『ママは小学二年生』
〜11〜
「という訳で、第一回高町家鬼ごっこ・イン・臨海公園大会を開幕します〜」
「わ〜」
桃子の宣言に手を叩いて歓声を上げたのはすず一人である。
他の面々は何が始まるのか分からず隣同士で顔を見合わせる者、またかと頭を抱える者、
諦め気味に苦笑を見せる者などまちまちの反応である。
それらを代表するように、自然と恭也が桃子へと当然の疑問を口にした。
「ヘルプとして呼び出されたと思ったら、臨海公園に集合。
で、集合するなりそれではあまりよく分からないのだが?」
「えー、今ので分からないの? すずちゃんは分かったのにね〜」
「ね〜。しょうがないな、パパは。すずが説明してあげるね」
しょうがないと口にしつつ、大変嬉しそうな口調ですずは可愛らしく胸に手を当ててえへんと張る。
「今から鬼ごっこをするの!」
嬉しそうに成された説明はしかし、全く状況が変わらなかった。
それ自体は既に何となく察しているのである。
問題は、何故唐突に今なのか。そして、店はどうしたのかという疑問の方なのだ。
とは言え、にこにこと見上げてくるすずを前にしてはそんな事を口に出せるはずもなく、
恭也は頑張りましたと言う顔を見せるすずの頭を撫でてやる。
「そうか、ありがとうなすず。お蔭でよく分かったよ」
「どういたしまして♪」
恭也に褒められてご機嫌な様子ですずはそう口にする。
その隣で恭也は視線だけで桃子へと説明を促すと、桃子は肩を竦めて口を開く。
「お店の方は夕方まで松っちゃんがやってくれるって言ってくれてね。
バイトの子たちも頑張るから、孫と遊んであげてくださいって。
という訳で、電話ですずちゃんに何がしたいって聞いたら鬼ごっこだった訳よ。
それなら、一層のこと臨海公園の方が広いでしょう。という訳で、皆を呼んだのよ」
それなら初めにその説明をしてくれという言葉を飲み込み、恭也は納得したとすずを抱き上げながら頷く。
晶やレンも納得したらしく、同じように頷いており、ましてやここまで来て反対するような者もおらず、
こうして高町家鬼ごっこの幕が開いたのだった。
「という訳で、最初は私が鬼をやるから逃げて良いわよ。
とは言え、流石に広すぎるから逃げる範囲は決めてしまいましょう」
という桃子の提案に従い、海側はすずに何かあっては困ると除外され、
結果として広場のようになっている芝生一体と、その付近の林道が範囲となった。
早速数を数えだす桃子に、すずはきゃーきゃーと言いながら逃げ出す。
その様子に頬を緩めつつ、桃子はカウントダウンを済ませると走り出す。
狙いはすずである。
「ほらほら、すずちゃん早く逃げないと捕まえちゃうよ〜」
「やー、やー」
両手を伸ばして迫ってくる桃子に、すずは笑いながらあっちへ逃げ、こっちへと逃げる。
精一杯足を動かして逃げ、すずは木の陰に隠れる。
それを回り込み桃子は手を伸ばし、
「はい、タッチ〜。という訳で、次はレンちゃんが鬼ね」
「え、えぇぇー!」
すずが逃げ込んだのと同じ木の所で休んでいたレンにタッチをする。
てっきりすずを捕まえると思っていたレンは予想していなかった事態に思わず声を上げ、
その間にすずもレンから逃げ出す。
それを笑う晶を睨みつけ、レンはそちらへと当然の如く駆け出す。
そう、闘牛の前に赤い布切れをひらひらと見せたかのような反応で。
笑っていた晶も自分へと走ってくるレンを見ては逃げ出すしかない。
「へへん、ドン亀なんかに捕まるかよ!」
「ふん、逃げるんかおサル!」
「誰が逃げるか!」
「ほう、ならうちの拳を受けてみぃ!」
「望むところだ!」
レンの挑発にあっさりと乗り、その場で足を止めると腰を下ろして構える。
そんな晶を呆れたように鼻で笑い飛ばし、レンは突き出してきた晶の拳を綺麗に受け流して投げ飛ばす。
「はい、これで晶が鬼やで」
「って、テメー汚い真似を」
「汚くも何ともないで。こないな手に引っ掛かる方が可笑しいねん。
そもそもうちらが今やってるんは鬼ごっこやで? 晶さん、お頭入ってますか〜?
