『ママは小学二年生』






〜40〜



近くからも遠くからも競うような蝉の鳴き声が聞こえてくる。
やけに大きく聞こえるのはすぐ近くで鳴いている蝉が居るからだろう。
特に虫取りをしたという思い出もなく、恭也は夏の風物詩の一つとして蝉の声を聞く。
最近では数も減ってきているらしいが、幸いここ海鳴においては近くに山や神社の林など木々が多く残っているお蔭か、
今年もまた五月蝿いぐらいに蝉の声を聞くことが出来る。
そんな事をつらつらと考えつつ、陽射しの強さに思わず手で庇を作り空を見上げる。
今日もまた綺麗な青空が広がっており、暑さから流れる汗を拭う。
流石に昼も過ぎた日中は最も気温が上がる事もあり、何もせずに外で突っ立ていれば下手をすれば倒れてしまう。
そう思わせるほどの暑さに顔を顰めるも、すぐに庭へと視線を移して頬を緩める。
縁側で眺めるその先では、

「きゃっ、きゃっ」

すずの楽しげで甲高い声がする。
それと同時にパシャパシャと水を叩く音がし、暑い日差しが照らす中にも関わらずすずは元気に動き回る。

「美由希にしては気が利くものを買ってきた物だ」

言って午前中に出掛けていた美由希が土産といって買ってきた物を見る。
空気を入れて膨らませる円形のビニールプールを。
本を買うのを我慢し、すずの為に買ってきたという大きめのビニールプール。
そこには今、水がたっぷりと入れられており、すずとなのはの二人がそこで遊んでいる。
すず一人では危ないからと若干渋るなのはを説得して一緒に入れたのだが、こうも暑いと逆になのはが羨ましく思う。
それは実際に水に使っているなのはも同じように感じているようで、時折こちらに手を振ってくる。
直径が二メートル近いそれを買ってきた時は、そこまで大きくなくても良いだろうと思ったなのはであるが、
なのはも一緒に入る事を考えて買ってきてくれたと思うと、今では感謝すらしている。
尤も、そのビニールプールを膨らませる道具を何一つ買って来なかったという事実は、恭也の頭を悩ませただろうが。
罰という訳ではないが、恭也と交互に口で膨らませるという何の修行だと思うような事をやり遂げ、
縁側に倒れこんだのは十分以上も前の事である。
空気入れを買って来れば良いのにとなのはは思ったが、流石にそこまでの余裕はもうなかったらしい。
すずも一緒に空気を入れるべく、頬を膨らませて懸命にフーフーと息を吹き込む頑張る姿が見れたので満足らしいが。
恭也としては次に使用するまでに空気入れを買おうと密かに心に決める。
何はともあれ、それらの努力もあってすずが喜んでくれているみたいだし良いかと恭也は手を振ってくるすずたちに振り返る。
と、隣で伸びていた美由希の姿が見当たらず、暑さで少し気が抜けていたかと反省する。
そんな恭也の背後から気配が近付き、そのまま素早い動きで横を通り抜けていく。

「休憩終了〜。私も入るよ〜」

水着に着替え、その上にTシャツを一枚羽織った姿の美由希は、庭へと飛び降りて軽くジャンプすると、
そのままビニールプールへと飛び込む。当然のように水飛沫が舞い上がり、すずを頭から濡らす。

「むー、美由希お姉ちゃん、お返しー」

言って手で水を美由希に掛ければ、美由希も同じようにすずに水を掛けて遊ぶ。
そんなやり取りに溜め息を吐きつつ庭へと降りると、減った水を入れるべくホースを手にプールへと近付く。

「……まさか、お前まで入るとはな」

「あ、あははは。すずちゃんを見ていたらあまりにも気持ち良さそうだったもんで」

「というよりも、この大きさから考えて最初からお前が入るのが前提だったんじゃないのか。
 寧ろ、すずをだしにしたんじゃないか?」

「酷いな、恭ちゃん。確かに私も入る事を考えて店にあった中でも大きな物を選んだけれど、流石にすずちゃんをだしにはしてないよ。
 すずちゃんの為なのは嘘じゃないもん。そんな意地悪な事を言う兄は……」

言って水を掬って恭也に掛けようとするのだが、それに気付いていた恭也は既にその場にはおらず、水は虚しく地面に消えて行く。
真似をしてすずが恭也に水を掛けると、それは恭也の腕を濡らす。
それを見て美由希はむきになったのか、拳を握ると水面に叩き付ける。

