『ママは小学二年生』






〜10〜



恭也の足の上に座り、縁側から足を放り出してプラプラとさせているのは言わずと知ればすずである。
その手にはコップが握られており、小さな手と口を使ってコクコクとジュースを飲む。
すずを足に乗せた恭也も、先程手入れを終えた盆栽を眺めつつ、手にした湯飲みを傾ける。
湯飲みを置くために下を向いた恭也と、コップを傾けてやや上向きになったすずの目が合う。
どちらともなく笑い合い、二人は顔を中庭に向ける。

「ん〜、風が気持ちいいねパパ」

「ああ、そうだな」

静かに言葉を交わし、揃ってこれまた同じように飲み物を口にする。
本当にこれだけを見れば、そっくりな親子である。
そんな親子のコミュニケーションの中に、一人の少女が入り込む。

「お兄ちゃん、お茶のお代わり持ってきたけれど」

「ああ、ありがとうなのは。丁度今、飲み終えた所だったんだ」

空になった湯飲みを受け取り、なのははそこへ新しく淹れてきたお茶を注ぐ。
真似をするようにすずが差し出したコップを笑いながら受け取り、こちらはコップごと新しい物を手渡す。

「ありがとう、ママ」

「ふふふ。じゃあ、ママも一緒させてもらおうかな」

すずの言葉に笑顔で返すと、なのはは恭也の隣に腰を下ろして自分もまたジュースを口にする。
特に何かを喋るでもなく、静かながらも充実した親子の時間が流れていく。

「ん?」

不意に恭也が小さく声を漏らし、すずの髪を手櫛で整える。
僅かばかりだが、どうやら髪が乱れていたらしくそれを直したようである。
それを見ていたなのはは自分の結んである髪に手を伸ばし、自分の髪もまた少し乱れてリボンが曲がっている事に気付く。
だが、何を思ったのか自分で直さずに恭也をじっと見詰める。
恭也の方は何故なのはが見てくるのか分からず、思わずなのはを見詰め返すも、その目が頭へと向かい、

「なのは、少しリボンが曲がっているぞ。あと、髪も直した方が良いな」

「あ、うん♪」

気付いてくれた恭也に嬉しそうに返事をするも、恭也はそう言ったきり何をするでもなく、
逆に何故、教えたのに直さないのかと不思議そうになのはを見遣る。

「む〜」

暫く待ってみたが、何もしてくれないと悟るとなのはは膨れながらも自分で髪とリボンを直す。
その様子に首を傾げながらも恭也は足の上で楽しそうに鼻歌を歌うすずに相好を崩す。

「……お兄ちゃん、なのはも乗って良い?」

「今はすずが乗っているから後でな」

「う〜、すずが端に寄れば二人で座れるよ」

「そうかもしれんが、どうしたんだ急に?」

「お兄ちゃんなんて、もう知らない!」

突然怒り出して立ち去っていくなのはの背中を呆然と見詰める恭也であったが、
下からすずが怒った顔で見上げているのに気付き、そちらへと顔を向ける。

「パパ、喧嘩はめー、でしょう」

「いや、喧嘩した訳じゃなくて……」

「ママ、悲しそうにしてた」

自分まで悲しいと言わんばかりにすずが顔を俯ける。
すずに言われ、恭也も立ち去る間際のなのはの顔を思い出す。
確かに怒ってはいたが、それ以上に寂しそうであったと。
すずの頭を撫でて慰めながら、恭也はさっきのやり取りを思い返す。
そして、ようやく自分がした事に思い至る。

(なのはもまだ甘えたい年だったな。ただでさえ、俺や美由希に自分から甘えようとしない子だというのに。
 ママと呼ばれている所為で、すっかりその事を忘れてすずばかり構いすぎたな)

反省し、恭也はすずの頭から手を離す。

「確かにパパが悪かったみたいだな。ママに謝りにいかないと」

「うん」

恭也の言葉にすずは嬉しそうに笑うと、急かすように恭也の足から飛び降りてその手を引っ張り出す。

「ほら、すずも一緒にごめんなさいしてあげるから」

「いや、一人で出来るから」

言いながらもすずに引っ張られてなのはの部屋までやって来る。
すずがじっと見上げてくる視線を感じながら、恭也は部屋をノックする。
少し不機嫌そうな声が返ってきたので、恭也は断りを入れてから部屋の扉を開ける。

「なのは、さっきは俺が悪かった。その、ついすずにばかり気がいってしまっていた。
 本当にすまない」

「……」

恭也の言葉になのはは無言で見返してくる。
だが、それは怒っているというよりも何か落ち込んでいるようであった。
ベッドに寝転がるなのはの隣に腰を下ろし、恭也はなのはの頭に手を置く。
一瞬だけ身体を強張らせるも、それを受け入れてぽつりぽつりと話し出す。

「なのはの方こそごめんなさい。すずばっかりお兄ちゃんが構うから……。
 本当にごめんなさい。すずは大事な子供だもんね。なのに、なのははすずに嫉妬して……」

「いや、なのはは悪くない。確かにすずは子供だが、それを言うのならなのはもまだ子供なんだ。
 将来は兎も角、今、俺の目の前にいるなのはがすずとあまり変わらないという事を忘れていたよ。
 だから、もっと甘えても良いんだぞ」

「お兄ちゃん」

恭也の言葉になのはは目を細めると、頭を撫でてくれている手にそっと触れる。

「本当に良いの?」

「ああ」

じっと見詰めてくるなのはにしっかりと頷き返すと、
なのはは遠慮がちにベッドに腰掛けた恭也の腰辺りに擦り寄ってくる。

「へへへ。何か久しぶりのような気がする」

「そうか。それは悪かったな」

甘えるように頬を足に摺り寄せ膝枕の体勢を取り、目を細めるなのはに恭也もまた笑みを零す。
すっかり仲直りをした二人の下に、それまで扉の傍で待っていたすずがようやく走り寄る。

「パパ、ママ〜。すずも〜」

言ってジャンプするすずを恭也が受け止め、なのはが手を広げて抱きしめる。
なのはに抱きしめられる格好でベッドに転がり、母娘揃って恭也の足を枕に楽しそうに笑う。

「ママ、もう元気になった?」

「うん、もう元気だよ。ごめんね、すずも心配してくれたんだね」

「えへへへ、元気になって良かったね。にゃぁ、ママ、くすぐったいよ〜」

すずの顎下をくすぐるように撫でると、すずは身を捩ってくねくねとなのはの手から逃れる。
だが、実際に手が離れるとすぐになのはへと擦り寄ってくる。

「パパ〜、ママ〜♪」

おねだりするような声を上げるすずの頭を、二人は揃って撫でてあげる。
恭也はもう一方の空いた方の手でなのはの頭を撫でる。
母と娘は揃って気持ち良さそうに目を細め、少しだけ頬を上気させて何とも気の抜けた声を同時に出す。

「「はぁぁぁ〜」」

その声も表情もとても幸せそうで、恭也も知らず笑みを零すのだった。



後日の話だが、今度は「大きくなったらパパのお嫁さんになる」と発言したすずと、
「パパはママのだよ」と反論したなのはによる母と娘の喧嘩が起こるのだが、それはまた別のお話である。





おわり




<あとがき>

今回は親子三人のみ。
美姫 「やっぱりなのはもまだまだ子供だものね」
そうそう。まだ甘えたいさ。
ってな訳で、こんな感じのお話で。
美姫 「後日談というか、おまけっぽいのは前にホークスさんが感想と共に仰っていた台詞ね」
うん。こういう形で使わせて頂きました。
美姫 「それじゃあ、今回はこの辺りで」
ではでは。







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