『とらハ学園』






海と山に囲まれたここ海鳴市には他の市にはない物がある。
それが、三角学園と呼ばれる教育機関である。
どこが他と違うのかというと、広大な一つの敷地内に幼稚舎から大学院までが揃っていることだろう。
それだけなら、他にもあるだろう。当然、この学園のみの特徴がある。
それは学園の中にさらに学校が存在するのである。
これらは専攻という形をとっており、望めば誰でも入れるものと、そうでないものがある。
その最たるものの一つとしてクリステラ・ソングスクール、CSSが上げられるだろう。
ティオレが校長を務めるこのCSS専攻は一流の現役歌手による個別レッスンを受けられ卒業生は皆、大した歌手になっている。
また、在学中にも歌手として活動する者もいる程である。
そんな少し変わった三角学園に通う、これまた少し変わった者たちがいた。
これはそんな彼らのお話である。










弟1話





閑静な住宅地から更に人気の少ない方へと進んでいくと、雑木林が見えてくる。
その雑木林を少し進むとそこに大きな日本式家屋が見えてくる。
その屋敷の大きな庭に建つ道場らしき建物から何かがぶつかり合うような甲高い音が絶え間なく聞こえてくる。
時刻は午前6時になろうかといった所である。唐突に先程まで鳴り響いていた音が途切れる。
道場の中では二人の男性が向かい合って対峙しており、その手にはどちらも小太刀を持っている。
先程まで聞こえていた音は男達の握る金属のぶつかり合う音だったらしい。

【士郎】
「さて、そろそろいい具合に身体も温まってきただろ。こちらからも攻めにいくぞ」

そう言いながら不敵な笑みを浮かべた男は、名を不破士郎といい、御神流と呼ばれる流派の中でもトップレベルの使い手である。
そんな彼に対峙する青年は彼の息子の恭也である。
息一つ乱していない士郎に対し、息こそ乱してはいなかったが恭也は一つ大きく息を吐き、額の汗を袖で拭うと頷き小太刀を構える。
ダンッと道場一杯に床を踏み抜くような音を立て、物凄い速さで士郎は恭也へと向う。
その動きが見えているのか恭也も迎え撃つべく小太刀を握る手に力を入れ、前へと走る。
二つの影が交差し、そのまま影はお互いに通り過ぎることなく、道場の中央付近でぶつかり合う。
恭也が二刀の小太刀で左右から次々と繰り出す斬撃全てを士郎は右手の一刀のみで捌くか、紙一重で避けていく。
そして恭也の攻撃の隙を見つけては左の小太刀で恭也に攻撃を加える。
恭也は士郎の攻撃を何とか躱していく。

【士郎】
「ほらほら。ここも、ここも隙だらけだぞ。攻撃に集中するのは良いが、それが避けられた時の事も考えろよ」

話しながら攻撃する士郎に対し、恭也は必死で攻撃を避けながら攻撃すべく小太刀を振るう。
しかし徐々に士郎の方が攻撃の手数が増えていく。そして、ある時を境に恭也は完全に防御のみになる。

【恭也】
「くっ!」

恭也の死角から突如現われた小太刀が右肩を掠っていく。

【士郎】
「ほれほれ、どうした恭也。もう攻撃はお終いか」

段々と速度を増していく士郎の剣に対し防戦一方に見えた恭也の右手が下から上へと振り上げられる。
その動きを見た士郎は首だけを動かし目に見えない何かを避ける。
そして恭也が右手を動かし、その何かを首に巻きつけてくる前に小太刀でそれを断ち切る。

