『ママは小学二年生』






〜38〜



「〜♪」

辺りを赤く染める、とは夏故にいかないものの夕方と言っても良い時刻、高町家の庭に鼻歌交じりの声がする。
縁側に座り、足をぷらぷらさせて上機嫌なすずの目には恭也と美由希の姿。
二人は庭で何やらしているらしく、何度か確認の声を掛け合っていた。

「よし、こんなもんだろう」

「だね。これなら強い風が吹いても倒れないよ」

ようやく作業を終え、浮き出た汗を拭う。
すると、それを待っていたのかすずは縁側からぴょこんと飛び降り、トテトテと恭也の元へと走りそのまま抱き付く。

「パパ、おつかれさま〜」

「ああ、ありがとうすず。よしよし」

片手ですずを抱き上げ、恭也はもう一方の手ですずを撫でてやりながらさっきまで美由希と二人して作業していた成果を見上げる。
同様にすずもそれを見上げ、キョロキョロと庭を見渡す。

「パパ、パンダさんは?」

「あははは、すずちゃん、これはパンダの餌じゃなくて七夕だよ」

「たなばた?」

「そうだ。しかし、すずはパンダが来ると思ったのか?」

「うん」

ちょっと残念そうにしながらも、聞きなれないのか七夕と言う単語に興味を示す。

「うーん、簡単に言うと空に居る彦星と織姫が会える日なんだが」

よく分からないと首を傾げるすずに、美由希が肩を竦めてすずに教えてやる。

「何でも一つだけ短冊にお願い事を書くとその願い事が叶う日なんだよ」

「おお!」

美由希の言葉に目をキラキラさせ、すずは万歳するように両手を上げる。

「すず、すずもお願い事する!」

「そうだね、一緒に短冊書こうね〜」

それもまた間違っては居ないのだが、本当にそれで良いのかと首を傾げつつ、恭也は後で織姫の話もしてやろうと思う。
美由希と二人して楽しそうに話している間に、なのはが笹飾りを持ってやって来る。

「お姉ちゃん、すず、これ笹に飾ろう」

言って折り紙で作った飾りを一つ持ち上げる。
すずはなのはの元へと行くと、目を輝かせてそれを見る。

「ママ、これを飾るの?」

「そうだよ。すずはできるかな?」

「できるもん」

飾りを両手に持ち、笹の元へと取って返すと必死に背伸びして飾りを笹に付ける。
付けるというよりも軽く置いた感じになっているのだが、出来たと胸を張ってこちらを振り返るすずになのはは拍手してやる。

「上手だね。じゃあ、まだまだ飾りはあるから一緒に付けようか。
 高い所はパパに抱っこしてもらってね」

「うん。パパ〜、だっこ」

飾りを取るよりも先に抱っこを強請るすずに笑みを零しつつ、恭也はすずを抱き上げる。
そこへなのはが飾りを手に近付き、すずに差し出す。

「ママ、上に乗せるお星様は?」

「クリスマスじゃないからそれはないかな〜。その代わり、これを上の置いてもらえるかな?」

「はーい。パパ、もっと高く」

「はいはい」

すずの両脇に手を入れ、ゆっくりと上へと持ち上げる。
楽しげに笑いながら、小さな手を伸ばして笹の上の方へと飾りを付けようと奮闘するすず。

「大丈夫か、すず」

「大丈夫〜」

うーん、うーんと唸りつつどうにか飾りを付け終え、

「ふ〜」

満足そうに額の汗を手で拭ってみせる。
その仕草に最初にすずが付けた飾りをちゃんと付け直していたなのはは思わず笑みを漏らしてしまう。
美由希も同じように笑みを零しており、二人して顔を見合わせてまた小さく笑う。
それに気付かず、すずは次の飾りを手に持ち、反対側に回る。

