『ママは小学二年生』






〜14〜



「ではこれより、第十二回高町家家族会議を行いたいと思います。
 司会は私、高町家長女高町美由希でお送りします」

そう宣言すると眼鏡をクイと人差し指で軽く持ち上げ、おもむろにテーブルに肘を着いて顎の下で両手を組む。
そして隣に座る晶へと視線で合図を送る。

「本日の議題はどうやってすずちゃんがここに来たのかについてです」

「確かにおサルの言うように、その辺りは詳しく考えてなかったな。おサルにしては良い所に気が付いたな。
 というよりも、美由希ちゃんが気付いたという事やろうけれどな」

晶の言葉に頷き言い放ったレンの言葉に反応し、晶が喧嘩腰に睨みつけるも、なのはが居るので互いに大人しくしている。
そんなやり取りを呆れたように眺めつつ、恭也はとりあえず美由希の行動に真っ先に突っ込んでおく。
それを華麗に聞き流し、美由希は組んだままだった両手を下ろすと、

「まあ、実際問題としてどうやって来たのかが分からないと帰る方法も思いつかないからね。
 すずちゃんが居てくれるのは嬉しいけれど、いつまでもって訳にもいかないでしょう」

もっともらしい事を言う美由希に恭也も納得し、退屈そうに膝の上に座って小さく欠伸を零すすずを見下ろす。
恭也の視線に気付いたのか、すずは顔を上げて恭也と目が合うとにぱっと笑顔を見せる。
すずの笑顔に頬を緩めつつ、恭也は指ですずの頬を突っついてその柔らかくも弾力のある感触を楽しむ。
弄られているすずの方も時折くすぐったそうに小さく身を捩るも、楽しそうな笑みを浮かべて恭也の指とじゃれる。
そんな光景に頬を緩めていた美由希であったが、活を入れるように頬を叩き――あまりにも強く叩きすぎて机に突っ伏し、
師匠から冷ややかな視線を貰いつつも、何とか気を取り直してもう一度今回の会議の議題を口にする。

「さて、何か意見のある人は?」

「はい、美由希ちゃん」

「はい、それじゃあレン」

何故か嬉々として手を上げるレンをこちらもまたノリノリで指名する美由希。

「うちらの周りで不思議な力を持ってはるいうたら那美さんです。
 なら、那美さん絡みとかじゃないかとうちは思います」

「つまり、レンは霊障関係じゃないかと思うんだね」

「はい」

「ちょっと待った!」

二人の話を聞いていた晶がこちらもまた手を上げる。
それを見据え、美由希は今度は晶を指名する。

「はい、晶」

「不思議な力って言うのなら、HGSだってそうじゃないか。
 だとしたら、フィアッセさんは今は海鳴にいないから違うとしても、フィリス先生たちが――」

「アホやアホやと思っとったけれど、そこまでとはな」

「んだとー!」

「事実やないか。確かにHGSの力という可能性はあるかもしれん。
 だとしても、未来から来てるんやで。フィアッセさんが来ている時かもしれへんやろう。
 つまり、HGSという可能性を考えるんやったら、フィアッセさんかて可能性に入れとかんかい」