【士郎】
「ほう、0番鋼糸か。防戦と見せかけてという戦法自体は悪くないが、腕の動きが大きすぎるな」

そう言いながら士郎は腕を小さく振る。恭也は飛んでくるであろう物に対し、目を凝らし身構えるが何も飛んでこない。
その間に士郎は身を深く沈め恭也の視界の下へと潜り込み斬撃を足目掛け放つ。
恭也は目で確認するよりも速く後ろへと跳ぶ。
空中で身動きの取れない恭也へと士郎が左手を振り飛針を数本投げつける。
それを恭也は両手の小太刀で全て弾くと着地する。が、すでにその地点まで士郎が来ており蹴りを放ってくる。
恭也はそれを防ぐ事も出来ずまともに腹に受け吹き飛ぶが、空中で体勢を整えなんとか両足で着地する。
しかし顔を上げた恭也の目には士郎の姿はなく、考えるよりも先に身体を前方へと倒す。
その直後に恭也の首のあった辺りを士郎の小太刀が通過していく。
それを視界の端に捉えつつ、恭也は両手を着くと逆立ちするように左足を上へと上げながら身体を捻る。
そして、その勢いまま士郎に向って逆立ちした状態での変則的な回し蹴りを放つ。
と、同時に左手を地面から放し、飛針を2本ずつ士郎の左右へと投じる。
これで士郎の逃げ道は後ろだけになる。
しかし、恭也は士郎が後ろに下がった瞬間に士郎の方へと跳ぶつもりで左手を再度、地面に着けると両手に力を込める。
が、士郎は後ろではなく、恭也へと向ってくる。

【恭也】
(それならば、そのまま蹴りを放つまで)

しかし、士郎は蹴りを放った恭也の身体ごと大きく跳び越えると、恭也の身体を支えている両手を蹴り払う。
支えを無くし倒れた恭也の眼前に士郎の小太刀が突きつけられる。

【恭也】
「まいった」

恭也の一言に士郎は小太刀を納めると少し笑みを零す。

【士郎】
「まあ、結構考えたな。だが、まだまだ甘いな。大体、あの蹴りを俺が小太刀で防いだらどうするつもりだったんだ」

【恭也】
「ふむ、それは考えていた」

そう言って恭也は上半身を起こし、その場に座るとズボンの左足の裾を捲ってみせる。
そこには鉄製の防具のような物を付けていた。

【恭也】
「できれば、相手側を刃物のようにしたかったんだが、流石にそれだとズボンの下に付けれないからな」

【士郎】
「ったく、そんなモンいつの間に作りやがった。また井関の親父だな」

【恭也】
「ああ。この間頼んで作ってもらった。
 これを付けた状態で徹を込めて蹴りを放てば、いくらとーさんでも倒せるかと思ったんだが。
 当てることが出来なければ意味がないな」

【士郎】
「ま、待て、恭也!お前、さっきの蹴りに徹を込めていたのか」

【恭也】
「ああ。蹴りで徹を打てるようになるのには流石に苦労した」

【士郎】
「お、お前はそんな危険なモン俺に試したのか」

【恭也】
「・・・気にするな。当たらなかったんだから」

【士郎】
「そういう事を言うか。第一、あそこで俺が小太刀で防いでいたら俺の小太刀がへし折れていたじゃないか」

【恭也】
「いや、てっきり徹を込めているのを見切って避けたのかと思ったが」

【士郎】
「こ、こいつは。・・・その性根を叩きなおしてやる!。ほら、さっさと立て!もう一本だ!」

恭也が立ち上がった所で道場の入り口が開き、そこから二人に声がかけられる。

【静馬】
「やってるな。士郎に恭也」

【士郎】
「おう、静馬か」

【恭也】
「おはようございます」

【静馬】
「ああ、おはよう」

軽く手を上げて挨拶をする士郎と頭を下げて挨拶をする恭也。
そんな二人を見ながら静馬も道場の中へと入ってくる。
その静馬の後に続き、彼の妻である美沙斗と娘の美由希も入ってくる。
それから少し遅れて士郎、美沙斗の弟の一臣が入ってくる。

【士郎】
「美由希ちゃんの方の鍛練は終わったのか?」

【静馬】
「ああ、今日の朝の鍛練はな。だから、また見学させてもらうぞ」

【士郎】
「ああ、好きにしろ」

最近、静馬は美由希の鍛練を少し早目に切上げ、恭也と士郎の鍛練を見せる事にしている。
今日もそのために道場まで来たのだろう。
士郎は了解の意を伝えると一臣に尋ねる。

