『高町家温泉騒動』






それはいつもと変わらない日曜日の風景のはずであった。
お天道様も頂点へと向かって昇りながら、白い雲と青空を照らし続けるそんな午前。
庭ではレンが鼻歌混じりに洗濯物を干し、離れた場所で晶がサッカーボールでリフティングをしている。
洗濯物を汚さないようにレンが注意の声を上げれば、そんな事はするかと喧嘩腰に返す。
それ以上、発展した本格的に喧嘩が始まらないように、久遠と遊んでいるなのはがしっかりと二人へと視線を向け、
なのはが居る故にそちらを気にして、それ以上の口論を止めてそれぞれ作業を再開する。
そんな日常の風景の一つ。
ただ、いつもと少しだけ違ったのは、なのはたちから離れた所で、
この暖かな陽射し射すほのぼのとした風景とは異なる異質な空気を放つ二人である。
二人がこの中庭に居る事には何ら問題はない。
この二人はそれぞれこの家の長男と長女なのだから。
ただ、向かい合った二人が全身から出す空気が、ただちょっと場にそぐわない感じで殺伐としているだけである。
いや、殺伐と表現するのも少し可笑しいかもしれない。
恭也と美由希の二人は、早い話が鍛錬中なのであった。
道場内という限られた室内ではなく、現在は遮蔽物のない屋外、それも一定の限られた範囲内での戦闘訓練中であった。
一角だけこの陽気とはあまり似合わない空気を発しながら、なのはの目では追いきれない速さで打ち合う二人。
甲高い金属音から察するに、どうやら真剣を用いての鍛錬をしているようである。
そう想像しつつも、なのはは久遠と二人で空を見上げてその陽射しの暖かさに気持ち良さそうに目を細める。
そんななのはの耳に、一仕事終えて気分が良いといった感じの声が届く。

「はぁ〜、洗濯終了! やっぱり天気が良いと気持ち良いな〜」

「お疲れ様、レンちゃん」

「おおきに、なのはちゃん。しかし、本当に良い天気やね。布団も干そうかな」

「干した布団は気持ち良いよね。なのはも手伝うからお布団も干す?」

なのはの提案にレンは少し思案し、頷くと晶にも声を掛ける。

「晶ー、布団干すさかい手ぇ洗って少し手伝え」

「はいはいっと。じゃあ、俺は桃子さんとお客さん用の布団を取ってくる」

「ああ、頼むで。うちは自分と美由希ちゃんの布団を干した後、お師匠の布団を干すさかい、
 なのはちゃんは久遠と一緒に自分の布団を干してな」

サッカーボールを庭の隅に転がし、家の中へと入っていった晶を見送りなのはにもお願いする。
その言葉に応えるように久遠が子供の姿に戻り、なのはは元気よく返事をする。
それに笑顔で返し、レンは当分は鍛錬を続けるであろう二人に部屋に入って布団を出す許可を貰うと、自身もまた家へと戻る。
そんな本当に何でもない平和な一日……で終わるはずであった。
三人がそれぞれ布団を手に縁側へと戻ってくると、空気そのものを大きく振るわせたかのような大きな音が一つ。
あまりの音の大きさになのはや久遠は驚いて布団から手を離し、晶とレンは音のした方、庭へと視線を転じる。
途端、レンが晶を押しのけるように前へと出て悲壮な声を上げる。

