『ママは小学二年生』
〜9〜
「そういえばお兄ちゃん、最近、また病院に行ってないでしょう」
いつものように夕食後に寛いでいると、急になのはがそんな事を言い出した。
誤魔化すように湯飲みを傾けるも、なのはは無言でじっと見詰めてくる。
その視線に耐えかね、すずへと視線を落とせばすずもまたじ〜っと恭也を見上げている。
「パパ、何処か痛いの?」
「いや、そんな事はないぞ」
「本当?」
「ああ」
「良かった〜」
恭也の言葉に自分の事のようにほっと胸を撫で下ろすすずの頭に手を置き、なのはが言い含めるように言う。
「何処かが悪いとかじゃないんだけれど、パパはお医者さんに診てもらわないといけないんだよ。
元気かどうかを調べてもらうの。
それなのに、パパはお医者さんの所に行くのを嫌がるの。すずはパパが怪我したりするのは嫌でしょう」
「いや!」
すずの返事を聞いてなのはは小さく笑うと、恭也が何かする前に更に言葉を紡ぐ。
「じゃあ、パパにお医者さんに行ってもらわないとね」
「うん! パパ、お医者さんに行こう」
「くっ、卑怯な……」
既になのはに言われた時点で半分諦めていたのだが、素直にここで認めるのは何故か負けたと考え、
誤魔化すような態度を取ったのが失敗であった。
まさか、すずまで味方に付けられてしまうとは。だが、やはりここで素直に頷くのもまだ躊躇われ、
恭也が答えずにいるとすずが恭也の胸元をぎゅっと小さな手で握ってくる。
「パパ〜」
不安そうに見詰めてくるすずに最早これまでかと嘆息すると、すずは何を思ったのかポンと手を鳴らす。
「そうだ。パパが怖くないようにすずも一緒に付いて行ってあげるね。
それなら大丈夫だよ、パパ」
隣でなのはがくすくすと笑うのだが、何も言う事が出来ず、とりあえずは離れて座っていた美由希に殺気を送る。
突然の殺気に身体が先に反応し、思わず腰を浮かせた所で飲んでいたお茶が気管に入ったのか、
突然むせだす。
「っ! こほごほっ!」
「み、美由希ちゃん、大丈夫!?」
「ごほごほっ。だ、だいじょ……こほごほっ」
「ああ、答えんでも良いよ。晶、とりあえずティッシュや」
「おう!」
手近な所にばれないように八つ当たりを終え、恭也はすずと病院へ行く約束をする。
「うん、偉い、偉い」
恭也の答えに満足したのか、すずは恭也にいつもしてもらっているようにその頭に手を置いて、
なでなでと撫でてあげる。その様子がまた可笑しく、なのはが更に声を上げて笑う中、
美由希は一人恨めしげに殺気を篭めて恭也を見遣るも、当の本人はそれを軽く受け流す。
これ以上は無駄だと悟り、美由希は肩を落としてこれみよがしに溜め息を吐くのだが、これまた恭也は知らん顔をする。
背後でそんなやり取りをしている兄妹に気付かず、母子は手を握り合って喜び合っている。
「良かったね、すず」
「うん。そうだ、ママも一緒に行こう」
「うーん、明日の夕方だから問題ないか。
じゃあ、パパが逃げないように見張るために一緒に行こうか」
「わーい。でも、ママ。パパは逃げたりしないよ。
ねぇ、パパ」
信頼に満ちた目で見られ、恭也としてはただ頷くしか出来いのであった。
翌日の夕方、恭也はすずとなのはを付き添いとして病院へとやって来ていた。
だが、病院を前にその足は中々進まない。
別に怖い訳ではなく、またここまで来た以上、待つ時間が無駄などとは言わない。
単にこれから診察してくれるフィリス先生のお小言を想像して、既にうんざりしているのである。
その考えている事を正確に読み取り、なのはは苦笑する。
「自業自得だよ、お兄ちゃん」
「それはそうなんだがな」
「それよりも早く行こう。これで遅れたら、更にフィリス先生にお説教されちゃうよ。
それにすずに怖がっていると思われるよ」
「はぁ、分かった分かった」
なのはの言葉に溜め息を思わず漏らし、恭也はようやく重い足を前に踏み出すのだった。
そんなこんなで今、ようやくフィリスの待つ診察室の扉に手を掛ける。
「いらっしゃい、恭也くん。本当に待ってましたよ」
とても良い笑顔を向けてくるフィリスに恭也は申し訳なさそうな顔を見せて椅子に座る。
後から入ってきたなのはにベッドを勧め、
「やっぱり、なのはちゃんが説得してくれましたか。
昨日、偶々会って頼んだのは正解ですね」
そう言って笑うフィリスになのはも笑い返しながら、
「いえ、今回の功労者はすずなんですよ」
「すず?」
なのはの言葉に首を傾げるフィリスに、恭也はまだ会った事がなかったかと思いなおす。
「リスティさんからは何も聞いてないんですね」
「リスティですか? いえ、何も聞いてませんけれど。すずというのは?」
「この子なんです」
なのはに手を引かれて小さな女の子が中に入ってくる。
丁度、恭也の後ろに扉があったので隠れて見えない形になっていたらしい。
「わぁ、可愛い。親戚のお子さんなんですか?」
「いえ、実は……」
「パパ〜、抱っこ」
恭也がフィリスに答えるよりも早く、すずが恭也に抱き付いて来る。
そんなすずに苦笑しつつ抱き上げてやり、改めてフィリスへと向かい合わせる。
「ほら、すずご挨拶」
「うん。高町すずです」
「……………………な、なななな。え、パ、恭也くんが!?