「それじゃあ、飛ばないようにちゃんと付けますか」

「ありがとう、お姉ちゃん」

すずの付け方が甘かった所をこっそりと直しつつ、美由希も飾り付けを手伝う。

「そう言えば晶とレンは? 一緒にしなくて良いのか?」

「二人ならキッチンで口喧嘩しながら料理してるよ。短冊の時に参加するから飾りはしておいてって。
 さて、そろそろキッチンの様子を見に行ってくるね。手を出しそうなら止めないといけないし」

そう言ってキッチンに向かうなのはの背を見送り、恭也と美由希は肩を竦める。
あの二人に関してはなのはに任せておけば問題ないだろうと、遠くから聞こえるなのはの怒る声を聞きながら思うのであった。



「何をお願いしようかな〜」

飾りつけも無事に終わり、夕食の下拵えも殆ど終えた晶とレンを加え、今は皆で短冊に願い事を書いていた。

「うちは家内安全で」

「ちっ、取られたか」

「晶、別に競うものじゃないんだから。取られたとかもないと思うよ」

苦笑しながら言う美由希にそうなんだけれど、と何処か悔しそうな表情で言う晶。
そんな晶に向かってレンは何故か勝ち誇るように胸を張り、

「にょほほほ、おサル、うちに勝てますようにとでも書けばどないや」

火に油を注ぐような事を口にする。
狙い通りなのか、晶は拳を作り立ち上がり、

「笑えない冗談だ。そんな事は願わなくても自力で叶えてやるぜ、今ここでな!」

「にょほほ、おもろい事を言うな。例え願っても叶わないっちゅうのに」

互いに構えを取った瞬間、二人に向かって優しい声が投げられる。

「晶ちゃん、レンちゃん、二人とも立ち上がってどうしたのかな?
 今はそんな事をする必要ないよね? それとも、もしかして喧嘩なのかな?
 さっき二人は仲直りして喧嘩はしないって言ったよね?」

「も、勿論、喧嘩やあらへんで」

「そ、そうそう。俺たちがなのちゃんとの約束を破る訳ないじゃないか。
 これはちょっとした冗談だって」

二人して肩を組み合い笑い出す。
その仲良しな様子を見てなのははそうだよね、と笑顔を見せて二人から視線を逸らす。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、レンは晶の足を踏みつけ、晶はレンの背中を抓っていたりした。
二人ばかりがそれに気付いているものの、何も口にはせずに居たのだが、すずは肩を組む二人に向かって満面の笑みを向け、