【士郎】
「で、お前は?」

【一臣】
「ああ、恭也の腕がどれぐらい上がったのかを見に」

【士郎】
「ったく、暇な奴だな。お前、娘を放っておいていいのか?」

【一臣】
「ああ、月夜なら・・・ってあれ?さっきまで後ろにいたのに。何処に行ったんだ?」

【士郎】
「おいおい。それでも親か」

【一臣】
「兄さんにだけは言われたくない台詞だね」

【士郎】
「・・・ほっとけ!」

一臣の言葉に恭也はしきりに頷く。それを横目で睨みながら士郎は口を開く。

【士郎】
「俺は娘はちゃんと可愛がっているぞ」

【恭也】
「息子の事はほったらかしだがな」

【士郎】
「なんだ恭也、可愛がって欲しいのか?」

恭也はなのはに対する可愛がり方を自分に置き換え想像してしまう。
同時にその言葉を言った士郎自身も同じ事を考えてしまったらしい。

【恭也&士郎】
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

二人は無言でお互いを見て、しばし動きを止めると引き攣った笑みを浮かべる。
やがて、恭也が先に口を開く。

【恭也】
「いや、いい。というよりも頼むからやめてくれ」

【士郎】
「あ、ああ、そうだな。・・・すまん、ちょっと恐ろしい事を言ってしまったようだ」

そんな二人を苦笑しながら見ていた静馬が道場のドアに向って声をかける。

【静馬】
「月夜ちゃん、そんな所にいないで入ってきたらどうだい?」

静馬の言葉に月夜は嫌々といった感じで姿を見せると中へと入っていく。

【月夜】
「き、恭也、勘違いするなよ。私は別にどうでも良かったんだが、父さんがどうしてもと言うから見に来ただけだからな」

【恭也】
「わかった、わかった。だから、少し静かにしていろ」

一臣はそう言うと月夜の頭を押さえつけると、目で二人に気にせず鍛練を再会するように促す。
士郎はそれに頷き、恭也の方を見ると、恭也も頷くと静かに士郎と対峙する。

【士郎】
「さて・・・」

士郎は一言呟くと恭也の出方を伺うようにその場に佇む。
それに対し恭也は静かに腰に差した一刀を抜き、身体をやや前傾にし手を引く。

最速にして最長の射程を持つ御神流奥義之参、射抜。

この構えを取る恭也を見て、士郎はほんの一瞬だけ驚きの表情を浮かべるが、すぐに元の不適な笑みを浮かべる。

【士郎】
「面白い。いつの間に習得したのかは知らないが、ちゃんと撃てるか見てやろう」

士郎の台詞にも恭也は言葉を返さずただ、技を放つ事だけを考える。
周りで見ていた静馬たちも息を飲みその瞬間を見逃さないようにと目を凝らし、恭也の一挙動に至るまで凝視する。
そして、その瞬間が訪れる。
恭也は矢のように士郎へと向かって飛び出すと射抜を放つ。
士郎はぎりぎりまで引き付けてから、自身がもっとも得意とする奥義、薙旋で迎撃すべく手にかけた小太刀を抜刀する。
恭也から伸びてくる小太刀を右から抜刀した小太刀で弾く。

【一臣】
「一応、型としては射抜だが、威力が弱いな」

【美沙斗】
「ええ。刺突技の射抜にしては力が足りなさすぎだね」

一臣と美沙斗の意見に静馬も黙って頷くが、同時にある事に気付く。

【静馬】
「まさか、わざと威力を落としているのか」

静馬の小さな呟きが聞こえた美沙斗と一臣は静馬に訳を尋ねようとするが、それよりも早く恭也の行動が答える。
恭也は右の小太刀が士郎に弾かれた瞬間に左手を残る一刀に伸ばしており、そこから左の小太刀を抜き放つ。

──御神流、虎切。

恭也の狙いがわかった一臣と美沙斗は感嘆の溜め息を漏らすが、静馬は一人冷静に考えていた。

【静馬】
(射抜を囮にしての虎切・・・。発想としては悪くないが、あれだと射抜独自の突きの後から派生する攻撃が犠牲になっている。
 それにその程度の攻撃、士郎も気付いているはずだ)

静馬の考え通り、士郎もこの事に気付き、2撃目の攻撃で虎切の斬撃を防ぐ。
そして、3撃目を恭也に向けて放つ。
この3撃目を恭也はいつの間にか納刀していた右の小太刀を抜刀して迎撃する。

【士郎】
(なっ!)

【静馬】
「なっ!」

この動きに士郎は内心で、静馬は声に出して驚く。

【士郎】
(しかし、まだ後一撃ある!)

