『想い寄せて』






1.苦笑を浮かべた赤星だった。



「高町、いくら休みだからって朝からそれじゃあ腕が鈍るんじゃないか?どうだ、これからちょっと」

そう言って赤星は剣を振る真似をしてみせる。

「ああ、いいな・・・・・・と、言いたい所なんだが、丁度今、鍛練の全面禁止を言い渡されていてな。
 すまんな、わざわざ来て貰ったってのに」

「そうか、それじゃ仕方がないか。まあ、気にするな。良くなったら相手してくれ」

「ああ、分かった」

「そうだ、じゃあ特にする事はないんだろ?だったら、これやるよ。
 新聞屋が持ってきてくれたんだが俺は行く相手がいないしな」

そう言って赤星は2枚の券を恭也に差し出す。

「なんだ?遊園地のチケットか。こんな物を貰ってもな。俺こそこんな所に行くと思うか?」

「そうか?まあ、いらなければ捨ててくれて構わないぞ。それ、期限が今日までのはずだからな。
 じゃあ、俺は帰るからな。鍛練が出来るようになったら連絡をくれ」

言うだけ言うと赤星は帰っていった。
渡された券を手にどうしたもんかと考える恭也を期待に満ちた目で見るなのは。
そんな視線に気付き、なのはに聞いてみる。

「今から行くか?」

「うん」

なのはは嬉しそうに返事をすると部屋へと駆けていく。

「すぐに準備するから待ってて」

そんな声だけを残して去っていくなのはの消えた方を見て恭也もうっすらと笑みを浮かべる。

(普段、あまりかまってやれないからな。今日一日ぐらいはなのはに付き合うか)

それから数分後、準備を終えたなのはを連れて恭也は駅へと向った。
その途中、ずっと嬉しそうにニコニコを笑いながら、恭也と手を繋ぐなのはを見て、道行く人も自然とその口元を綻ばせていた。



  ◇ ◇ ◇



着くなり幾つかの乗り物に乗り、少し休憩を入れることにする。
なのはと恭也はベンチに腰掛け、飲み物を飲んで一休みしていた。
なのはは早くもパンフレットを見ながら次に乗る物を探している。

