『ママは小学二年生』






〜20〜



3月2日の夕方頃、楽しげな声が聞こえてくる。

「も〜ういくつ寝ると〜ひな祭り〜♪」

「すず、それは歌が違うよ」

「ふぇ?」

リビングで親子二人、何やら荷を解きながら作業をしている中、なのはがやんわりと間違いを訂正する。
しかし、言われたすずはキョトンと作業の手を止めてなのはを見上げてくる。
そんなすずの頭を撫でてやりながら、なのははひな祭りでよく歌われる歌を口ずさむ。
が、その目はたった今さっきリビングへと箱を抱えて入って来た恭也へと批難の色を混めて向けられる。
それに対し、すずの歌っていた歌が聞こえていたのだろう恭也は不機嫌そうに顔を顰めて見せる。

「なのは、何でも俺の所為にするのはどうかと思うぞ。
 俺はすずにそんな歌は教えていない」

そうきっぱりと言い切る恭也を少しの間じっと見ていたが、嘘は言っていないと感じたのかなのは謝ると、
誰がすずに教えたのかと首を捻る。
恭也も同様で一体誰がといった様子であったが、すぐにその答えは判明する事となる。
なぜなら、廊下側かわ今しもリビングへと近付いてくる声が、

「雛人形にひなあられ〜。ちらしずしを食べましょう〜♪」

問題のその歌を陽気な声で歌っていたから。
恭也となのはの視線がリビングの入り口へと注がれる中、その声の主は恭也同様に箱を手にやって来る。

「は〜やくこいこい、ひな祭り〜♪ って、どうしたの二人とも」

ご機嫌な様子でやって来た美由希は、リビングでこちらを見てくる恭也となのはに心底不思議そうに尋ねる。
対し、二人は何とも言えない表情で揃って溜め息をこれ見よがしに吐き出す。

「え、え、なに、このこいつは本当にしょうがないなって感じの空気は」

何も聞かずともそれは察したのか、美由希は困惑しつつも二人へと言い放つのだが、返ってきたのは恭也の呆れ顔。
益々訳が分からないという顔をして立ち尽くす美由希の手から、恭也は雛人形の入った箱を取り上げ、
先程からずっと黙々と人形を木箱から出しているすずの隣に座る。
まだ困惑している美由希へと恭也の代わりになのはが少し怒ったような口調で注意する。

「お姉ちゃん、すずに変な歌を教えないでください」

「変な歌って?」

「だから、さっきお姉ちゃんが歌っていた歌だよ。
 替え歌として教えているのなら、まあ少し譲って良いとしてもそうじゃないのなら……」

「ああ、あれね。うーん、替え歌だってすずちゃんには理解できないか。
 確かに、替え歌だって知らないであれが正しい歌だって覚えてしまったら大変だもんね。
 私も恭ちゃんにこれを教えられて、替え歌だなんて知らないで歌って恥ずかしい目にあったよ。
 すずちゃんがそんな目に遭わないように注意するべきだったね、ごめん」

美由希の言葉になのはは分かってくれればとばかりに引き下がり、今度は恭也へと満面の笑みを向ける。

「ところお兄ちゃん?」

「あー、もう十数年前の事で全然覚えていなかった。いや、すまない。
 まさか巡り巡って我が子に返って来るとは。美由希の奴め何て執念深いんだ」

「恭ちゃん、それって逆恨みだよ!」

「お兄ちゃんは少し反省してください!」

二人の妹から口々に言われ、恭也も流石に少したじろぐのだが、その前に小さな影を両手を広げて立ち塞がる。

「パパを虐めたら駄目なの!」

「ああ、すずは何て良い子なんだろうな」

「へへへ〜」

庇ってくれるすずを後ろから抱き締める恭也へと嬉しそうな顔を見せるすず。
美由希はすずの登場に戸惑いを見せるも、なのはの方は言い聞かせるようにすずへと恭也が悪い事をしたから叱っていたと教える。
本当なのと見上げてくる娘の前にして、恭也も嘘は吐けずに素直に認める。

「駄目ですよ、パパ。悪い事をしたら謝らないとメーですよ」

「そうだな。悪かったな、美由希、なのは」

「いい子、いい子」

謝った恭也の頭を背伸びして撫でるすずに恭也は苦笑を漏らし、なのはは仕方ないなという顔をしてそれ以上の追求は止めると、
すずの少し跳ねていた髪を整えてやりながらそっと頭を撫でてやる。

「すずは偉いね〜」

「えへへ。パパとママが教えてくれた事だよ」

「でも、それをちゃんとできるのは偉いぞ。と、いつまでもこうしてられないな。
 早く続きをしてさっさと終わらせよう」

親子三人で仲睦まじく和んでいたい所だったが、今は雛人形を出している最中である。
それを思い出して恭也は作業を再開するように二人に言うと、次の箱を持ってくるために立ち上がる。
その輪から少し離れた所で、

