『ママは小学二年生』






〜30〜



「にゅふふ〜。ふわふわ……」

頬をだらしなく緩め、目をうっとりと細めて頬擦りをしているのはこの高町家で最も幼い少女、すず。
両手を精一杯伸ばして抱き締めているのは、先日買ってもらったクマのぬいぐるみである。
座ったすずよりも少し大きなクマに話し掛けているすずを見て、恭也は人目の中、苦労して持って返って来て良かったと思う。
隣ではなのはも嬉しそうな顔ですずを見詰めており、家に帰って包みを解いた時のすずを思い出して更に笑みを深める。

「親バカになったもんね、あなたたちも」

そんな恭也となのはに呆れながらも、こちらも笑みを浮かべて話しかける桃子。
そちらへと振り返りながら、恭也は人の事は言えないだろうとばかりに桃子が手に持つ物を指差す。

「これは別に特別な事でもないでしょう」

言って桃子は出来上がったばかりのケーキをテーブルに置き、恭也へとそう言う。
が、恭也は目を細め、

「まあ、今までだって偶にそういう事はしていたが、わざわざ時間をやり繰りして、
 長時間の休憩を作ってまではしてなかったように記憶しているが?」

「うっ、そ、それは、ほら、あれよ」

「ほう、あれか」

「そう、あれよ、あれ」

恭也が促すように沈黙すると、桃子はそれに耐え切れないように少し剥れてみせる。
その様はなのはによく似ており、やはり親子だと感じさせると同時に、その外見のあまりの若さに苦笑が零れる。
それに目敏く気付き――その意味する所までは正確には分からないながらも、失礼な事を考えているなと――桃子は更に剥れる。
結果として、恭也の苦笑を更に深める事となるのだが、桃子は拗ねた表情のまま続ける。

「私だってすずちゃんともっと一緒に過ごしたいのよ。折角の孫なのに……。
 そりゃあ、恭也たちは休みの度に遊んでるから良いですけれどね」

これぐらい良いじゃないつぶつぶつ愚痴る桃子に、恭也は誰も悪いとは言ってないと肩を竦める。
未来から来たとはいえ、念願の孫である。桃子がとても喜んでいる事は分かっているのだ。
故にそれ以上は何も口にしない。決して、隣にいるなのはが軽く睨んでいるからではない、決して。
桃子はあっさりと機嫌を直すと、と言うよりも、こちらも本気で怒っていた訳ではないが、クマと戯れているすずに声を掛ける。
桃子からケーキという言葉を聞き、すずはクマから一旦離れると後でと言い置き、桃子の下へと駆け寄る。
なのはに家の中で走らないと叱られて謝りつつも、その目はテーブルの上にあるケーキに釘付けになっており、
なのはは仕方ないなと口にすると、

「食べる前に手は洗うんですよ」

「はーい」

なのはの言葉に元気よく返事をすると、すずは手を洗うために走り出そうとして、ピタリと足を止めて歩き出す。
数歩歩いて後ろを振り返れば、なのはがよく出来ましたとばかりに微笑んでおり、すずは誇らしげに、それでいて少し照れたように笑う。
親子二人が揃って手を洗いに行くのを見遣り、恭也は他の者を呼びに行く。
が、これがすんなりとはいかなかった。
晶やレンは問題なかったのだが、美由希は読書しており、完全に集中していたからだ。
それでもどうにか本から意識を逸らす事に成功し、

「うぅ、拳骨じゃなくて口で言ってよ」

「何度も言ったが返事すらしなかっただろう」

「そんな事はないはずだよ! 本を読んでても返事ぐらいはしているよ。
 ただ、何を言われたのかは聞いていないだけで」

「ふむ、まだ叩き方が悪かったか? 確か昔父さんがやっていたのは、こう斜め45度ぐらいから……」

「それって何か違う! と言うか、叩いても電化製品は直らないから!」

そんなやり取りをしながら降りてきた恭也たちに、桃子たちは大体の事情を察したのかそれぞれに小さな笑みを浮かべている。

「あ、かーさんケーキ焼いたんだ。美味しそう」

「お姉ちゃん、先に手を洗ってください!」

自分の席に取り分けられたケーキに早速手を伸ばそうとした美由希に、なのはが叱るように言う。
その目はすずもちゃんと洗いましたと言っており、美由希は思わず晶やレンを見てしまう。
が、二人は当然とばかりに、