「二人とも仲良しさんだね〜」

無邪気な言葉に二人は何とも言えない表情になり、そのまま大人しく座り直すのであった。

「で、美由希は願い事を書いたのか?」

「うん、書き終えたよ! 私の願い事はこれ! 打倒、師範代!
 願い事と言うよりも目標みたいな感じだけれど。あ、待って、やっぱり願い事は別にしよう」

その願いはいずれ自力でと思い直したのか、美由希は新しい短冊を手にして書き直す。
そして書き終えたそれを頭上に掲げる。

「ずばり、恭ちゃんがもう少し優しくなりますように!」

「失礼な。充分に優しくしてやっているというのに、兄にして師の優しさが伝わらないとは」

何処がと叫びそうになるのを堪え、美由希はもう願いは変えませんとそれを守るように手に握り、
話を変えるように恭也が何て書いたのかを尋ねる。

「なに、俺の願いはささやかなもんだ」

言いながら短冊を美由希に見せると、美由希は思わず叫ぶ。

「ちょっ! その願い事はなに!?」

「何って……。お前、とうとう日本語も読めなくなってしまったのか」

「そんな訳ないでしょう。じゃなくて、どうしてそんな願い事なのよ!」

美由希の言葉に他の面々も興味を持ったのか、すず以外が恭也の短冊を覗き込み、

「うわー、これはまたお師匠らしいと言うか」

「容赦ないですね、師匠」

「あ、あははは。お兄ちゃん、もう少し優しくしてあげても良いんじゃないかな」

三者三様の言葉が掛けられる。それに心底不思議そうな顔をしつつ、恭也はもう一度自分の書いた短冊を見る。

「そんなに可笑しな願い事じゃないだろう。本当にささやかな願いだと言うのに」

「どこが! どうして、私の願い事が叶いませんように、なのよ!」

美由希が叫んだ通り、恭也の短冊には達筆な字で美由希の願い事が叶いませんように、と書かれていた。

「うぅぅ、私のお願い事と完全に対極に位置していると言うか、
 お願い事でまで意地悪されるなんて、もう泣いて良いのか旅立てば良いのか……。
 うぅぅ、彦星様、織姫様、どうか願いを叶えて優しい恭ちゃんにしてください。
 ……って、願い事が叶うって事は恭ちゃんのも叶うわけで、そうなると私の願い事は叶わなくて……うぅぅ」

「ああ、美由希ちゃんが軽く混乱してる」

「落ち着いて、美由希ちゃん。師匠もきっと冗談だから」

レンと晶二人で慰める様を見て、何故か満足そうに頷く恭也。
そんな恭也に苦笑を浮かべつつ、軽く注意するなのは。

「駄目だよ、あんまりお姉ちゃんを虐めたら」

「虐めではなくスキンシップなんだがな。まあ、善処しよう。
 さて、すず、願い事は決まったのか?」

短冊を前にうんうんと悩んでいたすずに目を向ければ、まだ悩んでいるらしく、時折人差し指を眉間に当て、

「うーん、うーん、もう少し〜」

そんな仕草を何処で覚えたんだと思いつつ、恭也となのははすずの願い事が決まるのを待つ。
やがて、すずは顔を上げるとなのはにペンと短冊を渡し、

「ママ、お願い事書いて〜」

すずからペンと短冊を受け取ると、なのはは足にすずを乗せて短冊に書く姿勢を取る。

「何て書けば良いのかな?」

「パパとママとずっと一緒にいられますように」

すずの言葉に恭也は小さく笑い、すずの頭を撫でてやる。
なのはも嬉しさに笑みを浮かべて同じように撫でてやる。
大好きな二人に撫でられ蕩けるような表情を見せるすず。

「ふにゃ〜」

「本当に良い子だな、すずは。たくさん悩んでいたみたいだが、他には何があったんだ?」

相好を崩すすずを撫でる手を止めないまま尋ねる恭也に、すずは気の抜けた声で返す。

「えっとね、くまちゃんのお友達をお願いしようと思ったの〜」

どっちにするのか悩んでいたと言うすずに恭也となのはは顔を見合わせる。
因みにくまちゃんとはそのまま、恭也たちがプレゼントした熊のぬいぐるみの名前である。
顔を見合わせた二人は、

「すず、このお願い事はママが書いてあるから、すずは違う事をお願いしても良いんだよ」

「そうだぞ。ママがお願いするから大丈夫だから、すずはもう一つの願い事にしたらどうかな?」

二人の言葉にすずは顔を上げ、

「本当? ママがお願いしても、すずとパパとママ、ずっと一緒?」

「ああ、大丈夫だ。くまも一人だと寂しいだろうし、すずはそっちのお願いにしたら良い」

恭也の言葉にすずは少し考え込む。そんなすずになのはは言う。

「だったら、ママがくまちゃんのお友達が出来るようにお願いしてあげようか?
 どっちでも良いよ」

「うーん、うーん」

少し悩んだ後、すずは新しいお友達をお願いする。
こうして、すずの元に新しい猫のぬいぐるみが加わるのだがそれは翌日の話であった。





おわり




<あとがき>

今回は七夕で。
美姫 「結構、久しぶりね」
確かにな。しかし、今回は美由希も加えてほのぼのとするつもりだったんだが。
美姫 「いつも通り、弄られているわね」
あははは、ついつい。
美姫 「それじゃあ、また次回で」
ではでは。







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