士郎は4撃目を繰り出すが、これを恭也は左の小太刀で弾く。
それだけで終わらず、まだ恭也は攻撃を繰り出すべく動き続けていた。
この動きを見た士郎と静馬は驚きのあまり目を見開く。

【静馬】
「まさか、あれは薙旋か!」

静馬の半ば、叫びにも似た声に美沙斗たちも驚く。

【美沙斗】
「でも、静馬さん。薙旋は抜刀からの四連撃ですよ。しかし、恭也は左の小太刀は始めから抜いていたかと」

【静馬】
「ああ。でもあの動きは薙旋に間違いはない。言うならば、変則薙旋って所だな。
 2撃目の威力を犠牲にする事で繰り出す速度を上げたんだ。
 2撃目の左での斬撃は抜刀術ではないため威力が落ちているが士郎の攻撃を防ぐ分には問題ない。
 つまり、恭也は始めからあの2撃目は防御するために繰り出したんだ」

そんな静馬の話をよそに恭也は、奥義を出し終えた直後で少しだけ動きの止まった士郎へと3撃目を放ちにいく。
しかし、士郎もすぐに反応すると右の小太刀で受け止め、
同時に伸ばしきっていた左の小太刀を引き戻し4撃目に備えようと考え行動に移す。
が、恭也の3撃目は士郎の小太刀とぶつかり合うよりも少し前、触れた程度で恭也の方へと戻る。

【士郎】
(こいつ、3撃目をフェイントに使いやがったな!次の4撃目で決めるつもりか!)

本命となる4撃目を通常よりも早く放つために3撃目を途中で止めた事に気付き、士郎は内心毒づく。

【士郎】
(3撃目を中途半端に撃つ事によって4撃目の威力は落ちるが、その分、4撃目に移る速度は確実に上がる。
 よく考えた。だが、まだ甘い)

士郎は恭也が2撃目を放った時点で、これが薙旋だと分かり続く3撃目4撃目に備えていた。
故に4撃目に対する防御もすでに出来ていた。

【士郎】
(左で受け止めると同時に右で斬る!)

士郎が左の小太刀で恭也の4撃目を受け止めにいく。
これを見た静馬は、

【静馬】
(流石だな士郎)

などと思っていたが、一臣や美沙斗はすでに言葉を無くし、二人の攻防に見入っている。
しかし、次の恭也の4撃目を見た瞬間、静馬もそして士郎も目を瞠る。
恭也の4撃目の斬撃は左の小太刀の後ろに十字になる形で右の小太刀も追随してきていた。

──御神流奥義、雷徹

恭也が3撃目となる右の斬撃をすぐに引き戻したのには、4撃目を早く放つというだけでなく右での斬撃を間に合わせるためであった。
この攻撃を予想していなかった士郎の小太刀は恭也の雷徹により半ばから折れ飛ぶ。

【士郎】
「ちっ!」

士郎は舌打ちをすると攻撃を諦め、後ろへと跳躍する。
それを追って恭也が前へ踏み出すと同時に士郎は折れた小太刀の方を恭也へと投げつける。
恭也はそれを避けると士郎との間合いを詰めようとする。
そこへ丁度、着地した士郎が床を蹴り恭也の方へと跳ぶ。
同時に士郎は残りのもう一刀も恭也へと投げつける。
僅かに逡巡した後、恭也は飛んでくる小太刀を右の小太刀で叩き落す。
叩き落した小太刀から士郎の右手へと鋼糸が伸びている事に気付いた恭也はそれを引き寄せられる前に斬る。
が、鋼糸を切断した右腕を取ろうと鋼糸が絡み付いてくる。その鋼糸の両端は先程、士郎が投げた折れた小太刀と左手に繋がっていた。
恭也は右手から小太刀を放し、腕を取られる前に鋼糸の輪から右腕を抜く。
その頃には士郎は恭也より少し離れた位置に着地しており、右手を振るっていた。
そして、振るわれた右腕から鋼糸が放たれるのを見て、咄嗟に横へ跳ぼうとするが、
先程右腕に絡み付こうとした鋼糸が今度は足を絡め取ろうとしているのに気付き、その場に留まる。
その間に右手から放たれた鋼糸は恭也の左手に握られた小太刀に巻き付く。
恭也は小太刀を取られまいと両手で持つと力を込める。士郎も小太刀を奪おうと力を込め、力比べを始める。
が、士郎はすぐに鋼糸を手放すと恭也へと向かって駆け出す。
恭也も士郎と同じ事を考えていたが、若干士郎の方が速かったため、体勢を少し崩す。
しかし、恭也は体勢をすぐに整えると迎撃しようと構える。
そこへ士郎は恭也が考えもしなかった行動を取る。
恭也まで後、2歩ほどといった所で士郎は恭也目掛けて背中から飛び掛った。
まさか、あの距離で跳び、さらに背を見せるとは考えていなかった恭也は反応が遅れる。
気がつくと士郎の左足が首に、右足が胸にそしてその足の間に自分の右手が伸びて士郎の両手によってロックされていた。
恭也にぶら下がる形になった士郎はそのまま恭也の腕を外側へと引っ張っていく。
恭也は士郎の体重と跳んできた勢いを支えきれずにそのまま後ろへと倒れる。
完全な形で腕十時を決めた士郎はそのまま力を加えていく。