「ぐっ、た、確かにお前の言うとおりだ。
 だがな、そこまでぼろくそに言われる覚えはねぇ!」

言って椅子を倒して立ち上がり構える晶。
対するレンは余裕の笑みを浮かべたままゆっくりと立ち上がり、

「二人とも、まさかとは思うけれどこんな所で暴れたりしないよね?」

酷く抑えられた声に二人は思わず動きを止め、レンは何事もなかったかのように座り直し、
晶は笑いながら倒れた椅子を元に戻すと、こちらも座り直す。

「あははは、やだななのちゃん。俺たちが暴れたりするはずないだろう。
 意見が白熱して、偶々立ち上がる際に椅子が倒れただけだって」

「そうやで。うちはその倒れた椅子を戻そうと立っただけで」

「だよね。すずの教育上、今ここでそんな事をするはずないよね」

言って笑顔で納得するなのはを見ながら、二人は思わずテーブルの下で顔を見合わせて小声で、

「な、何かなのちゃん、今までに増して迫力が出てきたというか……」

「ああ、分かるで。これが母親の強さなんかもしれんな。
 とりあえず、暫くは大人しいしとこう」

「だな」

二人して密約めいたやり取りをするのだった。

「パパ〜」

「うん、退屈か。もう少し我慢してくれなすず」

「うん。ふにゃぁぁぁ」

恭也に撫でられ、気持ち良さそうに目を細めて縋り付く。
恭也に構ってもらえただけで満足なのか、すずは大人しく恭也の指を使って一人で遊び始める。
思わず和む一同であったが、美由希が咳払いを一つし、今度は自分から発言をする。

「私の推測は、弟子を虐めすぎた何処かの朴念仁が変な力に目覚めて、それに巻き込まれたというものなんだけれど」

「美由希ちゃん、流石にそれは無理があり過ぎるって」

「と言うか、お師匠の目が笑ってないんやけれど」

「あ、あははは、じょ、冗談だよ恭ちゃん?
 幾ら恭ちゃんでも人間は止めないよね、うん」

「真面目に考えろ、このバカ弟子が」

「うぅぅ。あ、じゃあ、こういうのはどう?
 なのはが魔法に目覚めて――嘘です、ごめんなさい」

再度推測を口にするも、即座に殺気を込めた視線に晒されて謝る美由希。
晶やレンは呆れたような、何とも言えない表情に苦笑を浮かべ、なのはも似たような表情で姉を見詰める。

「えっと、ラベンダーの匂いを嗅いだとか、手に変な数字が浮かぶ薬を飲んでしまったとか」

言いつつ徐々に声が小さくなっていく。
同時に身体を縮こまらせる美由希。
そんな姉の姿を見ながら、なのはが意見を述べる。

「雷や地震とかの大きなエネルギーが作用したとかは?」

「美由希の意見よりも素晴らしいぞ、なのは」

「えへへ」

恭也に褒められて嬉しそうにするなのはを眺め、美由希は恭也も何か意見を述べてよと話を振る。
美由希の言葉にすずの相手をしながら恭也は暫し考え、何か思いついたのか少し嫌な顔をしつつ口を開く。

「すずが来た日に晶が言っていたが、本当に忍が作った機械という可能性だな。しかも、何かの失敗作で。
 もしくは、タイムマシンそのものを、それも未来から過去という一方通行専用のものを作った、とか」

恭也の発したある意味、とんでもない発言に、しかしその場の誰も笑い出さない。
数秒の沈黙が降り、

「な、何でだろうな」

「ああ、言いたい事はよう分かる。あの時も感じたけれど……」

「今までの意見もあり得るかもしれないけれど、どうなのかなって感じだったのにね」

「忍さんの名前が出た途端、何故こんなにも納得できてしまうんだろう」

晶、レンに続きなのはや美由希も思わず納得してしまっていた。
言った恭也本人も初日同様、何故か納得してしまう自分に思わず溜め息を零す。
と、それが耳にでも当たったのか、すずがくすぐったそうにする。
またしてもすずと目が合い、恭也はここに当人が居るんだったと思い直すと、

「すず、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「なぁに、パパ?」

「すずがここに来る――、えっとママが小さくなる前に何をしていたか覚えているか?」

恭也の問い掛けにすずは何か思い出そうと目を瞑り、恭也を含めて他の面々はすずをじっと見守る。
やがて、すずは目を開けると、

「それは禁則事項です♪」

口元に人差し指をつけ、ウィンクしながらそう言う。
思わずポカンとした顔をする者、自分の娘の可愛さに頬を緩める者など様々な反応を見せる中、
いち早く我に返った恭也がすずに尋ねる。