「あ〜、折角干した洗濯物が〜!」

レンが嘆くのも無理はなく、あれだけ晴れていたはずの空からスコールみたいに雨が降ってきているのだ。

「天気雨ってやつか? 太陽は出ているのに」

流石に今のレンをからかうような事はせず、晶はレン同様に空を見上げて呟く。
と、なのはが恭也たちの様子が可笑しいのに気付く。

「お兄ちゃん、お姉ちゃんどうしたの?」

「あー、どうしたというか……」

「えっと……、レンごめんね」

突然謝る兄妹に疑問を見せる四人を前に、恭也たちは神妙な顔のまま続ける。

「まさか、こんな事になるとはさすがに想像していなかったんだ。
 簡単に言えば、この雨は俺たちの所為って事になる」

「お兄ちゃん、とうとう仙術でも使えるようになったの!?」

「妹よ、流石に兄はそこまで人を捨ててない」

「そうだよ、幾ら枯れていて……じゃなくて! これ、雨じゃないんだよ」

そう言っている間に雨は徐々に勢いを弱めていく。
すると、少し可笑しな事に気付く。
通常、雨とは上から下へと降るものなのだが、何故か放物線を描いて落ちてきているのだ。
おまけに湯気が立ち上っており、流石に不審に思ったレンが手を外へと出して見る。

「……湯?」

「んなバカな。雨がどうして湯……って、本当だ」

レンに続き手を出した晶までもそう口にし、四人の視線は放物線を描く先へと自然と向かう。
見れば、そこには大穴が開き、そこからこの湯が噴き出していたらしいことが分かる。

「もしかして、水道管ぶち抜いちゃいました?」

「いや、そもそもあそこには水道管はないはずだ。それに、さっき触って分かったと思うが湯だったろう」

「あの〜、レンちゃん、他に突っ込む所があると思うんですけれど……」

「そうだぜ、亀。どう考えたって水道管というよりも温泉を掘り当てたって所だろう」

「いや、そうじゃなくて、なのはが言いたいのは、どうやったら刀であんな穴が開くのかって事なんだけれど……」

なのはの言うように、庭にはそれこそ3メートル近くの穴が出来ており、深さも同じぐらいありそうだった。

「それはこのバカ弟子だ」

「うぅぅ、ごめんね、皆。特にレンには何て言ってお詫びすれば良いのやら」

「全くだ。折角の洗濯物が台無しだ」

「えっと、それよりもお姉ちゃんがあの穴を作ったいう事に驚きを隠せないなのはなのですが」

この兄、姉はひょっとしてこの辺りの感覚がずれているのだろうか。
そんな事を今更ながらに思い、何とも言えない表情をするなのはに恭也が言いたい事に気付いたのか、憮然とした顔で言う。

「流石に俺たちでもこんな穴を一撃で作るなんて無理に決まっているだろう」

「えっと……一撃じゃなければ出来る……ううん、やっぱり何でもないです。
 それじゃあ、この穴はどうしてできたの?」

答えを聞くのが怖くなったのか、なのはは途中で質問を取り替える。
それを特に不審にも思わず、恭也はこれみよがしに盛大な溜め息を吐き、

「さっきも言ったが、このバカ弟子が全ての元凶だ」

「実はさっきの鍛錬中に忍さんから試して欲しいって渡された物をちょっと使ったんだよ。
 閃光弾の一種で相手の目を眩ませるのを目的とした物だって言ってたんだけれど……」

「目が眩む前に身体が吹き飛ぶな、あれは。既に目晦ましの域を超えて爆弾だ」

「うぅぅ、恭ちゃんの目を晦ませたら一撃ぐらいは入れれるかと思ったのに……」

「浅知恵が招いた結果がこれという訳だ。
 そもそも、目が使えなくても直前まで打ち合っているお前の気配を見失う訳ないだろう。
 何より、忍の試作品という事を考えるべきだったな」

「うぅぅ、一撃入れる前に私が先に爆風に吹き飛ばされた上に、その隙を疲れて背中を取られたよ……」

「えっと、もう突っ込むのもしんどいんだけれど、その状態でまだ戦っていたの?」

「当たり前だ。不測の事態とは言え、実戦でそれがないとも言えないだろう。
 完全に決着がついた形になるまで剣を下ろすなといつも言っているからな。
 まあ、その辺は褒めてやっても良いが」

