『ママは小学二年生』
〜18〜
遠くから祭囃子が聞こえてくる道を並んで歩く恭也となのは。
その二人よりも数歩先をトテトテと小さな歩幅で先行して歩くのは、二人の娘のすずである。
「パパ、ママはやく〜」
体中から待ちきれないという雰囲気を醸し出し、浴衣姿のすずはぶんぶんと手を振る。
結われた髪が解けそうになるのも構わず、すずは恭也たちの元へと走りよりその手を掴むと、
「ほら、はやく、はやく」
更に二人を急かすように引っ張る。
そんなすずの態度を微笑ましく見守りながら、恭也は少し落ち着くように頭に手を置く。
撫でられる事が嬉しいのか、恭也の手が頭に乗った瞬間に、あれ程急いでいたにも関わらず、すずは足を止め、
その隙になのはしゃがみ込むと、少し乱れた浴衣の前を整えてやる。
そうして改めて手を繋いで親子三人は歩き出す。
次第に祭囃子も大きくなり、提灯が照らす橙色の明かりがすずの顔を照らすようになると、
再び駆け出しそうな勢いで身体をうずうずとさせるすず。
だが、今度は両手を恭也となのはに繋がれており、一人先に進むような事はない。
「人が多いから、手を離すんじゃないぞ」
「はーい」
元気に返事をしつつも、その目は周りの屋台へと向かっている。
なのはと二人顔を見合わせて微笑み合いつつ、恭也はなのはにもはぐれないように言っておく。
恭也の言葉に素直に返事し、すずと繋いだ手をしっかりと握りなおす。
「さて、それじゃあ、回ってみるか」
恭也の言葉を合図に親子三人は屋台を見て回る。
「パパ、あれはなに?」
「あれは金魚すくいといって、ああして金魚を取って遊ぶんだ。
取った金魚は近くの屋台で調理してもらえ……というのは、冗談だ」
純粋に信じ込みそうなすずに気付き、またなのはからの無言の視線もあって、恭也はすぐに嘘を引っ込める。
避難がましい視線を気付かない振りをしてやり過ごそうとする恭也に、すずが金魚すくいの方を指差し、
「晶お姉ちゃんとレンお姉ちゃんだ」
言われて改めて金魚すくいの方を見れば、確かに晶とレンの姿があり、
二人は金魚を掬うためのポイを手に持ち、真剣な目つきで並んで屈みこんでいる。
「だりゃぁぁぁっ!」
力いっぱい突き入れられた晶のポイは、その勢いに耐え切れずにあっさりと穴を開ける。
それを横目で笑い飛ばし、レンは静かにポイを水に入れると金魚を掬い上げる。
「にょほほほ〜、おサルには難し過ぎるお遊びやったかな〜。
なぁ、勝負を言い出した晶くん」
「くっ、流石はカメなだけあって、水はお手のものですか。
なら、次は型抜きで勝負だ!」
「のほほほほ、良いでなんぼでも受けて立ったるで〜。また返り討ちにしたる」
二人は睨み合うと、恭也たちが声を掛ける暇もなく、あっという間に人ごみへと消えていく。
残された屋台のおっちゃんも、レンに取られた金魚のお椀を見ながら困ったような顔をしていた。
「あの二人はこんな所でも勝負か」
「でも、喧嘩じゃないみたいだから良いんじゃないかな」
二人の様子に知らず呆れた様子を見せていた恭也へと笑い掛け、なのははすずの手を引いて次へと向かう。
「お兄ちゃん、あそこに居るの忍さんじゃない?」
暫く歩いていると、不意になのはが屋台の一つを指差す。
見れば、確かに忍らしくその隣にはノエルの姿もあった。
何やらノエルが言い、忍はその声にも耳を貸さずに屋台のおじさんへとお金を払っている。
「あそこは……、くじ引きか」
人ごみをすり抜けて忍たちの下へとやって来れば、恭也の言うようにそこはくじ引きの屋台で、
忍が今も目の前に並べられた紐を親の敵でも見るかのように睨みつけている。
その所為で恭也たちに気付かない忍とは違い、頭が痛いとばかりにこめかみを押さえていたノエルは気付いて頭を下げてくる。
「忍の奴は何をしているんですか」
「はい、ここの屋台に出ている六等の賞品が欲しいとかで」
「一等じゃなくて?」
ノエルの言葉を不思議に思い、なのはが景品を見ようとすると、当の忍が声を上げる。
「ああー! 今度は三等!?
