『ママは小学二年生』
〜33〜
「パパ、これあげる〜」
そう言って可愛らしい笑みと共に差し出された小さな包み。
容易に想像できる中身に、しかし恭也は嬉しそうに微笑み返してそれを受け取る。
「ありがとう、すず」
嬉しいよとばかりに頭をかいぐりかいぐりと撫でてやれば、若干強めに撫でられて首を少しグラグラ揺らしながらも、
すずはニパッと満面の笑みを向けてくる。
自分の娘の可愛さに頬を緩ませ親ばか全開な恭也に苦笑を見せながら、美由希もまた包みを差し出す。
途端、恭也の眉が顰められ、晶とレンの方へと振り返る。
恭也の求めている事を察し、二人は共に安心させるかのように小さくサムズアップする。
それを見て恭也は軽く頷いて二人に返すと、ようやく美由希が差し出していた包みを手に取る。
当然ながら、目の前で行われたやり取りを美由希が見ていなかったはずもなく、
またその意味を正確に理解してその場に膝を抱えて蹲る。
「うぅぅ。皆して虐める……」
「虐めている訳ではない。用心していただけだ。
まあ、包みから市販品だとは分かってはいたが念のためにな」
「うぅぅ、追い討ちだ」
恭也の言葉に胸を押さえてばたりと倒れる美由希の元へと、タタタッと駆け寄りその小さな腕で抱き起こすのはすず。
「えーせーへ〜、誰かえーせーへーを!」
「うぅぅ、すずちゃん、私はもう駄目だよ」
「しっかりして美由希お姉ちゃん。えっと……傷は、傷は……」
困ったように美由希を見下ろすすずへと美由希が小さく耳打ちし、それを聞いたすずは思い出したとばかりに顔を輝かせる。
「傷は浅いぞ!」
「ううん、もう駄目だよ。私、この戦争が終わったら結…………がくり」
「お姉ちゃーん」
「すず、バカな事をしてないでこっちに来なさい」
「は〜い」
美由希と遊んでいたすずは恭也の言葉に、というよりも全てをやり終えたからか、美由希を離すと恭也の元へと駆け寄る。
起き上がった美由希の元にはなのはが近付いており、笑顔を見せて腕を腰に当てて正面に立つ。
「お姉ちゃん、すずにあまり変な事を教えないでね」
怒り心頭という訳ではないが、軽く注意してくるなのはに美由希は思わず正座して謝罪の言葉を口にする。
そんな二人を呆れたように眺める恭也に、晶とレンもまた包みを渡しており、それを見たなのはも美由希への注意を終えて恭也の元に。
「はい、お兄ちゃん」
「ああ、ありがとう」
「一応、甘さは控え目にしてあるから」
「という事は、手作りか」
「えへへ」
恭也の言葉に照れたように笑いながら、なのははじっと恭也を見詰めてくる。
無言で今食べろと迫られているのを感じ取ったのか、恭也は包みを解くと中身を取り出す。
恭也の手に収まる程の小箱の蓋を開ければ、ハートの形をしたチョコレートが数個入っていた。
その一つを手に取ると口に放り込み、
「……うん、上手いな」
「本当!?」
「ああ、大したものだ」
「良かった〜」
恭也の言葉に安堵と嬉しさが入り混じった表情を見せる。
「これはお返しも頑張らないといけないな」
更に褒めるような言葉に照れる中、お返しという言葉になのははじっと恭也を見詰める。
「もしかして、欲しいものでもあるのか」
「えっと……」
図星だったのか僅かに目を逸らすなのはに、それが何かと問うよりも先に美由希が口を開く。
「あまり期待しない方が良いよ、なのは。
何せ、去年のお返しはどんぐり飴の詰め合わせだったし。
確かに美味しかったけれど、袋に詰め放題の奴でしょう、あれ。
おまけに無理して多く詰めるつもりもなく、普通に数個入れただけだったし。
折角、去年は頑張って手作りしたのに。という訳で、今年は手作りはやめました」
本当は単に難しいのが作れずに諦めたのだが、その事実を知る晶たちは何も言わず、ただ優しい視線で美由希を見る。
そんな視線に居心地の悪さを感じながらも、美由希は尚も期待するだけ無駄だと口にするのだが、他の面々の反応は違っており、
「えっと、美由希ちゃん。今の話は本当?」
「てっきり、うちは冗談やと思うたんやけれど」
「冗談な訳ないじゃない。っていうか、晶たちもそうだったでしょう」
その言葉に晶とレンは困ったように顔を見合わせた後、何故か視線を美由希から外し、
「あ、うん、そうだった……かな」
「あ、あははは。去年の事やから、すっかり忘れてしもうてたけれどそうやったかもしれんな」
「あ、あれ、その反応……。もしかして、二人は違うの!?」
驚いたように尋ねてくる美由希に、晶とレンは遠慮がちに口を開き、
「……俺は高そうなキャンディーの詰め合わせを」
「うちも同じです。一緒にハンカチも付いてました。晶と色違いというのはあれでしたが」
いつもならレンの言葉に過剰に反応する晶だが、今は目の前の美由希に対して何とも言えない表情を見せるだけである。
そんな視線を二人から浴びながら、美由希はゆっくりとなのはを見れば、
「えっと、わたしはクッキーと欲しかった本を何冊か……」
「か、かーさんは!?」
既に店に出ている事も忘れたのか、美由希はこの場にいない桃子を探す。
が、その答えはなのはたちが知っていたらしく、
「桃子ちゃんは花を貰ってたけれど」
「ああ! あの花瓶に活けられていたのがそうなの!?
