『想い寄せて』
6.どこか困った顔をした美沙斗さんだった。
「美沙斗さん、どうかしたんですか?」
「ん、恭也か。実は、商店街で福引をやっていたらしくてな。こんな物が当たってしまったんだが」
「えーと、遊園地のチケットですか」
「ああ、そうみたいなんだ。しかも期限は今日までらしくてな。どうしたもんかと思ってね。
美由希にでもあげようかと思ったんだが、いないみたいだね」
「ええ、今丁度、留守にしてますね」
「そうだ、なのはちゃん。これ、いるかい?」
「え、わたしですか。残念ですけど、今日はお昼からおかーさんにお菓子作りを教えてもらうんで」
「そうか、なら仕方がないな。恭也にあげるよ」
そう言うと美沙斗は恭也にチケットを差し出す。
「いえ、俺が貰っても・・・」
「いいから、はい」
断わろうとする恭也に手に半場無理矢理チケットを握らせる。
恭也は戸惑いながらも、それを受け取りどうしたもんかと悩む。
(誰かにあげるにしても期限が今日までだとな)
一人考え込む恭也の傍で美沙斗は恭也をじっと見ている。
その視線に気付き恭也は美沙斗を見るが、恭也が見ると同時に視線を逸らす。
訝しげに恭也は美沙斗を見ると、どこかソワソワしており時折、恭也の方へと視線を向ける。
が、すぐに視線を逸らせる。心なしか頬も少し赤くなっているような気もする。
そんな美沙斗の様子に恭也は益々首を捻るが、なのはは何かに気付いたのか恭也の服の裾を引っ張ると、
「お兄ちゃん、美沙斗さんと一緒に行ってきたら?」
そのなのはの台詞に美沙斗は少し嬉しそうな顔をして、期待に満ちた目で恭也を見る。
一方、恭也はそんな美沙斗には気付かずになのはの方を見ると、
「何を言ってるんだ?なのは。そんな事をしたら美沙斗さんに迷惑だろ。折角、のんびりする為に戻って来られているんだから」
恭也の言葉に美沙斗は少し落ち込み、なのはは盛大な溜め息を吐く。
「なんだ、溜め息なんか吐いたりして」
「ううん、気にしなくてもいいよ。ただ、お兄ちゃんのその鈍感さにあきれただけだから」
「何気に酷い言い様だな」
「お兄ちゃん、なのはははっきりと言ったつもりだけど。まあ、いいです。この事でお兄ちゃんに何か言っても無駄ですから。
とにかく、美沙斗さんからチケットを貰ったんだから、一度ちゃんと誘いなさい!」
なのはの桃子譲りの迫力に恭也は思わず頷くと、先程からやり取りを見ていた美沙斗に向き合う。
「美沙斗さん、その・・・一緒に行きま・・・・・・」
「ああ、そうだな。一緒に行こうか」
美沙斗は恭也の台詞を途中で遮ると微笑みながら誘いを受ける。
(まだ、全部言い終わっていないんだが・・・・・・。まあ、いいか)
恭也は美沙斗の嬉しそうな顔を見て、それ以上言うのをやめる。
(この程度の事で喜んでくれるなら)
「じゃあ、行きましょうか?」
「そ、そうだね。行こうか」
玄関に向おうとする二人をなのはが慌てて止める。
「ち、ちょっと待って。お兄ちゃんも美沙斗さんもそのままで行く気ですか?」
「そうだが。どこか可笑しいですか?美沙斗さん」
「いや、どこも可笑しくはないが。ちゃんと飛針や小刀も隠れているし、問題はないと思う。私の方はどうだ?」
「ええ、美沙斗さんの方も大丈夫ですよ」
その二人の会話を聞いていたなのはが、これまた盛大な溜め息を零す。
(この二人、似てるのは雰囲気だけじゃないかも・・・)
などと、結構失礼な事を考えていたりする。
「兎に角、服はこっちにありますから。美沙斗さん来て下さい」
「いや、しかしサイズが合わないんじゃ」
「大丈夫です。全部、美沙斗さんのサイズに合った服ですから。お兄ちゃんもこっちに来て」
そう言いながらなのはは二人の手を引き、空いている部屋へと連れて行く。
なのはは部屋に入ると、幾つかあるたんすのうち、一番右端にあるたんすの引き出しを開ける。
「はい、お兄ちゃんはこれに着替えて。えーと、確か美沙斗さんの服はここだったかな?」
そう言うと、恭也に服を一着渡し、今度は違う引出しを開ける。
「ち、ちょっと待てなのは。なんで、ここに俺や美沙斗さんの服があるんだ」
「ん?そんなの決まってるじゃない。おかーさんが全員分の服をここに用意しているからだよ。
