『ママは小学二年生』






〜16〜



デパートの一角、そこには買い物に来た恭也とすずの姿があった。
二人が今居るのは、いつもなら少々精神的に疲れを感じながらも買い物が終わるのをじっと待つ休憩場。
だが、今日はすずという相手がいる事もあってか、恭也の方もいつもよりも穏やかな表情である。
自分の買い物は特になく、すずの買い物も既に済み、残るは二人の妹の買い物だけ。
そんな訳で少し疲れた感じのすずとこうして休憩場で待っていたりする。

「それにしても、相変わらず長いな」

どうせ美由希辺りがまた悩んでいるのだろうと決め付け、恭也は隣に座りジュースを飲んでいるすずを見遣る。
こちらの方は既に疲れも取れたのか、小さく喉を鳴らしてぷはぁと丁度一息入れた所であった。
そんな様子に自然と頬が緩むのを感じつつ眺めていると、視線を感じたのかすずがこちらを見上げ、
恭也と目が合うと嬉しそうににぱぁと笑い掛けてくる。
それに微笑ながらも微笑み返してやり、優しく頭を撫でてやるとすずは嬉しそうに目を細める。
癒されるそんな風景の中に、三人の女性が近付いて来たのはすずがジュースを飲み終えた頃であった。
親子と呼ぶにはまだ若い恭也に興味を抱いたのか、単にすずに興味を持ったのか、
女性たちは手にしたお菓子をすずにあげ、恭也へと話しかけてくる。
すずの可愛らしさに声を掛けてきたのだろうと、親ばか全開な事を考えていた恭也であったが、
傍から見て、また話を聞くだけで女性たちの目的が恭也であるのは分かる事である。
単に年の離れた兄妹として見られており、そこにどうして来たのかという問いに妹の荷物持ちと答えたのが悪かった。
だが、恭也は女性たちの意図には気付いておらず、世間話などを軽く交わす。
そこへ買い物を終えた美由希となのはがやって来て、すずはベンチを降りるとなのはの元へと向かう。

「ママ〜」

言って抱きついたなのはを見て、女性たちは揃って首を捻るも冗談か、もしくは美由希を若いママと考えたのだろう。
その上で恭也を連れ出しても良いかと尋ねるべく一人が口を開くのだが、それよりも先にすずが恭也を呼ぶ。

「パパ、ママのお買い物終わったよ」

その言葉に女性は恭也を振り返り、その反応から冗談ではないと悟ると謝罪しながら立ち去っていく。
何故、謝られたのか分かっていない恭也に美由希が溜め息を吐く中、なのはは笑顔で帰宅を宣言する。
すずの手を繋いで歩くなのはの後ろを歩きながら、恭也は隣に並ぶ美由希へと小声で話しかける。

「なぁ、なのは何か怒ってないか」

「うーん、やっぱり怒っているのかな」

半ば無理矢理なのはから荷物を奪うような形で持ち、恭也はその際のなのはの反応からそう考えたのだが、
やはり美由希にも怒っているように見えるらしい。
ただ、笑顔であるために確証を持てないといったような感じではあるが。
実際、すずと話をしているなのははいつもと変わらないのだ。
揃って首を傾げる師弟の内緒話になど気付かず、なのははすずの手を取って家路に着く。
それから程なくして、恭也と美由希はなのはが怒っているという結論に達する事となる。
何故なら、なのはが道中、恭也と一切話をしなかったからだ。
恭也から何とか話しかけてみても、うんとかううんといった言葉で会話を打ち切ってしまうのである。
美由希は何となく理由まで察したようではあったが、恭也は一人ずっと心情的に首を傾げたままであった。
そんな感じで家へと帰宅した一行であったが、今まで恭也と会話しようとしなかったなのはが、
家に着くなり恭也に話があると恭也の部屋へと向かう。
その間、すずを美由希に頼むとだけ告げるとなのはは先に行ってしまう。
その後をやはり首を傾げた恭也は着いて行く。

「…………」

「…………」

恭也の自室で無言のまま向き合う事、数分。
未だになのはから口を開く気配もなく、恭也としてはどうしたものかと困り果てていた。
やはり、ここは自分から口を開くべきだろうか。
または少し空気を和ますために、お茶でも淹れてこようか。
そんな事を考えていた矢先、ようやくなのはの口が開かれ、長い長い沈黙が破られる。

「お兄ちゃん、そこに座ってください」

「いや、既に座っているんだが?」

なのはの言葉に思わずついて出た言葉。
だが、その反論を耳にしてなのはは畳をバンバンと叩くと、先程よりも強い口調で言う。

「正座です!」

何となく逆らわない方が良いと感じたのか、恭也は言われるままに大人しく正座をする。
それを見届け、なのははむすっとした表情のまま話し始める。

「お兄ちゃん、今日のアレは何ですか」

「アレ?」

なのはが何の事を言っているのかは分からないが、それが原因で怒っているのだろうという事はその口調から理解する。
だが、幾ら考えてもなのはを怒らせるような事に覚えがなく、恭也は本当に分からないという様子でなのはを見る。

