『ママは小学二年生』
〜26〜
十度を下回る気温に加え、風も強く体感温度では更に数度寒く感じられるであろう年の瀬。
だが、今恭也たち親子が居るここはすさまじい熱気に満ち溢れていた。
そんな熱気に見合う程、見渡す限りに人の波。
何処を見ても両手の指では足りないぐらいの人が視界に入る。
はぐれないようになのはとすずの手をしっかりと握る。
そんな親子の下へと今回の元凶、もとい発案者がようやくといった感じで人波を掻き分けて近付いてくる。
「いたいた。もう、勝手に居なくなるから焦ったじゃない」
忍はそう言って恭也たちの元へと辿り着くと、早速とばかりに三人を促して歩き出す。
「そこじゃなくて、こっちよ。ほら、ノエルも準備万端で待っているんだから」
言って忍は人波へと果敢にも突っ込んでいく。
その後ろへ二人を庇うようにしながら恭也も付いて行き、ようやく少しは開けた空間へと出る事が出来た。
流石に体力的ではなく精神的に様子を隠せない恭也へとノエルがペットボトルに入った飲み物を差し出す。
それを礼を言って受け取ると一口飲み、なのはへと手渡す。
「ありがとう」
こちらも兄に礼を行って一口飲むと、じっとこちらを見ているすずに渡してやる。
すずはそれを受け取るとごくごくと四分の一ほど飲み干す。
その間、忍は何をしていたかと言うと、ノエルの足元にあった幾つかの鞄を漁っていた。
「あった、あった。さて、それじゃあ、なのはちゃん、すずちゃん、行こうか」
行って二人の手を取り、忍はその先へと向かう。
その後に続こうとした恭也をノエルが押し留める。
「恭也様、ここから先は男子禁制です」
ノエルの言葉に入り口の上にされた張り紙を見れば、女子更衣室とある。
思わず赤面しながら下がる恭也に忍はいたずらっ子のような笑みでわざわざ近付き、
「どうしても見たいって言うんなら、特別に見せてあげても良いけれどどうする?」
「くだらない事を言ってないで、さっさと行け」
おでこへと軽いデコピンを喰わしてしっしと手を振る。
忍は額を押さえて大げさに泣き崩れると、
「うぅぅ、旦那がすぐに暴力を振るって……。のみさん、どうすれば良いでしょうか」
「ノエル、忍は取り込んでいるようだから、二人を頼む」
小芝居まで始めた忍を綺麗に無視すると恭也はノエルにそう頼み、ノエルは少し困った表情を見せる。
主を放っておいてやってしまって良いものかと。
そんな主思いの従者の心に気付いたのか、忍は何事もなかったかのように立ち上がると恭也へとあっかんべーをし、
なのはとすずの手を取って更衣室へと入っていく。
恭也が何か文句を言う前に更衣室に消える忍に恭也は消化不良といった顔で肩を竦め、
ノエルと目が合うとお互いに苦労するなという視線で分かり合ったりするのであった。
十数分後、更衣室から三人が出てくる。
忍は軍服のような上着にタイトスカートをぴっしりと着込み、両手に白い手袋を着けた姿で。
なのはは白を基調とした上下に、スカートの裾にはフリル、胸元には大きなリボン、そして両手には杖らしき物を持って。
すずもなのは同様に手に杖のような物を持ち、こちらは黒を基調とした上下になのはよりも短めのスカート、
そして背中にはマントを羽織り、両手には手甲らしき物を着けている。
「どうどう、二人とも可愛いでしょう、恭也。
うーん、我ながら良い出来だわ。まあ、実際に作ったのはノエルなんだけれどね」
満足そうに二人を見詰める忍の言葉に、二人はやや照れながらも恭也の前でくるりと回ってみせる。
求められているであろう言葉を恭也も少し照れながら言ってやる。
「二人とも可愛いぞ」
その言葉に満足したのか、なのはとすずは満面の笑みを浮かべる。
対し、何のお言葉も貰えなかった忍は一人拗ねて見せるが、すぐに機嫌を直すと再び二人をじっくりと見る。
「いやー、本当に言い出来だわ。魔法少女という事で、ピーチにするかどうか悩んだんだけれどね。
二人ならこっちの方が良いかなと思って魔法少女リリカルはるなにしたけれど、正解だったわね、うん」
忍は本当に満足そうに頷くと、コスプレ会場へと二人を連れて行く。
その後ろから恭也とノエルも続く。
そう、ここは年末に行われている大規模なイベント、こみっくパーティー、通称こみパの会場であった。
先日のクリスマスの一件により、拗ねた忍に付き合う形で恭也は強制的に参加させられ、
なのはとすずはいつの間にか三人の間でコスプレするという話になっており、今日、こうして来ていたのだ。
当初、忍は恭也にもさせるつもりであったのだが、本人が頑として頷かず、
味方に引き込んだはずのすずは、本気で困る恭也を前にあっさりと掌を返して恭也の味方をしてしまった。
結果として、忍が自分でコスプレへと参加する羽目になったのは、既に恭也の衣装を半分以上作っていた為である。
突然のキャンセルに残念そうな顔を見せたノエルの手前、サイズのみを仕立て直ししてもらい自ら着る事にしたのだ。
そのノエルは今、近しい者が見れば分かるといった程度ながらも嬉々とした表情でデジカメを手にしていた。
「恭也様、ありがとうございます」
「なに、気にするな。そもそも、確認もせずに作らせた忍が悪いんだから。
衣装が無駄にならずに済んで良かったじゃないか」