「次は、メリーゴーランドに乗りたいなー、お兄ちゃん」

「ん?分かった」

「お兄ちゃんも一緒にね」

「それだけは勘弁してくれ」

「えー、何で〜」

「何でもだ」

「む〜、はぁー仕方がないか。うん、我慢するね」

「ああ、ありがとう」

そう言うとなのはの頭を優しく撫でる。

「えへへへ〜〜」

それに対し、素直に嬉しさを表現するなのはを見て、恭也の口元も少し緩む。
そこへ、二人連れの女性が声をかけてくる。

「あのー、すいません。少し良いですか?」

「はい?」

恭也は事態が分からずとりあえず返事をする。

「そちらは妹さんですよね?」

二人のうち、髪が長い方がそう聞いてくる。

「そうですが?」

「他にも連れの方とかいるんですか?」

恭也が返事を返すとすぐにもう一人の髪が短い方が話し掛けてくる。

「いえ、いませんが・・・」

「本当に!ほら、やっぱり彼女と来てる訳じゃないみたいよ」

「そうね。じゃあ。どうする?」

「どうするって、ここまで声をかけたんだから」

「そ、そうよね」

二人は恭也を無視して何やら話し始める。困った恭也がなのはに目を向けると、

「む〜〜〜〜」

何故か、物凄くご立腹のご様子でとてもじゃないが声をかけられる状態ではなかった。
恭也が一人困っていると、話を終えた二人の女性が恭也に話しをきり出す。

「よかったら、私たちと一緒に周りませんか?」

「はい?周るとは?」

「いいでしょ。一緒に遊びましょうよ」

そう言うと恭也の両側に立ち、それぞれが腕を取って立ち上がらせようとする。

「なっ、なにを・・・」

するんですか?と恭也が言い終わる前に、なのはが恭也の正面に周ってきており、そのまま恭也の首に両手を回ししがみ付く。

「む〜。お兄ちゃんはなのはと一緒に遊んでいるんです!だから、お姉さんたちは二人で遊んでください!」

普段は大人しく、誰にでも優しいなのはの剣幕に恭也だけでなく、二人の女性も驚きその場を去る。

「む〜〜〜〜」

「な、なのは、何をそんなに怒っているんだ?」

この恭也の言葉がなのはの癇に障ったのか、なのはは眦を吊り上げると、

「お兄ちゃんもお兄ちゃんです。今はなのはと来ているんですから、あんな人たちの誘いはすぐに断わってください」

「断われと言われても、よく分からないんだが。今の人たちはなんだったんだ?」

「・・・お兄ちゃんにも分かるように簡単に言うと、今のお姉さんたちはナンパさんだよ」

「何かえらく馬鹿にされているみたいに聞こえるんだが・・・ナンパ?さっきの人たちは男だったのか?」

「お兄ちゃん・・・」

なのはは少し憐れみの混じったような目で恭也を見ると言葉を続ける。

「女の人が男の人に声をかける事もあるんだよ」

「そ、そうか」

なのはから向けられる視線が少し気になったが、あえてそれには触れず恭也は頷く。

「はぁー。お兄ちゃんは今日はなのはとデートなのに、しらない女の人にナンパされてどこかに行こうとしたんだよ。なのはを置いて」

「いや、別にどこにも行こうとしてなかったと思うんだが」

「言い訳はいいです。なのははちょっと悲しいです」

そう言うとなのはは目の端に少し涙を溜めて恭也を見る。
ちなみにまだ、恭也に抱きついたままであったが、恭也はそれを気にしている暇はなかった。

「ち、ちょっと待てなのは。べ、別に俺は何処にもいてないだろ。それになのはを置いて行く訳ないだろう」

「本当に?なのはを置いていかない」

「ああ、本当だ。約束だ」

そう言って小指を見せる。なのはもそれを理解し、自分の小指を恭也のそれに絡ませる。

「うん、約束」

途端に笑顔が戻るなのはを見て、恭也も安堵する。

「じゃあ、お兄ちゃん。さっきのお詫びになのはのお願いを聞いてくれる?」

「ああ、いいぞ。なんだ言ってみろ」

恭也はなのはがあまりにもいい笑顔で言うので、何の警戒もせずに了承してしまう。
そう、なのはの目が恭也を罠に嵌める時の桃子と同じだった事を見逃したうえに、
意外と嘘つきである自分と同じ血を引いている事を失念していたのである。
なのはは笑顔なまま言いだす。

「一緒にメリーゴーランドに乗って!」

「・・・・・・あー、その」

「約束、約束♪お兄ちゃんと約束♪。ねぇ、お兄ちゃん。約束は守らないといけないんだよね」

「あ、ああ」

恭也はただ、頷くしか出来なかった。



  ◇ ◇ ◇



十数分後、なのはは嬉しそうに恭也はどこか疲れたように園内を歩く。

「えへへへ〜、じゃあ次は・・・」

恭也もなのはの嬉しそうな顔を見ているうちに笑みを浮かべ、なのはに連れられてあちこちへと行く。
そして、夕刻となり二人は帰路へと着く。
海鳴につく頃、なのはは疲れたのかぐすりと眠ってしまい、今は恭也の背におぶられている。

「ん、ん〜〜。お兄ちゃん?」

「ああ、起きたのか?なのは」

「んん〜〜」

しばらく半分寝たままの状態だったなのはも徐々に目が覚めてくる。

「あれ?もう駅に着いたの」

「ああ、もうすぐ家だぞ」

「あ、本当だ」

恭也の言葉に周りを見て、なのははここが良く見慣れた風景であることに気付く。

「起きたのなら、歩けるな」

「う、うん。でも、もう少しこうしていて欲しいな。駄目?」

「別に構わないさ」

「うん、ありがとう」

なのはは恭也の肩の上から前に回している腕を少しだけ強く締めるを恭也に後ろから抱きつく。

「えへへへ。お兄ちゃんの背中、暖かくて大きいね」

「そうか?自分では分からないからな」

「お兄ちゃん・・・」

「ん、なんだ?」

「なんでもなーい」

「なんだ、それは。用もないのに呼んだのか」

「うん。ただ、呼んでみたかっただけなの」

そう言うとなのはは少し申し訳なさそうに謝る。そんななのはに恭也は優しく呼びかける。

「なのは」

「なに?お兄ちゃん」

「なんでもない。俺も呼んだだけだ」

「もう!お兄ちゃんはすぐにそういう事をするんだから」

頬を膨らませて拗ねてみせるが、その顔は嬉しそうである。
なのはは恭也の耳元に口を寄せるとそっと小さな声で呟く。

「今日はありがとうね、お兄ちゃん」

「気にするな。俺も楽しかったよ」

「うん・・・・・・」

少し悲しそうな声を出すなのはに恭也は訊ねる。

「どうしたんだ?なのは」

「ううん、何でもないよ。ただ、楽しい時間が過ぎた後って、なんか寂しいなぁって思って。
 こうやってお兄ちゃんといつまで一緒にいられるのかな?」

「なのは?」

「えへへへ。なのは、何言ってるんだろうね」

「・・・安心しろ。俺はなのはが望む限りずっと一緒にいるから」

「お兄ちゃん・・・?」

「なのはを置いてどこにもいかないさ。そう約束したからな。約束は守らないといけない」

「うん!お兄ちゃん♪」

なのはは更に恭也に強く抱きつく。

「大好きだよ。ずっと傍にいてね」

そう言うと、恭也の頬に唇をあてる。

「えへへへ」

「・・・・・・」

なのはは照れくさそうに笑い、恭也はただ黙って歩く。
ただ、その顔は夕日のせいだけではない赤に染まっていた。
夕日が二人の重なるシルエットをアスファルトへと映すなか、ふたりはゆっくりと家路に着いた。





おわり




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