「うぅぅ、恭ちゃんに素直に謝ってもらえたのに、どうしてこんなに寂しい思いをしているのでしょうか……」

親子の輪に入り損ない、一人たそがれる少女がいたとか。
勿論、その少女に対してあまり甘くない兄は軽く頭を叩くと、さっさと作業に戻るぞと冷たい一言だけをくれてやるのだった。



翌日の夕方、綺麗に着飾ったすずは着替えるなりリビングへとトテトテと走り、雛人形の前に陣取ると、
両手を頬に当ててじっと一番上に座る人形を見上げる。

「ほわぁ〜お雛様、綺麗なの」

「すずの方が何倍も可愛いぞ〜」

そう呟くすずの後ろからそう言うと、恭也はおめかししたすずを褒める。
恭也の言葉に嬉しくも少し照れくさそうに身を捩るすず。
隠れる場所を探すがすぐ近くにそんな場所はなく、すずは恭也の足にしがみ付いて顔を隠す。
そんな仕草がまた可愛らしく、恭也は自分の頬が緩んでいる事に気付きつつもすずを抱き上げて照れる顔をすぐ近くで見る。

「う〜、あ〜う〜」

顔を両掌で隠して首を振るすずに相好を崩しつつ、その手をそっと掴んで引き離す。

「ほらほら、可愛い顔を隠さなくても良いだろう。
 もっとパパに見せて」

「う〜、はい」

照れながらもやはり嬉しいのか、恭也の言葉に残っていたもう一方の手を顔から離し、すずは恭也へと顔を見せる。

「うん、可愛い、可愛い」

「えへへへ」

可愛いという言葉よりも恭也が喜んでいる方が嬉しいのか、すずは屈託なく笑顔をその顔に浮かべて恭也に抱き付く。
そんな親子へとキッチンから顔を出してそれを見ていたレンが呆れたように呟く。

「お師匠、本当にすずちゃんには甘々ですなー」

「む、そんな事はない」

「いやいや、師匠。それで否定されても説得力ないですって」

「うんうん。晶の言うとおりですよ」

レンの言葉を否定した恭也であったが、そこへ晶がやって来て更に否定する。
普段は喧嘩する二人がここぞとばかりに仲良く恭也がいかに甘いかを述べていく。
それから逃れるべく、恭也は二人に料理が済んだのかと尋ねれば、やはりそこは高町家の台所を預かる二人。
すぐに作業が途中だったとキッチンへと戻っていく。
その背中に先程言われた事の仕返しではないが、喧嘩しないようにと声を掛けておく。
キッチンから聞こえる二人の声を聞きながら、恭也はすずを抱き直すとそこへフラッシュが光る。
見ればカメラを手にしたなのはが笑いながら恭也たちを撮ったようで満足そうにしている。

「なのはも着替えたのか?」

「うん。どう? 変かな?」

「いや、似合っているぞ」

「うん、ママ綺麗〜」

「えへへ、ありがとうお兄ちゃん、すず」

二人からの賛辞に嬉しそうそうお礼を告げる。
その後ろから美由希がやって来て、

「なのは、私が撮ってあげるよ」

言ってカメラをなのはの手から取ると恭也たちから少し離れる。
その言葉に甘えてなのはは恭也の隣に立つ。

「お姉ちゃん、シャッターを押すだけで大丈夫だからね」

「分かってるよ。幾ら私でもそれぐらいは知っているんだからね」

「美由希、シャッターというのはその上にある……」

「恭ちゃんまで……。シャッターぐらい知っているよ。本当に夫婦揃って失礼だよね」

批難するように放った美由希の言葉であったが、夫婦という言葉に照れる二人。
それをダインダー越しに見詰めながら、初々しい反応を見せる二人に、
まだそうなっていないから仕方ないのかもしれないが、娘の事は受け入れていながらこの程度で照れるとは、と呆れる。
が、流石にそれを口に出すとどうなるのか学習したのか、美由希は沈黙を貫くとシャッターに指を掛ける。

「それじゃあ、撮るよ〜」

言ってシャッターを押すと、

「それじゃあ、次はすずちゃんを下ろして真ん中にして親子三人で並んで……」

楽しそうに注文すると再びシャッターを切るのだった。
その後、美由希や晶、レンも混じって交代で写真を撮り合い最後に全員揃ってカメラに収まる。
充分に満足した一同であったが、

「おばあちゃんがいない」

というすずの言葉に、まだ仕事で戻ってきていない桃子の事を思い出す。

「なのは、まだ撮れるか?」

「うん、大丈夫。まだまだ余裕あるよ」

「そうか、良かった」

なのはの言葉にすず以外の全員がほっと胸を撫で下ろす。
これでももし桃子だけ撮れないなんて事になったら、間違いなく拗ねる。
これまたすずを除く全員の一致した考えであった。
気付いたすずによって大した問題もなく、その後帰宅した桃子も交えて再び撮影もして、無事にひな祭りは過ぎて行く。