【士郎】
「ぐわぁっはっはっはっは〜。どうだ恭也、まいったか?早くギブアップしないと知らないぞ」

【恭也】
「ぐっ。ま、まだまだ」

【士郎】
「そうか、そうか。そうこないとな。ほれほれ」

【恭也】
「ぐぐぐぅ」

【士郎】
「強情なやつだな。いい加減に諦めろよ」

言いながらも士郎は力を緩めず、それどころか徐々に力を込めていく。

【士郎】
「まだ降参しないのか?ったく、一体誰に似たんだか」

【恭也】
「と、父さんではないのは確かだ。お、俺はそんなにちゃらんぽらんではな・・・・・・ぐわっ!」

【士郎】
「この状況でよくそういうことが言えるな。うんうん、強くなって俺は嬉しいぞ。ここまで育てた甲斐があったってもんだ」

【恭也】
「ぐぐぐ。お、俺も良かったと思っている。と、父さんだけに育てられていたらと思うと、正直考えたくもない。ぐげぇ!
 ぐぐぐ、と・・・父さんはともかく、静馬さんや美沙斗さん、一臣さんたちにはとても感謝している」

【士郎】
「ははは。相変わらず恭也は照れやだな。素直に感謝すれば良いのに・・・と!」

士郎はこれでもかというぐらい力を込めて引っ張る。
すでに静馬たちは二人のやり取りをいつものじゃれあいと苦笑しながら見ていた。
最も、美由希だけはその場でおろおろしていたが。
それから数分後、恭也が降参する形で朝の鍛錬は終わりを告げた。

【士郎】
「さて、恭也。今日の攻撃はなかなか良かったぞ」

士郎の言葉に静馬も頷き、賛成する。

【士郎】
「ただ、小太刀に拘りすぎる。そこの所をもっと考えろ。鋼糸に飛針とかをもっと巧く使いこなせ」

士郎の言葉に恭也は右腕を揉みながら頷く。
どうやら、右腕が痺れて上手く動かないらしい。

【士郎】
「とりあえず、朝の鍛錬はこれで終わりだ」

【恭也&美由希】
「「ありがとうございました」」

恭也と美由希はそろって頭を下げると道場から出て行く。
その後を追うように月夜も続いていく。
それを見届けてから静馬が士郎へと声をかける。

【静馬】
「今日は少し危なかったんじゃないのか?」

【士郎】
「馬鹿言え。まだまださ」

【静馬】
「どうだか。それより、最後の技、あんなの御神にあったか?」

【士郎】
「あん。あれは御神不破流だから、お前が知らないのも無理はない」

【一臣】
「兄さん、あんなのはないよ」

【士郎】
「ちっ。一臣、黙ってれば分からないものを」

【一臣】
「いや、無理があるでしょ」

【美沙斗】
「しかし、恭也のあの発想は凄いな。奥義の一つ一つの威力を落とす代わりに速度を上げ、技同士を繋げるなんて」

美沙斗の言葉に静馬も続ける。

【静馬】
「確かにな。4つの技を派生させていくとはよく考えたもんだな」

【琴絵】
「考えただけでなく、それを実行させるというのも凄いけどね」

【士郎】
「ああ。だが、まだまだつめが甘い。それにあそこまで威力が落ちれば気付いちまうよ。
 やるんなら、もとの威力を保ったまま出せるようにならなきゃな。
 それに射抜に関して言えば、ありゃぁ型をなぞっているだけでまだ技と言える程のもんじゃない」

