『とらハ学園』
第3話
自然保護区である桜台、ここは前記の理由とその殆どが私有地というため、一般の人が立ち入る事はあまりない。
その桜台に一つの寮が建っている。周りからは『伏魔殿』やら『お化け屋敷』などと呼ばれ、
一部の住人やその知人たちからは『人外の巣窟』やら『セクハラ大王の本拠地』などと呼ばれているが、
正式な名称は『さざなみ寮』である。
そのさざなみ寮の朝はそれなりに早い。と、言っても全員が早いわけではないのだが。
一番最初に起きだすのはこの寮の管理人にして、料理人の一ノ瀬神奈・・・・・・ではなく、その甥で副管理人の槙原耕介だったりする。
耕介は自分の身支度を整えると制服の上着を着る代わりにエプロンをつける。
【耕介】
「さて、今日も一日頑張りますか」
呟き気合を入れると手早くフライパンを温め油を注ぐ。
それから慣れた手つきで次々とおかずを作り上げていく。
それからしばらくして、他の住人が起きだし始める。
【知佳】
「お兄ちゃん、おはよう」
【耕介】
「ああ、おはよう知佳」
【知佳】
「何か手伝おうか?」
【耕介】
「そうだな。じゃあ、お皿を出してもらえるかな」
【知佳】
「はーい、分かった」
知佳は元気に返事をすると皿を並べていく。
それを横目で確認すると耕介は最後の仕上げに取り掛かる。
【愛】
「耕介さん、おはようございます」
【耕介】
「はい、おはようございます愛さん。もうすぐ出来上がるんでちょっと待ってて下さい」
【愛】
「はい、分かりました」
知佳に続いて起きてきたのはこの寮のオーナーで、耕介の従姉弟でもある愛だった。
愛はいつもの席に着くと、耕介を手伝っている知佳に挨拶する。
それに知佳が応えるのとほぼ同じくらいにまた一人リビングへと入ってくる。
【美緒】
「おはようなのだー」
【耕介】
「ああ、おはよう美緒」
【美緒】
「うむ。早くご飯にするのだ」
【耕介】
「もうちょっと待っててくれ。もうすぐだから」
美緒にそう応えながら、耕介はフライパンを返す。
【美緒】
「分かったのだ。でも、なるべく急ぐのだ」
【耕介】
「はいはい」
耕介は苦笑しながらも手を休ませることなく動かす。
そこへ声がかけられる。
【シェリー】
「おはようございます」
【リスティ】
「おはよー」
【みなみ】
「おはようございまふぅ」
【耕介】
「おはようシェリー、リスティ、みなみちゃん。・・・っと、完成っと」
挨拶を返しながら、全ての料理を作り終えた耕介はテーブルへと並べていく。
そこへかったるそうな声が聞こえてくる。
【真雪】
「耕介〜、メシィ〜」
【耕介】
「ま、真雪さん!どうしたんですか、こんな時間に。まだ大学は始まってないですよね。
打ち合わせとかがあるとも聞いてないですし」
【真雪】
「んな事は分かってるよ。今日は知佳の入学式だろうが」
【耕介】
「ああ! それでですか。じゃあ、俺の分を食べてください。俺は今から作りますから」
そう言って自分の分を真雪の前に差し出す。
【真雪】
「ああ、サンキュー」
そう言うと真雪は遠慮なく食べ始める。
耕介は自分の分を急いで仕上げると席に着く。
そこで、いない人間に気付く。
【耕介】
「あれ? ゆうひは?」
【愛】
「まだ寝てるんじゃないですか?」
【真雪】
「かぁー、いい身分だねー大学生ってのは。休みが長い上に、講義によってはお昼までぐっすりだもんな」
【耕介】
「真雪さんも同じ大学生でしょうが」
【美緒】
「耕介、それは少し違うのだ。真雪は愛やゆうひと違って講義とかは関係なしに大体、昼まで寝てるのだ」