うぅぅ、どうして私だけ……」
恨めしげに見てくる美由希に、恭也は大げさな溜め息を吐いてみせると、
「どうして、だと? お前の作ったチョコを食べて俺がどうなったのか忘れたのか?」
「…………あ、あははは。ちょ〜っと材料の配分を間違えたかな?」
「そうか、ちょっとか。そうかそうか、お前の中ではチョコの中にキムチや塩辛が入っているのは当たり前なんだな」
「あ、あれは甘いものが苦手な恭ちゃんのために」
「そうか。だから、わざわざ砂糖ではなく塩で作ってくれたんだな。
ただでさえ、塩辛い物が入っているのに、更に塩を加えたと。で、ひじきがはいっていたのは何故だ?」
「キムチを入れたらチョコの色が赤くなったから、少しでも黒に近づけようと思いました……」
「わさびやからしが混入されていたのは?」
「あ、あははは。作っている時に間違って酢の瓶を倒したんで酸っぱさが少しでも消えるかな〜って」
「ちりめんじゃこやすじ肉が入っていたのは?」
「健康バランスを考えて、カルシウム豊富な小魚とかあった方が良いかなと」
「健康を考えてくれたか、そうかそうか」
「えへへへ、兄思いの妹だよね」
まるで褒めてと言わんばかりに照れる美由希へと、晶やレンは違う、その反応は違うと必死で伝えようとするのだが、
美由希は二人の方を見ておらず、二人の親切も全く伝わっていない。
恭也は美由希の態度には触れず、ただ当時のチョコを思い返してく口にする。
「俺が食べた限り、あの物体Xの成分でチョコと呼ばれる成分は五分の一もなかったように思うが?」
「ざ、斬新な甘くないチョコ。世界初だと思うよ、うん」
「ほう。なら、今年は俺も斬新な何かをお返ししようか?」
「あ、あははは。恭ちゃん、目が笑ってないですよ? も、もう済んだ事だよね」
言っていて思い出したのか、恭也の目が険呑なものになってきた事に気付き、美由希は少し後ずさりながら引き攣った笑みを浮かべる。
後退る美由希を見ながら、恭也は尚も続ける。
「済んだ事というのなら、俺のお返しも済んだ事だよな」
「うっ」
ばっさりと言われ、美由希はがっくりと両手を床に付いて項垂れる。
そんな美由希を慰めるように、すずが肩に手を置く。
「お姉ちゃん、えっとファイト〜」
「う、うん、ありがとう、すずちゃん」
「大丈夫、すずもまだ一人でお料理上手に出来ないから」
「はうっ!」
「あ、止め刺した」
「さしもの美由希ちゃんも、立ち直るんに時間掛かりそうやな」
美由希とすずのやりとりを見て晶とレンは冷静なコメントを口にする。
そんなのとは関係なく、恭也はようやく本題とばかりになのはへと振り返り、中断していた話を再開する。
「それで何が欲しいんだ?」
「えっとね、あのね。その時にまで覚えていたらで良いんだけれど――」
「確か、そんな事を話していたな」
大よそ一ヶ月ほど前の出来事を思い返し、同時にその日の夕方についても思い返す。
義理とは言え、結構多くのチョコを貰って帰って来た恭也に対し、なのはが拗ねたのを。
「義理だと言っているのに拗ねて大変だったな。
すずが来てから急に大人びたと思ったが、まだまだ子供だな」
「うーん、子供というよりも一人の女の子って感じだった思うけれどな。
だって、嫉妬していたんだよ、あれ」
恭也の独り言に美由希がそう返してくる。
「何だ、居たのか」
「って、初めから居たよ。ずっとここで本を読んでたでしょう」
全く我が兄は、とばかりに肩を竦める。
てっきり恭也から何かしら飛んでくるのではと条件反射的に構えていた美由希を一瞥し、恭也は立ち上がる。
「あれ、出掛けるの?」
「ああ、ちょっとな」
「ふーん、いってらっしゃい。あ、ついでに井関さんの所に寄れるようならお願いしても良い?」
「分かった」
そんなやり取りをして恭也は外へと出て行くのであった。
「すず、すず」
翌日、恭也はすずを手招きして呼ぶと、すずはご主人様に呼ばれた犬のように嬉しそうに恭也に駆け寄る。
「なーに、パパ」
ポフンと恭也の足に飛びついて見上げてくるすずに、恭也は包みを差し出す。
「バレンタインの時に貰ったチョコのお返しだ」
「ありがとう!」
恭也の言葉に満面の笑みでお礼を口にし、差し出された包みを手に取ると、恭也に開けても良いかと目で問うてくる。
恭也が頷いたのを見て、すずは少し乱雑に包みを破ると中身を取り出す。
「お洋服だ」
「ああ。気に入ってくれると良いんだが」