「すず、それは?」

「ママがね、何か聞かれたらこう言うようにって」

「という事は未来のなのはは少なくとも事情を知っているという事か?
 それは兎も角、何を教えているんだ、なのは」

「にゃっ! い、今のなのはに言われても……」

「そうだよ恭ちゃん。それにすずちゃんにそう言い聞かせているって事は多分、何かあるんじゃないかな。
 そもそも未来なんだから、現状も経験したという事だろうし」

「それにしても、聞かれたらそう答えるように教えられていたとは言え、よく覚えてましたね」

感心する晶に親バカな恭也はすずの頭を偉い偉いと撫ぜてやる。
意味は分かっていないようだが、すずは単純に恭也に撫でられる事を喜び、そこへなのはの手も伸びる。
両親に撫でられて嬉しそうにしているすずを見ながら、美由希は肩を竦める。

「少なくとも、向こうから何らかの方法ですずちゃんを呼び戻す方法を持っていると考えても大丈夫みたいだね」

「何でそう思ったんや、美由希ちゃん」

レンの問い掛けに恭也たちも美由希を見るも、美由希はもう一度大げさなぐらいに肩を竦め、恭也たち親子を指差す。

「だって、恭ちゃんもなのはもすずちゃんに相当甘いよ。
 そうじゃなくても、この二人が居なくなった家族を放っておくとも思えないし、過去となるこの出来事も経験しているはずだもの。
 その上でなのはがさっきの言葉をすずちゃんに言い含めていたのなら、向こうで対処するか、
 伝えなくても、こっちで元の時代に戻す方法がいつかは判明するって事でしょう」

美由希の言葉に他の者たちも納得したのを受けて、美由希は会議の終了を宣言する。
ふざけたような事も口にしていたが、美由希は美由希でちゃんとすずの事を考えて会議を開いたのだ。
だが、恐らくは大丈夫だろうと考え、今はすずを可愛がる事にする。
言って美由希はすずの頬を突っつく。

「あー、もう本当に可愛いな〜」

「んにゃ、ふみゅ」

頬を突付かれるたびに可笑しな声を上げるのだが、それがまた美由希は気に入ったらしく、更に頬を突っつく。
が、不意にその頭上に拳が落ちる。

「お前は人の娘をおもちゃにするな」

「う〜、おもちゃにしたんじゃなくて可愛がっていただけなのに……」

頭を押さえつつ文句を言う美由希の頬を、伸びてきた小さな手が突っつく。
それは仕返しとばかりに数度美由希の頬を突っつき、反応がないと分かると恭也を真似て頭上に掌をポンと置く。

「恭ちゃん、大事な妹がおもちゃにされているよ。早く助けて!」

「寝言を言う前に何か鳴け」

「って、ひ、酷い、酷すぎるよ!」

恭也の言葉に項垂れる美由希の頭に、再びすずの手が下りて数回撫でる。

「よしよし。痛いの、痛いのとんでけ〜。もう大丈夫、美由希お姉ちゃん」

美由希が痛がっていると思って取ったすずの行動に、なのはは笑い出し、美由希は複雑な顔を見せるも、すぐに笑顔ですずに抱き付く。

「すずちゃんのお蔭でもう大丈夫だよ、ありがとうね〜」

すずに抱き付く美由希を見て、なのはは服の裾を掴んで引っ張る。

「む〜、お姉ちゃん、お兄ちゃんに引っ付き過ぎです」

「いや、私は恭ちゃんじゃなくてすずちゃんに抱き付いていて……」

「そうは見えませんでした」

「いや、よく見てよ。ほら、こうやって……」

「あー、今のは明らかにお兄ちゃんに抱き付きましたね」

「いやいや、よく見てよ」

そんな風に目の前で争う妹たちと、それを楽しそうに見ているすずを見下ろして、恭也は小さな溜め息を零すのだった。





おわり




<あとがき>

すずが過去に来た理由を暴く……はずが結局はうやむやに。
美姫 「もう少しすずには居てもらわないとね」
まあな。次はどうしようかな。
他にもちょこちょことした事を恭也たち親子にはしてもらって……。
美姫 「それじゃあ、また次回で」
ではでは。







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