3月4日、と言ってもたった数秒前に日付が変わったばかりの真夜中。
いつもより早めに深夜の鍛錬時間をずらした恭也は、既に高町家へと戻ってきていた。
誰も居ないリビングで一人、電気も点けず暗闇の中一人ごそごそと作業を進めていく。
が、そこへ背後から声が掛けられる。

「恭ちゃん、何しているの?」

「っ! 美由希か。いや、少し片付けを……」

言葉を濁しつつ何かを隠すようにそっと移動する恭也。
だが、それに気付いた美由希がひょいと恭也の後ろを除けば、そこにはお内裏様とお雛様の人形。

「片づけなら明日やるんじゃ」

「いや、こういうのは早めの方が良いだろう。だから、少しでも明日楽できるように今のうちに少しでもと……」

「まさかとは思うけれど、お内裏様とお雛様を隠して雛人形を片付けるのを先延ばしにしようとか思ってないよね」

「当たり前だろう。何故、そんな事をする必要がある。俺は別に雛人形に特別な思い入れなどない」

「仕舞うのが遅くなるほど婚期が遅れるって言われるものね」

「……そうなのか」

わざとらしく目を晒しながら言う恭也に、美由希は呆れたような溜め息を吐く。

「恭ちゃん、すずちゃんはまだ小さいんだし」

「こういう事は早めに対処しなければ」

「いや、対処って……。そもそも、それを口にしたって事は、片付け目的じゃないって認めたようなものだよ?」

「くっ、美由希のくせに誘導尋問とは」

再び兄に対して呆れが多分に混じった吐息を零し、美由希は全身で呆れてますと訴える。
それを感じ取ったのか、恭也は誤魔化すように咳払いを一つし、

「というのは冗談で。すずが雛人形を気に入ったみたいなので、もう少しすずの傍に置いてやろうと思ってな。
 それでお内裏様とお雛様の二体だけでもと拝借したまでだ」

「確かにすずちゃんも気に入ってたみたいだし、渡したら二、三日は仕舞えないかもしれないもんね」

「おお、そうなる可能性もあるな。いや、困った」

本当に困っているのかと疑いたくなるほどいつもと変わらぬ表情でそう言い切る恭也に三度、呆れたように溜め息を零す。
が、今度はその呆れた吐息は二人分であった。

「全く、何か騒がしいから起きてきてみれば……」

美由希の後ろから更に呆れた顔をした桃子がやって来ていた。

「恭也、アンタは心配のし過ぎよ。そもそも、その雛人形は美由希のなんだから。
 早く仕舞わないと美由希が嫁き遅れたらどうするのよ」

「むっ、それはまずいな。なら、今から片付けないと……」

「恭ちゃん、それどういう意味よ!」

「恭也がなのはと結婚する未来なのだとしたら……。
 そうね、早く片付けましょう。私も手伝うわ」

「って、かーさんまで!?」

目の前でいきなり雛人形を片付け出す二人を見て、美由希はるーるーと涙を零す。

「うぅぅ、皆して酷いよ……」

「あ、あははは、冗談よ美由希。ね、恭也も冗談でしょう」

「いや、俺は至って真面……うむ、冗談だ」

更にからかおうとした恭也であったが、桃子に睨まれてすぐに言い直す。
その後、二人して何とか美由希を宥めて部屋へと引き返させる。

「全くアンタの親ばかも大概にしておきなさいよ」

「む、それは心外だな。可愛いすずを思えばこそ」

「はいはい。で、本当は少しでも楽になるように片付けようとしてたんでしょう。
 全く、明日皆でやるから気にしなくても良いのに」

全て分かっていると言わんばかりの桃子に恭也も観念したように肩を竦める。

「とは言え、晶やレンは料理やなんやで頑張ってもらったからな。
 片付けぐらいは楽させてやろうと思ったんだが。
 あと、美由希が小さい頃を思い出して人形だけでもさっさと仕舞う方が良いかと思ってな」

「懐かしいわね。確かにあの子、人形を仕舞うのを嫌がって駄々を捏ねたわね」

「だろう。すずはあの時の美由希よりも小さいからな。それで片付けに手間取ってはと思ったんだが」

「まあ、それはそれで良いんじゃないかしら。それもまた思い出の一つよ。
 という訳で、これ以上は明日にしなさい」

「……そうだな。後は明日に皆でやるとしよう」

そう言って二人は子を持つ親の顔で笑い合うとリビングを後にするのだった。





おわり




<あとがき>

少し遅いけれど、三月の時事ネタ〜。
美姫 「桃子が久しぶりに出番のような……」
そんな事は……あるかも?
ま、まあ、それはさておきひな祭りという事で。
美姫 「一週間ぐらい遅いけれどね」
あ、あははは〜。こ、今回はこの辺で!
美姫 「あら、そんなに慌てなくても良いじゃない」
いやいや、もう時間がね。
美姫 「……はぁ、まあ良いわ」
ほっ。それじゃあ、また次で。
美姫 「それじゃ〜ね〜。…………で、後でゆっくりお話しましょうね♪」
……あ、あれ?







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