えっと、は、母親は、え、リスティから聞いてないって。
え、もしかして、リ、リスティが母……え、でも、年齢が……。
ど、どういう事なんですか!?」
かなり混乱しているフィリスに対し、久方ぶりにまともな反応を見たような気がして、変なところで安堵してしまう。
とはいえ、いつまでもこのままにしておけるはずもなく、フィリスに落ち着くように言い、
どうにか落ち着かせる事までは出来た。その上で未来からという話をすると、
「ああ、そういう事ですか」
「普通はそっちで驚きませんか?」
至って普通に受け入れたフィリスに、あなたもですか、と心の中で突っ込みを入れる恭也であった。
「まあ、ほらさざなみを知っていると色々ありますから、そういうのもありかなと。
何よりも、それだと納得できるじゃないですか。すずちゃんの年齢とかも考えると。それより……」
フィリスの言葉に思わず納得する恭也へと少し詰め寄り、真剣な面持ちでやや声のトーンを落としてくる。
「何ですか?」
「その、すずちゃんのお母さ……」
「ママ〜、抱っこ〜」
何か真剣な話だと感じ取ったのか、それとも診察が始まると判断したのか、
それは分からないが、すずは恭也の足の上から飛び降りてなのはの元へと向かう。
トテトテと自分に向かって歩いてくるすずを抱き上げ、なのはは自分の足の上に座らせてやる。
「えへへ〜。ママ〜」
満足そうな笑みを浮かべ、嬉しそうになのはに抱き付く。
その光景を見て、フィリスは数瞬固まり、
「え、え、え、えぇぇぇぇっ! な、なのはちゃんがママ?
え、だって、え、なんで? どうして?」
「それは俺にも分かりませんよ。未来の俺に聞いてください。
真実がどうかも分かりませんが、少なくともすずが俺となのはと父親、母親と思っているのは確かですから。
だから、未来に戻るその日まですずの親として」
「そ、そうですね」
恭也の言葉に幾分か落ち着きを取り戻し、フィリスは小さく咳払いをして慌てふためいたのを誤魔化そうとする。
「それじゃあ、早速診察しましょうか。
あ、なのはちゃんとすずちゃんはその間、ココアでも飲む?」
言いながら既にココアの用意を始めるフィリスに苦笑しつつ、なのははありがたくその好意を受け取る。
「はい、熱いから気をつけてね」
「ありがとう!」
両手でカップを受け取り、小さな口で一生懸命にフーフーと冷ましてからちびちびとココアを飲む。
その様子にフィリスは頬を緩ませ、
「あ、そうだ。クッキーもあるんだけれど、すずちゃんはクッキー好きかな?」
「好き〜」
「そう。じゃあ、すぐに用意するわね。クッキー以外にも何かあったかしら」
すっかりすずの可愛らしさにやられたのか、甲斐甲斐しく世話を焼き始めるフィリスを前に、
恭也は遠慮がちに声を掛ける。
「えっと、フィリス先生? 流石にズボンを脱いだ状態で放置されるのは……」
「あ、あー! ご、ごめんなさい、恭也くん!」
恭也の言葉に我に返り、慌てて恭也の診察に戻るフィリス。
その前にちゃんとすずにクッキーを用意するのは忘れなかったようだが。
診察が終わってもすずにココアのお代わりを用意したり、クッキーを更に勧めたりと忙しいフィリス。
すずが食べる姿や、笑うたびにフィリスも嬉しそうに笑みを浮かべる。
「恭也くん、次の診察はいつにしましょうか? 明日なんてどうですか?」
「いや、あの……」
「勿論、すずちゃんも同伴してくれて構いませんよ」
と言うよりも、連れて来てとその目が語っていた。
ただでさえ、あまり来たくない病院なのだが、思わぬ形ですず効果が発揮され、恭也はそっと溜め息を吐くのだった。
おわり
<あとがき>
フィリスと初対面〜。
美姫 「後、まだ会ってないのは」
彼女がまだ残っているけれど、それはいつになるかな?
美姫 「そんなこんなで、今回はこの辺で」
ではでは。
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