『ママは小学二年生』






〜34〜



「おかえりなさい」

リビングへと踏み入った恭也の目の前に、三つ指を立てて出迎えてくれるのは未来からやって来た娘のすずである。
とは言え、いきなりの事によく分からないという顔をすると、この一連のやり取りを楽しそうに見ている面々を見遣る。

「これは?」

恭也の台詞が不満だったのか、すずはプ〜と頬を膨らませる。
宥めるようにすずの頭を撫でる恭也へとなのはが笑いながら説明する。

「おままごとだよ」

「そういう事か。…………待て。つまり、俺の参加も決定しているのか?」

部屋に入るなり言われた台詞を思い出して驚く恭也に、なのはを含めて全員が頷く。
ここに至り、何故皆が楽しそうにしていたのかと言う本当の理由に気付き、当然のように踵を返すのだが、その足を掴む者が居た。

「パパ〜」

切なそうな瞳で見上げてくるすずと無言のまま向き合うこと数秒。
恭也はがっくりと肩を落としつつ参加を表明するのであった。
恭也の言葉に嬉しそうな表情を見せたすずは、背伸びをしながら手を伸ばして自分の役割を口にする。

「すずがママで、パパがパパ。で、ママが子供!」

「ふむ。晶とレンが近所の奥さんで、美由希がペットのポチか」

「せめて人にしてよ! で、でも恭ちゃんがペットにしたいって言うのなら……」

「おまえなどインコ、いや、金魚で充分だ。
 金魚でも勿体無いぐらいだが、俺の思う役をやらせるとペットではなく害虫になってしまうからな」

「って、何をやらせるつもりだったのよ」

「そりゃあ、飲食店には相応しくない虫とか、自分の身長の何十倍もの高さを飛ぶ、とても小さな生物。
 または、二つに切っても別固体として生きていく微生物とか?」

「私に聞かないでよ! と言うか、酷すぎる!」

「だから、金魚のポチだと言ってやるだろう。おおう、よしよし。すぐに餌をやるからな。
 その後は海に散歩に連れて行ってやるぞ〜。寧ろ、狭い金魚鉢だと可哀相だから、そのまま泳いで逃げても良いぞ。
 何て優しいんだろうか、俺」

「金魚は淡水生物なんですけれど!?」

そんな兄妹のやり取りをなのはが中断させる。
放っておくと本当にいつまでやるのか分からないからだ。

「お兄ちゃんもお姉ちゃんもそこまでにしてください。
 役はすずがもう考えているだから」

「それを早く言ってくれ。で、晶たちの役は何なんだ?」

「えっと、晶お姉ちゃんがお爺ちゃんでレンお姉ちゃんがお婆ちゃん。
 美由希お姉ちゃんは……」

「裏社会から足を洗おうと決意したその日に事件に巻き込まれ、あまつさえ犯人と間違われて逃走中の……」

「どうしてそんなのばっかり!? しかも、それっておままごとに出てこないよね、普通は!」

「パパ、意地悪したら、めっでしょう」

すずにまで注意され、恭也は仕方なく口を噤む。
その様子を指差し笑う美由希を睨みつつ、恭也はすずに美由希の役を尋ねる。

「美由希お姉ちゃんは赤ちゃん」

「……はい?」

指差し笑っていた美由希が笑顔のまま固まる。

「えっと、なのはが娘役なんだから、私がその役をする必要は……」

「違うの! ママはすずと同じ年の子供で、美由希お姉ちゃんは赤ちゃんなの!
 ママはお姉ちゃん」

困った顔で他の面々を見るも、皆笑いを堪えているだけで反対する者などいない。
恭也と目が合えば、指差して笑う事はないものの、鼻で笑い飛ばされる。

「ほら、さっさとやれ」

「う、うぅぅ。す、すずちゃん、私は寝ていれば良いのかな」

美由希ももう観念したのか、赤ちゃんなら寝ているだけで良いやと割り切りソファーに寝転がりながら尋ねる。

「うん、良いですよ。よしよし、ミルク飲みますか?」

「えっと、今はいらない」

「赤ちゃんは喋ったら駄目でしょう」

「…………お、おぎゃ。う、うぅぅ、涙で前が見えないよ」

「よしよし」

美由希の頭を撫でてすずは満足そうに頷くと、恭也を押してリビングの外へと追いやる。

「パパは家に帰って来るところから」

「分かった」

美由希の事を見て笑っていた恭也であったが、いざ自分もやらないといけないと思い出し、足取りも重くリビングを一旦出る。
目の前で閉められる扉がまるで死刑への宣告であるかのように見詰めながら、一旦目を閉じて心を平坦にする。