何や、騙したうちが言うのは何やけれど、ちょっと心配ですな〜」
散々言うだけ言って晶から離れていく。
当然ながら晶はレンを追おうとするのだが、なのはが見ているのに気付いて怒りを押さえ込む。
「という訳で、なのはちゃん覚悟!」
晶とレンが喧嘩するかもと近づいてきたなのはを標的に変え、晶が襲い掛かる。
「わっわ、晶ちゃんそれはずるいです」
「問答無用だよ、なのはちゃん! 勝負の世界は非情なんだ」
なのはの声に返しながら、晶は徐々になのはとの差を詰めていく。
そうして、数分もせずになのはが鬼となってしまう。
「うぅぅ、これがゲームならもっと粘れるのに」
「あははは、まあ諦めて頑張りなよ」
嘆くなのはに励ましの言葉を掛け、晶はさっさと逃げ出す。
と、その視界の隅に美由希の姿を見つけ、なのはは笑顔で振り返る。
対する美由希も笑顔で手まで振ってなのはに答え、なのはが近づくのをじっと見ている。
後少しで美由希の元へという所でダッシュすると逃げ出す。
「ごめんね、なのは」
「ああー! やっぱり逃げられたー!」
多分、逃げるだろうとは思っていたが、まさか全力で逃げるとは思わなかった。
ぐんぐんと遠ざかっていく背中を半ば呆然と見送り、なのはは次の標的を探す。
その視界の中に、木の後ろからぴょこぴょこと見えるサイドテールの尻尾。
間違いなくすずである。
本人は上手く隠れているつもりなのだろうが、髪の毛が見えてしまっている。
なのはは静かにそちらへと近づき、迂回するように木の裏へと回り込む。
「すず、み〜つけた〜」
「きゃぁ〜、ママが鬼さん〜」
なのはが姿を見せると、笑いながら悲鳴を上げて逃げ出す。
その後を追いかけるなのは。
「ほらほら、捕まえちゃうよ」
「逃げるもんね〜」
楽しげに追いかけっこする母娘の姿。
あちこちと逃げ回るすずを追いかけ、ようやくなのははすずを捕まえる。
「捕まえた〜」
「にゃぁ〜、捕まった〜。今度はすずが鬼だね〜」
「そうだよ。頑張るんだよ」
「うん!」
なのはの言葉に元気に頷き返すと、すずは早速目に付いた美由希へと向かって走り出す。
「美由希お姉ちゃん、捕まえた〜」
「ふふん、甘いよすず」
両手を突き出して抱きついてくるすずをジャンプして飛び越え、その背後に降り立つとにやりと笑う。
「それぐらいじゃあ、捕まってあげる訳にはいかないかな〜」
「む〜、捕まえるもん!」
言って伸ばされた手を美由希は後ろに跳んで躱す。
「甘いよ、すず。ほら、鬼さんこっちこっち。手の鳴る方へ〜」
手を叩いてすずを挑発すれば、すずは剥きになって美由希へと向かっていく。
それに対して美由希は背中を見せると全力疾走する。
「はわぁぁぁ、美由希お姉ちゃんはやーい」
思わず感心したように美由希の背中を見送るすず。
だが、他の面々は苦笑を浮かべたり頭を抱えていたりした。
まさか、四歳児相手に本気で逃げるか、と。
呆然と見送ったのも束の間、すずは美由希に追いつこうとこちらも全力で走り出す。
だが、当然ながら追いつけるはずもなく、林道の近くですずは息も荒く座り込むと休憩を取る。
「大丈夫か、すず」
「あ、パパ」
そんなすずが心配になったのか、近づいて声を掛ける恭也。
恭也の姿を見た途端、疲れているにも関わらずに立ち上がると恭也へと近づく。
近づいてくるすずを抱きとめるべく腰を下ろして待っていた恭也だったが、
その目の前で足を止めるとすずは恭也の腕にポンと触り、笑顔を見せる。
「わーい、パパを捕まえた〜」
「ああ、そう言えばすずが鬼だったな」
喜ぶすずに思わず笑みを零しながら、恭也が凄いなとすずを褒めてやる。
「えへへ。でも、美由希お姉ちゃんは捕まえられなかった〜」
少し残念そうにそう告げるすずに恭也は力強く言ってやる。
「なら、すずの敵は俺が取ってやろう。美由希を絶対に捕まえてやるからな」
「本当?」
「ああ。捕まえて、すずに見せてやろう」
「わーい、パパ、頑張って〜」
すずの声援に恭也は笑みを零し、近くの木の陰に隠れながら話を聞いて、
まるで蝉扱いとぼやいていた美由希の方へと顔を向ける。
「という訳で、大人しく捕まれ!」
「何がという訳か分からないけれど、はいって大人しく捕まる訳ないでしょう」
「父親の威厳のためにも捕まれ!