どうやら、忍のコスプレに関してはノエルも少し絡んでいる様ではあったが。
何はともあれ、三人がコスプレ会場へとやってくると、早速とばかりに撮影許可を求められる。
それに応じながらポーズを取るなのはたちを少し離れて見る恭也と、その撮影に混じっているノエル。
その様子に苦笑を浮かべつつ、恭也はとりあえず撮影が終わるのを待つのだった。
あの後、立ち代り入れ替わり撮影をこなし、流石に疲れたように戻ってくるなのはとすず。
「お疲れ」
「あははは、本当に少し疲れました」
「パパ〜」
なのはの頭に手を置いて撫でていると、すずが甘えた声で抱き付いてくる。
すずを受け止めて抱き上げ、恭也は忍にこれからどうするのか尋ねる。
「うーん、少し休んだらなのはちゃんとすずちゃんの撮影って所かな。
恭也も二人の写真欲しいでしょう」
忍の言葉になのはとすずがじっと恭也を見上げてきており、恭也は小さく苦笑を零しながらも欲しいと答えておく。
その答えに満足そうな笑みと嬉しそうな顔を見せる母娘をもう一度撫で、一先ずは二人を休憩させる。
十分ほど休んで元気になった二人を連れ、恭也たちは撮影できる場所を探して外へと来ていた。
「ここなら充分な広さもあるわね。それじゃあ、ノエルお願いね」
「了解しました、忍お嬢様。なのはさん、すずさんはこちらに立ってください」
なのはとすずを立たせると、ノエルは持ってきていた大きな鞄を開け、そこから一枚の板を取り出すと恭也に差し出す。
「恭也様はこれを持って、そちらに。レフ版をもう少し上に、行き過ぎです。二センチ程下に、はいそこです。
角度をもう少し右に四度ほど倒して、はい、そのまま持っていてください。
では、お二人は力を抜いてリラックスでお願いします」
てきぱきと恭也に指示を出し、いつの間にか持ち帰られていた一眼レフのカメラを構える。
流石に大掛かりな事態に緊張した二人にリラックスするように言い、数度シャッターを切る。
そうする内に二人も自然体になり、ノエルの言葉に従ってポーズなども決めていく。
次々とシャッターを切りつつ、その度にポーズを要求し、恭也にレフ版の修正させる。
「うん、良いわね〜。よし、じゃあ次はちょっとはだけてみようか。
なのはちゃんは肩をちらりと出す感じで、すずちゃんはスカートを少しだけ持ち上げて」
ノエルがシャッターを切り終えた瞬間、忍が不意にそんな指示を飛ばし、思わずその通りに仕掛けたなのはは慌てて止めるも、
すずは素直にスカートをちょっとだけ持ち上げる。
「良いね、良いね〜。すずちゃん、良いわよ〜。ほら、なのはちゃんも思い切って……」
そこでようやく忍はすず以外の三人から冷めた視線を向けられている事に気付き、誤魔化すようにあさっての方を向いて笑う。
「あ、あははは、冗談よ、冗談。でも、恭也もその方が嬉しいでしょう」
冷めた視線に耐え切れなかったのか、それともこのままでは誤魔化せないと悟ってか、恭也にとんでもない質問を投げる。
それに対して恭也は慣れた様子で慌てもせず忍を見るのだが、なのはの方は顔を赤くして窺うように聞いてくる。
「お兄ちゃんは嬉しいの?」
なのはにまで聞かれ、恭也は思わず言葉に詰まるもすぐに頭を撫でてやりながら、
「忍の言う事を真に受けてはいけない。そもそも、他の人もいる前でするような事でもないだろう」
微妙に質問には答えてないのだが、恭也がそう言うとなのはは納得したようであった。
恭也は忍に対するお仕置きをあれこれ考えつつ、口では違う事を言う。
「そろそろ時間も良い感じじゃないか」
「そうですね、充分に撮れましたしもう良いかと」
ノエルの言葉に忍はこれ幸いと着替えに行くとなのはとすずの手を取って早足に立ち去る。
恭也やノエルが何か言うよりも早く、その姿が中へと消えていく。
「……はぁ」
「申し訳ございません、恭也様」
「気にするな。しかし、今年最後の日だと言うのに相変わらずと言うか」
「来年もご面倒をお掛けするかと思いますが」
「ノエルもな」
お互いに苦労するだろうと苦笑を交わしあう二人であった。
こうして、恭也たち親子の初イベント参加は幕を閉じる。
海鳴に辿り着き、忍とも別れたその帰り道、
「お兄ちゃん、なのはとすずのコスプレどうだった? 可愛かった?」
現場で褒めたにも関わらず、また聞いてくるなのはに恭也が頷いて肯定してやると、背中におぶられたすずも同じように聞いてくる。
すずにも同様に肯定の言葉を返し、恭也は二人を順番に撫で、
「別にコスプレしなくても二人は充分に可愛いよ」
恭也の言葉にすずは嬉しそうに笑い、なのはは照れて顔を赤くしつつも恭也の手を取るとぎゅっと握り締める。
その手を優しく握り返して、親子三人は仲良く家路に着くのだった。
おわり
<あとがき>
ふっふっふ、年末ネタと思わせて……。
美姫 「まあ、これも年末のイベントではあるわね、確かに」
そんな訳で今回は二人にコスプレしてもらいましたとも。
美姫 「満足そうな顔ね」
まあな。さて、それじゃあ、今回はこの辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」
ではでは。
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