『ママは小学二年生』






〜41〜



草木も眠る丑三つ時。
住人の誰もが寝静まり、真っ暗な家の中で……なんて事はなく、ごくごく普通に家のリビングでの事である。
しかし、電気は消されており、明かりは蝋燭の炎のみ。
ゆらゆらと揺れる炎によって作り出される影が、ありえない物にも見える薄暗闇の中、静かに語りえた桃子は蝋燭の炎を消す。

「さて、私の話はお終いね。次は恭也の番ね」

言って恭也へと話し掛けるのだが、その両腕にはがしっとなのはと美由希がしがみ付いており、すずは恭也の足の上に座っている。
夏の恒例行事として、桃子が怪談話を持ちかけてきたのは夕食後の事である。
特に美由希が強く反対――すずを持ち出してまで強硬に主張したにも関わらずにこうして怪談は始まってしまっていた。
既に美由希の顔色は青くなり、今にも白く変わって気絶しても可笑しくないぐらいであり、
そこまで酷くはなくともなのはも多少の恐怖を感じているのか、恭也の腕には思ったよりも強い力が加わっている。
一番手の語り部として嬉々として怪談を話していたというのに不思議なものだ。
そう首を傾げずにはいられない恭也であったが、それだけ桃子の話がリアルであり、怖かったのだろう。
その後に話せとは中々厳しいが、残っているのが恭也のみである以上は仕方がない。
まあ、美由希のあれが怪談かと言われれば首を傾げる所だが、話をしたのはしたのだから良いとしよう。
そう考えて何を話そうかと知っている怪談を思い出す。
そんな中、話の内容がいまいち分からずに恐怖をあまり感じていないようなすずではあったが、
場の雰囲気を感じ取ったのか、僅かながらもその身体は強張り、恭也の胸元を無意識に掴んでいた。

「そうだな……」

恭也は話す内容を決め、ゆっくりと口を開く。

「これは本当にあったら怖い話なんだが」

ごくりと隣の美由希が唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
と、不意に美由希は何かに気付いたように恭也へと顔を向け、

「あったら、って事はそれって作り話って事だよね」

「ああ。これならお前も大丈夫だろう」

そう告げてやると美由希は本当に心の底から安堵した表情を見せながら大きく頷き、

「う、うん! ……って、そんな訳ないでしょう!
 作り話だと分かっていても怖いものは怖いんだよ!」

恭也なりの気遣いではあったのだが、怖い話を聞くのが駄目な美由希にとってはそれが実話か作り物かは関係がなかった。
見ればなのはも若干強張った顔をしており、仕方なしに恭也は話を変更する。

「なら、オチが饅頭怖いという話を少しアレンジした美由希おばさん怖いというオチの話でも聞かせてやろう」

「うぅぅ、激しく突っ込みたいけれど怖くないならもう何でも良いよ」

突っ込む事によって怪談をされても嫌なので美由希は大人しく反論の言葉を飲み込むのだが、桃子は逆に不満そうである。
晶やレンはどちらでも良いと言った様子で、先程から沈黙を守っており、恭也はそれらを踏まえて語り出す。

「と思ったが、時間も時間だしそろそろ寝た方が良いな。
 すずも眠たそうだし」

いつの間にかすずは欠伸をして目元を擦っている。
確かにその様子を見るに今にも眠りそうではあった。
孫には勝てないのか、桃子はその言葉に納得すると怪談はお開きとなる。
当然ながら一番喜んだのは美由希であり、終わりを告げるなりさっさと電気を点けに立つ。
部屋に明かりが戻ると、桃子は眠そうにしているすずの前でしゃがみ込み、

「すずちゃん、怖い話をいっぱい聞いちゃったもんね。今日はお婆ちゃんと寝ようか〜」

「高町母よ。まさかとは思うが、それだけの為にこんな事をしたのではないだろうな」

恭也の言葉に恨めしそうな美由希の視線が突き刺さり、桃子はやや表情を引き攣らせつつ視線を逸らし、

「や、や〜ね〜、そんな訳ないでしょう」

あからさまに怪しい態度で否定の言葉を紡ぐ。
未だに突き刺さる美由希からの視線を無視する桃子であったが、天罰はしっかりと下る事となる。

「うーん、パパと寝る」

あっさりと恭也と一緒に寝ることを宣言するすずに、桃子はがっくりと膝を落とすのであった。
そんなすずを抱きかかえ、恭也が自室へと向かおうとするその裾をなのはが引っ張り、無言で見詰めてくる。
言いたい事を理解し、恭也は小さく嘆息すると、