「デパートでお姉ちゃんと買い物をしていた時の事です」

「……ああ、すずに話しかけてきたあの人たちの事か」

ようやく分かったといった様子の恭也であったが、それの何がここまでなのはを不機嫌にさせているのかは分かっていない。
別にすずに危害を加えようとしていた訳でもないし、と真剣に悩み始める恭也の前で、
なのはは怒った顔で瞳だけは潤ませて恭也を睨み付ける。

「浮気だなんて、酷い!」

そう言って怒るなのはに、最初恭也は意味が分からずにいたが、何を言われたのか理解するとすぐさま反論する。

「ちょっと待て、誰がいつそんな事をした」

「すずまでだしに使って、お姉さんたちに声を掛けていたじゃない」

「それは誤解だ! そもそも、向こうから声を掛けて来たのであって、俺から掛けた訳じゃない」

「そう、向こうから声を掛けてきたから浮気じゃないと言うんですね」

「そんな無茶苦茶な事は言ってないだろう。そもそも、浮気も何も俺となのははまだ……」

「それを言うんですか。すずという子供まで居るのに、今はまだだからって他の女の人と……」

「誰もそんな事は言ってないだろう。そもそも、彼女たちは俺じゃなくてすずに声を掛けて来たんであって……」

なのはを落ち着かせようと言葉を並べるも、恭也は何故、こんな修羅場を早くも経験しているのか、とか、
小学生のなのはが何でそんな事を言い出すのだ、とか色々と考え、結局は女の子は早熟だと納得する。
こちらに対する納得はできたものの、問題としてなのはが誤解して怒っているという事実には変わりなく、
恭也は心底困ったような表情を見せる。とは言え、誰かが助けてくれる訳でもなく。

「なのは、とりあえず落ち着いて俺の話を聞いてくれ。
 将来、俺となのはに何があるのかは分からないけれど、これだけは約束できるから」

できる限り優しい声を出し、なのはを落ち着かせるように両肩をそっと掴んで正面から真っ直ぐに見詰める。
なのはもそれによって少しは落ち着いたのか、恭也の言葉に耳を傾ける余裕はできたようである。
それを確かめて恭也はゆっくりと言葉を続ける。

「なのはを悲しませるような事はしないから、絶対に」

恭也の言葉を理解したのか、なのはが小さく頷くのを見て恭也は少し躊躇ったもののなのはを抱き寄せる。
流石になのはもこれには驚いた様子で、最初はじたばたと手足を恥ずかしさから動かしていたが、やがて大人しくなる。
恭也自身も照れつつも、いつものなのはに戻ったのを確認すると抱擁から解放し、
デパートの一件をもう一度説明しようとする。
だが、落ち着いたなのはには既に状況は理解できており、首を横へと降る。

「ごめんね、お兄ちゃん。本当はそんな事あるはずないって分かっていたはずなのに。
 どうしてか、さっきは気持ちが抑えられなかったの……」

本当にすまなさそうな顔を見せるなのはを責める事など恭也がするはずもなく、
充分に反省して逆に落ち込んでいるなのはを優しく撫でてやる。

「分かってくれたのなら良い」

「うん、ごめんね」

撫でていない方の手を取り、なのはは自分の頬を持ってくと頬擦りする。
その様子から、もう沈んでもいないと察して胸を撫で下ろす恭也であったが、流石にこれは恥ずかしいのか、
誤魔化すように意地の悪い笑みを見せ、

「それにしても、さっきまでのなのはは小学生とはとても思えなかったな」

「うっ。だ、だって、あれは……。
 そ、それになのははこれでもお母さんであり、女なんだもの」

恭也の意地悪い言葉に少し慌てふためきつつも、次の瞬間には恭也でさえドキリとさせるような表情できっぱりと言う。
思わずその顔に見惚れてしまったのを隠すように、やや乱暴に頭を撫で、頬に当たっていた手でほっぺたを摘んで誤魔化す。
講義の声を上げるなのはを軽くいなしながら、最後に優しく頭を撫でてやり立ち上がる。

「ほら、いつまでも拗ねた顔をしてないでリビングに行こう。
 美由希にすずを任せているのも不安だしな」

「もう、お兄ちゃんったらすぐにそうやって意地悪ばっかり言うんだから。
 そんな事ばっかり口にするから、お姉ちゃんが拗ねるんだよ」

恭也の言葉に笑いながらなのはも立ち上がると、部屋を出ようとする恭也の背中に抱き付く。

「…………今日は本当にごめんね」

「いや、良い。気にするな」

背中から抱き付いてくるなのはの気が済むまで好きにさせてやろうと、恭也は扉に掛けていた手を静かに下ろすのだった。





おわり




<あとがき>

と言う事で、今回はすずの出番が少ないです。
美姫 「恭也となのはの夫婦喧嘩ね」
ああ。そんなこんなで、すずの出番が減ってしまったが。
美姫 「次にはちゃんと出番をあげないとね」
だな。という訳で、今回はこの辺で。
美姫 「それじゃあ、また次回で〜」
ではでは。







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