【知佳】
「確かに・・・」
知佳が苦笑しながら小さく呟く。
【真雪】
「あん、なんか言ったか知佳」
それを聞き逃さずに真雪は知佳を見る。
知佳は首をぶんぶんと振って何も言っていないとアピールする。
真雪は大きく溜め息を吐くと、
【真雪】
「はぁー、まあいいけどな」
と、言って朝食を再開する。
そんな姉妹のやりとりをよそに耕介は立ち上がると、
【耕介】
「俺、ちょっと起してきますね」
【愛】
「え、でも耕介さん。寝ているんだったら、そのまま寝かせておいてあげれば。大学もまだ始まってませんし」
【耕介】
「いや、ゆうひが昨日言ってたんですよ。クリステラ専攻は今日、歌のレッスンがあるそうなんです」
【愛】
「そうなんですか」
【耕介】
「ええ。だから、ちょっと起こしてきます」
そう言って耕介がリビングから出たとき、上から扉を勢いよく閉める音が聞こえてくる。
その後、ドタバタと廊下を走る音に続き、階段を駆け下りて来る音が耕介の耳に届く。
【耕介】
「どうやら起きたみたいだな」
そう呟いてリビングへと再び踵を返す。
その後ろから声がかけられる。
【ゆうひ】
「耕介くん、おはよーさんやで」
【耕介】
「ああ、おはようゆうひ。朝食の準備はできてるから」
【ゆうひ】
「おおきにや」
耕介とゆうひは席に着くと朝食を食べ始める。
【ゆうひ】
「そう言えば今日は入学式やったな。知佳ちゃんにみなみちゃん、美緒ちゃんにリスティ、そして、シェリー。
皆ももう高等部かー。時の流れは早いね〜。ついこの間までは小学生やったのに、あっという間に中学。そして、高校やもんな」
【耕介】
「ああって、その時にお前はここにいなかっただろうが」
【ゆうひ】
「あはははは。まあ、話の流れっちゅうやつや。気にせんといてーな。にしても、耕介くんも無事に進級できて良かったなー」
【耕介】
「あ、バカ。その話題は」
耕介は慌てて止めようとするが時は既に遅く、また一度吐いた言葉を戻す事もできず、耕介とゆうひは恐る恐る正面を見る。
そこには何やらどす黒いオーラのような物を背中に纏わりつかせている真雪がいた。
真雪は俯き肩を震わせていたが、二人の視線を感じたのかゆっくりと顔を上げていき二人を底冷えのする目を見据える。
その目を見た瞬間に二人の身体は硬直し、背筋に嫌な感じの汗が流れていく。
【耕介】
「ち、違いますよ真雪さん」
【ゆうひ】
「そ、そうや。誰も真雪さんの事なんか言ってないで」
【真雪】
「ほーう。私の何を言ってないって」
【耕介】
「な、なんでもないです。な、ゆうひ」
【ゆうひ】
「そ、そうや。別に留年の話なんかしてないで」
【耕介】
「ば、バカ」
ピクっと真雪の肩が一度震える。
【真雪】
「てめぇーら、いい根性だ」
まるで地獄の底から響いてくるような声に耕介とゆうひはただ怯え、助けを求める。
【美緒】
「ががががが・・・・・・もぐもぐ・・・んぐ、はぁー。ごちそうさまなのだ。そろそろ行かないと行けないので、あたしはもう行くのだ」
美緒は目が合った瞬間に、残りのご飯をかき込み全て平らげると席を立つ。
リスティやシェリーも同じ様に席を立つとリビングを出て行く。
【リスティ】
「じゃあね、耕介。僕達も行くよ。入学式そうそう遅刻なんて嫌だからね」
【シェリー】
「すいません、耕介さん」
耕介は最後の頼みの綱とばかりに知佳を見る。
【知佳】
「は、はははは。ごめんね、お兄ちゃん。みなみちゃん、私達も行こう」
【みなみ】