「ママ〜、パパが買ってくれた〜。これ、着る、着たい!」
恭也の声ももう聞こえていないのか、すずは嬉しそうに小さく飛び跳ねてなのはへと報告すると手に持つ服を見せる。
「良かったね、すず。じゃあ、ちょっとだけお着替えしようか」
「うん!」
すずの反応に嬉しそうな笑みを零し、恭也は満足そうに着替えに行くすずを見送る。
そして、足元に置いてあった紙袋から何かを取り出し、
「晶、レン」
二人にそれぞれ青と緑のリボンで包装された物を渡す。
「ありがとうございます、師匠」
「お師匠、ありがとうございます」
礼を言ってくる二人に照れたように微笑を見せ、恭也は期待と不安半々でこちらを見てくる美由希に手を出すように言う。
言われた通り素直に掌を上に向けて両手を差し出す美由希へとポケットから取り出した物を放り投げる。
軽い放物線を描いて美由希の両手に収まったソレは、一辺が三センチにも満たない大きさをしており、何も包装されていなかった。
「えっと……チロリチョコ?」
「キャラメルではなく珍しいイチゴ味だぞ」
「う、うぅぅ……」
「冗談はさておき、ほら」
がっくりと肩を落とす美由希に、恭也はそう口にすると改めてちゃんと包装された物を差し出す。
それを見て美由希は顔を輝かせてそれを受け取ると、早速とばかりに包装紙をはがして中身を取り出す。
横目で何とはなしに眺めていた恭也の元に、着替えたすずがやって来て立ち止まるとその場でくるりと回ってみせる。
「どうパパ?」
「ああ似合っているぞ。可愛い、可愛い」
薄いブルーのワンピースを身に着けたすずにそう感想を口にすると、恭也はすずの頭を撫でてやる。
その言葉と恭也から撫でられて嬉しそうにすずは恭也の足の上に抱き付くように座る。
「えへへへ〜」
ニコニコ顔のすずに気に入ってもらえて良かったと内心で安堵の吐息を漏らし、恭也は隣に座るなのはにも包みを渡す。
「これはなのはのだ」
「ありがとう。開けても良いかな」
「ああ。気に入ってもらえるかどうかは分からないが」
期待するようにゆっくりと恐る恐るといった感じで包みを丁寧に解いていくなのは。
それを見守る恭也もまた、自分の選んだ物で喜んでもらえるのかと若干緊張気味に見る。
包みを剥がし、表れた細長いケースの蓋をゆっくりと開ける。
「わー、綺麗」
「正直、こういった物のデザインとかはよく分からないからな。
なのはに似合うと思った物を選んだつもりだが、気に入ってもらえたか?」
「うん! お兄ちゃんが選んでくれたっていうのもあるけれど、とっても気に入ったよ」
言ってなのははケースからペンダントを取り出して恭也の前に差し出す。
「お兄ちゃん、着けてもらって良い?」
「ああ、動くなよ」
なのはの手からペンダントを受け取ると、そのまま両手をなのはの首の後ろに回してペンダントを着ける。
近くにある恭也の顔にドキドキしながらもじっとなのはは動かずに待ち、やがて恭也がゆっくりと離れると視線を下に落とす。
「えへへへ。どうかな? まだ早いかな?」
「いや、そんな事はないぞ。うん、よく似合ってるぞ」
「にゃっ、にゃにゃにゃ、ちょっとお兄ちゃん、髪が乱れるからやめてよ〜」
照れ隠しに少し乱暴になのはの頭を撫でるも、なのはは口で言うのとは逆に嬉しそうな笑みを零す。
それを下から見ていたすずも嬉しそうな笑みを浮かべてなのはに抱き付く。
恭也がなのはを撫で、なのははすずを撫でる。
何とも微笑ましい光景に頬を緩める晶とレンであったが、食事の用意をする為にキッチンへと向かう。
こうして親子三人となり、和気藹々としているようにも見えるリビング。
が、そんなリビングに小さく響く声が一つ。
「うぅぅ、手作りした去年よりも市販品を買った今年の方がやたらと豪華なお返しなんだけれど……」
本当は去年のお詫びも若干含まれていて晶たちよりも豪華だったのだが、そんな事を知るはずもない美由希が一人、
誰にも気付かれる事なく部屋の隅っこでいじけていたとか。
おわり
<あとがき>
今回はホワイトデーネタをば。
美姫 「これまた素直にそれだけじゃなく、まさかここに来てやらなかったバレンタインネタを出すとはね」
なははは。しかし、またしても美由希の出番が多くなってしまったな。
美姫 「確かにね」
うん、次回は気を付けよう。
美姫 「そんな訳でまた次回で」
ではでは。
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