手に取り口へと運ぶ。
だが、口に入れた途端に服の裾を引っ張られ、下を見ればすずが怒った事を現すように頬を膨らませていた。

「お姉ちゃん、めーっ、でしょう」

「えっと……」

無言で何かを待つように見詰めてくるすずをじっと見返し、ようやく舞はそれに気付いて口にする。

「ごめんなさい。えっと、すぐに手を洗ってきます」

「はい、よく出来ました。んしょ、んしょ」

舞が謝るなり満面の笑みを見せ、そのまま背伸びをして腕を伸ばすもすぐに諦め、恭也へと顔を向ける。

「パパ、抱っこ〜」

よくは分からないがすずに求められ、恭也はすずを抱いてやる。
だが、すぐにそうじゃないのと言われ、すずは恭也の腕の中で向きを変えようとする。
何がしたいのかは分からないが、すずが求めている事は分かり、恭也はすずの両脇を持つようにして抱きかかえ直す。
その事に満足して恭也に礼を言うと、すずは未だに呆然と立っている舞の頭に手を伸ばして撫でてやる。

「良く出来ました。いい子、いい子」

突然の出来事に呆然となっていた舞であったが、何をすると振り払う事も出来ず、大人しくされるがままに立ち尽くす。
当然、真雪や美緒は爆笑しており、耕介も控えめながらも肩が震えていた。

「えっと……。そ、それじゃあボクは着替えないといけないから、また後で」

結局、舞はその場から逃げるという手段しか取る事が出来ず、文字通り脱兎の如くリビングから出て行くのだった。
その背中を手を振って見送ると、すずは恭也の首に両腕を伸ばしてしがみ付く。
お姉さんぶった行動を見せても、やはりまだまだ甘えたい年頃なのだろう。

「ん〜、パパ。ジュース飲みたい」

恭也に抱きつきながらジュースをおねだりする。
その事に苦笑を見せるも、すぐに微笑ましい表情に変わりソファーに腰を下ろすとすずを抱いたまま頭を撫でてやる。
隣にはジュースの入ったコップを持ったなのはがすぐにやって来て座ると、すずに渡してやる。

「ありがとう、ママ」

お礼を言ってコップを受け取るすずの頭をなのはも撫でてやる。
二人に撫でられ嬉しそうな顔のままジュースを飲むすずを見て、他の者たちも知らず和んだ表情を見せるのだった。





おわり




<あとがき>

やっと那美の出番が。
美姫 「ほんのちょっとだったけれどね」
あははは。まあまあ。このお話のメインは恭也となのは、そしてすずだからな。
美姫 「まあ、そうかもしれないけれど」
さて、それじゃあ、今回はこの辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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