『ママは小学二年生』






〜23〜



朝夕が冷え込むようになり、昼間も気温の上昇が大して見られなくなった晩秋。
もう冬がすぐそこまで来ていると実感させるように、吐く息が僅かだが白く見える。

「パパ、息が白い」

「む、本当だな。流石に寒さを実感できるようになってきたか」

子供の方が体温が高いからなのか、恭也の吐く息はよく目を凝らしても白いかな、というぐらいにしか見えない。
が、すずは白い息が楽しいのか、はぁと何度も空に向かって繰り返す。
そんなすずを抱き上げ、恭也はもう一方の手で握った荷物を軽く持ち直す。

「寒くなってきたし、早く帰ろうか」

「うん。でも、パパはあったかいね」

にぱー、と笑顔を見せて首筋に抱き付いてくるすずに頬を緩ませ、

「すずも温かいぞ」

「えへへへ」

恭也の言葉が嬉しかったのか、すずは殊更強く恭也に抱き付く。
そんなすずを落とさないようにしっかりと抱きながら、恭也は先程よりも若干足早に歩き出すのだった。



玄関を通り、家へと入ると外とは違う気温に思わずほっとなる。
親子二人は期せずして顔を見合わせ、どちらともなく意味もなく笑い合うと靴を脱いで家へと上がる。
廊下を歩きながら、家の中に居る者たちへと帰宅の挨拶を掛ける。

「ただいま」

「ただいま〜」

恭也の前をトテトテと小走りになりながらすずも同じように挨拶をすると、リビングからなのはが顔を出して答える。

「おかえり、すず、お兄ちゃん」

それから少しにんまりと笑うと、すずへと手招きする。

「すず、おいで、おいで」

「なになに、ママ」

何処か楽しげな様子を感じ取ったのか、すずはそのままトテトテとなのはの元へと近寄り、ぽふんとなのはの腕の中に飛び込む。
そんなすずを愛しげに数回撫でると、なのははその背中で隠していた物をすずにも見えるように横へとずれる。

「じゃ〜ん」

そう言って手を広げてそれを見せびらかすように披露するなのはに、すずもまた、

「おお!」

と応じるように瞳をキラキラさせてソレを見詰めるも、すぐに首を傾げる。

「これ何?」

そんなすずになのはは笑みを深め、すずの手を引いてそれの傍へと近付くとすずの肩にそっと手を置いて座らせ、

「わぁ、あったかい」

「でしょう。これは炬燵と言ってね、こうやって暖を取るものなんだよ」

ほっこりと顔を綻ばせて炬燵の上に顎を乗せるすずへと説明してやるなのは。
その頭上に恭也の声が落ちて来る。

「ほう、炬燵を出したのか」

「うん、お姉ちゃんに出してもらったの」

「で、その出した美由希はどこに?」

「ここだー!」

「うきゃぁ♪」

言って炬燵の中から顔を出し、すずへと抱き付くのはまさしく美由希であった。

「このままおこたの中に引き摺りこんでやる〜」

「きゃっきゃっ♪」

じゃれ付いてくる美由希にすずは楽しげな声を上げて引き離そうとする。
そんな風にじゃれ付く二人を暫く眺めた後、恭也は頼まれていた物を冷蔵庫へと仕舞うべくキッチンへと向かう。
その背中へと美由希が声を掛ける。

「あ、お帰り恭ちゃん。それとキッチンに行くんならついでにミカンも持ってきて」

「人使いの荒い奴だ。先にこれを仕舞うから少し待て」

文句を言いつつも引き受ける恭也へと今度はなのはもお茶を頼む。

「まあ、俺も飲むから淹れようと思っていたしな。そちらも少し待つように」

「はーい」

返事を返し、恭也を見送るとなのはと美由希は顔を見合わせて笑い合う。
美由希もすずを解放し、その対面に座ると力が抜けたように炬燵の上にぐた〜と身体を預ける。

「ああ〜、だれる〜。炬燵の魔力だね」

「あはは、お行儀が悪いよお姉ちゃん。でも、確かに気持ちは分かるけれど。
 一度入ったら、出たくないと思ってしまうのもそうだよね」

「うんうん。だから、恭ちゃんが帰ってきて丁度良かったよ」

言ってまた笑う二人。そんな事を聞きながら、すずは横になると肩まで炬燵に潜り込み、
ふと何かを思いついたようにすっぽりと炬燵の中に顔まで隠して隠れてしまう。
何となくする事が想像できた二人だが、特に何を言うでもなくそのまま恭也が戻ってくるのを待つのだった。
暫くして、恭也が両手に色々と持って戻ってくる。
すぐにすずが見えない事に気付くも、恭也はまずは手に持った物を全て置き、それから先程まですずが座っていた場所に腰を下ろす。
その瞬間、炬燵の中からすずの手が伸びてきて恭也を掴むと、そのまま足の上に乗るようにすずが現れる。