【美沙斗】
「厳しいね」

美沙斗の言葉に一臣も頷く。

【美沙斗】
「それは兄さんが技を知っているからこそ言える言葉だよ。実際、初めて対戦する相手になら充分通用すると思うけど」

【士郎】
「初めて対戦するなら、奥義の一つを極めていればそれなりに通用するさ」

【静馬】
「ははは。まあ、いいんじゃないか。あの発想力はたいしたもんだよ」

【一臣】
「確かにね。しかし、一体いつの間に射抜を撃てるようになったんだろ? 姉さんは何か知ってる?」

【美沙斗】
「まあね。少し前に教えてくれと来たからね」

【士郎】
「しかし、さっきも言ったがまだあれは技と言えるほどではないな。
 一応、型は出来ているが、威力、速度どれをとっても荒削りだ。
 例え、フェイントに使用するためとはいえ弱すぎる。それに気付いているんだか」

【美沙斗】
「恭也はちゃんと気付いているよ兄さん。いろいろと聞かれたからね。
 尤も、聞くよりも実戦でやった方が覚えやすいって言って何度もくらってたからね」

【静馬】
「なるほど、まさに美沙斗直伝って訳か。射抜に関して言えば、美沙斗はトップクラスだからな」

【美沙斗】
「そ、そんな事はないですよ静馬さん」

【士郎】
「ったく、いい歳をして何を照れてるんだか。相変わらず、新婚みたいだな」

【美沙斗】
「なっ! そ、その言葉は兄さんにそっくりそのままお返しします」

【士郎】
「ほ、ほっとけ。俺と桃子はいまだにちゃんとラブラブなんだよ」

【美沙斗】
「わ、私と静馬さんだって」

急に子供みたいになる美沙斗を優しく見つめながら静馬が二人の仲裁に入る。

【静馬】
「まあまあ二人とも」

【士郎】
「なんだ、静馬。愛しの美沙斗の援護かぁー?」

【静馬】
「な、何を言ってるんだ士郎。俺はただ仲裁をしようとしただけで」

【士郎】
「ほーう。じゃあ、美沙斗の事をもう愛しいとは思っていないのか。そうか、そうか」

【美沙斗】
「そ、そんな・・・。そうなんですか静馬さん!」

【静馬】
「ち、違うぞ。そんな事あるはずないだろう。昔も今も変わらず美沙斗は俺にとって一番大切な人だよ」

【美沙斗】
「静馬さん・・・」

【士郎】
「朝っぱらから何ラブコメみたいな会話してるんだよ」

【静馬】
「な、こ、これは元を辿れば士郎が変な事を言うからだろ」

【美沙斗】
「そ、そうですよ」

静馬と美沙斗は赤くなりながらも反論する。

【士郎】
「俺、何か言ったけ?」

【静馬】
「だ、だから俺が美沙斗の事を何とも思っていないみたいな事をだな」

【士郎】
「な、何!そうなのか静馬」

【静馬】
「だ、だから違うって言ってるだろ!・・・って、そうじゃなくて」

【一臣】
「はいはい。三人ともいい加減にしてください。そろそろ朝食の出来る時間ですよ」

溜め息を吐きながら一臣が止めに入る。

【静馬】
「そ、そうだな。じゃあ、美沙斗行こうか」

【美沙斗】
「は、はい」

【士郎】
「だな、行くか」

こうして士郎たちも道場を後にする。









朝食の席にて、全員が食べる中、恭也は一人右腕を擦っていた。
横に座っている美由希がそれに気付き、声をかける。

【美由希】
「恭ちゃん、右腕がまだ痛むの?」

【恭也】
「ん? あ、ああ、ちょっとな。まだ少し痺れていて上手く動かないんでな」

【美由希】
「でも、早く食べないと学校に遅れるよ」

【恭也】
「そうなんだがな。そう言えば美由希も今日から高等部だったな」

【美由希】
「うん、そうだよ。今日は入学式だからね」

【恭也】
「そうだったな。しかし、時が経つのは早いもんだな。美由希ももう高校生か」

【瑠璃華】
「恭也さん、その台詞、なんか年寄りみたいですよ」

【恭也】
「そうか、瑠璃華? そういえば瑠璃華も今日から高等部だな」

【瑠璃華】
「はい、そうなんです」

そう言って微笑む瑠璃華。その瑠璃華の横から月夜が話し出す。

【月夜】
「私も今日から高等部だよ!」

【恭也】
「そういえば、そうだな」

【月夜】
「なんだよ、美由希や瑠璃華の事は覚えていたくせに私の事だけは忘れていたのか?」

【恭也】
「いや、そんな事はないぞ」

【月夜】