何かあった時にためにって。だから、普通の服の他にもパーティードレスやタキシードもあるんだよ」
「そうだったのか」
「恭也は知らなかったのかい?」
「ええ、全く知りませんでした」
「それはそうだよ。この事を知っているのはおかーさんと私以外ではフィアッセさんだけだもん」
そう言いいながら、なのはは美沙斗の服も一着取り出し手渡す。
「はい、お兄ちゃんはすぐに出て行ってください。これから美沙斗さんが着替えるんだから」
「分かった」
恭也は部屋を出ると自室へと戻り、なのはに渡された服に着替える。
「さっきの服と何が違うんだ?」
着替え終わった恭也は不思議そうに自分の着ている服を確かめてみる。
そんな事をしているうちに部屋の前になのはの気配を感じる。
「お兄ちゃん、美沙斗さんの用意終わったよ〜」
「ああ、今行く」
恭也が部屋を出ると、部屋の前には白いワンピースを身に付けた綺麗な女性が立っていた。
「あ、み、美沙斗さん・・・・・・ですよね」
「ああ、そうだよ。や、やっぱり似合わないね、こんな格好は」
そう言ってはにかみながら美沙斗はスカートの裾を少し持ち上げてみせる。
「い、いえ、とてもよく似合ってますよ。その、とても綺麗です」
「あ、ありがとう。で、でもそんなお世辞を言っても何もないよ」
「お世辞なんかじゃないですよ。本当に綺麗ですよ」
「そ、そうかい。そ、その恭也もとても良く似合ってるよ」
「ありがとうございます」
「うんうん、二人ともすっごく似合ってるよ。じゃあ、準備も済んだんだし、いってらっしゃーい」
「ああ、いってくる。じゃあ、美沙斗さん行きましょうか」
「そうだね。じゃあ、なのはちゃん、いってくるよ」
「はい」
なのはに見送られて二人は駅へと移動する。
その道中かなり人の視線を感じ、何度もお互いの服装に可笑しな所がないかを確認するなど、ちょっとしたトラブルはあったが。
◇ ◇ ◇
遊園地に着いた二人は特に何に乗るでもなく園内を歩く。
「美沙斗さん。何か乗らないんですか?」
「あ、ああ。こういう所は昔、小さい頃に一度来て以来、来た事がなくてね。昔と結構違っていて、よく分からないんだよ。
それよりも、恭也の方こそどうなんだい?」
「俺も小さい頃に一度来た程度ですから、美沙斗さんと同じでよく分からないんですよ」
「そ、そうか」
「はい、すいません。こちらから誘っておいて」
「いや、気にしなくても良いよ。こうして歩いているだけでも充分楽しいからね」
「そう言ってもらえると助かります」
その時、どこからか悲鳴が上がる。
「きゃー、引ったくりよー」
恭也と美沙斗は顔を見合わせると声のした方へと駆け出す。
すると、丁度前方からそれらしき人物が走ってやってくる。
恭也と美沙斗は目配せをして頷きあうと、恭也がその男の前に飛び出す。
「な、何だお前は!そこをどけ!」
「さっきお前が取ったものをこちらに渡せ」
「う、うるさい!さっさとそこをどかないと」
男は叫びながらポケットからナイフを取り出し恭也へと向ける。
その途端、恭也の目が険しくなる。
「刃物を相手に向けるという事は、相手の全てを奪うということだぞ。そして、自分も傷つけられるということもある。
それを分かっているのか?その覚悟があるのなら、来い」
恭也の気迫に男は飲まれるが、半場やけになって恭也に突っ込んでくる。
それを恭也は半身ずらして躱すと、男のナイフを待った手首を掴み捻りあげる。
男がナイフを落としたのを見て、そのナイフを足で踏みつけ逆の手に持っていた鞄を取り上げ男を離す。
解放された男は恭也に背を向けて逃げ出すが、その先には既に美沙斗が周り込んでいて、男の逃げ道を防ぐ。
「時期に警備員が来るだろう。それまで大人しくしていることだ」
男は美沙斗の視線を受け、その場に腰を着く。
その後ろから恭也がやって来て美沙斗に声をかける。
「美沙斗さん、お疲れ様です」
「いいや、私は何もしていないよ。恭也の方こそお疲れさん」
そこに、一人の女性がやって来て恭也へと話し掛ける。
「バックを取り返して頂いて、ありがとうございました」
そう言うと、その女性は恭也と美沙斗に向って何度も頭を下げて礼を述べる。