「仕方ないな。枕はちゃんと持って来いよ」

「うん」

恭也の言葉に破顔するも、すぐに晶とレンに一緒に部屋に来てくれるように頼む。
三人揃って二階へと上がっていくのを見送る恭也の背中をまたしても誰かが引っ張る。

「恭ちゃん……」

「お前は一人で寝ろ」

「あうっ、兄が、兄が……」

期待するように見てくる美由希をばっさりと斬り捨て、部屋に戻ろうとする恭也を再び美由希が留める。

「だったら、せめて今夜の鍛錬は、鍛錬だけはなしに」

「馬鹿か。一日の遅れを取り戻すのにどれだけ……」

「うぅぅ」

必死に頼み込んでくる様子に呆れ果て、元よりそろそろ一日だけ休息を入れる事を予定していた恭也は素早く考える。
予定よりも早いが問題はないと判断し、特別という事でその提案を呑んでやる。
その事に喜びつつ、美由希は未だに項垂れている桃子の背中に優しく手を置き、

「かーさん」

「ああ、美由希」

暫し無言で見詰め合うと、互いに何かが通じ合ったのか手と手を取り合うと、

「今日は一緒に寝る?」

「うん」

そんな美しい親子愛を横目に眺めながら、恭也はやって来たなのはと共に自室へと引っ込むのであった。
二つの布団を並べ、そこに恭也を真ん中にして親子三人で並ぶ。

「えへへへ」

「どうした、なのは」

「ううん、何でもないよ」

「全く、さっきまで怖がっていたのはどこの誰だ」

「べ、別に怖がってなんかないもん」

「なら、一人で……」

最後まで言い切る前に腕に抱き付いて見上げてくるなのはに苦笑を零しつつ、恭也はぽんぽんと頭を撫でてやる。
気持ち良さそうに目を細めるなのはに対抗するように、逆側からすずが抱き付いてくる。
その目は半分閉じられており、今にも夢の世界へと旅立たんとしているものの、恭也を見上げてくる。

「すずもよしよし」

「えへへへ……んにゅ〜」

こちらの頭も撫でてやると、安心したような表情を見せて完全に目を閉じると、そのまますぐに寝息を立て始める。
すーすーと聞こえる寝息を確認し、抱き付いているすずをもう一度撫でてやると、こちらを窺っていたなのはに視線を戻す。

「すず、寝ちゃった?」

「ああ。なのはもそろそろ寝たらどうだ」

「お兄ちゃんは寝ないの」

「流石にいつもよりも早いからな。まあ、寝ようと思えば寝れるから問題はないが」

そんな返答に今度はなのはが苦笑を浮かべつつ、恭也の傍へと近付くとそのまま潜り込んで来る。
恭也の身体に抱き付き、腕枕をしてもらうとはにかみつつ言う。

「おやすみなさい、お兄ちゃん」

「ああ、お休みなのは」

そう恭也が返すと、なのはは静かに目を閉じる。
暫くするとなのはからも寝息が聞こえ始める。
恭也は自分の腕を枕にして抱き付いてくる二人の頭を器用に再び撫でると、自身も目を閉じる。
暑い夏の夜のそんなひとコマであった。





おわり




<あとがき>

久しぶりにこのシリーズを。
美姫 「上手く夏で続いたわね」
確かに。今回は暑い夏の夜を涼しく過ごす為に。
美姫 「だったはずなのに、恭也たちは逆に暑そうね」
うーん、結果としてはそうかもしれんが。
美姫 「ともあれ、本当に久しぶりの更新だったわね」
だな。しかも、すずの台詞が少なかったし。次は増えると良いな。
美姫 「さて、それじゃあ今回はこの辺で」
ではでは。







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