「いや、そうじゃなくて……はぁ、もう良いです」

既に元の晴天へと戻った中庭を見遣り、なのはは疲れた溜め息を吐くのだった。

「まあ、洗濯物は洗い直せば良いんやし、美由希ちゃんたちが無事やったらそれが何よりです。
 せやから、美由希ちゃんもあまり気にせんと」

「ありがとう、レン〜」

「にしても、この辺りに温泉があるなんて知りませんでしたね」

「そうだな。折角だからもう少し掘ってみるか」

「えっと、確か勝手に温泉とかを掘ったらいけなかったような……」

常識的な事を口にするなのはを余所に、いつの間にやらスコップを手にした晶が穴へと近付いている。

「良いですね〜。自宅で温泉なんて贅沢ですよ。桃子さんも喜ぶんじゃないですか」

「確かに喜ぶかもな。しかし、そうなると温泉の成分を調べてみるか」

「古傷とか筋肉痛に効果のある成分だと尚良いよね、恭ちゃん」

「そうだな。ふむ、スコップだけでは足りないか。
 俺と美由希が雷徹と徹で周りの岩盤を破壊し、それを晶がスコップで取り除くか」

「久遠に協力してもらって雷を落としてもらうっていうのは」

「あ、美由希ちゃん、良いアイデア!」

「えへへ、そう?」

既に掘る事を前提で話している三人を止めるべく、なのはは濡れた洗濯物を取り込んでいるレンを見る。
しかし、レンはなのはの視線には気付かず、全ての洗濯物を籠へと仕舞いこむと、

「ほなら、うちは先に洗濯をしなおしてきます。
 お師匠たちも頑張ってください。うちはできれば、あのライオンの口から湯が出てくる、みたいなのが良いですわ」

「ふむ、今回はレンに迷惑を掛けたからな。少しぐらいは要望をきくか」

「だよね。だとしたら、ライオンだけ買って来ないと。どこで売ってるんだろう」

恭也たちへと話し掛けて家へと戻っていくレンであった。
それを呆然と見送り、なのはは狐へと戻った久遠を抱き上げ遠い目で空を見上げる。

「……今日は本当に良い天気だね、くーちゃん」

「くぅ〜ん」

黄昏ている理由は分からないものの、久遠は慰めるようになのはの頬を舐めるのだった。



それから数十分、汗だくになりながら更に穴を掘り進めた恭也たち……とはいかず、なのはに止められて断念していた。

「全く、お兄ちゃんまで一緒になって可笑しな行動を取らないでください」

「すまんな、なのは」

「ごめんね、なのは。……って、ちょっと待って!
 その言い方だと私が可笑しな行動を取るのは当たり前みたいにも聞こえるだけれど?」

「えっと、そ、それよりもあの穴は埋めた方が良いと思うんだけれど」

美由希の問い掛けに答えず、明らかに話を逸らすなのは。
それに涙を拭う振りをして、いじけて庭の雑草を引っこ抜く美由希。

「美由希、雑草を抜くのなら徹底的にやってくれ」

「う、うぅぅぅ、誰か優しい言葉をください……」

「お、お姉ちゃん、冗談だよ。さっきのは言葉のあやだから」

「本当に?」

「うん。だから、機嫌直してね」

「そうだよね、可笑しな行動なら恭ちゃんも変わらないもんね」

どうしてこう一言多いんだろうか、我が姉は。
そんな事を思うなのはの目の前で、やはりというか、美由希は恭也の拳骨を頂戴していた。

「それにしても、本当に惜しいよな。折角、温泉が湧いたのに」

晶がまだ未練がましく穴を見ていると、そこへ来客を告げるチャイムが鳴る。
晶が応対に出るのを見送り、美由希が不思議そうに恭也へと話しかける。

「忍さん、何の用なんだろうね」

「大方、お前に渡したあの危険物の効果でも聞きに来たんじゃないのか。
 俺たちが今日は朝から打ち合うというのは知っているしな」

「だとしたら、ちゃんと注意しないとね」

「全くだ。いつものように道場でやっていたらと思うとぞっとする」

来客の姿も見えない状態で誰が来たのか確信しているように話す兄妹を見つつ、なのはは人知れずこっそりと溜め息を吐く。
その頬をまたしても久遠が舐めて慰めてくれ、なのはは笑顔で久遠の頭を撫でてやる。
そんな一人と一匹のこっそりと心温まる行動の合間に、直接庭へと顔を出したのはやはり忍であった。
忍は庭に開いた穴と恭也たちの顔を見て大方の推測が出来たのか、引き攣った笑みで近付いてくる。

