『ママは小学二年生』






〜21〜



「もういいか〜い」

とある休日の昼下がり。
穏やかな日差しに合わせたかのように、穏やかな声が木霊する。
その声に応える様に、高町家の中からもういいよという声が返る。
それを受けて目を手で覆って隠していたなのはは手を退け、縁側から腰を上げる。

「さ〜て、どこに隠れたのかな〜」

ウキウキと表現するのがしっくりくるような軽い足取りでまずはリビングへと向かうなのは。

「ここかな〜」

扉を開けて顔だけを出して中を窺う。
返ってくる声がないのも当然で、既に分かっているだろうが、現在、高町家ではかくれんぼが行われている真っ最中である。
何故そんな事を。少し前ならそんな事を言ってやろうとはしなかったかもしれないが、今は少し事情が変わっている。
まあ、その時でも末妹に本気でお願いされればどうなっていたかは分からないが。
ともあれ、今はすずという小さな子供がいて、このような事が行われていても不思議はないのであった。
リビングに顔を出したなのはは、そのままキッチンへと足を向け、途中にあるテーブルの下を覗き込む。
すると、そこには椅子の上に丸まって隠れているレンがいた。

「レンちゃん、みっけ」

「あはは、見つかってしもうたか。テーブルの下、椅子の上というのは意外と盲点かと思うてんけどな」

「残念でした。それと、晶ちゃんもみっけ。カーテンの後ろに隠れているでしょう。
 お尻がちょっと見えてるよ。尤も、それが見えなくても不自然に膨らんでいるから怪しすぎるよ」

「あちゃー、上手く隠れたつもりだったのに」

「頭隠してっちゅう訳ですな。それにしても、尻が見えているとはおサルらしいで」

「んだと。お前はお前でカメらしく丸まってたくせに」

「二人とも、まさか喧嘩したりしないよね?」

思わずヒートアップしかけた二人であったが、なのはの声に冷や水を浴びせられたようにはっとすると肩を組み出す。

「まさか、そんな訳あらへんよ」

「そうそう。俺たちはとっても仲良くやってるって」

そう言ってわざとらしいぐらいに大声を上げて笑い合う二人。
それを暫くじっと見ていたかと思うと、なのははにっこりと笑顔を見せて他の場所へと探しに向かう。
なのはが背を向けたのを見て、二人は知らずほっと胸を撫で下ろす。
それが見えていた訳ではないだろうが、なのはは出て行き際に振り返り、先程と変わらぬ笑みを見せたまま、

「なのはは他の人たちを探しに行きますが、二人は仲良く待っててね」

「あ、うん。いってらっしゃい」

「うちらはここで仲良く待ってるさかい」

二人の返事に機嫌を良くしたのか、なのはは笑顔のまま今度こそ本当にリビングを後にする。
完全になのはが立ち去ったのを確認し、二人は知らず張り詰めていた空気を弛緩させ、どちらともなくソファーに腰を落とす。

「な、なんや、なのはちゃん、益々強なったというか……」

「前にも実感したけれど、日に日により強くなってないか」

母は強し。今、この場で相応しいかどうかは分からないが、知らず二人の脳裏にそんな言葉がよぎったのだった。
二人がそんな事を思っているなど考えもせず、なのはは続けて恭也、美由希と探し出していく。

「むー、恭ちゃん本気で隠れてないでしょう」

すずを探しているなのはをリビングで待っている間、美由希が拗ねたようにそんな事を口にする。

「本気で隠れているさ」

「嘘だー! だって、気配けしたりしてないじゃない。隠れる場所も普通だし」

「お前は遊びでどこまで求める気だ。そもそも、気配に関してはお前以外には消さなくても問題ないだろう」

「私が鬼の時は絶対に容赦しないよね」

「それも修行の一環だ」

「いいよ、絶対に見つけてやるから」

知らず火花を散らす師弟。そんな激しい闘争が渦巻き始めるのを余所に、なのはは自分の部屋へとやって来る。

「うーん、ここかな〜」

言ってベッドの布団を捲くるもそこには誰もいない。
それならばとしゃがみ込んでベッドの下を覗く。
そこで口元に手を当てて声を出さないようにしていたすずとぱっちり目が合う。