「え、え?ま、まだ全然食べてないのに〜。せ、せめて後、一口だけでもーーーーー」
食べる事に集中していて、この事態に気付いていなかったみなみの襟首を掴み知佳は引き摺って行く。
【真雪】
「耕介、ゆうひ。最後に言い残す事があったら聞いてやるぞ」
【耕介】
「は、はははは。と、とりあえず落ち着いて欲しいなー、とか思うんですけど」
【ゆうひ】
「うちも耕介くんの意見に賛成や」
【真雪】
「それが最後の言葉でいいんだな」
【耕介】
「・・・・・・ま、真雪さん、じ、冗談ですよね?」
【真雪】
「耕介、ゆうひ。おまえらはいい奴だったよ。だから、お前らみたいな奴がいたって事をせめて5分ぐらいは覚えといてやるよ」
【耕介】
「たった5分だけですか!」
【ゆうひ】
「耕介くん、そんな突っ込みいれてる場合やないで」
【耕介】
「わ、わかってるってば」
あたふたと慌てる耕介とゆうひの目にたった一人残っている女性が映る。
その途端、二人は同時に叫ぶ。
【耕介&ゆうひ】
「「あ、愛さん助けて(ください)」」
【愛】
「はい? どうかしたんですか?」
耕介とゆうひが必死に助けを求めるのに対し、愛はいつもと変わらずのほほんと首を傾げながら尋ねてくる。
そのあまりのマイペースぶりに耕介とゆうひの身体から力が抜ける。
【耕介】
「愛さんらしいと言うか、なんと言うか」
【ゆうひ】
「あははは。なんや、うちらが勝手に慌ててるだけみたいやな」
お互いに顔を見合わせて笑う二人にいつの間にか背後に周った真雪がそれぞれの首に腕を回し、二人の間に顔を突っ込む。
【真雪】
「で、覚悟は完了したか?」
【耕介&ゆうひ】
「「は、はははは」」
笑って誤魔化す二人の首を容赦なく締め上げていく真雪。
その様子を頭の周りに?マークを浮かべたかのような表所で見ていた愛は徐に手を叩くと、
【愛】
「そう言えば、真雪さん。ビデオカメラ用意しました?」
【耕介&ゆうひ&真雪】
「「「はぁ」」」
いきなり訳の分からない事を言い出す愛に聞かれた真雪だけでなく耕介たちも変な声を上げる。
【愛】
「だって、今日は知佳ちゃんやリスティたちの入学式ですよ。ビデオカメラを用意しないと」
【耕介&ゆうひ&真雪】
「「「・・・・・・」」」
固まる三人の中で真雪が真っ先に立ち直り、愛に話し掛ける。
【真雪】
「ああ、ちゃんと昨日のうちに準備してあるから安心しな」
【愛】
「そうですか。それは良かったです。撮影の方、お願いしますね」
【真雪】
「あ、ああ。任せとけ」
真雪は大きく息を吐くと耕介とゆうひに向き直る。
【真雪】
「はぁー、なんか気勢を削がれたな。まあ、愛らしいと言えば愛らしいか。所で、おい、お前ら時間は大丈夫なのか?」
その真雪の言葉に我に返った二人は時間を見る。
【ゆうひ】
「あかん。急がな。じゃあ、いってきまーす」
【耕介】
「俺も。ああ、片付けをお願いしてもいいですか?」
【真雪】
「ああー、職務怠慢だな」
【愛】
「分かりました。私が片付けておきますから」
【耕介】
「お願いします」
引き受けてくれた愛に礼を言うと耕介も飛び出していく。
【真雪】
「ったく、慌しい奴等だ」
真雪はそう言いながら伸びをするとリビングを出て行く。
当然、こうなった原因が自分にあるなんて露にも思っていない。
【真雪】
「愛〜、片付けは頼むわ。あたしはちょっと準備してくるから」
【愛】
「はーい」
愛の返事を背中に受けながら真雪は階段を上って行く。
慌しくもいつもとそう変わらない一日はこうして始まった。
つづく