最新のゲームソフトだか何だか知らないけれど、こんなのいらないわよ!」
「いやいや、三等ならたいしたものだろうに」
「って、あれ、恭也? ああ、なのはちゃんにすずちゃんも。こんばんは」
挨拶がてら休憩を入れるつもりなのか、忍は屋台から離れて恭也たちの所へとやって来る。
「あの忍さん、六等の景品って何なんですか?」
「うん? ああ、昔のゲームソフトの詰め合わせなんだけれどね。
その中に今では中々手に入らないゲームソフトがあるのよ。今当てた三等と交換してくれないかしら。
向こうとしても損どころか、得なはずだし」
真剣に考え出す忍にノエルは呆れたとばかりに肩を竦め、恭也たちもただ笑みを浮かべる。
「でも、やっぱりちゃんと引いて当てたいしね。
さて、休憩もした事だしもう一度やってくるわ」
「まあ、頑張れ」
何を言っても無駄と悟ったのか、恭也は何も言わず忍を見送り、その後ろを会釈してノエルが付いて行く。
そんな主従を見送り、三人は次へと向かう。
「そう言えば少し腹が減ったな。丁度、たこ焼きがあるし買うか」
恭也はたこ焼きを買うと少しだけ道を外れ、そこにあったベンチに腰掛ける。
「いただきま〜す」
早速手を伸ばしたすずに熱いから気を付けるように注意をし、自分も一つ口に入れる。
二人してハフハフ言いながら食べる様子を微笑ましく見ていたなのはだったが、ハンカチを取り出してすずの口元を拭う。
「ほら、すず。浴衣の袖で拭かないの。ソースは付いたら落ち難いでしょう」
「う〜ん」
大人しくなのはに口を拭いてもらうと、もう一つ放り込む。
「ほら、なのはも一つ」
「うん。あーん」
恭也の言葉に口を開けるなのはに、恭也は自分で取れと言うもじっと見詰められて仕方なく少し冷ましてから放り込んでやる。
それを見ていたすずも伸ばしていた手を止め、恭也へと顔を向けると口を開ける。
「パパ、すずもあーん」
「……はぁ、仕方ないな」
そう言いながらも目元は少し笑っており、恭也はすずにも食べさせたやるのだった。
その後も軽く屋台を摘み、すずを肩車してなのはと手を繋ぎながら適当に見て回っていると、前方に非情に見慣れた後姿を見つける。
すずとなのはも気付いたのか、その後ろ姿へと声を掛ける。
「美由希お姉ちゃん、那美お姉ちゃん」
「ん? ふぁ、すずふぁんにふぉうふぁん、なのふぁふぉ……んぐんぐ」
「んぐぐ!?」
「口の中のものを食べてから喋れ。那美さんも慌てて飲み込もうとしなくても良いですから」
口の中に物を入れたまま喋り出す美由希と、挨拶を返そうと飲み込もうとして喉を詰まらせる那美。
対照的な二人にそれぞれ注意をする恭也の前で、美由希が那美へと飲み物を手渡す。
ようやく二人して喋れるようになって挨拶してくる。
「それにしても、凄い量だな」
呆れ半分、感心半分といった感じで恭也は美由希が両手で抱えている食べ物を見遣る。
たこ焼きに焼きソバお好み焼き。指の間には綿飴にりんご飴、フランクフルトと手に持ち、
その上で器用に箸を使って食べていたようである。
「あ、あははは。どれも美味しそうに見えて、つい」
浴衣の腰には内輪を帯に指し、お面を顔の横にずらしてつけた格好の美由希は、全力でお祭りを楽しんでいるとよく分かる。
友達と、それも親友と呼べる那美と回れるのが嬉しいのだろうと簡単に想像でき、恭也は珍しくそれ以上は突っ込まないでいた。
「あはは、一応止めたんですけれど」