「よし」

気合を入れ、何とか扉を開ける。

「ただいま」

「おかえりなさい、お兄ちゃん」

「あー、すず?」

「ふにゅ? どうしたの?」

「お兄ちゃんじゃないだろう」

「だって、いつもママはそう呼んでるよ」

「他に、少し前はどう呼んでた?」

「えっと、あなたとかお父さん!」

「そうか。まあ、何でも良いか」

「じゃあ、もう一回やるね」

恭也はそこまで拘らなくても良いかと思いなおし、好きに呼ばせる事にした。
と言うよりも、流石にあなたは勘弁してくれという心境であったのだが、そんな事をすずが知るはずもない。

「おかえり、お兄ちゃん」

「ああ、ただいま」

「ご飯にしますか、お風呂にしますか、それとも……」

「って、待て待てすず! 何を言う気だ」

「ん〜、わかんない。ねぇ、美由希お姉ちゃん、それともの後は何か言うの?」

「ちょっ、駄目だってすずちゃん」

恭也だけでなくなのはからも冷たい視線を向けられ、美由希は視線をさ迷わせる。

「ご、ごめんなさい……」

反省したらしく素直に謝る美由希に呆れながら、恭也は気を取り直して続ける。

「とりあえず、ご飯を」

「は〜い。ほら、ママもお兄ちゃんにただいまって」

「あ、そこはママのままなんだ。えっと、パパおかえりなさい」

「……ああ、ただいま」

なのはからの言葉に思わず反応に困るも、すぐにごっこ遊びだと思い出して何とか返す。
そうすると、すずが恭也の腕を引っ張り屈みこませ、その頬にちゅっと唇と付ける。

「おかえりのチューですよ」

「……まさかとは思うが、いつもパパやママはしているのか?」

「えっとー、してなかったかも」

言って笑うすずに少しだけ胸を撫で下ろす恭也であったが、美由希がぼそりと呟く。

「単にすずの目が届かない所でしていた可能性はあるよね」

その言葉に顔を赤くさせるなのはと、美由希を睨む恭也。
だが、すずは気にせず恭也に座るように促し、その言葉に従って床に座る恭也の前に玩具の食器が並べていく。
やがて、全て並べ終えると、

「それじゃあ、食べましょうか」

『いただきま〜す』

全員で席に着いてそう口にすると、すずが晶の元に近付いてスプーンを口元に運ぶ。

「えっと、これは?」

「はい、お爺ちゃん、ご飯ですよ〜」

「えっと……」

困ったようにこちらを見てくる晶に恭也も分からないと肩を竦める中、レンが何か思い出したのか小さな声で言う。

「晶、この間の時代劇や」

「おお、あれか。
 ごほごほ、いつもすまいないねぇ、すずさん」

「それは言わない約束でしょう、お爺ちゃん」

「なあ、色々と間違っているような気がするのは俺だけか?」

「あ、あははは、まあ、すずちゃんが喜んでいるみたいだし良いじゃないですか、お師匠」

レンの言葉に肩を竦めて返し、恭也は目の前の食器を手に取って食べる振りをする。
晶の世話を焼き終えたすずは、続けて美由希の元へと近付き、そのスカートを捲り上げる。

「って、すずちゃん!?」

「はい、おしめを交換しましょうね」

「って、それはやり過ぎ、と言うか、それ以上は捲らないで!」

必死にスカートを抑えて言う美由希の言葉にすずはスカートから手を離し、おしめを変える振りだけする。

「はい、これで気持ちよくなりましたね」

「美由希がお漏らししていたのか!」

「うん。でも、もうおしめも変えたから大丈夫」

「って、恭ちゃん、大声で言わないで! これはお遊び、お遊びなんだから!」

「美由希ちゃん、聞こえていた場合、ご近所さんの誤解を解きたいという気持ちは分かるけれど、
 それはそれでちょっと説明不足やで」

「うぅぅ、とんだ羞恥プレイだよ。と言うか、恭ちゃんは絶対にわざとでしょう!
 恥ずかしいからって、私まで道連れにしないでよ」

「すまん、すまん。次からは気を付けよう。さて、次は風呂に入れば良いのか?」

「はい、お風呂ですね。お風呂はこちらですよ」

言ってリビングの端へと恭也を連れて行く。
恭也はそこに座り、とりあえずは湯船に浸かる振りをする。

「それじゃあ、お背中を流しますね」

言ってすずが一生懸命に恭也の背中を擦る。
流石に少しくすぐったいがそれを我慢し、すずが満足するまでやらせる。
その後、風呂に上がった設定の恭也が床に再び座ると、すずはなのはをソファーに横に寝かせて本を読んで寝かし付ける。
それからどうするのかと見ていると、何故か掃除を始め、