「すず、みっけ〜」

「うにゅ〜、見つかった〜」

見つかったのに嬉しそうに出てくるとなのはに抱き付く。

「でも、すずが一番最後だったんだよ。凄いね」

「えへへへ〜。次は誰が鬼?」

「それはじゃんけんしてからだね」

そう言って手を繋いで皆が待つリビングへと戻る。
そこでさっきまで鬼だったなのはを除く見つかった者たちによるじゃんけんが行われる。
そんな感じで数回かくれんぼが行われ、遂に美由希が鬼となる。

「ふっふっふ。絶対に見つけてあげるから、首を洗って待っててね恭ちゃん」

「ふん、精々足掻くが良い」

隠れる前から既に戦闘態勢の二人を見て笑いながら、レンと晶は会話を交わす。

「二人とも悪役みたいですな」

「本当に。まあ、俺たちも精々頑張るとしますか。相手は美由希ちゃんだからな。本気で隠れに行くぜ」

「まあ、それもそうやな。うちらも全力で隠れるとしますか」

なのはの二人を微笑ましく見守りつつ、美由希が数を数え始めたのを見てすずの手を引いて隠れ出す。
恭也は暫くその場で何かを考えた後、一旦リビングへと向かい、そこで気配を遮断する。
中庭でそれを感じ取りつつ、美由希は恭也以外の気配も逃さないように気を配る。
時間が来て美由希という鬼が解き放たれる。
美由希はまず手近に居た所へと向かい、道場に隠れていたなのはとすずを見つけ出し、
そのまま縁側の下へと潜り込んでレンを見つけ出し、迷わず二階へと向かうと窓を開け放して屋根へと上る。

「晶も発見、と。もう、皆、急に本気にならないでよ。
 今まで家の中にしか隠れてなかったのに……。まあ、隠れる範囲は敷地内だから問題ないんだけれど」

「いや、相手が美由希ちゃんだし。俺たちも本気で隠れようと思ったんだよ。
 それにしても、幾らなんでも早すぎるって」

「ふふん、私だってそれなりに気配を探れるようになってるんだもんね」

「いや、遊びでそこまでされても……」

威張る美由希に晶は仕方ないなという顔を見せる。
恭也を見つけるために本気になっているため、他の面々に対しても本気になってしまったのだろう。
ある意味、不器用というか。まあ、それも美由希らしいと晶だけでなくレンやなのはも笑みを零しているが。
すずは純粋にすぐに見つけた美由希に感心しているが。

「凄い、美由希お姉ちゃん」

「ふふん。って、自慢している場合じゃなかった。
 恭ちゃんの気配だけは完全に消えているんだよね」

すずから向けられる視線に思わず浸っていた美由希であったが、すぐに我に返ると恭也の探索に戻る事にする。
その前に戦意を高めるためか、改めて決意を口にする。

「この調子で恭ちゃんも見つけてみせるよ」

「パパはすぐには見つからないもん」

「いやいや、絶対に見つけてみせるよ」

「見つからないもん」

「絶対阻止! って、すずちゃんとやりあっている場合じゃなかった」

すずに自慢するように告げた言葉に思わぬ反撃を受け、すずと張り合っていた自分に気付いたのか、
美由希はそれを切り上げると恭也探しを始める。
が、恭也は気配を完全に消しており、気配で察知する事は叶わず、地道に隠れられそうな場所を探して家中を歩き回る。
探し出して十分ほど経過しただろうか。既に家中を探したはずなのに恭也の姿は未だに見つからない。

「恭ちゃん、遊びでそこまで本気になるなんて大人気ない」

思わず口をついて出た言葉に、なのはたち三人は何とも言えない顔をするのだが美由希は気付かず、何かを考え込む。
そんな美由希へとすずは自慢するように胸を張って降参を勧めるのだが、美由希は何か思い付いたのか中庭へと向かう。