「パパ、捕まえた〜」

「む、捕まってしまったか。それで、どうする? 炬燵の中に引き摺り込まれるのか?」

「ピンポ〜ン、正解です」

言ってうんしょうんしょと恭也の腰を引っ張るのだが、当然ながらそうそう動くはずもない。
そんなすずの目の前に、恭也はミカンを持ってくると、

「炬燵の中に入ってしまうとミカンを食べれなくなるな」

「む〜、それはゆゆしきじたいです。作戦中止!」

「そうか。どれ、ならミカンを剥いてやろう」

「うん♪」

恭也の足の上に座り直し、何度か腰を動かして座り心地の良い場所を見つけると、恭也の手で剥かれていくミカンをじっと見詰める。

「ほら、剥けたぞ」

「あ〜ん」

ミカンが剥かれると、すずは口を開ける。
その様子に笑みを零し、恭也はミカンをすずの口へと運ぶ。

「まったくすずは甘えん坊だな」

「にゅふふふ♪」

口の中に入れられたミカンを味わうように頬を両手で押さえながら、すずは嬉しそうに笑う。
そんな様子を見ていたなのはも口を開け、

「お兄ちゃん、なのはもあーん」

「お前まで……はぁ、ほら」

言ってなのはにも食べさせてやる。

「ママ、美味しい?」

「うん、とっても美味しいよ。すずも美味しかった?」

「うん」

母娘揃って頬を押さえて美味しいと連呼する。
それを見た美由希が恭也へと目を向けるも、

「熱い茶を注いでやろうか?」

「遠慮しておきます」

いじけながらミカンを手にとって皮を剥きだす。そんな美由希を見て溜め息を吐きながら、恭也は美由希の名を呼ぶ。

「なに――ぶはっ!」

返事をして口を開き、顔を上げた所に持っていたミカンを放り投げるも、勢いがあり過ぎたのか、喉奥まで飛んでしまい咽る美由希。

「げほっ、ごほっ、い、幾ら何でも酷いよ」

「すまん。別に狙った訳ではなかったんだが……」

「うぅぅ、やるなら普通にやって欲しかったよ」

落ち着いた美由希が恨めしそうな顔で見てくるのを受け、恭也も流石に罰が悪そうな顔をし、
仕方ないという顔で今度は普通に口元へ運んでやる。
流石にそんな対応は予想外だったのか、美由希の方が焦ってしまう。
が、やがておずおずと恭也の手からミカンを食べさせてもらう。

「あ、ありがとう恭ちゃん」

「いや」

照れくさそうに礼を言う美由希を楽しそうに見るなのはの視線に気付き、美由希は誤魔化すように自分で剥いたミカンを口に含む。
一方、すずは恭也の袖を引き、ミカンをおねだりする。

「ほら」

「あ〜ん」

「あ、なのはにも」

それを見てまたなのはもねだり、恭也は二人交互にミカンを食べさせてやる。
そんな様子を微笑ましく見ながら、美由希は恭也が持ってきたポットと急須で忙しそうな兄に代わりお茶を淹れてやる。

「はい、恭ちゃん」

「ああ、ありがとう」

「どういたしまして。はい、なのはとすずも。熱いから気をつけてね」

「ありがとう、お姉ちゃん」

「美由希お姉ちゃん、ありがとう」

湯飲みを両手で受け取り、ふーふーと冷ましてから口に運ぶすず。
お茶を少し飲んだら、またミカンをねだってくるすずに食べさせてやりながら静かに微笑む。
のんびりとお茶を楽しむ高町家のちょっとした午後のお話。





おわり




<あとがき>

今回は冬の始まりという感じで。
美姫 「炬燵ね」
おうともさ。今回は美由希もそうそう悲惨な目にもあっていない……よね。
美姫 「大丈夫よ」
だよね。さて、今回は冬のお話でした。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」







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