『ママは小学二年生』






〜37〜



どんよりとした雨雲が空を覆いつくし、まだ昼を少し過ぎただけだというのに辺りを薄暗くしている。
しとしとと降る雨で湿気も弥が上にも増し、殆どの人にとって今日の気候は好ましいものではない。
かく言うなのはも湿気の所為か、いつもよりやや髪が纏まらないような気がして気になるのか、前髪をちょくちょく指で弄る。
が、当然ながら何事にも例外や少数の例といったものは存在し、なのはの隣を歩くすずは何故か楽しそうに鼻歌まで歌っている。

「あめ、あめ、ふれふれ〜♪」

放っておくと今にもスキップを始めそうなすずの手をしっかりと握り、雨で悪くなっている視界の中注意して歩くなのは。
すずのあまりにも楽しそうな顔に、自然となのはの顔も緩み始め、それを見たすずが更に嬉しそうに笑顔を向けてくる。

「そのレインコート可愛いね」

「お婆ちゃんが買ってくれたの。良いでしょう」

家を出る前にも散々自慢するように見せびらかしていたすずだったが、なのはの言葉にまたも嬉しそうにレインコートを見せびらかす。
その仕草にまた頬を緩めつつ、なのははすずが一応差している傘をしっかりと持ち直させると、
もう一本大事そうに抱え込むように持っている傘に手を伸ばし、

「これはママが持ってあげようか」

「ううん、これはすずが持って行くの」

なのはの提案を断り、更にぎゅっと傘を抱き締める。
そちらに夢中になっている為か、自分の差していた傘がまたしても大きく傾くのをなのはが手で押さえる。

「そのレインコートは正解だったかも」

流石はおかーさんと一人ごちつつ、しっかりとすずの手に傘を持たせる。

「それじゃあ、ちょっとだけ急ごうか。今日は午前中で授業が終わりだから、もうすぐでパパも帰って来るし」

「うん。パパに傘を届けて、良い子良い子してもらうの!」

嬉しそうにそう宣言すると、すずはやや急ぎ足で恭也の学校へと続く道を歩き始める。
その隣に手を繋いで並びながら、また歌い出したすずをなのはは優しげな眼差しで見詰める。

「あめあめふれふれ〜、パパにお届けもの〜♪」

パシャパシャと水の上をスキップを踏む音や傘を叩く雨の音に負けないぐらい、楽しげなすずの声がなのはの耳を打つ。
やがて、目の前に恭也の通う学園の校門が見えてくる。
時刻的にも丁度良いタイミングだったのか、チャイムの音が聞こえてくる。
生憎と校門の前には雨を凌げるような場所もなく、なのはは少し迷った後校門を潜りそのまま正面玄関へと向かう。
一足先に終わったクラスでもあったのか、数人の生徒がなのはとすずを見つけて訝しげな表情を見せるも、
特に危険はないと判断したのか、そのまま帰宅していく。
中にはすずの事を知っている生徒たちも居るようで、そうした人たちは一言二言声を掛けていく。
そんな人たちに返事を返し、手を振り返すすず。人見知りしない子だな、と思いつつなのはも軽く会釈しておく。
そんなこんなで数分その場で待っていると、不意に背後から声が掛けられる。

「なのはにすず?」

どうしたんだと尋ねる前に二人、すずが持っている物が目に入って納得顔になる。

「わざわざ傘を持ってきてくれたのか」

「えへへへ、はいパパ。すず偉い?」

「ああ、偉いぞ。ありがとうな、すず」

「にゃはははは」

望通り恭也に褒められた頭を撫でてもらったすずはとろけそうな笑みを見せる。
その隣に良いなという顔を見せるなのはに気付き、恭也は鞄と傘を脇に挟むともう一方の手でなのはの頭も撫でてやる。

「なのはもありがとうな」

「ふにゃ、えっとどういたしました。ふにゃ〜」

驚きつつも、こちらもすぐに目を細めて嬉しそうな笑みを零す。
そんな親子を眺めてほのぼのとする周囲の中、赤星がなのはとすずに挨拶をする。

「そう言えば、お前も傘を持っていなかったな」

「ああ。まあ、部活の間に止む事を願うさ」

「良ければ使うか? 返すのはいつでも構わないぞ」

「それはありがたいが、お前はどうするんだ」

「少し小さいがすずのがあるしな」

少し考えた後、赤星は借りる立場の自分が小さい方をと申し出るのだが、恭也が半ば押し切る形で傘を貸してやる。
暫く迷った後、恭也から傘を借りる。

「助かる。今度、何かお礼をしよう」

「なに、気にするな。たかが傘を貸しただけで特上寿司なんて受け取れない」

「さりげなくリクエストか」

「冗談だ。気にするな」

二人のそんなやりとりを微笑ましく見ていたなのはであったが、急になったお腹の音に下を見る。

「すず、お腹空いたの?」

「うん」

「そうか、ならさっさと帰るとするか。赤星、俺たちはこれで」

「ああ。傘、サンキューな」

部活前に昼食を取るのだろう、赤星は食堂の方へと向かう。
それを見送り、恭也はすずを抱き上げるとすずの持っていた傘を自分で差し、

「お兄ちゃん、まだわたしの傘の方が大きいからこっち使って」

強引に手に持っていた傘を交換させられるも、恭也はただ礼だけを口にして傘を差す。
恭也となのはは並んで雨の中を歩き出す。
恭也の腕の中で楽しそうに笑っているすずを見て、少しだけ羨ましいと思ってしまうなのは。
本人は気付かれていないと思っているようだが、恭也はちゃんとそれを見ていたが違う事を口にする。

「そう言えば、今日の昼は翠屋だったか?」

「あ、うん。おかーさんがそう言ってたよ」

「そうか。すずは何が食べたい?」

「うーんと、ケーキ」

「それは昼ご飯じゃないだろう」

「うー、でもおばあちゃんのケーキ美味しいんだよ」

「それは分かっているが」

「駄目だよ、すず。お昼ご飯はちゃんと食べないと。ケーキはおやつにね」

「はーい」

聞き分けが良いね、とすずを褒めてやり――恭也に抱かれているので頭にまで手が伸びない――なのはたちは翠屋を目指す。
翠屋に着いたすずがレインコートを気に入っている様子を見て、桃子が終始頬を緩めていたりするのだが、それはまあ余談だろう。
雨の日の午後、親子三人はいつもと変わらず仲良く昼食を取るのであった。
その後、特に手伝いのいる様子もなく、ケーキを購入して帰る事となるのだが、
その帰り道で恭也となのはが一つの傘に入っていたという目撃情報があったりしたのだが、
真相は夕飯時に何かを思い出して満面の笑みを浮かべてにやけるなのはと、その隣に座るすずだけが知っている。





おわり




<あとがき>

今回は雨のお話。
美姫 「少し短いけれどね」
このシリーズはこんな感じだよ、うん。
美姫 「自分に言い聞かせているわ……」
まあまあ。ちょっと憂鬱になる雨だけれど、すずには嬉しい出来事だったと。
美姫 「最後にはなのはにとってもね」
そういう事。という訳で、今回はこの辺で。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」







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