『ママは小学二年生』
〜35〜
「さ〜く〜ら〜、さ〜く〜ら〜♪」
琴があればもっと良かったのにと親バカな事を思い描きながら、恭也は先を行くすずに注意を促す。
「すず、あまりはしゃぎすぎると転ぶぞ」
「だいじょうぶ〜」
くるくると桜の花びらが舞う下を踊るように回り、すずは満面の笑みでそう元気に返してくる。
その光景に頬を緩ませつつ、恭也は持っていた荷物を持ち直す仕草をしてその表情を隠す。
尤も誰にも気付かれずに済んだというような事はなく、温かい眼差しを感じるも無視する。
案の定と言うべきか、はしゃぎすぎたすずが転び、泣きそうな顔を見せる。
恭也が動くよりも先に、なのはが近付いてすずの前にしゃがみ込むと、
「すず、大丈夫?」
「うん」
「じゃあ、一人で立てるよね」
「……うん」
目の前に居るなのはの顔をしっかりと見据えて頷くと、すずは泣くのを堪えて立ち上がる。
そんなすずに満足そうに頷くと、なのはは偉い偉いとすずを褒めてやり、転んだ時に着いた土などを払ってやる。
すずは褒められて嬉しそうにするも、やはり痛かったのかなのはに抱き付く。
「よしよし。よく頑張ったね。今度からは気を付けて歩こうね」
「うん」
先程よりも大人し目の返事を返し、すずは今度はゆっくりと歩く。
その手を握りながら、なのははもう一度すずを撫でてやる。
「えへへへ〜」
母娘手を繋いで桜の下を歩く光景に、恭也はまた緩みそうになる頬を引き締める。
そんな恭也にからかう気満々で近付く忍であったが、先程の光景を思い返し、ふとそちらの方を口にする。
「なのはちゃん、ただ甘やかすだけじゃないんだね。でも、ちょっときびしいんじゃない?」
「そうか? あんなもんだろう」
忍の言葉に恭也は可笑しな事はないと言うと、少し後ろを歩く美由希を見遣る。
恭也の視線に気付いた美由希は、忍との会話を聞いていたのか、こちらもそうだよねと頷く。
「高町家はスパルタ教育」
「そんな事ないと思うけれどな〜。那美さんはどう思います?」
「え、わ、私ですか。えっと……」
何と言ったら良いのか分からないといった那美の様子に忍は肩を竦め、まあ良いかとあっさりと自分でした質問を放り投げ、
寧ろこれからからかいますよ、と宣言せんばかりの意地の悪い笑みを見せる。
それに勘付いた美由希は、巻き込まれないように不自然にならない風を装い、那美と一緒に恭也たちから離れる。
恭也の方もまた忍が何かからかおうとしているのを感じ取ったのか、
忍が話し掛けてくるよりも先に足を早めてなのはたちの元へと向かう。
格好の得物に逃げられた忍は不満そうな顔を見せるが、他にからかう相手もネタもなく仕方ないとばかりに肩を竦める。
そんな忍を慰める訳でもないだろうが、桃子が近付いて声を掛ける。
「今年もまたお世話になっちゃってありがとうね」
「いえいえ。ただ散るよりも見てもらった方が桜も喜びますし。
寧ろ、私の方こそご馳走になるんで申し訳ないぐらいですよ」
「それこそ気にする必要なんてないわよ。食べてくれる人が多い方が作りがいもあるってものだしね。
晶ちゃんやレンちゃんも朝から随分とはりきっていたから、今から楽しみだわ」
「私はかーさんのも楽しみだよ」
「ありがとう、美由希」
「桃子さん、またデュエットしましょう」
「いいわね、晶ちゃん」
「ほな、うちはなのはちゃんとしようかな」
わいわいと賑やかに話しながらもちゃんと着いて来ている事を背中越しに確認し、恭也は伸びてきたすずの手を取ってやる。
「お花見楽しいね、パパ」
「そうだな。着いたら、かーさんたちが作ったご馳走もあるしな」
「うん、すっごく楽しみ」
手をブンブンと振り回し、少し急な坂を上っていく。
頂上へと辿り着いたすずは、頭上を覆う桜の花に目を大きく開ける。
「ふわー、お空がピンク」
「はいはい、感動するのは後にして先にシートを広げるわよ」
「なあ、美由希。小さな子以上に花よりも団子なあの悪友をどう思う?」
「あ、あはははは。まあ、忍さんの親戚の土地だから、見慣れてしまったんだよ、きっと」
引き攣った笑みで恭也に返し、美由希は持っていた荷物を下ろすのだった。
「それじゃあ、改めてかんぱい!」