「お義母さん、どうかしましたか」

そう言いながらレンを見る。
逆にレンは何をするのか分からず、ただ困惑するのだが、そこへ今度は晶がフォローを出す。

「多分、昨夜のサスペンスドラマだと思うぞ」

「ああ、あれか。えっと、ちょっとすずさん」

言ってすずに近付くと、すずが掃除した場所を指ですっとなぞりそれを見る。

「何処を掃除したのかしら?」

「よよよ、ごめんなさい」

言いながら床に泣き伏せるすずを見て、恭也は思わずなのはを見る。

「おい、ままごとと言うのはこういうものなのか? 何か違うような気がするんだが」

「あ、あははは。違うけれど、それにしても偏った情報だよね」

すずもやっぱり違うと思ったのか、首を捻っている。

「美由希お姉ちゃん、何か変」

「って、すずちゃん!?」

「なるほど、美由希の入れ知恵か」

「ち、違うよ! 本当に違うって!」

実際、美由希は関係なく、ただすずは思った事を偶々近くに居た美由希に言っただけだったのだが、
悲しいかな、誰も美由希の言葉を聞いてくれなかった。
なのはからお小言をもらい、恭也からは軽く小突かれ、美由希はソファーにぐったりと横たわる。

「うぅぅ、本当に私は何もしてないのに……。
 晶とレンは分かってくれるよね。今日一日、ずっと私と一緒だったよね」

美由希の言葉に一緒に行動していた晶とレンも今更ながらそれに気付く。

「ご、ごめん、美由希ちゃん」

「うっかり忘れてた」

「うぅぅ、もう良いよ……」

二人の言葉が耳に入ったのか、恭也となのはも流石に悪かったと思い謝罪を口にする。
そんな中、すずは一人考え込んでいたかと思うと、ポンと手を叩く。

「今度はパパはパパのままで、ママがお母さん、そしてすずが子供の役でやろう」

楽しそうに笑うすずに恭也たちも反対できず、また最初からすずとなのはの役を入れ替えて始める。

「ただいま」

「お帰りなさい、あ、あ、あなた」

「あ、ああ」

「えっと、お、おかえりのキスを」

「いや、そこまで再現しなくても……」

「い、良いからちょっとしゃがんで」

顔を真っ赤にしながら恭也の腕を引っ張ってしゃがませるなのはを眺めながら、美由希はふと思った事を口にする。

「あれって遊びとかでもなんでもなく、ただの現実だよね」

そんな美由希に晶とレンは何とも言えない顔を見せつつ、ニコニコと遊ぶなのはとすずの二人を見て何も口にはしないでおく。
食事になったらしく三人が座るのを見ながら、晶とレンも同じく席に着くと、恭也は美由希を自分の前に座らせ、

「美由希、少しは空気を読む事を覚えた方が良いぞ」

ちゃっかりと恭也には聞こえていたのだろう、先程の呟きに対して美由希の首に回した腕をゆっくりと締めていく。

「って、恭ちゃん、それは洒落になってない! と言うか、本音は恥ずかしかったって所でしょう!
 照れ隠しで人を落とそうとしないで!」

赤ちゃんの割りにはしっかりとした力でお父さんの拘束を必死に解こうとする美由希に、すずがお姉ちゃんらしく胸を張り、
美由希の頭をよしよしと撫でる。

「美由希ちゃん、パパに抱っこされて良かったね。ほら、おねんねの時間ですよ。
 ねんねんころりよ〜♪」

「すずちゃん、待って待って! 違う意味でころりになるから!」

抵抗する美由希に首を閉めようとする恭也。そして、あやすように美由希の頭を撫でて子守唄を歌うすず。
そんな何とも言えない状況に対し、なのはがマイペースに食器を並べていくのを見て、晶とレンの二人は顔を寄せ合い、

「ある意味、本当にいつもの光景のような気もするな」

「うちもその意見には激しく同意や」

いつもと違い、何故か仲良く握手を交わす二人の姿があったとか。





おわり




<あとがき>

今回はまたお遊びネタで。
美姫 「今度のお遊びはおままごとね」
前はヒーローごっこをしたからな。
美姫 「それにしても、また美由希が」
あははは。まあまあ。さて、次はどうしようかな。
美姫 「それじゃあ、また次回で」







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