そういう那美の方もかなり楽しんでいるみたいで、美由希ほどではないにせよ、両手に色々と持っていた。
「あ、那美さん、そのチョコバナナ少しください」
「はい、どうぞ。そっちのフランクフルト少しもらいますね」
今も二人して食べ物を交換したりしている。
「まあ、美由希が迷惑を掛けていないのなら良いんですが」
「恭ちゃん、幾らなんでも酷いよ。あ、すずちゃんも何か食べる?」
「これなに、雲みたい!」
「あはは、綿飴だよ。はい、あーん」
すずに綿飴を差し出し食べさせながら、恭也やなのはにも持っている物を差し出す。
「しかし、本当にたくさん買ったもんだな」
「でも、昔の恭ちゃんや士郎父さんみたいに射的や金魚すくいの店を荒らしたりはしてないよ」
「あれは俺じゃなくて、主に父さんだ」
そんなやり取りをしつつ、美由希は被っていたお面をすずにつけてやる。
「そっちは親子三人で仲良く見てたって所かな」
「えへへ。そう言えば、晶ちゃんたち見なかった?」
「ああ、型抜きで勝負していたのは見たかな」
「なら、その後で輪投げしていたのか」
「あ、でもさっき射的の屋台にいましたよ」
「いくつ勝負する気だ、あいつらも」
美由希だけでなく、那美からも目撃情報を得て、恭也たちは自分たちが見た分も合わせて数え、呆れたように呟く。
見れば、美由希たちも同じような事を思ったのか、似たような表情をしていた。
「まあ、あの二人も楽しんでいるみたいだし問題ないだろう」
思わず沈黙してしまった空気を払うようにそう言い放ち、恭也は肩の上に乗るすずに顔を向ける。
「さて、すず次は何処に行く?」
そう声を掛けるも、すずはじっと一箇所を見て恭也の声が聞こえていないのか返事をしない。
その視線を追えば、どうやら一つの屋台へと続いており恭也たちはそちらへと向かう。
そこでようやくすずも気付いたらしく、その屋台に置かれてあったぬいぐるみを指差す。
「猫さん」
すずが指差したのは猫のぬいぐるみで、そこは射的の屋台であった。
「お兄ちゃん」
なのはに呼ばれ、言わんとしている所を悟った恭也はとりあえずやって見る事にする。
すずを下ろし、銃を手に取る。
「とは言え、銃は対峙した際の対処法は知っていても、使った事はないんだが」
「恭ちゃん、そういう物騒な事は口にしない方が良いと思うな」
苦笑しつつ美由希もまた恭也の隣で銃を手にすると、不適な笑みを見せる。
二人は暫し無言で視線を交わすと、同時に構える。
どちらも狙いは同じすずが欲しがった猫のぬいぐるみであった。
ほぼ同時に二人の指が引き金を引く。
「「…………」」
「飛針なら当てる自信があるんだが」
「うん、私も。意外と銃って難しいんだね」
共に外した二人はそんな事を口にするともう一度構える。
二発目も外し、二人は無言でぬいぐるみを睨みつける。
「動かない的の癖に中々生意気な」
「と言うか、恭ちゃんこれって撃った後、銃弾が何か曲がっているような気がするんだけれど」
互いに三度構えて引き金を引くも、やはりこれも外れる。
「残り二発か」
「ふふん、私はコツが掴めたよ。次こそは当ててみせるよ」
渋い表情をする恭也とは違い、美由希は自信満々で言い放つ。
四発目、恭也は外したものの美由希は宣言通りに当てる。
だが、当たったは良いがぬいぐるみは少し動いたものの台から落ちなかった。
「当てるだけでは意味がないんだぞ」
「わ、分かっているよ。それでも、そもそも当てる事すらまだ出来ない恭ちゃんよりはましだと思うよ」