全員に飲み物が行き渡ったのを確認するなり、桃子はすぐさま乾杯の声を上げる。
皆もそれに応えれば、後は好き勝手に料理へと手を伸ばす。
「すず、どれが欲しい」
「玉子焼き!」
すずの注文に応えてすずにおかずとおにぎりを取ってやると、恭也の目の前に取り分けられた皿が差し出される。
恭也がすずの分を取っている間になのはが取ってくれたらしく、恭也は礼を言うとありがたくそれを受け取る。
そんな光景を目を細めて桃子は嬉しそうに眺めており、恭也は恥ずかしさからか気付かない振りをするのだった。
その内、桃子が歌い出し、忍が追随するように騒ぎ始め、あっという間に宴会の体を見せ出す中、
すずは食べるのに満足したのか桜を見上げて、その美しさにほうと溜め息を吐く。
恭也の膝の上、親子揃って桜を見上げる姿に美由希はやっぱり恭也の娘だよと聞かれないように漏らすが、
なのはには聞かれたらしく、その顔に小さな笑みが浮かんでいる。
「なのは、この事は恭ちゃんには……」
「分かってるよ、お姉ちゃん」
「ありがとう」
そんな美しい姉妹愛を静かに確認し合うも、晶やレンが加わって益々賑やかになっていく。
一頻り歌って少し満足したのか、桃子はリュックの口を開け、そこから新たな包みを取り出す。
「じゃ〜ん、ちょっと春を意識して作ったケーキなんだけれど、どう?」
「わ〜、おいしそう」
真っ先にすずがそれに食い付き、桃子は満足そうに大仰に頷くと紙皿にケーキを取り、フォークと一緒にすずに渡してやる。
他の人たちにも取り分ける中、すずは一足先にそれを口に運ぶ。
「どう、すずちゃん美味しい?」
「ふにゃ〜」
桃子の言葉も耳に入っていないのか、すずは頬を両手で押さえて相好を崩しており、桃子に対して何も言ってこない。
だが、そのふんにゃりとふやけた顔が全てを物語っており、桃子も嬉しそうな笑顔を見せる。
すずの表情からまだ食べていなかった者たちの期待もあがり、待ちきれないとばかりにケーキにフォークを刺していく。
その様子をやっぱり嬉しそうに桃子は眺めるのであった。
「さて、ゴミや忘れ物はないな」
恭也の言葉にもう一度辺りを見渡し、ない事を確認すると全員が頷く。
それを見て恭也もまた頷くと、行きよりも軽くなったリュックを手に取り帰宅を始める。
「お兄ちゃん、リュック持つよ」
「そうか。なら頼む」
中は空になった弁当だからそう重くはないので、恭也は素直になのはにリュックを渡すと小さく背負いなおすような仕草を取る。
その背中には力尽きたように眠るすずの姿があり、恭也が小さく動いても目を覚ます様子はなかった。
「はりきっていたからな」
「完全に電池切れだね」
「少し前のなのはを思い出す」
「む〜、私は眠ったりした事はなかったもん」
「だが、背負った記憶はあるぞ」
「あれは……うぅぅ、お兄ちゃんのいじめっ子」
昔の事を言われて恥ずかしそうにするなのはに、悪かったと頭に手を置いて撫でてやる。
それだけで機嫌を直すなんて我ながら単純だなと思いながらも、なのはは笑みを浮かべてしまう。
機嫌が直ったと思った恭也が手を離すのを見ながら、昔よく背負ってもらったのは疲れたという事もあるが、
それ以上に滅多に一緒に遊んだりできない兄に甘えていたからだと小さく呟く。
「何か言ったか?」
「ううん、何も言ってないよ。それにしても、可愛い寝顔だね」
「だね、と言われても俺からは見えないがな」
「ふふふ、そうだったね。すずの可愛い寝顔は帰るまでお預けだね」
「残念だが仕方ない。家に着くまで我慢しよう」
冗談めいて返す恭也になのはも笑みを見せて返すと、眠ったすずをおんぶしている腕にそっと手を添える。
夕暮れに赤く染まる顔に笑みを浮かべ、二人は言葉もなくただ静かに寄り添うのであった。
おわり
<あとがき>
少し遅いが花見ネタで。
美姫 「確かにちょっと遅いかもね」
まあ、今年ならまだ大丈夫かも。
美姫 「うーん、どうかしらね」
何はともあれ、久しぶりにママ小二をお送りしました〜。
美姫 「それでは、また次回でね〜」
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