「あ、あははは、その様子だと閃光弾(仮)は失敗だったみたいだね」

「失敗も失敗、大失敗だな。下手をすれば怪我人が出る所だった」

「うっ、ごめん」

珍しく反省しきりな忍に更に釘を刺し、とりあえずは解放してやる。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、忍は開いた穴を覗き込み顔を顰める。

「あっちゃー、折角こっそりと埋めたのに……」

忍の発言を聞き逃せず、全員が忍を取り囲んだのに気付き、忍は自らの失言を悟る。

「さて、お前にはまだ何か聞かなければならない事が出来たようだな」

「こっそり埋めたって何を埋めたんですか?」

「湯が噴き出してましたけれど、身体に害はないですよね!」

「うち、普通に洗濯物を洗濯機に入れてしまったけれど、大丈夫なんですか」

「忍さん、人の家の庭にそういう事をするのはどうかと思うんですけれど。ねー、くーちゃん」

「くぅ〜ん」

「あ、あははは……。べ、別に悪い事をしようとした訳じゃ……って、その顔は信じてないよね、恭也」

徐々に狭まる包囲網に忍は逃げ場もなく、数分後には大人しく全てを白状させられていた。

「お前は何を考えているんだ」

「あ、あははは。流石に勝手に庭に露天風呂を造られるのは困るかな」

「美由希ちゃん、困るってレベルじゃないですよ」

「それよりもなのはは、よく一人でそんな事が出来たなとびっくりしてます」

「俺と美由希が深夜の鍛錬に出たのを見計らって、どうせノエル辺りに無理矢理やらせたんだろう」

恭也の言葉に一同が納得する中、忍は反論も出来ずに黙り込む。

「完成してびっくりさせようと思ってたのに」

「そりゃあ、驚くわ! いきなり庭に露天風呂なんて出来ていたらな。
 と言うか、自分の家の庭でやれ」

恭也の言葉になのはたちも頷く中、忍は恭也と混浴作戦が失敗したと肩を落とす。
が、その顔は隠れて見えていないが、確かに小さく笑っており、それの意味するところがすぐに現れる。
忍の小さな呟きを聞き逃さなかった美由希たちの行動によって。

「恭ちゃんも温泉が出たって喜んでいたじゃない」

「そうですよ、師匠。温泉ではないですけれど、露天風呂良いじゃないですか」

「お師匠、穴も開いてしまった事ですし、ここは一つ」

「……なのはよ、こいつらは一体どうしたんだ」

「あははは。でも、なのはもちょっと賛成したいかも」

「……お前まで何を」

高町家の最後の良心であるなのはの言葉に恭也は驚いたような、疲れたような顔を見せる。
そんな恭也の頬を、恭也の肩へと飛び移った久遠が舐めて、これまたなのはの時同様に慰めてやるのだった。



結果として、この忍の計画は桃子の一言により却下される事となり、恭也は大いに安堵したという。
しかし……。

「こうなったら忍さんの家に作るしかないですよ」

「でも、それだと恭也が入らないでしょう、那美」

「そこはちゃんと考えてます。ねぇ、美由希ちゃん」

「ええ。ノエルさんと鍛錬、もしくは忍さんの庭を借りて鍛錬すると言って何とか連れ出しますから……」

「その鍛錬の後、フィリス先生が膝の具合を見て……」

「後はなし崩し的にお風呂へと……」

何故かメンバーも増え、新たな計画が練られていたりする事を恭也は知るよしもなかった。






おわり




<あとがき>

久しぶりの短編。
美姫 「ほのぼの、と言うよりはお笑い的な感じね」
だな。まあ、温泉入ってまったりでも良かったんだが。
ドタバタさせたかった。
美姫 「で、こうなったと」
おう。と、そんなこんなで短いけれど、後書きはこの辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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