「ったく、どうだか。まあ、別に恭也に覚えていてもらわなくても良いけど」

月夜の言葉に恭也は苦笑を浮かべながら、まだ右手をほぐすように揉んでいる。

【美由希】
「恭ちゃん、早く食べないと時間なくなるよ」

【恭也】
「分かっているんだが・・・」

恭也は恨めし気な目を士郎へと向けるが士郎は知らん顔をして黙々と食べ続ける。

【恭也】
「ったく、一体誰のせいでこんな目にあっていると思っているんだか」

恭也の呟きを目敏く聞きつけた士郎は反論をする。

【士郎】
「おまえ自身の腕のせいだろ。第一、すぐさま降参しなかったお前が悪い」

正論だけに言い返せず恭也は押し黙る。
そんな恭也に笑顔を浮かべながら、正面に座っていた瑠璃華が箸でおかずを摘み恭也の口元へと持ってくる。

【瑠璃華】
「時間もないですし、私が食べさせてあげますわ。はい、あ〜ん」

【恭也】
「い、いやいい」

顔を少し赤くして恭也は断わるが、瑠璃華は諦めずじっと恭也の目を見て言う。

【瑠璃華】
「駄目ですよ。このままだと遅刻してしまいます。さあ、どうぞ」

【恭也】
「い、いや、しかし・・・」

恭也は困って誰かに助けを求めるが、大人組みは祖母を含め全員が面白そうに見ているだけであてにならない。
それならばと、美由希や月夜を見るが二人からは殺気にも似た気が漂っている。

【恭也】
(な、何を二人は怒っているんだ。い、いや月夜が俺に対し怒るのは珍しくもないが、何故美由希まで。
 それに、今回は俺は何もしていないはずだし)

恭也が差し出されたおかずを前に考えていると、美由希が瑠璃華に話し掛ける。

【美由希】
「瑠璃華、そこからだとしんどいでしょ。だから、恭ちゃんの隣にいる私が代わりに食べさせてあげるよ。
 はい、恭ちゃん」

そう言って美由希も自分の箸におかずを摘み恭也へと差し出す。
2本に増えた目の前の箸に戸惑いながら、恭也は月夜の視線がきつくなったのを感じる。

【恭也】
(何をあんなに怒っているんだあいつは)

そんな恭也の横と正面では美由希と瑠璃華が笑いながらお互いを牽制している。

【瑠璃華】
「お気遣いありがとう、美由希ちゃん。でも、恭也さんのためなら、これぐらい何ともないですわ。
 だから、美由希ちゃんは自分の事だけをしていれば大丈夫ですよ」

【美由希】
「ううん、私の方が恭ちゃんに近いから私に任せてよ。瑠璃華こそ自分の事だけしていればいいから」

その後、無言で笑みを浮かべながらにらみ合う二人。
恭也は動くに動けず、目の前に差し出された二人の箸を見ているだけであった。

【恭也】
(た、頼むからやめてくれ)

そんな現状を見かねたのか、月夜が二人の間に割ってはいる。

【月夜】
「もう、美由希も瑠璃華もそんな事をしていたら時間がなくなるだろ。大体、恭也も恭也だ。
 あの程度で右腕が動かなくなるなんて。そんな事だから、こういう事になるんだからね。ちょっとは反省しなよ」

少し理不尽なものを感じながらも恭也はただ黙って頷く。
月夜の声に美由希と瑠璃華も大人しく引き下がるかに見え、恭也も安堵する。
たが、続く月夜の言葉に事態がさらに悪化する。

【月夜】
「し、仕方がないから私が食べさせてやるよ。
 美由希と瑠璃華が言い合っていたら、いつまで経っても恭也の食事が終わらないからな。
 入学式そうそう遅刻者の従兄妹として名前を知られたくないしな。
 だから、仕方なくやってやるんだからな。感謝しろよ。ほら」

そう言って、恭也の斜め前から箸を伸ばしてくる。

【恭也】
「いや、別にそんな事をしなくても・・・」

恭也の呟きは途中で美由希たちの声で遮られ、誰の耳にも届かず消える。

【美由希】
「月夜、それはずるいよ」

【瑠璃華】
「そうです。それに仕方なくでやられたら恭也さんも迷惑ですわ。ですから、ここは私が喜んでさせて頂きますから。
 やりたくないのでしたら、結構ですよ」

【恭也】
(仕方がなくでも喜んででも、そんな事しなくていいです)

恭也は胸中でのみ呟くと再度、無駄だと知りながらも桃子たちを見る。
が、当然桃子たちは全員が微笑ましそうに恭也を見るだけで口に出してはなにも言わない。
それどころか桃子と士郎はお互いに食べさせあっていたりする。

【恭也】
(こ、この万年新婚夫婦め!)