「俺はもう洗いましたよ」

「うちも洗いました」

「恭ちゃんは洗ってないよね!」

自分と一緒に来た恭也が席に着いているのを見て、美由希は仲間を見つけたとばかりに言う。
しかし、恭也はそんな美由希へと至って平静に返す。

「俺はいらないから手を洗う必要もない」

「えぇ、本当にそのつもりだったの!?」

「当たり前だ」

「だって、席に着いたのに……」

「お茶だけ貰おうと思ってな」

「だったら、一応洗わないと」

「さっきまでも飲んでいたんだが?」

「うぅぅ……」

そんないつもと言えばいつものやり取りに苦笑する面々の中、桃子は一人大げさに泣き崩れてみせると、

「よよよ、恭也は桃子さんの作った物なんか食べられないのね」

「何故、そうなる?」

心底、何を言っているんだこの母はという目で見つめてやるも、桃子の方がやはり上手なのか、
桃子はすずに抱きついて泣いた振りをする。

「すずちゃん、恭也がお婆ちゃんのケーキなんて食べたくないって言うの!」

「いや、待て! 誰もそんな事は一言も言ってな……」

「パパ」

桃子を慰めるようにポンポンと背中を叩いてやりながら、すずは悲しそうな目で恭也を見詰めてくる。
目だけで、本当にいらないの、食べないの、と訴えてくる目に恭也は肩を落とし席を立つと、

「手を洗ってくる」

その後に苦笑しつつも、恭也がやり込められた事でご機嫌顔で美由希が続き、その二人を満面の笑みで見送る桃子。
勝ち誇るように恭也に言い放つ美由希の声が徐々に遠くなり、ごちんと何か硬い音の後に美由希の声が聞こえなくなる。
が、それは単にリビングから離れたからだろうと判断、寧ろ言い聞かせるとようやくといった感じでケーキに手を伸ばす。
暫くして、恭也とその背中を恨めしげに睨みながら頭を両手で押さえた美由希が戻ってくるが、誰もその事には触れようとはしない。
その顔にはいつもの事といった感じさえ漂っており、美由希は一人涙を拭うのである。
ケーキを半分程恭也が食べた頃、すずは既に自分の分を食べ終わっており、両手に持ったコップから牛乳を飲みつつも、
恭也の方をちらちらと見てくる。
恭也は苦笑しつつ、間違いなくコレを見越して自分の分も焼いたのだろうと、残っていたケーキをすずの前に置いてやる。
嬉しさを覗かせつつも、本当に良いのかと遠慮がちな顔で見てくるすずに、

「もうお腹がいっぱいだからな。良かったら食べてくれるか?」

「そうなの、勿体無い。だったら私が……ふぎゅぅ」

何か言いかけた対面に座る妹の足を強く積みつけて黙らせると、恭也はまだ遠慮しているすずにケーキを一欠けら切り取り、
そのまま口元まで運んでやる。

「いらないのなら、食いしん坊の美由希が食べてしまうがどうする?」

「えっと……いただきます」

テーブルに突っ伏して何かを堪える美由希をちらりと見た後、すずは差し出されたケーキを頬張る。

「美味しい♪」

「そうか、なら残りも食べてくれ」

「うん! お婆ちゃん、本当に美味しいよ、これ」

「そう、良かったわ。すずちゃんに喜んでもらえて、桃子さんも嬉しいわ」

本当に嬉しそうな笑みを浮かべ、桃子はすずの頭を撫でる。
桃子に撫でられてくすぐったそうにしつつも、すずもまた嬉しそうに微笑む。
そんなやり取りを余所に、美由希は一人いじけてテーブルにのの字を描く。

「うぅぅ、私はそんなに食いしん坊じゃないもん」

「美由希ちゃん、今回ばかりは俺も何も言えないよ」

「晶の言うとおり、流石にちょっとフォローは難しいわ」

晶とレンの言葉に胸を押さえ、美由希は完全にテーブルに突っ伏すとピクリとも動かなくなる。
そんな美由希の様子を見て、すずはまた何かして遊んでいるんだろうと微笑むのだが、
それが見えなかった事は、美由希にとって唯一の救いだったかもしれない。





おわり




<あとがき>

すずと桃子が絡むシーンが少ないかなと思いたち。
美姫 「今回の話ができたのよね」
おう。だが、何故かまたしても美由希が活躍している。
美姫 「あれを活躍と言うかは別だけれどね」
まあ、桃子はちゃんとすずと過ごせているから良しとしよう、うん。
美姫 「自分に言い聞かせているわね」
あははは。それにしても、短編から始まり既に30話……。
美姫 「一話、一話が短いとは言え、結構続いているわね」
驚きだ。だが、まだまだ頑張るぞ。
美姫 「それじゃあ、また次回で〜」







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