これには恭也と美沙斗も少し困ったような顔をして、微笑み合う。
やがて警備員がやって来て男の身柄を渡す。
同時にその時のことを説明し念のために連絡先を教えると、後の処理を警備員に頼み二人はその場から離れる。
「何かあの男を捕まえるよりも、後の作業の方が疲れましたね」
「確かにね。さて、それよりもこれからどうする?」
「そうですね。美沙斗さんは何か乗りたい物ありますか?」
「わ、私かい。そ、そうだな・・・だ、だったら、あれなんかどうかな?」
そう言って顔を赤くしながら美沙斗が指差したのは観覧車だった。
「ええ、構いませんよ。じゃあ、行きましょうか」
「あ、ああ」
二人は観覧車へと向う。
さして待たされる事もなく、すんなりと乗り込んだ二人はしばらく無言で外の景色を見ていた。
「でも、意外でしたね。美沙斗さんが観覧車だなんて」
「やっぱり、おかしいかい」
「いえ、別におかしくはないですよ」
そう言って微笑む恭也を見つめる美沙斗の頬は心なしか赤くなっている。
それに気付かず、恭也は自分の背後に見える景色を見ながら話続ける。
「へぇー、結構遠くまで見えますね。美沙斗さん、ここから海が見えますよ」
「ああ、本当だね」
「み、美沙斗さん!」
「あ、ああ、すまな・・・、あ」
「危ない!」
恭也の背後から外を覗き込んだ美沙斗は恭也の声に顔の距離がかなり近づいている事に気付き、慌てて離れる。
が、慌てていたためか、後ろへと倒れそうになる。それを恭也が腕を引っ張り引き寄せる。
「「あっ!」」
あまりに強く引っ張ったためか、そのまま美沙斗は恭也の胸へと飛び込む形で受け止められる。
「す、すまない」
「す、すいません」
お互いに硬直してそのままの態勢でしばらく向き合う。
「え、えーと、恭也・・・手を離してもらえるかい」
「あ、は、はいすいません」
何とか離れると二人は並んで座る。
「「・・・・・・・・・」」
しばらく沈黙が続き、そろそろ頂上に達しようとした頃、美沙斗が口を開く。
「そ、そう言えば恭也はこの観覧車の話を知ってるかい?」
「何ですか、それは」
気まずい沈黙を破ろうと美沙斗が話し出した内容に恭也も乗る。
「ああ、このパンフレットに書いてあったんだけどね・・・。
この観覧車が頂上を通過する時に、その、・・・キ、キスを交わしたカップルは幸せになれるという話らしいんだ」
「そ、そうなんですか」
言いながら美沙斗は真っ赤になり俯き、恭也はよけい気まずさを感じ黙り込む。再び沈黙が辺りを包み込む。
やがて、美沙斗が顔をあげ、美沙斗が口を開ける。
「・・・恭也、もうすぐ頂上だね」
「そ、そうですね」
「き、恭也は・・・・・・私じゃ駄目かい?」
「えっ!何を言っ・・・・・・」
恭也の言葉は途中で遮られる。
目の前一杯に広がる美沙斗の顔と唇に触れる感触によって、今の状態を理解すると恭也はそのまま腕を美沙斗の背中へとまわす。
美沙斗は一瞬だけ身を震わせるが、そのまま大人しくなり自分の腕も恭也の背中へと回す。
二人が口付けを交わしていた時間は1分にも満たない時間だったが、
二人にはそれは何時間もの長い時間のようにも、またほんの一瞬だったようにも感じられた。
「すまない、恭也。こんな不意打ちみたいな事をして」
美沙斗は閉口一番そう言って恭也に謝る。そんな美沙斗の肩に優しく手を置くと恭也は美沙斗に笑いかける。
「そんなに気にしないで下さい。その、俺も嬉しかったですから・・・・・・」
「!」
恭也の台詞に驚き、美沙斗は顔を上げて恭也を見る。と、美沙斗の目に優しい笑みを浮かべた恭也が映る。
その顔が徐々に近づいてくるにしたがい、美沙斗は目を閉じていく。そして・・・・・・。
◇ ◇ ◇
「恭也、今日は楽しかったよ」
「はい、俺も楽しかったですよ」
「・・・・・・本当に私でいいのかい?」
「美沙斗さんがいいんです」
「そうか」
「はい」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お互いを信頼し合い、何とも言えない安らぎにも似た心地良さを感じながら二人は寄り添って歩く。
夕日が照らす中、言葉少なげに帰路に着く二人の手はしっかりと繋がれていた。
おわり