今なら、標本にするのは我慢して三日ほどしたらちゃんと自然に帰してやるぞ」
「いや、もう色々と突っ込みたいけれどやっぱり蝉扱い!?」
言いながら既に走り出していた美由希であったが、それは恭也の方も同様である。
二人は言い合いをしながらも全力で走り出し、あっという間に林の中へと姿を消していく。
「パパ凄い〜」
単純に美由希に勝るとも劣らない速さで消えていく背中に憧憬の眼差しを向けるすずの元へ、他の面々もやってくる。
「これは完全に二人の追いかけあいになりそうね」
「まあ、正直師匠や美由希ちゃんが本気で追いかけてきたら、俺たちじゃ逃げ切れませんしね」
「今の内にうちらはゆっくりと休んでおきましょう」
桃子の言葉に晶、レンと続けて応える中なのはも頷きつつすずの手を取る。
そんな一同の前を美由希が走り抜けて行き、すぐ後を恭也が追って行く。
完全に標的を美由希にしてしまっているらしく、向こうから他の人が居たのにという美由希の声が聞こえてくる。
喋りながら走り周っているお蔭で大よそに位置は分かり、そちらへと顔を向ければ、
美由希が木の幹を蹴って宙に舞い、枝を掴んで次の枝へと跳んでいる。
その後を追い、恭也もまた枝から枝へと跳んでいる。
「あー、人間離れした鬼ごっこは放っておきましょう」
桃子の言葉に一同が頷く中、二人の鬼ごっこは更に過熱していく。
それから数分後、すずの前に両手両足を縛られた美由希を担いだ恭也が姿を見せる。
「ただいま、すず。ほら、これが美由希という生命体だぞ」
「パパ凄い〜」
単純に恭也を褒めるすずの前に投げ出された美由希は、自由にならない身体を精一杯動かし抗議の声を上げる。
「扱いが酷すぎるよ! そもそも、鬼ごっこで鬼を縛るってなに!?」
「安心しろ、すずが飽きたらちゃんと解放して本来の鬼役に戻してやるから」
「いやいや、可笑しいから! 既に鬼ごっこじゃないし!
それに飽きるって何をする気!?」
「と、冗談はこれぐらいにするか。という訳で、次は美由希が鬼だから逃げるぞ、すず」
「うん」
恭也に手を握られ、逃げ始める二人になのはも付いていく。
すぐに気付いた恭也がなのはの手も取り、三人揃って逃げて行く。
それを見て桃子たちも逃げ出すのだが、その背中に美由希の必死の声が響く。
「ちょっと待って! これ、これを解いてよ!
幾らなんでもこれじゃ追いかける所か、走れないって!」
縛られた自分の両手両足をジタバタと動かして主張する美由希に、
三人は顔を見合わせると仕方ないとそれを解いてやる。
こうして鬼ごっこを再会した一同は、その日夕方近くまで遊び倒したのだった。
おわり
<あとがき>
まず初めに美由希の事は〜以下略
美姫 「遂に略してしまったのね」
あははは、まあ冗談だよ。
それはさておき、今回は高町家皆で遊びましょうという事で。
美姫 「鬼ごっこなのね」
おう! という訳で、鬼ごっこ編でした〜。
美姫 「それじゃあ、今回はこの辺で」
ではでは。
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