「御神流、水上技、徹改!」

単に徹を水面にぶつけただけだが効果はあったようで、大きな水柱が水面から恭也目掛けて飛び、
流石にこれは躱せずに頭から水を被る羽目になる恭也。

「あ、あははは、すこ〜しやりすぎたかも」

笑って誤魔化す美由希に無言のまま恭也は構えたホースを向け、次の瞬間にはそこから水が勢い良く飛び出す。

「わぷっ! ちょ、恭ちゃん、水流がきつい。
 っていうか、息、息がし辛い!」

真正面から顔面目掛けて水を放出され続け、美由希は苦しげに酸素を求めて口を開け、手をばたつかせる。
それを遊んでいると思ったのか、すずは楽しそうに見ながら真似するように水を美由希目掛けて掛ける。
ようやく恭也が放水を終えると、美由希は少々乱れた呼吸を落ち着けつつ、恨めしげに恭也を見上げる。

「うぅぅ、地上でまさか溺れるような目に遭うとは思わなかったよ」

「そうか、貴重な体験が出来て良かったな」

が、いつもの如く恭也には軽く流されてがっくりと肩を落とす美由希。
その頭上から手で掬った水をじょろじょろとすずが掛け、美由希はそのまま水面へと沈んで行くのであった。

「パパもおいでよ」

水を補充してまた縁側に戻ろうとする恭也を誘うすずであったが、恭也はそれを優しく断る。
それでも諦めきれないすずに負けたように、恭也は椅子を持ち出してプールの傍に置くとズボンを捲くり足だけプールに付ける。

「流石に俺まで入ると狭いからな。これで勘弁してくれすず」

「仕方ないな〜」

言いながらも恭也が近くに居るだけで嬉しいのか、すずの顔は笑顔であった。

「ぶくぶく……、ぷはー。誰か沈んで行く私の心配もしてよ。
 危うく潜水の自己記録を更新する所だったじゃない」

そんな雰囲気を壊すように水面から顔を上げる美由希になのはが困ったような表情を見せ、

「てっきりそのつもりだと思ってたんだけれど……」

美由希の真似をして潜り出したすずの相手をしつつ、そう口にするなのはに美由希は誤魔化すように笑い、

「うん、本当はそのつもりだったんだ」

明らかに違うだろうと思ったが、恭也と二人顔を見合わせて優しく見詰めるだけで何も言わないであげる。
が、目は口ほどにものを言うという事なのか、美由希は二人から顔を逸らし、

「……すみません、嘘でした」

自分から逆にそう口にするのであった。

「ぷはー」

今度はそこへすずが水面から顔を上げ、顔を掌でごしごしと擦る。
そして、なのはたちを見上げてくる。

「うん、すず上手だね」

「長い事潜ってたね」

「えへへへ」

なのはと美由希に褒められて満足気なすずの頭上に恭也は無言でホースを持って行き、そこから水をちょろちょろと掛けてやる。

「あははは」

何が楽しいのか、すずはそれを笑いながら受ける。
すずに水を掛けて楽しんでいた恭也だったが、不意にホースを上に向けて庭に水を捲く。
暫くそれを続けた後、恭也は水を止めるとすずを手招きし、庭の一部分を指差す。

「すず、ほら見てごらん」

「わぁ、キラキラ」

「虹と言うんだ」

「おー、にじ」

「へー、恭ちゃんにしては中々、いたっ!」

余計な事を口にする美由希を黙らせ、恭也は虹を見て喜ぶすずを眺める。
その後、夕方近くまでプールで遊ぶすずを一時帰宅した桃子が見て、
水着に着替えようとするのを必死で恭也と美由希の二人で止めるという事も起こるのだが、それはもう少しだけ先の話である。

「何でよ、自分の家の庭なんだから良いじゃない」

「別にそれが駄目だとは言っていないだろう。
 もうすぐ日が落ちるからすずも上げるつもりだったのに、ここでかーさんが水着になったらすずがまた入ると言うだろう」

「あのね、恭也。私はすずと遊びたいから着替えるのよ。何が悲しくて一人で庭でビニールプールに入らないといけないのよ!」

「落ち着いてかーさん。第一、今は仕事を一時的に抜けて来ただけでしょう。遊ぶ時間もないじゃない」

「うー、私だってすずと遊びたいのにー!」

「すずもおばあちゃんと遊びたい」

「ああ、すず! 何て良い子なの!」

「別に遊ぶなと言ってないだろうに」

「はぁ、なのはからも何か言ってよ」

「おかーさん、今日は我慢してください」

「うぅ、なのはまで〜」

そんなやり取りも含めて散々ごねた後、後日という約束を取り付けることで何とかこの場を収めたのであったとさ。





おわり




<あとがき>

前回に続き夏という事でそれっぽいネタを。
美姫 「プールね」
行く方じゃなくビニールプールだがな。
美姫 「最近、見ないわね〜」
確かに。でも、偶に売っているのは見るから、あるのはあるんだろうな。
美姫 「でしょうね。にしても、このシリーズもとうとう40話ね」
思ったよりも続いてびっくりだ。
美姫 「こんな調子で続いていくかもね」
だな。とりあえず、今回はこの辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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