「この高町美由希、伊達に恭ちゃんに長いこと鍛えられてません。
 こうなったら奥義を発動する。これで恭ちゃんだって絶対に見つけてみせる」

自信満々に言い切ると、美由希は大きく息を吸い込み、少し大きめの声を上げる。

「あー! ど、どどどどどうしよう。恭ちゃんの盆栽を間違って落として割っちゃったよ!
 だ、大丈夫だよね。恭ちゃん、隠れているからばれないよね。今のうちに工作しておけば……」

呆れたような眼差しが美由希の背中に突き刺さるのだが、当の本人は気にせず続ける。
念の入った事に、場所も盆栽の前まで移動して。
その背後にいつの間にか恭也が現れ、美由希に首に腕が回されていた。

「盆栽を割ったのは良いとは言わないが仕方ない事だ。だが、それを誤魔化そうとするのは見逃せないな」

「ふっふっふ。引っ掛かったね、恭ちゃん。さっきのは嘘だよ。
 という訳で、恭ちゃん見つけたー! って、あれ、どうして腕を離してくれないのかな?」

「さあ、何故だろうな」

「あれ、段々ときつくなっているような気がするよ」

「きっと気のせいだろう。どのような手段を用いても勝つのが御神流だ。
 お前の取った手段も認めよう」

「あ、ありがとう。でも、何か段々苦しく……」

「だが、それはそれ、これはこれだ」

「あれれ、段々目の前が暗く……って、本当にくるし……」

いつもと言えばいつものやり取りに各々が美由希を仕方ないなという顔で見遣る。
そんな微笑ましく見守る一同の前で、美由希はゆっくりと意識を手放していく。

「あれれ? お、おかしいな。試合に勝ったはずなのに……」

こうして恭也を見つける事ができたのだが、その代償は大きかったようで、美由希はとうとう倒れて手足を痙攣させている。
地面に横たわる美由希を抱え上げ、とりあえずは縁側に運んでやると恭也は呆れたように美由希を見下ろす。
そんな恭也の服の裾をすずが引っ張り、

「パパ、すずも鬼やりたい」

「そうか? なら、次はすずが鬼で始めるか」

「うん。皆、見つけるからね」

小さな手を力いっぱい握り締め、ぐっと小さくガッツポーズして意気込みを表す。
思わずその愛らしい仕草に頬が緩む一同であったが、そこへ急に起き上がった美由希が割って入ってくる。

「さて、次はすずちゃんの鬼か。本気で隠れるよ〜。
 探せるかな?」

「絶対に見つけるもん」

「ふふふ、楽しみにしてるよ。よし、隠れるぞー!」

言って足早に去っていく美由希。その背中を見送りながら、

「お姉ちゃん、日に日に逞しくなっていくよね」

「師匠のお仕置きに対して耐性がついてきてるんかもな。これも一つの学習と言うんかな」

「それがそういう事態にならない方向へと向かわないのが、逆に美由希ちゃんらしいかもな」

三人が思わずしみじみと呟いた言葉は、幸いなのか美由希の耳には届かなかった。
こうしたすずが鬼でスタートしたかくれんぼであったが、

「レンちゃん見つけた」

「あははは、よく分かったな。まさか、押入れの中まで見るとは」

「晶ちゃん見つけた」

「あちゃー」

思ったよりも早く見つけて行く。

「思ったよりもすずちゃん、やるな」

「とは言え、どうやら本当に美由希ちゃん本気で隠れてるみたいやね」

「お姉ちゃん……」

「はぁ、すず相手にご丁寧に気配まで消して何を考えているんだか」

呆れた口調でしみじみと語る内容の通り、美由希は宣言通りに本気で隠れていた。
結果、すずは美由希だけを探し出せず、家の中を何度も行ったり来たり。
二階へ上ったり、中庭に出たりを繰り返し、またその都度走っている事もあって疲れが見え始める。

「すず、美由希なら……」

「駄目。すずが絶対に見つけるんだもん」

そう言われて口を噤む恭也であったが、一向に美由希は見つからない。
流石に疲れたのかソファーに腰を下ろして休憩と口にするすず。
なのはが用意したジュースを口にし、ふーと小さく息を吐く。
少し乱れた髪を整えてやり、恭也は薄っすらと浮かんでいる汗を拭いてやる。