「ほう、たかが一度当てたぐらいでそんな口をきくか」
「一度も当たらない恭ちゃんとは違うからね」
「次は当てる」
「なら、私は次こそ落とす」
共に宣言して最後の一発を撃つために構える。
無言で銃を構える恭也の隣で、美由希が身を乗り出すようにして銃を片手で構える。
が、乗り出しすぎたのか、そのままカウンターを乗り越えて顔から落ちていく。
その途中でどうやら引き金も引かれたらしく、弾は地面の上を跳ねて屋台の天井に当たり落ちる。
当の美由希は鼻でも打ったのか、少し赤くなった鼻を擦りながら立ち上がる美由希を鼻で笑う恭也。
「はっ、景品ではなく自分を落としたとでも言うつもりか。
尤も、誰もお前なんぞいらないだろうが」
「そ、そこまで言わなくても良いじゃない。
うぅぅ、那美さん、兄が、うちの兄が容赦なく虐めるんです。
ちょっと射的で的に当たらないからって……」
那美へと恭也の文句を言う美由希を無視し、恭也は最後の一発を撃ってぬいぐるみを落とす。
「…………あれ?」
「お前がさっきのでぬいぐるみを台の端に持っていってくれたお蔭で落とせた。
うん、そういう意味では役に立ったぞ」
しれっとした顔で景品を受け取り、喜ぶすずへと渡してやる。
その様子を眺めながら、美由希はがっくりと肩を落とし、それを那美が慰める。
だから、美由希は恭也がなのはにお礼を言っている事に気付かなかった。
「しかし、なのはのアドバイスだけで本当に取れるとはな」
「へへへ。ずっと見てたから弾がどのぐらい曲がるか分かったからね。
それでも、なのはならちゃんとその方向に向かって撃てたか怪しいからお兄ちゃんの実力だよ」
「いや、俺だけなら間違いなく取れなかっただろうな」
「えへへ、じゃあ、二人で取ったって事で良いよね」
嬉しそうに笑顔でそう言ってくるなのはの頭を優しく撫でて、その言葉を肯定してやる恭也。
それを受けて、なのは更に嬉しそうに笑うのだった。
あの後、忍や晶、レンとも合流して皆で回っていたのだが、やけにすずが静かになり、最初になのはがそれに気付いた。
「お兄ちゃん、すず寝ちゃってる」
恭也に肩車された状態で器用にすずは舟を漕いでいた。
体はふらりふらりと揺れ、頭は上下に小さく動き、あまりにも危うい感じである。
「はしゃぎすぎて疲れたんだろう。美由希、すまないが」
「うん、分かった」
美由希に手伝ってもらい、すずを肩から下ろすと背負う。
「さて、俺は先に帰る事にするよ。お前たちもあまり遅くならないようにな」
そう注意してなのはにどうするかと顔を向ければ、なのはも帰ると告げる。
こうして恭也たちは一足先に家へと向かう。
遠ざかる祭囃子を背にしながら、恭也は片手で背負ったすずを支え、もう一方の手でなのはの手を握ってやる。
「なのはだけでも残って良かったんだぞ。
美由希たちも居るんだから」
「ううん、なのはも少し疲れたから」
恭也の手を握る手に少し力を込めると、恭也もそれ以上は何も言わずに握り返してやる。
それだけの事でもむず痒そうに身を震わせ、嬉しそうにはにかむ。
背中に眠った娘を背負い、親子は仲良く帰路へ着くのだった。
おわり
<あとがき>
今回はお祭り〜。
美姫 「美由希は……」
ははは。でも、今回は恭也に酷い目には合わされてないぞ。
美姫 「はいはい。さて、それじゃあ、今回はこの辺で。また次回でね」
ではでは、。
ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。