『ママは小学二年生』






〜19〜



2月13日、その日、恭也は夕方から台所への立ち入りを禁止される。
特に用がある訳でもないので、首を傾げて追い出されながらも恭也は素直に従うのだった。
そして、それから暫くしてキッチンの方から微かに甘い香りが流れて来る段になり、ようやく恭也は明日が何を思い出す。
同時にすずの姿もキッチンにあった事を思い出し、甘いものが苦手な恭也も珍しく明日を楽しみにするのだった。

翌日、恭也は珍しく朝からどこかソワソワとしていた。
その様子に気付いたレンと晶がもの珍しいものを見たように恭也を見るも、
すぐにその理由には合点が行ったようで何も言わず朝食の準備を続ける。
が、ここでやはりと言うか、美由希は落ち着かない様子の恭也に苦笑を張り付かせて近付く。

「もう恭ちゃんったら、そんなに待ち遠しいんだね。
 しょうがないから、先にあげるよ。本当は朝食の後にしようと思っていたんだけれどね」

言って、後ろ手に隠し持っていた綺礼にラッピングされた小さな箱を差し出す。
が、恭也は特に興味なさそうに普段通りの無愛想な表情のまま、その箱を無造作に受け取る。

「えっと……もうちょっとこう、何かない?」

「ああ、そうだったな。大事な事を忘れる所だった」

「そうそう、それだよ恭ちゃん」

「手作りじゃないよな」

真顔で聞き返す恭也に対し、美由希は笑いかけたままの表情で固まる。
暫し無言で向かい合う兄妹。
やがて、ゆっくりと美由希が恭也の肩に手を置き、

「恭ちゃん、それが大事な事なの?」

「当たり前だろう。そもそも、お前もそれだと言ったではないか」

「言ったけれど、あれはそういう意味じゃないよ!
 長い付き合いなんだから分かるでしょう、ほら、こうお礼の言葉とか」

「逆に言うが、お前こそ俺の言いたい事が分かるだろう。
 お前の言葉ではないが、長い付き合いだ」

「う、うぅぅ、兄が全然、妹を信じてくれないんです。
 悲しみのあまり、もう旅立っていいのやら……」

「これを食べて俺が旅立たなければ良いがな」

「そこまで酷くないよ! ちゃんと味見もしたもん!」

「ほう、珍しい。まあ、ありがたく頂いておく」

「えへへへ」

恭也から礼を言われた途端、嬉しそうに微笑む美由希を微笑ましく見ていた晶とレンであったが、不意に恭也からの視線に気付く。
口には出していないが分かる。あれは本当に大丈夫なのかを確認している。
無言の視線に応え、晶とレンは何故かサムズアップして大丈夫だと伝える。
どうやら恭也にもその意味する所は伝わったようで、美由希に気付かれないように小さく頷くのだった。



「おはよー」

「おふぁよ〜ごじゃ〜ま〜す」

暫くしてなのはとすずの二人が起きて来る。
まだ眠いのか目を擦りながらも挨拶してくる二人に挨拶を返し、恭也はすずの寝癖をさっと手で直してやる。

「うー、すずばっかりずるい」

「いや、ずるいも何もなのはは寝癖がないだろう」

「……寝癖? ああ、そうか、寝癖を直しただけだったんだ」

頭を撫でたと思ったのか、なのははようやくはっきりしだした頭で恭也の言葉を理解する。
そんな様子に苦笑しつつ、仕方ないなと言いながら結局はなのはの頭を撫でてやる恭也であった。
そのまま桃子も交えての朝食が始まるのだが、やはり恭也がどこかソワソワしている事にはすず以外が気付いており、
またその理由も分かりきったものである。
それを楽しそうにからかう桃子と美由希であったが、桃子は兎も角、美由希がどうなったのかは言うまでもないだろう。
そうこうしている内に、恭也にとっては長い朝食が終わるとすずはなのはと共にキッチンへと姿を消す。
ようやくかと先程よりも浮ついた感じで、けれども何とか逸る気持ちを押さえつけて恭也はそのまま座して待つ。

「パパ〜」

何が嬉しいのか、満面の笑みを浮かべてトテトテと早足に恭也の元へと駆け寄ってくるすず。
その手には小さな包みが握られており、恭也は知らず頬を垂れ下がるのを何とか我慢する。
出来るだけ平静を装い、何とか返事を返す。

「どうかしたのか、すず」

「うん♪ これパパにあげる」

「おお、ありがとう。これは?」

「チョコレート。今日はバレンタインって言う日なの。
 すずの大好きなパパにあげる」

「そうか、ありがとうな。大事に食べるよ」

「へへへ」

恭也に頭を撫でてもらい、嬉しそうに身をくねらすすず。
その可愛らしさに頬を緩める恭也に今度はなのはからもチョコレートが渡される。

「なのはもありがとうな」

「うん。…………わたしは撫でてくれないの」

「ったく、甘えん坊だな」

そう言いながらも要望通りになのはを撫でてやる恭也。
母娘揃って朝から幸せオーラを全身から全開で放出する。
平日なら既に家を出ないといけなかったかもしれないが、今日は偶々休日。
故に恭也は二人から貰ったチョコを開ける。

「ほう、二人とも手作りか」

すずの方は結構形がいびつだが、一生懸命に作ったのだろう事はすぐに感じ取れた。
膝の上に座りこちらを見上げてくる二人の視線に苦笑を零しつつ、まずはすずのチョコから口に放り込む。
じーっと見上げてくるすずの頭を撫で、美味しいと褒めてやれば嬉しそうに恭也に飛びついて来る。
すずに抱きつかれたまま、今度はなのはのチョコを口に入れ、こちらは軽く驚く。

「たいしたもんだ」

「へへ、お母さんに教わって作ったんだよ」

恭也の膝の上に座ったまま、その肩に甘えるように頭を乗せて無言で催促する。
それに応えて恭也はなのはの頭もすずにやったのと同じように優しく撫でてやる。

「パパ、今度はすずのも食べて。はい、あーん」

すずは自分が作ったチョコを手に取ると、恭也の口元まで運ぶ。
また一つ恭也はすずのチョコを口に入れ、また褒めてやる。

「にゅふふふ〜」

褒められて嬉しそうに、けれど少し照れくさそうに恭也の首にしがみ付くすずを今度はなのはも褒めてやる。
二人から褒められ、更に恥ずかしげに顔を恭也の首筋に埋める。
何とも微笑ましい親子の光景。
その光景を少し離れた所から眺めながら、晶とレンは互いの手にある包みを見遣る。

「……まあ、これは夜にでも渡すとするか」

「そやな。流石にあれを邪魔するんは野暮やな」

こうして、気を利かせた二人により、恭也たちはもう少しだけ親子三人のスキンシップを楽しむのだった。





おわり




<あとがき>

時事ネタでバレンタインをお届け〜。
美姫 「今回もまた美由希が少し……」
あははは。いや、本当にご苦労さまです、美由希。
美姫 「今回もほのぼのとしたネタね」
おう。基本、このシリーズはそれだからね。
美姫 「そうだったわね」
おうともさ。そんな訳で、今回はこの辺で。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」







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