「ありがとう、パパ」

「どういたしまして」

少し休憩したらまた探しに行くであろうすずにそう返した所で、テーブルに広がっているトランプにすずが気付く。
すずが探している間、すずの後ろに付いていた恭也以外でトランプをしていたらしい。
何の気なしに手に取り、手の中でトランプをシャッフルすると二つの山に分け、トランプを指で弾いて二つの山を交互に交差させる。
それを見ていたすずは目を丸くし、恭也の服を掴むと、

「パパ、今のもう一回やって」

「うん? ああ、これか」

もう一度同じ事をしてやると、すずは感心したようにおー、とまた目を丸くする。

「パパ、すずもすずにもやらせて」

せがむすずにトランプを渡してやると、真似をするように二つの山に分ける。
が、そこから次が上手くいかずパタンと束の状態でトランプは落ちてしまう。

「うー」

「すず、手を貸してごらん。こうして、こう」

「こう? で、こう」

恭也に手を取られながら試す事数回。綺麗ではないが、それなりに出来るとすずは嬉しそうな顔をする。

「パパ、出来た、出来たよ」

「ああ、凄いな。後は練習すれば一人でも出来るようになるぞ」

「うん。あ、ババ抜きしようよ。やり方覚えたの。
 だから、今度はすず一人でできるよ」

なのはに教わって出来る様になった事を伝え、恭也ともやりたいと頼んでくる。
当然ながら断るような事でもなく、恭也はすずがシャッフルしたトランプを配り始める。
こうしてかくれんぼからババ抜きへと遊びは移行していく。
誰もが美由希の存在を忘れてババ抜きをしていると、ゆっくりとリビングの扉が開き、そこから恨めしげな視線だけが飛び込んで来る。

「うぅぅ、皆酷い……」

ずるずると床を這うように入ってくると、美由希はババ抜きをする一同を見上げる。

「酷いよ、恭ちゃん! かくれんぼで探してもらえないのがどれだけ寂しいか。
 あまりにも探している様子もない上に、楽しそうな声が聞こえてくるから降りてくれば、皆してトランプしてるし」

よよよと泣き崩れる美由希を見下ろし、恭也は思い出したとばかりに手を叩くとすずに耳打ちする。
それを聞いたすずは美由希の傍にしゃがみ込み、ポンと肩に手を置く。
慰めてくれるのかと期待に瞳を輝かせて顔を上げた美由希へと、すずは恭也に教えられたようにそのまま言う。

「美由希お姉ちゃん、見つけた」

「はうっ! うぅぅ、トラウマになりそうです」

ばたりと倒れる美由希。
自分のやった事がよく分かっていないのか、すずは大丈夫かと心配して声を掛けるのだが、ふと思いついて、

「美由希お姉ちゃんも一緒にやろう」

「うん! やろうやろう」

すずの一言で急に元気を取り戻し、何事もなかったかのように輪に加わる美由希。
そんな美由希を見ながら、なのはたち三人はすずが鬼になった時に思ったことをまた思ったのが、優しさからか口には出さなかった。
こうして、トランプで遊び始める恭也たち。
なんだかんだで何処までも平和な高町家の休日であった。





おわり




<あとがき>

いじめはありません。
美姫 「いきなり何よ」
いやいや、これだけは言っておかないといけないような気がして。
美姫 「今回はかくれんぼね」
ああ。久しぶりにすずと遊んでいるところを。
前回の鬼ごっこといい、今回といい美由希の扱いがあれだが。
美姫 「その辺りはいつもの事として流してもらいましょう」
だな。だが、これまた恒例だが一言。決して美由希が嫌いな訳じゃなく……。
美姫 「はい、以下略」
ここでもこんな扱いになりつつあるとは。
美姫 「美由希に対する扱いじゃなくて、単にアンタに対する扱いだけれどね」
ひどっ!
美姫 「はいはい。それじゃあ、今回はこの辺で」
ではでは。







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