恭也は二人に説得してもらうのを諦め、瑠璃華の両親である孝之と琴絵の方を見る。
が、孝之も琴絵ものほほんと微笑みを浮かべただ見ているだけだった。
それならばと今度は美由希の両親である静馬と美沙斗に目を向ける。
静馬たちは桃子たちの行為にあてられたのか、静馬が美沙斗にねだり美沙斗は照れながらも静馬に食べさせており、
恭也には気付いていなかった。
恭也は残る夫婦へと最後の希望を託し視線を移す。
月夜の両親、一臣と静恵は恭也に気付くが一臣が両手を合わせ無言で謝るのを見て諦める。
その時、一番奥に座る祖母、美影の姿が目に入るが頼むだけ無駄だと悟り大人しくこの騒ぎが収まるのを待つことにする。
それを見た美影が少し残念そうな顔をする。
それを横目で見て、何かを企んでいた事を理解し、恭也は頼らなくて良かったと心の底から安堵する。
実際、恭也の考えていたとおり美影は恭也が助けを求めたら、自分も美由希たちに参加するつもりだったのだが。

【恭也】
(はぁー、朝から何か疲れた気がする)

恭也は横で黙々と食べているなのはを見ながら、そっと溜め息を吐く。
そんな恭也に気付いたのか、なのはは自分の分を全て食べ終え、ごちそうさまをすると恭也へと向く。
そして、

【なのは】
「はい、お兄ちゃん。なのははもう全部食べ終わったから、なのはが食べさせてあげるね。
 お姉ちゃんたちは、自分の分がまだでしょ。だから、こっちはなのはに任せてください」

このなのはの純粋な気遣いの言葉に美由希たちは揃って絶句し、泣く泣く自分の分に箸をつける。

【なのは】
「はい、お兄ちゃん」

このなのはの行動に対して恭也は、

【恭也】
「い、いや、なのは。もう右腕も治ったみたいだから自分で食べられる」

そう言って、右手に箸を持ち軽く開いたりして見せる。
が、それに構わずなのはは箸を恭也の口元へと運ぶ。

【なのは】
「あ〜んしてください。それともなのはじゃ駄目なの?」

このなのはの下から涙目攻撃に恭也は二の句を告げず、大人しく口を開ける。

【なのは】
「あ〜ん。・・・・・・美味しい?」

【恭也】
「あ、ああ」

【なのは】
「じゃあ、次ね」

【恭也】
「いや、もういいから」

【なのは】
「残したら駄目ですよ。はい、あーん」

【恭也】
「・・・・・・」

恭也は大人しく食べさせてもらう。
これを見た美由希たちは自分達の朝食を急いで食べ終えると恭也へと箸を差し出す。

【美由希&瑠璃華&月夜】
「「「「はい、恭ちゃん(恭也)(恭也さん)あ〜ん」」」

【恭也】
「・・・勘弁してくれ」

恭也の言葉は勿論、誰にも聞いてもらえずに結局、今日の朝食は4人に食べさせられる結果をなった。
こうして、騒がしくもいつもと変わらない日常は幕を開けていく。







つづく



<あとがき>

す、すいません!
美姫 「ま、何よ、いきなりね」
うむ、実はな・・・。設定の所で大きな間違いがあったことに気付いた。
美姫 「えぇ〜、何よその間違いって。」
うむ、式に言われて気付いたんだが、御架月の所有者が恭也になっていた。あれは耕介の間違いです。
美姫 「そ、そう言えば・・・。それはもう修正したの」
この話がアップされている頃には修正したのがアップされているはずだ。
後、人物が少し追加されている。
美姫 「ああ、あの二人ね」
そう、あの二人だ。
美姫 「そう言えば、美由希たちって同じ家なの?」
そうだよ。まあ、御神本家は海鳴とは別の所にあるんだけど、静馬たちは海鳴に引っ越したって感じかな。
だからかなり大きな屋敷だね。
美姫 「ふーん。まあ、後は設定ミスがないかに注意して続きを書かないとね」
はい、そうです。では、次の第2話、神咲家の人々もしくは、さざなみ寮の人々でお会いしましょう。
美姫 「ばいばーい」




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